負けん気は人一倍だった。
弱かった俺はいつも強さに憧れていた。
そんな俺の目の前に現れたのは。
戦う少年少女
小学生の頃、道端でぶつかった中学生の不良にからまれた。
金をよこせと言われ、俺が断ると重い拳が飛んできた。
抵抗しようとしたのに、俺の腕も足も奴らには届かず、代わりに2発、3発と殴られた。
当たり前だ、相手は中学生。
俺よりも背も大きくて、力も強くて。しかも相手は二人。かなうわけなんてなかった。
「あんたら何してんだよ。」
「あ?何の用だよ、ガキ。」
「そんなひょろっちい奴をいじめて楽しいのか?そんなに暇なのか?」
「・・・身の程をわきまえてねえな?こういう生意気なガキはちょっと痛い目見せてやらねえと。」
突然現れたソイツは、俺と同じくらいの体格で女だか男だかわからない風貌をしていた。
そして先ほどの俺と同じように、怒りを露わにした不良たちに怯むことなく奴らを睨み返す。
けれどやっぱり小学生一人が中学生に叶うわけもなくて。
1発殴られ、蹴られ、ソイツはみるみるうちに傷だらけになっていく。
「オラ、さっき俺たちになんて言ったよガキ。土下座して謝れば許してやらなくもないぜ?」
「・・・な・・・」
「あ?聞こえねえぞ?」
「ふざけんなって言ったんだよ!アホ!!」
「なっ・・・い、痛ええ!!!」
顔を近づけてバカにするように見下ろしていた不良の腕をめがけて、ソイツは思いっきり噛み付いた。
さらに殴られても噛み付くことを止めず、ようやく離したかと思うと不良の腕には痛々しい歯型がついていた。
「お、おい大丈夫かよ!・・・どあ!」
もう一人の不良が油断しているスキに、膝裏に蹴りを入れて。
最後には勢いよく俺の方へと振り向いた。
「何ボケっとしてんだよノロマ!!」
「・・・えっ・・・あ・・・」
「行くぞヒョロヒョロ!!」
「ヒョ・・・ヒョロヒョロってなん・・・うわあ!」
腕を引っ張られ体を起こされると、怒って何かを叫んでる不良たちなどお構いなしに
その場から全速力で駆け出した。
「・・・はあっ・・・はー・・・疲れた!お前のせいで負けそうになったじゃねえかよちくしょう!」
「な、何だよそれ!オレは助けてくれなんて言ってない!」
「そういうのはもっと強くなってから言えよ。オレだってお前みたいな弱っちい奴を助ける気なんてなかった。
ただあの中学生たちがムカついたからだよ。お前はついでだついで!」
俺なんかよりももっとひどいあざ。すりむいた膝からは血が出てきている。
殴られた顔の片方は腫れて、服は泥だらけだ。
正義の味方を気取っていたわけでもなく、あの不良たちがムカついたからなんて理由で。
そんな理由で、自分よりも一回り大きい中学生に立ち向かうなんて。
「・・・何見てんだよ・・・ってお前、オレがあいつらに負けたとか思ってんじゃねえだろうな!」
「・・・え・・・」
「負けてねえからな!勝負は自分が負けと認めるまで負けじゃねえんだ!」
「・・・。」
「あいつらもいずれはぶっ倒してやるよ。あんなマヌケそうな奴らすぐ倒せる。」
相手は中学生だぞ?かなうはずがない。
誰だってそう思う。俺だって最初は抵抗しようと思った。
あんな奴らの言いなりになるのは嫌だった。
でも、やっぱりかなうわけがないって、そう思ったのに。
「じゃあな!オレはもう行く。生意気な口叩くくらいならもっと強くなってみろよな!」
背だって体格だって、俺とたいして変わらないのに。
チビで体力もなくて、だけどそれをからかわれたくなくて。
強くなろうと努力した。いつか誰よりも強くなるんだと思ってた。
でも、自分より強い相手にはかなわないと諦めるような、俺はまだまだ弱いガキだった。
傷だらけで、なりふりかまわず噛み付いたりして、全然カッコよくなんてなかった。
だけど、その日初めて出会った奴の偉そうな言葉も、自分勝手な理屈も、なぜだか俺の心に焼き付いて離れなかった。
"ソイツ"の正体は意外とすぐにわかった。
俺と同じような体格で、ケンカっぱやい偉そうな小学生。
そんな情報しかなかったにも関わらず、友達にそう話しただけで浮かんできた人物がいた。
隣の地区で小学生たちを脅してまとめてるっていう女番長。
女?アイツが?
まあ確かに見た目は男とも女ともとれるかもしれないけど・・・。
半信半疑だったけれど、真実を確かめるべく俺は隣の地区まで足を伸ばした。
「てめえ!!調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「ああ?誰が調子に乗ってんだよ。調子に乗ってんのはてめえの方だろ?負け犬君?」
「・・・っ今日という今日は許さねえからな!」
「どう許さないって?ご主人様に逆らったらどうなるか教えてやるよ。」
複数人の男子に囲まれる姿。
その中心にいる、偉そうな奴。・・・間違いなくアイツだ。
よくよく見れば俺と同じ小学校の奴らもいる。
不満そうな顔をして、けれど何もできずにアイツと言い合う男子を眺めている。
「うらあああ!!」
「うわ、うぜ!」
「ぐあ!」
勝負は一瞬。やっぱりアイツ・・・強い。
この間は相手が中学生だったから苦戦してたけど、同い年くらいの男子なんて相手にならないみたいだ。
「あーつまんね。全然相手にならねえ。
ていうか、勝負に負けたら下僕になるって条件はどうしたよ?男らしくねえな。」
「くそっ・・・お前なんて女のくせにっ・・・」
「男とか女とか、それがどうした?オレはお前よりも強い。それが事実だろ?
つーわけでご主人様に逆らった詫びに差し入れでも買ってこいよ、負け犬。」
男が女に従うってだけでも屈辱だろうに、さらに追いうちまでかけてる。コイツ、本っ当に性格悪いんだろうな。
だけど、半端なく強い。力だけじゃなく、中学生に立ち向かおうとする強い意志も奴は持っている。
「・・・おい!」
気づいたらソイツの、の前に立っていた。
「オレと・・・オレとも勝負しろ!」
「・・・は?」
も周りの取り巻きもポカンとした表情で俺を見た。
その中から俺と同じ小学校の奴が、あ、と声を発す。
「アキ!お前、何でこんなとこに?!」
「アキ・・・?」
「お前が・・・様に勝てるわけねえだろ!」
「う、うるせえ!やってみなくちゃわからないだろ!」
が俺とクラスメイトのやり取りを見ながら、つまらなそうに頭をかいた。
「オレに恨みでもあんの?そんなひょろっこい体じゃどうにもならないんじゃねえ?」
「別に恨みなんかねえよ!ただ、お前がどんだけ強いか確かめてやる!」
「え?こいつらを助けたいとかいう正義の味方かと思ったら違うんだ?変わった奴だな。」
「別に・・・ただ、強くなりたいだけだ!強い奴に挑むのは当然だろ?!」
『強い』。その言葉を聞くとが笑みを浮かべた。
そして、座り込んでいた場所から立ち上がりこちらに来いと手で合図する。
「そこまで言うなら受けてたとうか?ただし、勝負に負けたほうが勝った奴の下僕だ。」
「上等だ!」
その言葉を合図に、余裕の表情を浮かべるに向かっていった。
「・・・。」
「だから無理だって言ったのに・・・。」
・・・そして数秒後には、地面に横たわってる自分がいた。
周りには哀れそうに俺を見る視線と、呆れたため息。
「・・・お前弱すぎ。さすがのオレも同情しちゃうぜ。もっと強くなって出直してこい。」
「・・・っ・・・」
足音が数度聞こえ、横たわった俺の横にがかがみこむ。
見上げた先には、俺を助けたときに受けただろう傷跡と包帯。
「・・・あいつらには、勝ったのか?」
「は?」
「お前が負け・・・勝負の途中だった中学生!」
「おお、あいつらとの勝負は勝ったぞ。後から仕返しがすげえのなんのって・・・なんで知ってんだ?」
呆れた。まだほんの1週間ほどしか経ってないのに。
なんでケンカ相手は忘れないで、俺のことはすっかり忘れてんだ。
呆れたと同時に無性に悔しかった。俺はコイツの印象に残らず、きっと視界にすら入っていない。
コイツの視界に映るには、もっともっと強くならなきゃならないんだ。
「あれ?お前よく見たら・・・あのときのヒョロヒョロじゃんか!」
「ヒョロヒョロって言うな!」
「じゃあな、いつまでも寝てるとまたからまれるぞ。オレの知ったこっちゃねえけど。」
もう飽きた、とでもいうように立ち上がり、ひらひらと手を振ると彼女は歩き出した。
よく見れば足にも腕にも、痛々しく包帯が巻かれてる。
もしかしてあの後も・・・誰かと戦ったんだろうか。
そして、今でもあんなに偉そうにしてるってことは勝負には勝ったんだろう。
小学生でしかも女なのに、自分の傷も省みず、なりふり構わず中学生に勝負を挑んで。
自分の力の強さを盾に、周りの男子たちを次々に下僕にして。
偉そうで我侭で生意気で、本当に性格の悪い奴。
だけど、自分で決めたことは貫きとおす。ボロボロになっても、傷だらけになっても。
周りなんて気にせず、ひたすら自分の道を行く。
同じ学校の奴らに心配される手を振り払って、俺はいつまでもそんな彼女の後ろ姿を見つめていた。
目をそらすことができなかったんだ。
認めたくなんてなかったけれど、そのとき俺の中に沸き上がっていた感情は間違いなく
彼女への憧れだった。
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