「ねえ。」
「ん?」
放課後になり、帰り支度の整えていると
クラスの数人の女子が興味津々といった顔でこちらを見つめる。
「実は渋沢くんと付き合ってたの?」
「・・・。」
あれ?前にも同じようなことがあったぞ。
そうそう、何故か三上と付き合ってるのかなんて聞かれて。
そして私はあまりの予想外の質問に
「はい?!」
間抜けな声をあげることになるんだ。
戦う少年少女
「ちょ、ちょっと待って。前から一体何なの?」
前の三上との件なら不満だが理由がわからなかったわけじゃない。
突然仲良くなったかのように見えた私たち。
三上の自分のもの(といっても奴にとっては下僕)宣言。
勘違いされる要素はいくつかあるし、彼女たちが勘違いする理由もまあ頷ける。
でも渋沢くんと私にはほとんど接点がない。クラスだって違うし、話すことだって数えるくらいしかないのに。
「だって、裏庭で抱き合って見つめあってたって噂が流れてるよー?」
「三上はともかく、渋沢くんはいいよねえ!
と渋沢くんだったらお似合いだし。悔しいけど!」
何がどうなってそんな噂になるんだ、と思考をめぐらせて
そしてまた原因に行き当たる。
この間、先輩たちにからまれて渋沢くんに助けてもらったあの日だ。
転びそうになった私を渋沢くんが支えてくれた。
見方を変えれば抱き合ってるようにも、見詰め合ってるようにも見えたのかもしれない。
ああ、頭が痛い。
どうしてこの学校はこんなにも噂好きなんだ。
しかも本人たちの何も知らないところでそれが広まっていくという厄介さ。
「それも誤解。私が転びそうになったのを支えてくれただけだよ。」
「ええ!そうなの?!」
「渋沢くんが私なんかを相手にするわけないじゃない。」
そう。彼は正真正銘の優等生であり、誰もが認める優しい人だ。
私とは違う。だからこそ憧れる人ではあると思うけれど。
「それってさー・・・渋沢くんが相手にしてくれるなら、もOKってこと?」
「は?」
「キャー!初めてから男の子がいいって言葉聞いたー!」
「ちょ、ちょっと待っ・・・」
「だよねー!ってばクラスの男子にも先輩にも興味ないって顔してたもんねー!
やっぱりみたいな子には渋沢くんくらいじゃないと男に見えないのかな!」
「いや、だから・・・」
噂話から何故か私の恋愛話に発展してしまった。
ああもう、そういう意味じゃないのに。
そう思っている私は無視して、彼女たちはさらに盛り上がりを見せる。
「やっぱり三上よりも渋沢くんの方があうよねえ、には。」
「そうそう、あんな性格悪そうな男やめときなって!ぜーったい女の子を泣かせるね!」
まあそれは否定できないけど。
でもそもそも三上とだってそういう関係でも何でもないんだけど。
「・・・あ。」
「どうしたの?」
ポケットの中の携帯が振動している。
・・・嫌な予感。とっとと家に帰っていればよかった。
「・・・。」
携帯を開けば、もう何度も見慣れた名前。
ここでこのメールを無視して帰っても・・・勘のいい奴はそれに気づくんだろう。
いい加減にしろと心の中で悪態をつきつつ、用事が出来たからと告げて教室を出た。
「アンタ、部活じゃないの?」
「今日は休み。」
「だったらとっとと帰ればいいものを・・・」
「何か言いマシタ?サン?」
「いいえー。何も言ってませんケド?」
もう本当にコイツは・・・。
暇つぶしで私を呼ぶのは止めてほしい。
なんて言ったって無駄だから言わないけど。
「それで?何の用?」
「別に。」
「用もないのに呼ばないでくれる?」
「いいだろ、どうせ暇なくせに。」
どうせ暇って・・・そんな理由で呼び出すなよ本当に。
確かに別にすることなんてなかったけどさ。って、認めるのも悔しい。
「私だっていろいろあるのよ。暇人のアンタと違って。」
「・・・へえ。何が忙しいわけ?」
「・・・そりゃあ、友達と遊んだり、家でゆっくりテレビ見たり・・・」
「それ暇って言うんじゃねえの?」
「い、言いません!どっちも大事な用事!」
「は、そうかよ。」
三上がバカにしたように笑う。
慌てて作った言い訳なんて、見抜いているかのように。
ああもうやっぱり悔しい。何か用事作っとけばよかった。
「お前、渋沢と付き合ってるんだって?」
「・・・あ、アンタまで・・・!どこまで噂好きの学校よここは!」
「違うわけ?」
「当たり前でしょ?」
「だろうな。渋沢がお前みたいなエセ優等生相手にするわけねえし。」
「エセは余計。でも確かに渋沢くんは勿体なさすぎるわよ私には。」
「随分卑屈だなあ?サマ?」
「本当のこと言ってるだけ。」
「ふーん。」
やはり三上は皆のように渋沢くんとの噂を信じてはいなかった。
それは彼が本当の私を知っていて、私と渋沢くんがお似合いだとは思っていないからだ。
そればかりは反論もしない。私自身もそう思っていることだから。
「渋沢はともかく、お前の方は結構本気かもとは思った。」
「は?何で?」
「昔から強い男が好きだっただろ、お前は。」
「・・・な、何を・・・!」
「何だっけ?あの頃有名だったプロレスラーの写真を大事そうに・・・」
「ちょ、ちょっと!!何、何の話!ていうか何でアンタがそんなこと・・・」
「さあねえ。」
力が全てだと思っていたあの頃に、そりゃあ強いプロレスラーの試合なんて見たら憧れるのも当然で。
でもそんなもの持ってるなんて恥ずかしいから、こっそりと財布に忍ばせていたというのに。
何でそんなことまでコイツは知ってるのよ・・・!ますます弱みを握られた気分だ。
「よ、用がないから私はもう行くわよ?」
「あ、俺も行く。」
「アンタの暇つぶしのためにいちいち呼び出されてたら、たまったもんじゃないわよ。」
「はっ、サマの器が小さいだけじゃねえの?」
三上と言い合いを続けながら、荷物がある自分たちの教室に向かう。
「・・・あーもう本当にイライラする!腹立つ!」
「え、何?プロレスラーの写真持ってたことが?」
「キャー!止めろって言ってるでしょー?!」
「お前、過去が云々よりもそっちの方が恥ずかしがってねえか?」
「ああもう、それだけは誰にもバレてないと思ってたのに・・・」
「バレバレだっつの。その写真見てにやついてたことも。」
「・・・っ・・・もう喋るなバカ三上!何も言うな!」
「随分偉そうだなあサマ?自分の立場わかってんのかよっ。」
「痛っ・・・って、え?」
我を忘れて昔のような口調で三上を怒鳴ると、
調子に乗るなとでも言うように、三上が私の体を叩くように押し出した。
「・・・は・・・?」
けれどその力は思いのほか強くて。
しかも運悪くその場所は階段で。
私も三上も唖然としたまま、私は階段から足を踏み外す。
「・・・き、きゃあああっ!!」
「っ!!」
足に鈍い痛みが走り、階段にぶつけただろう腕も背中も痛んだ。
けれど、そんなに勢いがなかったために数段転がり落ちるだけですんだ。
「・・・っ・・・」
「お、おいっ・・・」
「・・・さん・・・?!おい、どうしたんだ?!」
おそらく私の声を聞きつけてだろう。
めずらしく慌てた声の三上のほかに、もう一人聞き覚えのある声が私の傍に駆け寄ってきたのがわかった。
「さん?!何が・・・。おい三上、何があったんだ?!」
ああ、やっぱり。
その声の主は渋沢くんだった。
「・・・ちょっと遊んでたら、コイツが勝手に落ちた。それだけだよ。」
「・・・遊んで・・・?一体何をしていたんだ?!」
バカ三上。そんな言い方したらアンタが私を突き落としたみたいじゃないのよ。
人のいい渋沢くんが怒るのも当然。渋沢くんと長い付き合いのアンタなら尚更わかっているだろうに。
「大丈夫か?立てるか、さん。」
「・・・だ、大丈夫。本当にそんなに大げさなことじゃ・・・っ・・・」
どうやら落ちるときに足をぶつけたか、ひねったかしたらしい。
うまく立ち上がることができない。
「三上、お前も手を貸せ。」
「・・・いやだね。」
「彼女はお前の目の前で落ちたんだろう?心配じゃないのか?」
「・・・ソイツが勝手に転んで落ちたんだろ?何で俺が面倒見なきゃならねえんだよ。」
「三上!お前っ・・・!」
私の目も、渋沢くんの目も見ていない。
この言葉は三上の本心じゃないんだろう。
不本意だけれど、一緒にいる時間が増えすぎてわかってしまう。
三上の素直じゃない不器用な性格も。
渋沢くんだってわからないはずはない。
けれど今彼は三上の態度に怒りを感じ、それに気付かない。
「ちょっと痛んだだけだから。大丈夫だよ渋沢くん。」
「さん・・・。」
「それに本当なの。こんなところでふざけてたのがいけなかった。」
そりゃあ私の体を押したのは三上だけど。
三上にそんなに力があるなんて思っていなかったし、場所が階段の前だっていうことも忘れてたのは私だ。
だから三上だけが悪いとは思ってない。自分にも責任がある。
けれど、こういうときには嫌でも思い知らされるなあ。
昔は私の方が誰よりも力があったのに。男と女の差は確実に出てくるものなんだ。
「・・・はっ、こんなときでも優等生面か?」
「三上!」
「違う。これは本心。」
「!」
三上は驚いたように私を見た。
それは私の言葉にだろうか。それとも渋沢くんの前でも優等生の仮面をつけなかったことにだろうか。
だって仕方ないじゃない。ここで仮面を被っていい人のフリなんてしたら三上の感情の行き場がない。
コイツは卑怯で嫌な奴だけど、根は腐ってない。
人のケガを心配する優しさくらいは持っている、と思う。
「・・・バカじゃねえの?」
「・・・もういい!行こうさん!」
「え、ちょ、ちょっと待っ・・・!」
渋沢くんにしては珍しく、怒りが頂点に達したのかもしれない。
私の言葉も聞かずに、私の体を抱えあげた。
「見損なったぞ、三上!」
「し、渋沢くん!私歩けるってば!」
「すまないが、少し我慢していてくれ。こうするのが一番速い。」
漫画で読んだことがある、お姫様抱っこというやつだ。
よもや自分がそんなことをされるとは夢にも思わなかった。
そして軽々と私を持ち上げる渋沢くんはやっぱり男なのだなあと思った。
私が自慢気に誇示してきた力は、もう彼らには叶わない。
渋沢くんの肩の先に三上の姿が見えた。
三上は顔を俯けて、私からはどんな表情をしているのかわからなかった。
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