ポケットの中で携帯が震える。
私はそれに反応するが、手にしようとはしない。
相手はわかってる。それを無視すれば、どうなるかも。
けれど私はもう、彼と話をしたくなかった。
もう、どうでもよかった。
戦う少年少女
「おい。」
「・・・。」
「何よ三上ー。に勉強教えてもらってんだから邪魔しないでよねー。」
いくら話したくないと思っても、結局は同じクラス。
無視し続けることが出来るはずもない。
いつまで経っても電話もメールも返さない私に痺れを切らして、三上が私の前に立つ。
「てめえには聞いてねえよ、黙ってろ。」
「うわ!最低コイツ!」
「・・・何か用?三上くん。」
「ふざけてんじゃねえぞ。ずっとシカトしやがって。」
「何のこと?」
「・・・っ・・・」
こんな態度をとって、三上がどういう行動に出るかなんて想像がつく。
でも、私はもう嫌だった。三上と話すことが。
三上と話して、本当の自分が傷つけられることが。
「いい度胸してんじゃねえか。いいんだな、どうなっても。」
「いいよ。」
目の前で私と三上のやり取りを見て、友達が驚いたような表情を浮かべてる。
当然だ。私は皆の前では極力笑っているし、こんな冷たい表情なんて見せたこともない。
「・・・ちょっと来いよ。」
「嫌。」
「おい、。」
「嫌だってば。」
もしも三上が私の過去を話したら、皆はどんな顔をするだろう。
今みたいに驚いた顔をして、距離を置かれるだろうか?
それとも子供のときの話だからと、笑って受け流されるのだろうか。
普通に考えれば後者なんだろう。
過去を話されたところで、それは小学生の頃の話。
じゃあ私は何でこんなにも怯えて、三上の言いなりになっていたのか。
それは、私自身が忘れたい過去だったから。
何も知らない子たちに、それが知れてほしくなかった。
私は誰も傷つけてなんかない。存在を否定されてなんかない。
そう、思いこんでいたかったから。
「おいっ・・・」
「もう止めなよ三上!、嫌がってるでしょ?」
「何だ何だ?どうしたー?」
「なんか三上がさんに乱暴してるんだってー」
だけど、もういい。
三上にあんな風に傷つけられるよりもずっとマシだ。
言いたければ言えばいい。
それでも「今」の私は変わらない。
皆に好かれる、頼りにされる優等生であり続ける。
たとえそれが、偽りのものであっても。
「俺は、昔のお前は嫌いじゃなかった。」
「別に全員が全員、お前を恨んでたわけじゃねえよ。」
嫌われてるってわかっていたはずなのに、
都合のいいように使われてるだけだって、わかってたのに。
それでも私はきっと、三上と本音で話せることが嬉しかった。
三上とぶつかって、口喧嘩なんてしょっちゅうで。
たまに笑いあって、文句を言い合って。
対等である気がしてた。そんな、思い違いをしていた。
「本当のお前を知ったら、好きになんてならねえよ。」
「お前は俺の下僕だ。勝手なことしてんじゃねえよ。」
だから、三上が本当に私のことを嫌っているんだと実感して。
わかっていたはずの言葉に、胸が締め付けられた。
その言葉が、あまりにも痛かった。
こんな思いはもう嫌だ。
これ以上、傷つきたくなんかない。
私はいつからこんなに臆病になってしまったんだろう。
いつからこんなにも、弱くなってしまったんだろうか。
「・・・三上・・・。」
「よう。」
それは三上と初めてちゃんと話したあの日のように。
昇降口に向かう廊下で、彼が一人佇んでいた。
「もう俺とは話す気も起きないか?」
「・・・。」
「相変わらず逃げてばっかだな。だから今のお前は嫌いなんだよ。」
「なっ・・・」
どうでもいいと思っていたのに、売り言葉に反応してしまうのは昔からの性分なんだろう。
思わず俯けていた顔をあげてしまい、三上と視線がかちあう。
「そんな腑抜けたお前なんて、もうどうでもいい。」
「・・・っ・・・」
「だけど、俺はお前にひとつやり残したことがある。」
「・・・え・・・?」
「借りを返してねえんだよ。」
「借り・・・?」
「昔の借り。に勝つことが、俺の目標だった。」
「・・・なに、それ・・・」
私は未だ三上のことを思い出せていない。
けれど、確かに私はあの頃周りに敵はなくて。
どんな奴であろうとも、何の勝負でもことごとく勝利していた。
「あんなパシリじゃくだらなすぎて、勝った気にもならねえ。」
「・・・。」
「俺と勝負しろ、。」
三上の予想外の言葉に、ポカンとしたまま彼を見つめて。
そんな私を見て、三上は不敵に笑う。
「俺が勝ったら、お前の過去をあいつらにバラす。
けど、お前が勝ったら誰にも言わない。もう・・・お前にも関わらねえ。」
「!」
静寂が流れる中、三上は真剣な表情で私を見つめていた。
間違いなく話されてしまうだろうと思っていた過去。
何の勝負かはわからないけれど、受けてみる価値はあるだろう。
いくら諦めていたとはいえ、あの過去を人に知られたくないということに変わりはない。
それに・・・
それに、私が勝てばもう三上は私に近づかない。
また、あの平穏な日々に戻るんだ。
「勝負の内容は?」
「お前が決めろよ。昔とは違って、何でだって勝ってやる。」
「・・・。」
相変わらずのふてぶてしさ。
私だって伊達に優等生を演じてきたわけじゃない。
大体の勉強もスポーツもこなせる自信はある。
けれど、私の頭に一番に浮かんだものは。
「サッカー。」
「は?」
三上が目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
当然だろう、サッカーと言えば三上の得意分野に他ならない。
昔から強豪武蔵森でサッカーを続けてきた三上に勝てるわけがない。
「勝つ気ないのかよお前。」
「まさか。」
「じゃあ何で・・・サッカーなめてんのか?」
「1日。」
「?」
「時間は1日。その間に1回でも私がシュートを決めたら勝ち。」
「・・・!」
「それくらい出来るでしょ?武蔵森サッカー部の司令塔。」
三上がサッカーをしている姿は何度も見ている。
中学のときにサッカー部の10番を背負っていたことも聞いている。
多少スポーツが出来るくらいじゃ、叶わないこともわかる。
技術も体力も彼に負けてる。
だけど、私は自分に有利な状態で勝負なんてしたくなかった。それくらいの意地は残っていた。
そんな簡単に終えていいものじゃないと思った。
「・・・上等だ。」
昔の私を知り、今の私を嫌い、勝負を挑んできた彼は不敵に笑う。
昔の自分を隠し、今の自分でいたいと思い続ける私もまた応えるように笑んだ。
この勝負に勝っても負けても、私たちのこの関係はもうすぐ終わる。
もうすぐ、終わるんだ。
TOP NEXT
|