さん。」

「あ、渋沢くん。」



初めて話したあの日から、渋沢くんはよく私を気にかけてくれるようになった。
私の姿を見かけると、彼は決まって声をかけてくれる。

しかし、なぜだかいつも渋沢くんに会うタイミングは悪すぎる。



「昼は購買なのか?」

「え、う、うん。渋沢くんも?」

「ああ、いつもは弁当なんだが今日は忘れてしまったんだ。」

「そうなんだ。」



私は今日も三上に頼まれたパンを手に持ち、しかも5分以内に帰ってこいという
時間制限までつけられていた最中だった。



「それじゃあ私、行くね。」

「ああ。」



渋沢くんが力になってくれると言ってくれたことは嬉しかったし、少しの希望も持てたけれど
やっぱり私の過去を三上に握られている限り、どうにもならないのだ。



内心では盛大にため息をつきながら、笑って手を振る渋沢くんに私も笑みを返した。














戦う少年少女















「ちょっと三上。」

「何だよ。」

「アンタは限度ってものを知った方がいいわ。」

「何だお前いきなり。他人にわかるように説明しろよ単細胞。」

「・・・っ・・・。」





今日も今日とて口が悪い。態度も悪い。
それでもそんな仕打ちに必死で耐えてきた私は、少しは認められてもいいんじゃないか。





「昼休みにこんな風に呼び出したりするから変な噂が流れるんでしょう?」

「変な噂?」

「私とアンタが付き合ってるとか!」

「あー、それか。くだらねえ。」

「アンタだって私と噂があるなんて嫌でしょ?」

「あー嫌だ。心底嫌だ。」

「だったらもう少し周りを気にしてよ。」

「けど、周りを気にするのも面倒くせえし。」

「・・・このっ・・・」





アンタはどうでもよくても、私はどうでもよくないっての。
私は三上と違って周りの反応が怖いし、何より三上と付き合ってるだなんて思われたくない。





「こうして昼休み抜け出してくるのだって怪しまれてるのに・・・。」

「だったらいいぜ?」

「え?」





もしかして周りを気にしてくれるのだろうか。
そんな期待をこめて、俯けてた顔を上げる。





「付き合ってることにしても。」

「・・・はあ?!」

「その方が自然で、お前を好き勝手使えるっつーんなら別に。」

「・・・。」

「そしたら周りも原因がわかって静かになるんじゃねえ?」





期待した私がバカだった。
ケラケラと笑う三上に怒りやら呆れやらの感情が沸いてきて、もはや言葉にもならない。





「は、何間抜けな顔してんだよ。」

「・・・アンタって本当に最低。」

「お前に言われたくねえけどな。」

「三上と付き合ってるなんて、嘘でも絶対イヤ。」

「・・・いい度胸してるじゃねえか。」

「・・・。」





ああ、こうしてまたコイツは過去を盾に私を脅すのだ。
自分に逆らうなと。自分の立場がわかっているのかと。
それは私が昔してきたことだ。この悔しい思いをきっとたくさんの人にさせていたんだ。

だからと言って、やっぱりそれを黙って受け入れられるほど私は人間が出来ていない。





「・・・三上は私をどうしたいの?」

「あ?」

「昔、私は三上を傷つけたんだと思う。だから昔のことを謝れっていうのなら謝る。
殴られた分殴りたいっていうのなら、そうしてもいい。」

「・・・。」

「私が昔、ひどいことをしてきたのはわかってる。
だけど私は・・・そんな自分に後悔してきたし、変わりたいと思ってる。
私ができることならするよ。でも・・・私の生活を崩すようなことは止めてほしい。」





俯きながら言ったその言葉は、私の本心だった。
三上は私を恨んでる。だから私の嫌がることをしようとする。
それはわかっていても、やっぱり私は普段の生活が大事で。
あんなにないがしろにしていた人との繋がりを必死で守っている。
それが簡単に崩されるような行動をしてほしくないんだ。





「・・・丸くなったもんだな、天下のサマも。」

「・・・いろいろ学んだのよ。」

「けど、崩されて困るような生活してんのかよお前。」

「・・・え・・・?」

「猫かぶって優等生面で誰にでもいい顔して。それがお前か?違うよな?」

「!」

「優等生でいることがお前の言う、変わりたいってことなわけ?」





三上の言葉が胸に突き刺さるようだった。
だって私にはそれしか方法がなかった。
本当に自分なんて見せたら、きっと昔のように拒絶され嫌われてしまう。
だから演じるしかなかった。優等生の自分を演じるしかなかった。

それが薄っぺらな繋がりだったとしても、私はその繋がりに縋るしかなかった。





「・・・でも、優等生でなきゃ私はきっと・・・誰にも認めてもらえなかった。」

「は?だったら世の中全部が優等生じゃなきゃ認めてもらえねえってことになるけど。」

「本当の私なんて見せたら、誰も近寄らないでしょう?アンタと同じで皆私を嫌いになる。」

「・・・。」

「だから・・・お願いだから、それだけは壊さないで。」





縋るような目で三上を見た。
それが通じるような相手ではないのかもしれないけれど。
もしかしたら少しくらい同情して、こちらの気持ちを汲んでくれるかもしれない。





「・・・俺は・・・」

「・・・?」

「俺は、昔のお前は嫌いじゃなかった。」

「・・・は?」





三上の口から出てきたのは、私を蔑む言葉でも、同情の言葉でもなく
全く予想すらできない言葉だった。





「別に全員が全員、お前を恨んでたわけじゃねえよ。」

「・・・ちょ、ちょっと待って。アンタは私を恨んでて、嫌ってるんでしょ?」

「ああ。」

「じゃあ何なの?矛盾しすぎなんだけど。」

「俺が嫌ってるのは、今のお前だ。」

「はあ?!」





さらに訳がわからない。
三上は昔の私を知っていて、それが原因で私を嫌ってるんだと思っていた。
なのに、昔の私を嫌っていたわけじゃなく、嫌っているのは・・・今の私?





「意味わかんない・・・!私、三上に何かした?大体ほとんど話したことなかったでしょ?!」

「うるせえな。自分で考えろよそれくらい。」

「・・・やっぱり私がアンタのことを覚えてないことが原因・・・?」





そう、私と三上は同じクラスになってからほとんど話したことのない、ただのクラスメイト同士だったんだ。
しかも私は優等生を演じていて、誰かを怒らせるような行動だってした覚えはない。
そう考えれば、行き着く考えはそれくらいしかない。





「・・・さあな。」

「ちょ、ちょっと何それ・・・!」

「思い出してみればわかるんじゃねえの?」

「そ、それが思い出せないから困ってるんでしょ?!」

「は、いい気味だ。」





こんな意地悪でふてぶてしい奴が私の傍にいたのなら、絶対忘れないと思うのに。
けれど、あの頃の覚えている誰をあてはめても、三上にはたどり着かない。

一体私はどれだけ記憶力がないんだ、なんて考える一方で
三上のさりげない一言が、頭の中で繰り返されていた。





「俺は、昔のお前は嫌いじゃなかった。」





三上のその一言に、私は不覚にも嬉しさを覚えた。少しだけ、心が軽くなった気がした。
・・・なんて、そんなこと言ったら三上は絶対調子に乗るから口には出さないけど。
今の自分を否定されたというのに、おかしな話だ。

そしてふと思う。
今の自分は作り物の自分。否定されても傷つかなくて当然だ。





「優等生でいることがお前の言う、変わりたいってことなわけ?」





過去を盾に私を脅す最低な奴なのに。
時々三上は私の心の核心をつくようなことを言う。
そのたびに私は何度も何度も頭を悩ませ、考えさせられる。
けれどそれは三上が、本当の私と向き合ってるということだ。





「みか・・・」

「何ボーッとしてんだよ。飲み物無くなった。」

「・・・。」

「ヨロシク、サマ。」





まあそれと、今の三上に腹が立つということはまた別問題だけど。
アンタの嫌いな格別に甘い桃ジュースでも買ってきてやろうか。



やっぱりムカつく奴。せっかく少しは見直せると思ったのに。









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