三上とまた話すようになって、結局のところいいように使われる日常が始まってしまった。
それでも以前ほど刺々しさが無くなったと思えるようになったのは、ただの慣れなんだろうか。
それとも、私たちの中で何かが変わりつつあったのかもしれない。
戦う少年少女
「あれ?渋沢くん?」
「さん。」
授業の課題であるグループ研究のために、図書室に資料を探しにきた。
既にそこで資料を探していたのは、最近よく話すようになった私の憧れる優等生。
「もしかしてそっちのクラスも歴史のレポートか?」
「うん、考えてることは同じみたいだね。」
渋沢くんが手にとっていた本を見つめて、彼は私と同じ目的でここにいるのだと理解した。
私も同じような資料がないかとその近くの棚を見回す。
「多分これが最後だ。多分他のクラスの皆も借りていったんだろうな。」
「あ、そうなんだ・・・。どうしよっかな・・・。」
学校の帰り道に確か図書館があったはず・・・そんな思考をめぐらせていると
渋沢くんが一言私に声をかける。
「一緒に調べないか?その方が効率もいいと思うし。」
「え・・・?」
「あ、もちろんさんがそれでよければだが・・・。」
「良いも何も・・・すごく助かるけど・・・渋沢くんもそれでいいの?」
「ああ、こっちもその方が助かる。」
ああ、なんていい人なんだろうか。
嫌味ひとつなく、爽やかな笑顔に心が洗われるようだ。
図書室の長机に資料を広げ、黙々と情報をメモしては疑問に思ったことをお互い質問しあう。
渋沢くんは学年でもトップクラスの頭の持ち主だから、つまづくこともなくレポートはスラスラと書き進められた。
「さすがさんだな。そうか、そうやってまとめれば発表のときわかりやすいな。」
「それを言いたいのはこっちだよ。
この本、やけに難しく書いてあって学生向けじゃないよね。渋沢くんがいなかったらもっと時間がかかってたもの。」
「はは、ありがとう。・・・そういえばさんは何故こんな時間に借りにきたんだ?
もう少し早く借りにくれば、わかりやすいものも残っていたと思うが・・・。」
「ちょっと頼まれごとがあって。そっちを優先したら遅くなっちゃった。
渋沢くんは?今日は部活休みだったんでしょう?」
「俺も監督に呼び出されていたんだ。」
「はは、そうなんだ。お互い大変だね。」
「そうだな。」
渋沢くんも私と同じタイプなんだろう。
先生に信頼され、周りに頼られ、しなくてもいいことを買ってでるような。
ただ私と違うところは、彼にとってはそれが計算でなく当たり前と思えることだ。
「・・・ん?さん、サッカー部が休みになったこと知っていたのか?
監督たちの事情で急な休みだったんだが・・・。」
「ああ、うん。偶然耳にして。」
「・・・もしかして、三上から?」
「えっと、うん。」
サッカー部が休みになったことは三上から直接聞いたことだ。
その場は何を頼まれるわけでもなく、それだけ聞いて別れて。それから私はあえて携帯の電源を切ることを選択した。
だって、三上は絶対今日の歴史の課題を押し付けてくるだろうし。
私も自分の担当分があるし、担任からの頼まれごともあったし。
三上の分までやってられる暇なんてなかったんだ。
いつも極力言うことは聞いていたんだし、今日くらいいいだろう。
携帯の電源が切れたとかいって、どうにかごまかせばいい。
「そうか・・・。」
「渋沢くん、ありがとう。」
「え?」
あの日以来、渋沢くんは私のことを気にしてくれている。
いや、ケガをしたあの日というよりも・・・初めて話をして三上の課題を引き受けていたことを知られた日からかもしれない。
先輩たちに呼び出されたときも気にして追いかけてきてくれたくらいだ。
彼の優しさや気遣いは本当に嬉しく、とても温かいものだった。
私は優等生を演じ頼られこそすれど、何のメリットもなく無条件に優しくしてくれるような温かさを感じたことがなかったから。
「三上くんとのこと、まだ心配してくれてるんでしょう?」
「いや・・・その・・・」
「ケガをした日の後も、三上くんちゃんと気にしててくれたの。
秘密だけど・・・ジュースももらっちゃった。」
「・・・そうなのか?」
「うん、素直じゃないよね。」
三上をかばうわけじゃない。
けれど、もしも渋沢くんが三上について何か思っていたのなら、その誤解は解かなければ。
私は三上から解放されたいとは思っているけれど、決してアイツを貶めたいわけじゃない。
「いろいろ心配してくれて、渋沢くんって本当いい人だよね。」
「そんなことはないよ。俺はただ・・・」
「あはは、謙遜しなくていいのに。」
『・・・ねえ・・・やっぱりー?キャー!』
ふと図書室のドアから数人の女子たちが部屋を覗き、様子を窺っていた。
私がその視線に気づくと、楽しそうに声をあげながらパタパタと廊下を走っていく音が聞こえた。
気づけば窓の外のオレンジ色の景色が少しずつ暗くなりだしている。
図書室にいるのも、私と渋沢くんだけだ。
カウンターに座っている先生の姿は見えないけれど、そろそろ出て行けと言われそうな時間だ。
「資料もまとまったし、そろそろ出ようか?助かりました。ありがとう渋沢くん。」
「ああ、そうだな。俺も助かったし、お互いさまだ。」
本を元の位置に戻しながら、私は先ほどの女の子たちを思い出した。
「あとさ・・・あの、ごめんね。変な噂が広まっちゃってるみたいで。」
「噂・・・?」
「私と渋沢くんがつきあってるとか・・・。随分話が大きくなっちゃって渋沢くん迷惑してるかなと思って。」
「いや、そんなことはないよ。」
渋沢くんにも私にも覚えがないこととはいえ、彼にとってうっとおしくはあるだろう。
彼女がいるとかは聞いたことはないけれど、好きな子でもいたら大迷惑な話だ。
「さんはそれで・・・困っているのか?」
「え?あ、ううん。私は別に噂とかは気にしないから・・・。
ただ、渋沢くんが迷惑してたら嫌だなって。渋沢くんいい人だから、そういうの言い出しづらいよね。」
「そんなことまで考えてくれる、さんの方がいい人だと思うよ俺は。
それに・・・俺はさんが言ってくれるほどいい奴じゃないよ。」
「だから謙遜なんて・・・」
「謙遜じゃない。」
渋沢くんに言葉を遮られることなんて、滅多にない。
しまった、私は何か彼を怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。
不安になり、渋沢くんを見上げた。そこには真剣な表情を浮かべ私を見つめる綺麗な瞳。
「確かに君のことは気になってた。三上が誰かに迷惑をかけてるんじゃないかって、
まるで奴の保護者みたいにいつものおせっかいなだけだったよ。」
「・・・渋沢くん・・・?」
「自分でもよくわからなかった。でも、俺は・・・君を見つけると自然と駆け寄りたくなっていたんだ。」
頭が混乱して整理がつかなくて。
渋沢くんの言葉の意味が、未だ理解できない。
「三上とのことが心配なのは確かだった。だけど、それだけじゃない。」
「・・・。」
「俺は・・・君を自分の所有物のように話す三上に嫉妬していた。」
体が強張って、表情一つ動かすこともできなかった。
どういうこと?だってこんなの・・・どうしたらいいのかなんてわからない。
「俺は君をもっと知りたいと、君にもっと近づきたいと・・・そう思ってる。」
だって、彼は私が憧れる人で。
私とは違う、本当の優等生で、本当に優しい人で。
尊敬して、憧れて、だからこそ皆が噂にするような感情なんて持たなかったのに。
なのに、そんな人が・・・私を知りたいって言ってる。
皆から嫌われて、本当の自分を隠して、
そうすることでしか他人に近づけなかった私に近づきたいと、そう言ってる。
私が理想とした優等生。
皆に好かれ、皆に頼りにされ、そこにいるだけで人が集まるような温かな存在。
何かの間違いと思ってみても、彼の瞳はあまりにもまっすぐで、間違いなんかではないと私に知らせた。
私はしばらく何も言うことができなくて、彼から逃れるように視線をそらしただけだった。
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