夢を見た。
忘れたかったはずの、過去の自分。
その隣には、ひとつの影。



「オレ、強くなるからな!お前みたいに・・・いや、お前を超す!」

「何寝ぼけたこと言ってんだ。お前がオレを超えられるわけないだろ。」

「なっ・・・なんだよそれ!今に見てろよ!」

「ハイハイ、期待してる。つーかお前、生意気。」



怒ったように顔を膨らませたその子を見ながら、私は呆れたように笑っていた。





「いつか絶対、お前を負かしてやるからな!」





それは優しいものでもなく、出来るものならやってみろという余裕の笑み。
そんな私を見て、また怒って、何度も聞いた強がりの台詞を繰り返した。












戦う少年少女













「逃げずに来たんだ?」

「誰が逃げるかっての。」





学校から大分離れたさびれたグラウンドの一角。
三上が小学生の頃に、サッカー仲間とよく練習した場所だという。
かたい土にさびてボロボロになったサッカーゴール。
環境がいいとはとても言えないけれど、私たちの勝負には充分だった。





「今日でよかったのかよ、お前。」

「は?」

「サッカー部が休みで、渋沢がお前に何も言わないとは考えにくいけど?」

「渋沢くんにはもうちゃんと返事をしてあるから。」

「・・・なんて?」

「さあね。」

「・・・むかつく。アホ女。」

「アホ男に言われたくないわよ。」





三上の悔しそうな顔に、小さく笑みを浮かべる。
今まで散々優位に立たれていたんだ。憎まれ口を言うくらいいいだろう。





「さて、はじめようか?無駄話をしてる時間がもったいないから。」

「は、自分で言った勝負のくせに。」

「勝てる見込みがなければ言い出さないけど?」

「・・・お前やっぱり人をなめてんだろ?つーかサッカーなめてんだろ?」

「まさか。けど、私は負けない。誰にも負けたくない。」

「・・・ふん、そのむかつく自信、こなごなに砕いてやるよ。」





定位置にボールを置き、その上に足を置く。





「わたしが一回でもゴールを決められたら勝ち。それでいいんだよね?」

「うぜえな、何度も確認してんなよ。」

「約束、忘れないでよ?」

「ああ。」





ひとつ、深呼吸をしてから私は三上をまっすぐに見つめた。
三上も私を見つめていた。表情はほとんど変わっていなくて、何を思っていたのかはわからなかった。





「勝負!」





その掛け声とともに、私は走り出した。





勝っても、負けても。
きっともうこれが最後だ。





三上との関係も、何もなかったかのように終わりを告げる。
























「・・・はあっ・・・はあ・・・」





三上と勝負することになって、私は必死で練習を繰り返した。
期間は短いものだったけれど、小さい頃から男ばかりとサッカーをしていたこともあって
シュートの一本くらいは決められるとそう思っていた。
確かに私は甘かった。昔のように、少し努力すれば誰だって倒せると高をくくっていたのかもしれない。





「・・・どうした?もうバテたか?」

「誰が!」





三上の友達を交えて戦ったときとは比べ物にならない。
あの時の三上は周りに実力をあわせていただけだった。





「アンタこそ息があがってない?降参してくれていいけど?」

「は、強がりがバレバレなんだよバーカ。」





純粋な技術で彼を抜けるはずがなく、フェイントをかけても、くるしまぎれに力任せにボールを蹴っても。
マグレなんてものは起こらず、ボールは一向にゴールに入る気配もない。

確かに私の言ってることは強がりだ。
ずっとサッカー部にいた三上に体力でだって叶うはずもない。





「余裕でいられるのも今だけじゃない?」

「・・・本当、生意気な女。」





だけど、そんなこと初めからわかっていたはずだ。
わかっていて、あえてサッカーで勝負を挑んだのは私。

誰よりも負けず嫌いであることは自覚してる。
だからどんなことがあっても諦めない。どんなに実力差があっても、100%なんてないはずだ。
誰にいい顔をするでもない、本当の私は強い。





「・・・昔から、変わってねえよな。」

「何が、どこが?私のどこを見てそう言うのよ!」

「年上でも、傷だらけになっても、負けを認めなければ負けじゃない。
最後に勝った奴が勝ちなんだっけ?」

「・・・!」





人を傷つけてばかりいた。



強さこそが全てで、周りを見下しているばかりの最低な奴だった。



自分が世界の中心なのだと思い込んでた、バカな奴だった。





「本当、バカだよなお前。」

「誰がバカ・・・勝負に集中しなさいよ!余裕見せてんじゃないっての!」





でも、だからこそ誰にも負けたくなかった。



体が大きい奴が強いとは限らない。年上が強いとは限らない。



諦めないで、何度でも戦って、最後には勝つ。



その瞬間がどうしようもなく好きだった。





「・・・っ・・・」

「あまい。抜かせるか。」

「っ・・・痛・・・!あーもう!」





存在を否定された自分に後悔した。



だから過去を無くしたかった。



でも・・・





『これでやっとあの暴力女から解放されるー!』

『やったー!行け!とっとと引っ越せ!』

『アイツの見送り、誰も行くなよ!って、誰も行くわけねえか!』

『これでやっと平穏な生活が送れるー!せいせいすんぜ!』





あの時聞いた、数人の言葉だけで全てを否定された気になった。



胸が締め付けられて、初めて自分が世界の中心じゃないと思い知らされて。





「俺は、昔のお前は嫌いじゃなかった。」

「別に全員が全員、お前を恨んでたわけじゃねえよ。」






けれど、





全てを無かったことにする必要なんて、あったのだろうか。













「傷だらけだぜ?サマ?」

「だから?」

「いいのかよ、優等生に戻るときに困るぜ。」

「今はそんなこと、関係ない。」

「・・・昔の威勢が戻ってきたか?」





息をきらせながら見上げた三上の顔は、心なしが少しだけ嬉しそうだった。
本当に、ほんのちょっとだけ、そう見えただけだったけれど。





「ねえ、三上。」

「あ?何だよ降参か?」

「違う、私が勝ったら聞きたいことがある。」

「?」

「アンタの正体を教えて。」





昔の私と優等生の仮面でかためた私を見抜いて。
驚くほどに、昔の私を知っている。
そして、昔の私を嫌いじゃないと、そう言った三上。
こんな奴をどうして私は覚えていないんだろう。
記憶にある誰をあてはめても、三上とは一致しない。





「・・・勝てると思ってんのか?そんな状態で。」

「勝てる。」

「・・・は、上等。」





この勝負が終われば、三上とは何の関係もなくなる。

三上には散々振り回された。
私の平穏な生活を崩されて、パシリとして扱われて、私が困っているのを笑いながら見てて。
本当に性格の悪い奴だった。



だけど、昔の自分を見ずに優等生という仮面をかぶって、ぬるま湯につかっていた私を引っ張りだしたのも彼で。



感じることのなかった痛みまでもを知らされた。





たとえ関係が終わっても、私は三上を知りたい。



それを知っても、私が三上に嫌われてることに変わりはない。



それでも、知りたい。



昔の私を嫌いじゃないとそう言った彼が、一体誰だったのか。

















「・・・はっ・・・はあ・・・はあ・・・!」





もう日も暮れ始めていた。
体力も限界に来ていて、視界も朦朧としている。
傷だらけで、走りたくても足が追いついてこない。
それでも勝負を挑み続けたのは、負けず嫌いの性格と、なけなしの意地。





「・・・。」





先ほどから三上も何も喋らなくなっていて。
私のあまりの諦めの悪さに呆れてでもいるのだろうか。

朦朧とする意識のまま、無意識にひとつフェイントをかけた。
さきほどまで一つもひっかからなかった三上がそれに反応する。





「・・・っ・・・」





すぐさま体を切り返し、私は初めて何の障害もなくゴールネットを見た。
視界に見えるのは、日が暮れかけた夕方の空とさびれたゴール。
そのまま傷だらけの足でボールをそこへと蹴り入れた。





「・・・やっ・・・たっ・・・」





ネットにボールが入る音がした。
かすんだ目をこすって、それが間違いでないと確認する。





「ホラ、見なさいよ三上!私は負けないってそう言ったでしょう?」





ボロボロなくせに、勝負に勝てたことが嬉しくて。
私は何も考えず誇らしげに後ろを振り向いた。
三上は一体どんな顔をしているだろう。





「・・・って、ちょ、ちょっと三上・・・?!」





どんな顔どころか、表情ひとつ見えない。
なぜなら彼は地面に横たわっていたからだ。





「な、何してんの?バテたの?」

「・・・っ・・・ざ・・・な・・・」





息が荒く、喋ることさえままならないようだ。
自分のことで精一杯だったから、全然気づかなかった。
コイツ、いつからこんなことになって・・・





「!」





三上の顔に触れてみれば、運動していたことを差し引いたって、あまりにも熱かった。
こんな状態で運動なんてしてたら、倒れるのだって当たり前だ。





「・・・はやく言いなさいよ!バカ三上!」

「・・・誰が・・・そんな、こと・・・」





きっと朦朧としてる意識なのだろうけど。
それでも憎まれ口を止めようとしない三上に呆れた。





「・・・お前の、負けて悔しがってる顔・・・見てやろうと思ったのに・・・」

「!」





頭の中で一つの記憶がよみがえる。





「三上・・・アンタ、もしかして・・・ってちょっと!」





けれど、三上がグッタリして何も喋らなくなってしまったのでそれどころじゃなくなって。
私は倒れた三上の傍に座ったまま、途方に暮れるようにうなだれた。







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