ただ、イラついて、無性に腹がたって。





俺はきっと、彼女に自分を認めてもらいたかった。















戦う少年少女
















は俺の目標となった。
何度も何度も勝負を挑んではそのたびに容赦なく負かされ、悔しい思いをしながら帰路についた。

は俺だけでなく、誰にも負けなかった。
少なくとも同年代の奴らの中では、一番の強さだったし、
上級生といざこざがあっても、『自分が負けと認めるまで負けじゃない』なんていう持論で負けを認めなかったからだ。

彼女を恨んでる奴も、嫌ってる奴もたくさんいた。
当たり前だ。はフォローのしようもなく、口も性格も悪かったし、
その理不尽な態度でたくさんの人間を傷つけていたから。
だけど俺は、そんなもの関係ないと思えるほどに、彼女の強さに憧れていた。
なんだかんだと言いつつ、彼女に逆らえる奴なんて一人もいない。
俺が倒すまで誰にも負けるなと、そしていつかを超えるのだとそんな目標を掲げていた。



そんな毎日の中で、が転校すると耳にした。
違う小学校だった俺は、その情報を遅くに知り慌てて彼女に会いにいった。
何を伝えたかったのかなんてわからない。ただ、に会いたいとそう思った。
そうだ、最後に勝負を挑むのもいいかもしれない。勝ち逃げなんて卑怯すぎるから。





「・・・はあっ・・・はあ・・・」





しかしこういうときに限って、の姿はどこにも見当たらない。
いつも決まった場所にいるわけじゃないけれど、たちがいる場所は予想がつくはずなのに。





「あー、くそう!どこにいるんだよアイツ・・・!」





思わずそう呟くと、視界に小さな影が見えた。
誰かが土手で一人、うずくまっている。





「・・・・・・?」





その姿に見覚えはあったけれど、あまりにいつもと様子が違って見えたから、
俺は自分で確認するかのように小さく呟いた。





「めずらしいな、一人なんて・・・」





それでもそれはやはりで。少しずつ近づいて、けれど俺の足はピタリと止まってしまった。





「・・・っ・・・」





肩が、震えてる。
まるで自分を支えるように小さくうずくまって。
押し殺したような、声にならない声。





泣いてる。





あの、が。
傷だらけになっても、どんなに強い相手でも、怯まずにつっこんでいく奴が。
どんなに勝負を挑まれても、決して負けることのなかった彼女が。
俺の目標となっていた、が。



こんなところで、ひとりで。










俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
そして、我に返るとその場から駆け出していた。
何で彼女に声をかけなかったかもわからない。




あんなに強い奴が。





あんなに憧れていた彼女が。





一人、肩を震わせて泣いてた。





不思議と幻滅はしなかった。
ただ、胸がしめつけられるように痛かった。
その場にいることがつらくて、苦しくなった。



なぜそんな痛みを感じるのかわからないまま、それから彼女には一度も声をかけることができなかった。
そしてこの地区一帯の小学生を率いていたは、誰にも行き先を告げることなく俺たちの前から姿を消した。



























それから少しして俺もその地区から引越し、サッカーの名門武蔵森中等部に入学した。
小学生の頃とは違い、背も伸び、力も比べ物にならないくらいに強くなった。
サッカー部のレギュラー争いは熾烈なものだったけれど、俺は10番を掴み取った。
俺は強くなった。あの頃望んでいた強さを全て手に入れられたなんて、自惚れたことは思ってはいないけれど。

強くなってからも、俺が目標にしていた存在を忘れることはなかった。
俺が憧れた絶対的な強さを持っていた。そして、最後に見た涙。
アイツは・・・今どうしているんだろう。
昔みたいにその強さで誰かを従えて、また傍若無人な態度で偉そうに過ごしているだろうか。





その疑問の答えは数年後に知ることとなった。
高等部にあがった俺は、クラスメイトにという女がいると知る。

まさかと思った。同姓同名ということだってありえるのに、妙に緊張して。
もしその女があのだったら?どうやって再会してやろうか。
勝負は俺が負けっぱなしだった。今度こそアイツを負かして、俺の方が強いのだと教えてやる。





です。高等部からの編入なので知り合いもいなくて緊張していますが、仲良くしてくれると嬉しいです。」





は誰にたいしても笑顔で接し、頼られ、教師からの信頼も厚い優等生だった。
周りの奴ら皆にいい顔をして、髪型だってあの頃のからは想像できない長い髪。
女みたいな口調。他人の勉強まで見てやる面倒見のよさ。

別人かと思った。
けれど、俺の記憶にいると今目の前にいるの繋がりを何故か切り離すことができなかった。





「三上くん、おはよう。」

「・・・ああ。」





アイツが笑顔で俺を三上くん、だなんて呼ぶなんて気色悪いことこのうえない。
他の男子を呼び捨てにしないところだって、やっぱりアイツじゃ考えられない。



でも・・・



なのに、こんなに気になるのは何故だろうか。



別人だ。があんな優等生になってるわけがない。そう思うのに。



それでもの繋がりを疑わずにはいられない。





そして、気づく。





周りに向けているすべて同じ笑顔。時々見せる鋭い視線に昔の面影を感じて。





が周りに見せている態度は、偽りのものだ。





やっぱり、お前は、





「いつまで猫かぶってんの?」

「何のこと?」

「知ってるぜ、昔のお前のこと。」






あの、だ。




















なあ、なんでお前は隠してる?
あの過去がなかったみたいに笑ってる?
作り物の顔で笑って、優等生面なんてしてる?

何があったのかなんてわからない。
どうして過去を隠したがるのかなんて知らない。

でも俺は、お前が無くしたがってる、忘れたがってる過去のお前に憧れていた。
目標にしていたんだ。俺はお前に勝ちたかった。俺がお前よりも強いのだと伝えたかった。





「・・・なんで、私のこと知ってるの?」





俺はお前を忘れたことなんてなかった。
でもお前は、俺のことを覚えていない。



ああ、なんてバカらしい。
を勝手に自分の目標にしたのは自分。が転校してどうなろうが関係なんてない。そんなことはわかってる。

だけど、お前は言っただろ。





「生意気な口叩くくらいならもっと強くなってみろよな!」

「もっと強くなって出直してこい。」





俺が本当の意味で強くなろうと思ったきっかけはお前だ。
だから今の俺がいる。



お前を忘れたことなんかなかった。お前に勝つことが、俺の目標だった。



俺にそんなことを思わせやがったくせに、その過去を忘れたいってどういうことだよ。



全部なかったみたいに、同じような顔で笑ってるってどういうことだよ。



お前にとって、あの過去は忘れたいものなのか?



俺にとっては、自分が変われた、誇らしく思えるものなのに。












悔しかった。悔しくて、無性に腹がたった。
過去を忘れて、俺のことも忘れて、全部なかったみたいに笑って。

ふざけんな。そんなの絶対に許してやらねえ。





「俺もサマみたく、下僕が欲しいんだよな。」





困ればいい。慌てればいい。
そんな簡単に過去が捨てられると思うな。



















最初はそんな、自分勝手な理由からだった。
そしてやっぱり、は完璧に過去を忘れるなんてことはできていなかった。

俺に本性を見破られてからというもの、日に日に昔のアイツの面影が戻ってくる。
クラスメイトたちの前で見せる表情と、俺に見せる表情は明らかに違っていた。
それは笑顔でもなんでもない、不満そうな表情だったけれど、俺はそれでよかった。
あんな作り物の笑顔を見せられるよりも、こっちの方がよっぽどいい。
いつまで経っても、俺のことを思い出さないことはむかついたけど。

そうしてと一緒にいるたびに、俺は少しずつ違和感を感じていた。
それはが優等生を演じているとか、そういうことじゃなく。

昔と同じはずだったのに、何かひとつ抜けているような、そんな感覚。





それも少しすると答えは見つかった。
が階段から落ちたとき。
軽く肩を押しただけだったのに、はあまりにも簡単に階段から落ちていったのだ。

そして俺は成長してできた、力の差に気づく。
あの頃はかなわなかった。追い越すことが目標だった。だけど、男と女では体の構造そのものが違う。
考えてみれば当然のことなんだ。
あの頃は意識なんてしたことがなかった。の言葉通り、男だろうが女だろうが関係ないと思っていた。

けれど、今になって実感する。
は、女なのだと。
今はもう、俺の力の方が間違いなく強いものなのだと。





「・・・あの時三上さ、軽く小突いたくらいのつもりだったんでしょう?」

「それが何?」

「自分の力が、もう男子に叶わないと思うとなんか・・・なんか、悔しい。」





それでも、負けず嫌いなところは相変わらずで。
やっぱりコイツは変わってない。そんな簡単に変われるわけがない。
柄にもなく嬉しくなって、むかついてたはずのと笑いあったりもするようになった。
















そしてあの日、それを見たのは偶然。
課題をやらせようとしていたのに、と連絡がつかない。
俺は仕方なく図書室に資料を見に行った。



「・・・よ・・・」

「・・・だね・・・」



中から声が聞こえた。
覗いてみると、そこにはよく知ってる二人。





「俺は君をもっと知りたいと、君にもっと近づきたいと・・・そう思ってる。」





渋沢の言葉が信じられなかった。
お前、わかってるのか?アイツは人を騙して優等生面してる奴だぞ?
なんでお前が告白なんてしてんだよ・・・!



は・・・?



は、なんて答える・・・?








気がつけば俺はを呼び出して、そのことを問いただしていた。
そんなことするわけがない。いくらコイツが強い男が好きだといっても、自分を偽ったまま渋沢と付き合うなんてありえない。





「渋沢と付き合うつもりなのかよ、。」

「・・・っ・・・」





それに、俺は許さない。





「渋沢が惚れたのは、作り物のお前だろ?」





過去を必死で隠して、俺のパシリまでして、



俺のことだって、忘れてるのに





「・・・わかってるよ・・・!」

「わかってんなら、とっとと断れよ。」





全てなかったことにして、目の前の幸せに縋ろうとするなんてお前じゃない。



そんなお前は知らない。





「本当のお前を知ったら、好きになんてならねえよ。」





そんなお前は見たくない。





「そうやって過去をなかったことにして、のうのうとしてるお前を見てると本当ムカつく・・・!」

















その時俺は、彼女にどういう感情を持っていたのだろうか。





「お前は俺の下僕だ。勝手なことしてんじゃねえよ。」





自分の下僕だったから?そんな理由が言い訳なことくらい、わかってる。





俺はもっと別の感情を持っていた。





俺の目標だった彼女の強さも、あの時見えなかった弱さも、





今の俺なら知っている。





昔、彼女の涙を見て胸がしめつけられた。





そして、今も。





その理由に、俺はもう気づき始めていた。













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