思った通りの人だった。
そんな貴方に憧れていた。
だから、これからは。
戦う少年少女
「さん。」
「し、ぶさわ、くん。」
「はは、そんな構えなくても。」
昼休み、教室を出たところで偶然渋沢くんに会った。
「俺は君をもっと知りたいと、君にもっと近づきたいと・・・そう思ってる。」
彼に気持ちを告げられて。その後、彼に返事をした。
話すのはそれ以来だ。・・・とはいえ、そんなに時間が経っているわけではないけれど。
「ちょっと、話せるか?」
「え?」
「さんの気持ちはわかった。だけど、俺は君に伝え忘れたことがあったから。」
「・・・伝え忘れたこと?」
「忙しいのなら今じゃなくてもいいが・・・」
「ううん、行くよ。聞く!」
渋沢くんはいつもと変わらない笑みを浮かべて歩き出した。
私はと言うと実は未だドキドキしていて、平静を装っていることに必死だった。
人気の少ない中庭に行くと、渋沢くんが私の方へと振り向いた。
意識などしていないように見せたかったけれど、どうしても体は強張ってしまう。
「さん。」
「ん・・・?」
「恋愛を考えられないっていうのはわかった。その考えを無理に変えてもらいたいなんて俺は思ってないよ。」
「う、うん。」
私は渋沢くんの申し出を断った。
理由は彼の言った通り。私は彼に憧れてはいるけれど
男女として付き合いたいと思ったことはなかったからだ。
三上とのことがあって、売り言葉に買い言葉で彼と付き合うと宣言はしてしまったけれど、
やはり彼を利用して付き合っていくことなどできない。というよりも、そんな卑怯なことをしたくない。
それくらいの意地は、私にだって残っていたんだ。
「俺が気になっていたのはその後だ。」
「その、後?」
「俺が好きになったさんは、本当のさんじゃないって言葉。」
そして、さらに私はもう一つ付き合うことができない理由を彼に告げていた。
ないとは思ったけれど、嘘の私を彼が見続けたままでいるなんてことがあってはならないから。
三上とのことがあって、少しヤケになっていたのかもしれない。
自分でも思った以上にあっけなく、優等生の仮面を被っていたことを告げた。
「あの時は無理矢理納得しようとしたんだが・・・どうもわからないんだ。
今のさんは、全部嘘ってことなのか?」
「そうだね。優等生の自分でいたかっただけ。演じてただけ。」
「・・・演じて・・・?」
「本当は喧嘩の仲裁をして、なんてくだらないって思ってたし、
テスト勉強をしてこなくてギリギリになって頼ってくる子を面倒だとも思ってた。
涙を見せて、自分の失敗をなんとかしようとする女の子にはイライラしてた。」
「・・・。」
「でも私は優等生でいたい理由があった。そんな自分の感情よりも、
誰かに囲まれて、頼りにされてる方が大切だったの。」
おかしいな。あんなに隠していたかった真実。
渋沢くんに話したら、軽蔑されてしまうかもしれない。
せっかく友達になってくれたのに、私を知りたいと言ってくれたのに。
けれどそんな考えとは裏腹に、自分の心の中にあったモヤモヤとした感情が少しずつ晴れていくような気がしていた。
「理由が、あったんだろう?」
「うん。でもそれは私自身の問題。自分勝手な理由だよ。」
「・・・隠していたことなんだろう?俺に言ってもよかったのか?」
「うん。もういいんだ。」
隠し続けていた。
誰にも見られないように、必死で隠してた。
だけど、本当の私を引っぱりだして、向かい合ってくれた人がいた。
嘘の自分なら傷つかない。
傷つかないけど、得られるものだってきっと少ない。
「嘘ついててごめん。渋沢くんは私の憧れだったから、余計カッコつけてたかったんだ。」
私はただ臆病なだけだった。
本当の意味で傷ついたことのなかった子供だった。
自分が一番だと勘違いをしていた分、その傷があまりにも痛かった。
だから、その一度の傷で本当の自分を隠すことを選択した。
自分は誰よりも強いと思っていた私は、呆れるくらいに弱かった。
「・・・さん。」
「ん?」
「さんも、勘違いしていないか?」
「・・・え?」
渋沢くんが静かに微笑んだ。
彼が何を言いたいのかがわからず、思わず首をかしげた。
「俺は、さんが真面目な優等生だったから好きになったわけじゃない。」
「・・・。」
「たとえさんが優等生のフリをしていたって、隠し切れないものだってあるだろう。」
「・・・え・・・?」
「それが嘘でも俺は君の言葉に救われた。俺に向けてくれる言葉を嬉しく思った。
たまに見せる、いつもと違うまっすぐで強い瞳が印象に残ってた。」
「!」
私はかたまった表情のまま、ただ渋沢くんを見つめていた。
渋沢くんの目に映っていたのは、優等生の私だけではなかった?
「嘘でかためた言葉は、人の心には届かないと思ってる。
それが憧れであっても、何であっても、さんの言葉は心地よかった。」
「・・・渋沢くん・・・。」
「全てが嘘なんかじゃないだろう?本当のさんだって、確かにいたはずだ。」
渋沢くんのその言葉に温かな何かがこみあげた。
それはどんな感情だったのかもわからなかったけれど、優しく温かさに包まれるようだった。
「・・・ありがとう。」
「本当のことを言っただけだよ。」
「・・・あーもう、やっぱり叶わないなあ・・・!」
「?何がだ?」
「何でもない!」
渋沢くんが疑問の表情を浮べて、私を見つめる。
何だか顔をあわせられなくて視線を背けると、渋沢くんが呆れたように笑った。
「そろそろ戻ろうか?」
「うん。そうだね。」
「とは言っても、お互いの教室だから方向は同じだが。」
「私は別に寄るところがあるんだ。」
「・・・そうか。」
少し間を空けて返ってきた返事。
渋沢くんは次に私がどこへ向かうのか、予想がついているみたいだ。
「じゃあね、渋沢くん。」
「・・・さん。」
その場から歩き出そうとして、渋沢くんの声で立ち止まり振り向く。
「・・・恋愛をしたいって思える奴はいるのか?」
突然の言葉に、私は目を丸くして。
なんと答えていいのかわからず、目を泳がせて沈黙するしか出来なかった。
そんな私を見て、渋沢くんはやっぱり優しい笑顔を浮かべた。
「また、話そう。」
それがどんな意味をこめていたのかは、わからなかった。
だけど私も彼の笑顔に応えるように笑い、頷く。
そして前を向いて歩き出した。向かう先は決まってる。
さあ今度こそ、決着をつけに行こう。
彼との関係が、どんなものになったとしても。
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