「・・・お前、足は?」
「え?」
「もう平気なのかって聞いてんだよ。」
屋上へやってきた私への第一声。
まさかのその言葉に私は一瞬、言葉を失ってしまった。
もしかして本当に・・・三上は私のケガを気にしていた?
「うん、もう平気・・・だけど。」
「そうか、そりゃよかった。」
「みか「これでまた思う存分使えるな。」」
・・・やっぱり。そういうオチですか。
戦う少年少女
「・・・はあ。」
「あ?何ため息ついてんだよお前。」
「またアンタの面倒を見る生活が始まると思えばため息もつきたくなるわ。」
「自業自得だろ、サマ?」
ああ、やっぱりそうだ。三上はこういう性格だった。
1週間何の音沙汰もなかったから、もうこのパシリ生活も終わりだなんて思った私がバカだった。
「最近俺が何も言ってこなかったから安心してたんだろ?」
「・・・。」
「ざけんな。お前がケガしてんのにこき使ったら周りがいつも以上にうるせえだろうからな。
面倒だと思ってしばらくほっといただけだ。」
「あー、そうですかー。」
「そう簡単に俺がお前を逃がすわけねえだろ?」
じゃあ一体いつになれば解放されるのかと頭を押さえた。
平和だった1週間は嘘のように、治った足とともにまた振り出しに戻っただけだ。
「そうだ。」
「何っ・・・ってわわ!」
三上が思い出したように、ポケットから何かを取り出し私に放り投げた。
突然のことに私は慌てて、投げられたそれを取りこぼしそうになりながらもどうにか手に掴んだ。
「・・・何これ?」
「うちの学校名物の桃ジュース。甘すぎて罰ゲームのひとつともなる桃ジュース。」
「いや、知ってるけど。何でアンタが?」
「間違えて買った。お前適当に飲んどけ。すっげえ甘ったるいけど、全部。絶対残すなよ。」
「間違えたってどうし「あーうるせーな!大人しく言うこと聞いとけよ!」」
可愛らしい桃のキャラクターに、ピンク色の缶。
実は私も一度、三上への嫌がらせに買ってきたことがある。
そのときはそのまますごい勢いで投げ返されたけど。
それほどにこの飲み物は甘すぎて、飲めたものじゃないとの評判だ。
だからコレを私にくれるということは、ただの嫌がらせとも取れる。
けれど大不評なのは主に男子の間だけで、甘いものが好きな人にとっては飲めないものではなく
この甘さが癖になるという子だっているほどだ。
その辺は私も例にもれず、好きでもないが嫌いでもないと言ったところだ。
「じゃあ、ありがたく。」
「うっわ、本当に飲んでるし。」
パシリ生活によって、三上の好みの把握をしてしまった私とは違い、三上は私の好みなんて知らないだろう。
けれど、三上は私がこの桃ジュースを飲めることを知っている。
なぜなら、以前三上に桃ジュースを持っていった後投げ返され、私はそれをその場で飲み干したからだ。
忘れているという可能性もあるけれど、三上の記憶力からすればその可能性は低く思える。
彼の言うとおりに自販機でボタンを押し間違える、なんてことをするとも思えないし。
ということはつまり・・・
「間違えて買ったんだ?」
「あ?うるせえな。」
「じゃあこれは三上クンのおごりってことでいいんですよねー?」
「あーうぜえ。勝手にしろ。」
暴言ばかりはいて、思う存分パシれるとか言ってるくせに。
やっぱり私のケガを少しは気にしていたんだろう。
その結果が素直じゃない桃ジュースだというのが少し笑えるけど。
あまりにも不器用で、意地っ張りで。
だけど本当に笑ったりしたら、絶対三上は機嫌を悪くするだろうから。
私も知らないフリをしたまま、もらった桃ジュースを飲み干した。
「そういや、お前さ。」
「何?」
「優等生のフリばっかしてるから、体なまったんじゃねえの?」
「?」
「あんなんで階段踏み外してんじゃねえよマヌケ。」
最後の暴言が気になったけど、そこにわざわざ文句をつけるなんて時間の無駄はしない。
あんなの、とは三上が階段で私の体を押し出したことだろう。
そのときのことを思い出して、私は情けなくなり肩を落とした。
「・・・それは言わないでほしいかも。」
「は?」
だってそうでしょう?
プロレスラーの写真をひっそりと持っていたことがばれて、動揺して昔の口調になって慌てたところで
そのまま階段から落ちることになった。確かに間抜け以外の何者でもない。
それに、もう一つ。
「・・・あの時三上さ、軽く小突いたくらいのつもりだったんでしょう?」
「それが何?」
「・・・はあ・・・。」
「うぜえ!言いたいことがあんならはっきりしろよ!」
三上にとっては軽く小突いた程度でも、私にとっては重く感じた。
三上がそんなに力があるだなんて予想外で、油断していた部分もある。
けれど、三上に力があったわけじゃない。私に力がなかったんだ。
「私は優等生になったんだよ。あんな、皆から嫌われる存在じゃなくて、怖がられる存在じゃなくて。」
「エセだけどな。」
「なのに、おかしい。」
「何がだよ。」
「自分の力が、もう男子に叶わないと思うとなんか・・・なんか、悔しい。」
「!」
三上にとっては軽い力。けれど私にとっては重く感じて。
渋沢くんには軽々と抱きかかえられて、そこから逃れようとしてもビクともしなくて。
強いと思っていた自分。誰も自分には叶わないという自惚れがどこかに残っていたのだろうか。
その自信はいとも簡単に崩されて、残ったのは悔しいだなんていう女らしいとは程遠い感情。
「・・・はっ。」
「うわ、笑わないでくれる?これでも結構傷ついてるんですけど!」
「笑わずにいられるかよ。ざまあみろ。」
「・・・あーもう、ムカつく!」
返ってくる言葉は予想できていたのに、何で三上に言っちゃったんだろう。
私が悔しがってるのを見て、コイツがバカにしないはずがない。
「やっぱりお前、変わってねえな。」
「変わったって言ってるでしょ?追いうちかけないでくれる?!」
「普通の女は男に力で負けて悔しいなんて思わねえよ。バーカ。」
「う・・・。」
それでも、一人でもやもやとしているよりはマシだったのかもしれないと思いなおす。
こんなこと、誰にも言えるはずもなかったから。言えるとするなら、それは本当の私を知ってるたった一人。
「まあ、お前も一応女なんだよな。」
「・・・何、今更。」
「別に。」
「天下のサマも結局はただの女か。」
「何で三上っていつもそう嫌味ったらしいの?」
「誰が嫌味ったらしいって?俺は本当のこと言ってるだけだろ?
そう見えるのなら、お前の根性が歪んでるからじゃねえ?」
アンタにだけは根性曲がってるとか言われたくないんですけど・・・!
声をあげることなんてなく、それでも確実に楽しそうに笑ってるところに腹が立つ。
これからまた、気苦労の絶えない毎日が始まるかと思うと胃が痛くなりそうだ。
なのに、楽しそうに笑う三上を見て自分も少しだけつられてしまいそうになった。
楽しくもなんともないはずなのに。落ち込んだっておかしくない状況なのに。
そんな答えの見えない疑問を胸に秘めつつ、未だ笑いを止めない三上を恨めしげに見つめていた。
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