「で?誰をどうしたいって?」
「・・・たのに・・・!」
「はー?聞ーこーえーませーん。」
「お前の悔しがってる顔、見てやろうと思ったのに!」
私に向かってくる奴らは大勢いた。
私はそれらをことごとく倒していたけれど。
「いい度胸だな負け犬。どの口が言うんだ?」
「や・・・止めろっ・・・!くそ・・・!」
確かに"そいつ"は大勢の中の一人だった。けれど、だからと言って忘れていたわけじゃない。
小さくて、細くて、色の白いそいつはあまりにも弱々しく見えて。
戦うというよりも、構っていたという言葉の方があっていたように思う。
戦う少年少女
三上が目の前で倒れて、一体どうしたらといいんだと途方に暮れた。
携帯を握り締めつつ三上の家の番号なんて勿論知るわけがないし、コイツの友達の番号だって知らない。
高い熱を持つ彼を横目に、いっそ救急車を呼ぼうかとも思ったそのとき。
「あれ、さん?」
「・・・え?」
そこに現れたのは、以前一緒にサッカーをした三上の友人だった。
「こんなところでどうした・・・って亮?!」
「あ、あの・・・」
「さんもボロボロじゃん。何して・・・あれ?サッカー?」
倒れている三上、傷だらけの私、さびれたゴールネットに転がっているボールを見て
彼は目を丸くして問いかける。そんな彼に私は苦笑いを返すだけだった。
「三上くんがね、熱出して倒れちゃったんだ・・・。三上くんの家の連絡先とか、知ってる?」
「知ってるけど・・・電話してみよっか?」
「うん、お願い。」
彼は携帯を取り出して三上の自宅に電話をかけ、少しして首を振った。
どうやら家には誰もいなかったみたいだ。
「仕方ねえなあ。俺が運んでくわ。こっからなら家も近いし。」
「え?」
「さんは荷物持ってきてくれる?」
「そんな心配そうな顔しなくても多分大丈夫。コイツ昔は熱とかよく出してたから。
今は丈夫になったみたいだけどな。」
三上にそんなイメージはないけど・・・。
そういえば彼は以前も言ってたな。昔の三上はチビで色白くてヒョロヒョロで、とか。
そのときも私の頭には一人の人物が浮かんでいた。けれどありえないとすぐに考えから外したんだった。
「あ、鍵はどうしよう・・・。」
「それも大丈夫。亮は昔からバッグの内ポケットに・・・こんな簡単に見つかるなんて無用心だな!」
「・・・はは、確かに。」
一緒にサッカーしてたときも思ったけれど、この人相当三上と仲がいいんだろうな。
渋沢くんといい、彼といい、三上は絶対友達に恵まれてる。
「そしてここが亮の部屋ね。よ、っと。」
背負っていた三上を少し乱暴にベッドに寝かせて。
大げさに息を吐くと、こちらを見てニコリと笑った。
「じゃあ俺用事あるんだ。後はよろしく!」
「え、ちょ、ちょっと待っ・・・!」
「いいじゃーん!彼女だろさん。」
「だから違・・・」
「じゃあねー」
引き止める私の声には耳も傾けず、唖然とする私を置いて彼は部屋を出て行ってしまった。
私は空しく伸ばした腕を力なく降ろして、後ろで眠る三上を見た。
どうしよう、とりあえずタオルとか探していいんだろうか。
冷凍庫の氷とか勝手に使っていいものか。というか、そもそも冷蔵庫はどこ?
三上の家の人が帰ってきたら、なんて言い訳をすればいいんだ。
ベッドには寝かせたし、もういっそのこと帰ってしまおうか。
そんな考えも浮かんだけれど、苦しそうな三上の姿を見て
いくら私でもそこまで薄情にはなれないと思いなおす。
とりあえずベッドの足元にあった毛布を三上の体にかけて、
部屋にたたんで置いてあったタオルで彼の顔を拭う。
「・・・。」
「オレ、強くなるからな!お前みたいに・・・いや、お前を超す!」
こんなにもしっかりと三上の顔を見たのは初めてだ。
よくよく見てみれば、昔私にしょっちゅう勝負を挑んできたアイツに似てないこともない。
「お前の悔しがってる顔、見てやろうと思ったのに!」
あの頃は高かった声。
「・・・お前の、負けて悔しがってる顔・・・見てやろうと思ったのに・・・」
そして今の低い声。
声だって姿だって、全然違う。
でも、
でも・・・
「『アキ・・・?』」
小さく呟く。
とまどいながら呟いた言葉が聞こえたかのように、
今まで眠っていたはずの三上が静かに目を開いた。
「・・・今頃気づいたのかよ、バカ。」
「!」
責めるような目で私を見ると、自嘲するような笑みを浮かべた。
「そ、そんな人を記憶力がないみたいに見ないでよね!」
「ねえだろ、どう考えたって。ていうかあれか、サマはまわりは皆、雑魚だとか思ってるから
俺なんか記憶にも残らないってわけか。」
高熱があるはずなのに、人を責めるときだけ饒舌になるってどういうこと・・・?
絶対コイツ、昔よりも完璧に性格悪い!
それに私は"アキ"のことを忘れていたわけじゃない。
どう頑張ってみても、三上=アキの図式が出来上がらなかっただけ。
それは三上とアキの姿が違いすぎるってことが原因じゃない。
「『アキ』のことは覚えてたっての!だけど、ちょっと待って。」
「・・・あ?」
「『アキ』は女の子でしょう?!」
「・・・。」
「・・・。」
一瞬の沈黙。そしてマヌケに見えるほどにポカンとした三上の表情。
「・・・はあ?!何言っ・・・ゲホッ・・・ゴホッ・・・」
あまりにも衝撃的だったらしく、ついにはむせてしまった。
衝撃的だったのはこっちだよ。どうしてあのアキがこんな奴になってしまっているんだ。
「もしかしてアンタ、女・・・」
「なわけねえだろ!エセ優等生演じすぎて頭もおかしくなったかアホ!」
「アホ・・・!アンタなんかアキのくせに!」
「今まで気づかなかったのは誰だよアホ。」
「くっ・・・!」
アキとの出会いは、彼女・・・いや、彼が上級生に囲まれていたところから始まった。
数人で細くて貧弱そうな一人を囲んでいることに腹を立てて、私はその上級生たちに向かっていった。
その後、アキの存在は忘れていたけれど、いつからかアキが私の前によく現れるようになった。
違う小学校で、小さくて細くて色白で。そう、まるで女の子みたいな姿だった。
「私、アンタと同じ小学校の奴に聞いたわよ?!アキは女の子なんだって!」
「そりゃからかわれただけだろ!?何で俺が女なんだよ!
服装はともかく・・・口調だって男口調だっただろうが!」
「男に憧れてる子なんだって聞いたの!
それを言うなら、私だってショートにして男口調だったんだから、アンタが女って言われても疑問にも思わないわよ!」
「・・・ああ、男女だったもんなお前・・・」
「うるさい!アンタも女と間違われるくらい可愛らしかったくせに!」
アキと同じ小学校の奴に、アイツも女なんだぜと言われて。
私に憧れているから、何度も勝負を挑んでくるんだって聞いた。
クラスの弱っちい女子とは違う、根性のある奴だなんて思っていたのに。
「はー、どうしてこんな風になっちゃったかなあ、アキ・・・!」
「こんな風にってなんだよ!」
三上の名前が亮と聞いても、アキだけはずっと除外してた。
思い出せなくて当たり前じゃないか。思っていた性別から違っていたのなら無理もない。
「・・・それで、アキは私が嫌いだったってわけだ。だから昔のことを盾にして、私をパシリにしたんでしょう?」
「・・・。」
「私も昔は散々パシリとして使ったしね。容赦なく殴ったりもした。気持ちは・・・わかるよ。」
「・・・バカだろお前。」
「は?」
「昔のお前は嫌いじゃねえって言っただろう。」
三上がだるそうに体を起こして、まっすぐに私を見つめた。
私は彼の視線から逃れることができず、黙って彼を見ていた。
「お前は・・・俺の目標だった。」
あまりにも予想外な一言。
私は息をのんで、続く言葉を待つ。
「いつも周りからなめられて、力でもかなわなくて。
だから、いつも自分が一番って顔して、それに見合う力も持ってるお前が・・・羨ましかった。」
「・・・。」
「だから、何度だって勝負を挑んだ。・・・一回も・・・勝てなかったけど。」
三上がまた、自嘲するように笑んだ。
熱のせいでおかしくなってしまってるのかもしれない。
彼のこんな素直な台詞、後にも先にも聞けることなんてないんじゃないだろうか。
「お前が転校してからも、それは変わらなかった。なのに、
久しぶりに見たお前は、過去なんてなかったみたいに表面だけ取り繕って笑ってる、ただの腑抜けになってた。」
「!」
「お前は俺の目標だった。だけどお前は、俺が目標にしてた過去を捨ててた。
優等生ぶって、誰にでもいい顔をして、笑顔を振りまいて・・・そんなお前を見るたびに無性に腹が立った。」
私を目標にするだなんて、バカみたいだ。
いつだって自分ばかりで、周りなんて見てなくて、自分が一番だって思いこんで
大切なものが一体なんだったのかも気づかなかった、バカな私なのに。
「優等生の仮面なんて、はがしてやろうと思った。お前が困ればいいと思った。」
三上の切ない表情が、『アキ』に重なる。
私が傷だらけになったとき、私や他の奴らに挑んで負けたとき。
アキは悔しそうに、切なそうに、それでもまっすぐな瞳で私を見つめていた。
「でも・・・こんなこと、もう終わりだ。俺は・・・お前に負けた。」
バカだな、本当にバカみたい。
「安心して優等生でも何でも続けろよ。」
私も、アキも。
「俺のことはもういいから帰れ・・・ってうおっ!」
まだ言葉を続けようとする三上をまたベッドに押し付けた。
熱のせいか、油断していたせいか、たいして力を入れることなく三上はベッドに横たわる形になる。
「な、何すんだよ!」
「冷蔵庫は?薬は?」
「は?」
「いいから!」
「階段降りてすぐの扉・・・その部屋の棚に・・・」
「わかった。大人しく寝てなよね。」
ポカンとしてる三上から勢い任せに必要なものの在りかを聞き出す。
そのままの勢いで、部屋から出て三上の言われた通りの場所へと向かう。
今日で終わるはずだった、私たちの関係。
私も三上も、過去に捕らわれすぎていた。
私はほんの数人の言葉で過去を忘れようとし、
三上は目標としていた私の、過去との違いに失望した。
私は過去を見ようとしていなかった。
いくら取り繕っても、後悔した過去が消えるわけじゃないのに。
そして、後悔ばかりの過去じゃなかったことだって知っていたはずなのに。
それに気づかせてくれたのは、意地が悪くて、口も悪い、ガキみたいな奴だった。
本当の私と向き合おうとしてた、不器用な奴だった。
だから、私も。
今度こそちゃんと向き合おう。
意外と熱くて不器用で、素直じゃない彼と。
過去を無視し続けていた、私自身と。
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