「ねえ。」

「ん?」





次の授業のために教室を出て、目的の部屋へと移動するその途中。
世間話を途中で切り、私よりも背の低いその友達は表情を窺うように私を見上げた。





「三上と付き合ってるって本当?」





あまりに突然のことで、そしてあまりにも予想外なことで。
一瞬、頭が真っ白になって硬直すると





「・・・はあ?!」





普段出さないような大声に、普段見せないような唖然とした間抜けな顔。
友達はそんな私の姿に戸惑いながら、
違うの?私はてっきり・・・なんて、また驚くべき返事を言ってのけた。













戦う少年少女














「・・・えっと、ゴメン。びっくりしちゃってつい声荒げちゃった。
どうしてそんな風に思ったの?」





三上は今、私にとって面倒なことばかりを持ってきては押し付け
しかもそれに困っている私を笑いながら楽しんでいる、やっかい者だ。
隠してはいるけれど、私の過去を盾に脅され、
私は今や彼の食べ物や飲み物まで熟知しているパシリと化している。

私にとってはやっかいごと以外の何者でもない。
一体なにがどうなったら、アイツと付き合っているなんてことになるんだ。





「だって、最近よく三上と一緒にいるじゃない。
それに二人が屋上で楽しそうに話してるのを見たって子もいるし・・・。」





ああ、頭が痛い。
私たちのどこをどう見たら、楽しそうだなんて言えるんだ。
険悪で殺伐とした雰囲気ばかりのはずなんだけど・・・!





「それに三上、よくにノート借りにきたり返しにきたりしてるでしょ?」

「まあそれは・・・そうだけど・・・。でもノートくらい私は誰にでも貸すよ?」

「あとはホラ、ちょっと前にさ、に偉そうにノートを返した三上を皆で怒ったじゃない?
その時確か三上って「は俺の彼女だからいいんだ」みたいなこと言おうとしてたから余計にだよね。」

「な、何それ・・・?」





いつ言ったんだそんなこと・・・!
と、頭の中では混乱しつつ少し思い返してみる。

ちょっと前・・・?皆で三上に怒った・・・ってまさか。



「いいんだよ、だってコイツ俺の「三上くん!間違ってたとこ教えてくれる?私も知りたいし!」」





・・・あの時の?!
ちょっと待って皆、どれだけ想像力豊かなんだ・・・!





「違うよ、あれはそういう意味じゃなくて・・・!」

「え、違ったの?」

「そう、そんなのじゃなくて・・・」





って、本当のことなんて言えるわけないし。
三上が言おうとしていたセリフの続きが、『コイツは俺の下僕』だったなんて口が裂けても言えない・・・。





?」

「と、友達!実は結構気があうっていうのがわかって、それで最近は結構話してたの。」

「えー、本当?はそうでも向こうはそうじゃないんじゃないのー?」

「あはは、まっさかー。」





本当にありえないよ、そんなこと。
三上は私を好きになるどころかとことん嫌ってるんだから。
恨まれて、過去を盾にしてパシリにされるなんてこともされてるんだから。

・・・なんて、言えない。言えるわけもない。





















「ああ、よかった。まだいたか、さん。」

「?」





放課後になり、担任に頼まれた資料整理をしていると突然教室のドアが開いた。
焦った声で私を呼ぶ声が聞こえ、私は顔をあげてそちらを見た。





「あれ?えっと・・・A組の渋沢くんだよね?どうしたの?」

「俺のことを知っているのか?外部生だったのにすごいな。」

「まあ・・・有名だからね渋沢くんは。」

「そうか?そんなことはないと思うが・・・。」





中等部からこの学校にいた生徒は知らない人がいないんじゃないかってくらいの有名人。
私は高校からこの学校に入ったけれど、クラスメイトに良く聞かされていた。
A組の渋沢くんはすごくサッカーがうまくて、1年にしてもう正レギュラー候補なんだよとかなんとか。

まあそれはうちのクラスに三上がいたからというのもあったのだろうけれど。
サッカー部は他にもいるのに、何故だか渋沢くんと三上の話題はセットで出てくることが多い。





「それでどうしたの?」

「ああ、すまない。この資料なんだが・・・うちのクラスの担任に渡されていたのをすっかり忘れていて・・・。
C組のさんが資料をまとめているから、持っていくように言われていたんだ。」

「ああ、渋沢くんが持ってたんだ。」





資料整理とは、この学年のプリントをまとめるということだったのだけれど
通りでA組の資料が足りないと思った。後で担任に聞こうと思っていた手間が省けた。





「大丈夫、まだ間に合うよ。わざわざありがとう。」

「いや、俺がすっかり忘れていたから・・・すまなかった。」

「あはは、そんなに気にしなくていいのに。」





普段、三上みたいな意地の悪い奴といることが多くなったからだろうか。
渋沢くんのような誠実さに心安らぐ。謝ってくれただけなのにとてもいい人のように見える。
まあ彼の評判を聞く限り、元々いい人なんだろうけれど。





「ジャージのままだね。練習抜け出してきたの?
こっちは大丈夫だから、戻っていいよ。」

「いや、もう練習は終わったんだ。それで思い出して慌てて・・・。」

「あ、もうそんな時間なんだ。」

「そんなに時間がかかる作業を一人で・・・大変だな。」

「ううん、たいしたことはないの。遅くなっちゃったのは他の作業をしてたからだから。
でももうすぐ終わるから、気にしないで。」





本当のところ、この仕事はここまで時間がかかるものじゃなかった。
けれど、三上の奴がサボリがバレて出された課題まで押し付けてきたから
こちらの作業がなかなか捗らなかったのだ。
渋沢くんと同じサッカー部の三上も、こっちのことなんて忘れて今頃悠々と帰宅してるんだろう。
ああもう、思い出すだけでも腹が立ってきた。





「俺も手伝うよ、何をしたらいい?」

「・・・へ?」

「すぐに終わるというのなら、二人でやった方がもっと早いだろう。」

「そりゃそうだけど・・・ってそうじゃなくて。
渋沢くん練習終えたばかりでしょう?こっちは本当に平気だから・・・。」

「ありがとう。でも大丈夫。」

「でも・・・」

「こうして押し問答してる時間が勿体ないと思わないか?」

「・・・う・・・まあ、その通りだけど・・・。」

「それならさっさと済ませよう。こちらのプリントをまとめればいいんだな?」

「うん、そう。それでそっちに避けてあるプリントを重ねて・・・」

「ああ、わかった。」





わざわざ自分から面倒なことをするなんて、優等生の皮をかぶった私とは違う。
この人こそ本当の優等生なんだろう。誰に聞いても彼の評判がいい理由がなんとなくわかった。





「ありがとう渋沢くん。」

「俺もさんに迷惑をかけたからな。お互いさまだ。」





そしてこの笑顔も。
私みたいな作られた笑顔じゃないんだろう。
彼を見てると、まがい物優等生の自分が情けなくなってくる。





さん、これは・・・っと。」





渋沢くんがプリントを揃えながらこちらに振り向く。
すると彼のひじが、机に置いてあったノートに当たりそこに重ねてあったプリントとともに床へと落ちる。





「すまない、落としてしまっ・・・あれ?」

「あ。」

「これは・・・三上のノート?プリントの方も同じか。」





しまった。さっきまでやっていた課題をそのまま出しっぱなしにしていた。
だってもう誰も来ないと思っていたし、忙しくてノートをしまう気にもならなかったし。
ああどうしよう。渋沢くんがノートに書かれた三上の名前を凝視してる。





「何でさんが・・・」

「あーっと・・・それは三上くんに先生に提出しておいてって頼まれたの。」

「・・・またアイツは・・・。そんなの自分でやればいいのにな。さんはただでさえ忙しいだろう。」

「まあホラ、どうせこの資料を渡しにいくから。ついでだよついで。」

「・・・。」





渋沢くんが難しい顔をしながら、何も言わずに私を見つめた。
な、何だろう?今わたしは何かおかしなことでも言っただろうか。





「・・・さんが三上と付き合っている、というのは本当なのか?」

「・・・え?!」

「不躾にすまない。ちょっと・・・気になっていたから・・・。言いたくなければ言わなくてもいいんだ。」

「あ、ううん。そういう噂はあるみたいだけど、付き合ってないよ。」





まさか渋沢くんの口からあんなくだらない噂の話が出てくるとは。
驚きつつ、私は友達にしてしまったような反応はしないように気をつけて冷静に返事を返す。





「そうか・・・。」

「どうしたの?突然。」

「いや、三上から君のことを聞いたことがあったんだが・・・。
なんというか、遠慮がないというか、気心が知れてるというか・・・そんな話し方をしてたから・・・。
それに周りの皆も二人は付き合ってるって思いこんでいたみたいだし。」

「・・・そう。」





遠慮がなくて、気心が知れてるっていうのは渋沢くんなりの気を遣った言い方なんだろうけれど・・・。
アイツは一体私をどんな風に話してるんだ。余計なことを話したりしてないだろうか。
ていうか、何で渋沢くんや他の人たちと話してて私の話題が出てくるのよ。





「・・・ちなみに三上くん、私のこと何て言ってたの?」

「え・・・。」





三上が渋沢くんに余計なことを言っていないか、軽い確認のつもりだったんだけど。
渋沢くんが言いにくそうな困った表情を浮かべる。
ちょ、ちょっと待って。アイツ、本当に私の昔のことを言ったんじゃないでしょうね?!





「あはは、三上くんが口調が少し乱暴なのはわかってるから。何言われてても気にしないよ。」

「べ、別にひどいことを言っていたわけじゃないぞ?」

「そうなんだ?」

「アイツの言い方はまるで・・・自分の所有物のような・・・そんな言い方だったから・・・。
だから俺も皆もさんが彼女なんだと思っていたんだが・・・。」





・・・所有物?!
何だって私がアイツの所有物にならないといけないんだ。
というか渋沢くんはかなり濁して言ってるけど、それでも想像はつく。
きっと三上は私のこと、パシリにできるとか、下僕だとかそれに近いことを言ったんだろう。

さすがに笑顔もひきつってきた。もう本当アイツ、なんとかならないだろうか。





「・・・ひ、ひどいなあ三上くん。」

「でも、さんは三上の彼女じゃないんだよな?」

「うん、違うよ。」

「三上がさんをよく頼ってるって言うのも、同じサッカー部の仲間から聞いてる。
さっきのノートとプリントもそのうちの一つじゃないのか?」

「・・・あ、あの・・・」

「少ししか見えていないが、そのプリントの文字は三上のものじゃないだろう?
数字しか書かれていないとはいえ、俺も長い付き合いだからそれくらいはわかるよ。」

「!」

さんは人がいいから、断りたくても断れないんじゃないか?」





予想外な人が、予想外なことを言った。
人がいいから、なんて理由じゃないけれど、確かに私は三上に逆らえない。





「アイツは気心知れた人に遠慮がないから・・・。
さんが何でも聞いてくれるから、甘えてしまっているのかもしれない。
だけどこんな時間まで一人で作業してるさんに頼むなんて行き過ぎだ。」





甘えるだなんてそんな可愛いものじゃないけどね、と心の中でつけたしながら
私は黙って渋沢くんを見つめていた。





「余計なことかも知れないけれど、さんに負担がかかるのならちゃんとそう言った方がいい。」





本当にこの人はすごい人だなあ。
さっき初めて話したばかりの私の心配までしてくれてる。





「言いにくいのなら、俺から伝えてもいいから。」





中学の頃はサッカー部のキャプテンで、三上が頭の上がらなかった人だったらしいと聞いていた。
しっかり者で、優しくて、頼りになる・・・まさに絵に描いたような優等生。

全く予想していなかったところで、意外な味方が出来た。



私が三上に逆らえない理由を知られたわけでもないし、事態が好転したわけでもないけれど
何故か私は彼の言葉に少しだけ安心した。

それはきっと彼が私の目指している、本当の意味で皆に愛される人だと感じたからなんだろう。






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