「、渋沢くんにお姫様抱っこされたんだって?!」
私が階段から落ちたあの日、渋沢くんは好奇の視線も顧みず私を抱きかかえ、
まだ生徒の残る廊下を堂々と歩いた。
「つきあってないって言ってたけど、もうほとんど両思いみたいなものでしょ?実は!」
そんな渋沢くんの行動に慌てたのも、どきまぎしてしまったのも事実だ。
けれど皆が期待しているような感情は、私にも渋沢くんにもない。
そんな感情どころか、あの時私の心を占めていたのは
「そういえばその場に三上もいたって聞いたよ?でものこと助けもしてくれなかったんでしょ?
やっぱり性格悪い奴!」
「・・・バカじゃねえの?」
力なくいつもの暴言をはきながら、顔を俯け表情を見ることもできなかった三上の姿だった。
戦う少年少女
渋沢くんに連れられて保健室へ行き、その後病院へ向かった。
結果、足の捻挫以外に異常はなく、1週間ほど経った今はもうほとんど痛みもない。
「ー、ごめん、ちょっと昨日の宿題教えてー?」
「うん、いいよ。」
最初の数日は大事をとって、松葉杖を使っていたもののそれ以外には別に不自由はなかった。
クラスメイトは相変わらず優等生の私を頼ってくれるし、さらにはいつものお返しとばかりに
足を引きずる私の荷物持ちまでしてくれていた。
「ありがと!じゃあさ、このページの・・・」
「邪魔。」
「あ、何よ三上!」
「お前らがそんなとこで広がってたら、通行人の邪魔。
群がるなら人の迷惑考えてからにしろよ。」
「はあ?!何でアンタにそんなこと言われなきゃなんないのよ!
アンタだってによく頼ってたくせにー!!」
三上がいつもの悪態をついて、友達がそれに反論する。
こういう態度だから性格悪いって言われるんだよね三上は。いや、決して悪くないわけじゃないけど。
私は席に座ったまま、三上を見つめていた。
けれど三上は一度たりともこちらを見ようとはしない。
「何あの態度!マジでむかつく!!」
「まあまあ落ち着いて。」
反論していた友達を適当にあしらって、三上はもう自分の席に座っていた。
眠そうな顔を浮かべて、近くの席の男友達と話している。
「私はみたいに優しくないもん!あれでモテるっていうのも腹立つー!
あんなののどこがいいわけ?!」
怒りが収まらないらしい彼女の言葉は、まさに私が心の中で思っていたことで。
思わず苦笑を浮かべながら、興奮する彼女をなだめる。
「そういや最近アイツ、のところ来なくなったね?」
「え?うん、そうだね・・・。」
そう、あの日以来三上は私のところへもやってこないし、携帯も鳴らない。
もちろん呼び出されてパシリなんて命じられても、足の怪我があったのでは
それに応えられる状態でもなかったけれど。
三上なりに気を遣っているのだろうか?
階段から落ちたのは自分のせいだと・・・そんなことを考えているのかもしれない。
「よかった!があんな奴の言いなりになることなんてないんだから!
には渋沢くんがいるんだからね!」
「ちょ、ちょっと・・・。渋沢くんは別に・・・」
「照れるな照れるな!」
三上と私の噂はどこかへ消え、代わりに渋沢くんとつきあってるなんて噂が流れている。
元々そういう噂があったところへ、私をお姫様抱っこする渋沢くんの姿が見られその噂は広がっていった。
「さん。」
「あ!渋沢くんだー!!」
嬉しそうに声をあげるクラスメイトを一瞥し、後ろを振り返る。
さらに噂が確定的なものにありつつあるのは、私と渋沢くんが少し仲良くなり
以前よりもよく話すようになったからだ。
「足の調子はどうだ?」
「うん、もう全然平気。ありがとう。」
「そうか、よかった。」
彼の優しさには本当に頭があがらない。
階段から落ちた私を保健室まで運んでくれて、こうして会うたびに心配してくれる。
病院に行った次の日にはわざわざクラスまで様子を見に来てくれたほどだ。
「きゃあ!わたしお邪魔じゃないですかー!どうしようどうしよう!」
「邪魔なんかじゃないから・・・。ちょっと落ち着いて?」
「はは、このクラスの友達に用があるんだ。」
渋沢くんも私と同じく、噂なんて気にしていないらしい。
そりゃそうだ。本人たちに全くその気がないのだから気にする理由もない。
私はその噂を聞いたときに大声を出して驚いたというのに、渋沢くんは本当に大人だなあ。
「あー、やっぱり格好いいなあ・・・。いいな、・・・。」
「ほら、休み時間終わっちゃうよ?どこのページだっけ?」
「ああ!そうだった!!」
勉強を教えてほしいということは、次の授業で当てられるからということなんだろう。
そう思い友達をせかすと、やっぱりその通りだったらしく彼女は慌てて教科書とノートを開きだした。
そんな姿に苦笑しつつ、渋沢くんの歩いた先を見つめた。
その方向は三上の席ではなく、別の男子の席。
まあ・・・仲がいいといっても、そんなしょっちゅう一緒にいるわけでもないんだろうけど。
「・・・。」
あの日、渋沢くんは三上に対して相当怒っていたから少し心配だった。
数日前にも三上から謝られたか、なんて聞かれたし。
謝るどころか話していないなんて言えなくて、適当にごまかそうとしたら見事見破られてしまったけれど。
けれど私は三上に謝ってもらう気など全くなかった。
あれは私も油断していたし、ふざけていたから起こったことだ。
そりゃあ、昔のことを盾にして私を振り回すことは謝ってくれてもいいなあなんて思ってるけど。
「っ!渋沢くんを見つめてるとこ悪いけど、教えてー!」
「み、見つめてなんかっ・・・」
「ああー!時間があ!」
あれから三上と渋沢くんが話している姿を見ていない。
私の気のせいってこともあるかもしれないけれど、自分がきっかけで仲が悪くなってしまっただなんて、すごく嫌だ。
渋沢くんにそのことを聞こうにも、なかなか聞けるような雰囲気にならないし
彼では笑顔でごまかされてしまいそうだ。
三上は全く私に話しかけてこないから、奴と話すこともない。
この1週間、あのパシリ生活の前に戻ったみたいだ。
話すこともないただのクラスメイト、ただ同じ教室にいるだけの存在。
三上は私で遊ぶことにも飽きていたのかもしれない。
そりゃあ元々は嫌いな人間だったんだ、そんな女と一緒にいるのが楽しいはずがない。
だから今回の私のケガは三上にとって、今まで通りに戻るきっかけになったのかもしれない。
「ー!ここ、ここが意味不明!」
「ん?えっとそれはね・・・」
それなら私は喜べるはず。
三上が私の過去を知っていることにかわりはないけれど
アイツも興味がなくなったのなら、それほどこだわってはこないだろう。
心配事が消えたわけじゃないけれど、しょっちゅう私に気苦労をさせることもなくなるはずだ。
また、元に戻るだけ。
ただ同じ教室にいるだけのクラスメイトに、戻るだけ。
それが私の望んでいたこと。
望んでいたはずなのに・・・何で、私は、
「!」
ポケットの中の携帯が震えた。
ディスプレイを見ると、それは1週間ぶりに表示された名前。
「?どうかした?」
「ううん、何も。」
私は携帯を眺めた後、小さくため息をつく。
『放課後、屋上で。』
ちょっとした感傷に浸っていたところだというのに、なんてタイミング。
やっぱりアイツは人をおちょくるのが好きみたいだ。
こちらを見ようともしない三上を横目に、私は一言了解と返して静かに携帯を閉じた。
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