「おい。」

「な、何?三上くん。」

「お前この間の数学、間違えてんじゃねえか。何が私を誰だと思ってるだ「三上くんー!」」





机を囲んで談笑していた友達が、どうしたんだという疑問の表情で私を見つめる。
三上の言葉を必死で止め、慌てた様子の私を三上がにやけた顔で見下ろしている。





「この前貸したノートの話だよね?ごめんね、間違ってたんだ。
でも私も間違いに気付けてよかった。」





内心すごく慌てていたけれど、それでも今まで浮かべてきた穏やかな笑顔は崩さずに。





「ちょっと三上!貸してもらったくせに文句言ってんの?」

もそんなところまで気にしなくていいんだよー?何で謝ってるの?」





私をかばってくれる、優しい友人たち。
けれど、今のその優しさは逆に私を追いつめる。





「いいんだよ、だってコイツ俺の「三上くん!間違ってたとこ教えてくれる?私も知りたいし!」」





ホラ、この男はその優しささえも利用して、私を困らせようとするから。





ああ、はやくこの男から解放されたい・・・!













戦う少年少女















「・・・はあっ・・・はあ・・・」

「あ、マジで来た。」





昼休み、友達と机を囲んで楽しくお弁当を食べていたというのに。
ポケットの中で震えだした携帯。
携帯を開いて、その内容を見て私はすぐにそこから走り出した。





「もう、本っ当にふざけないでってば!お昼くらいゆっくり食べさせなさいよ!」

「一応まわりにも人がいるけど、そんな声出しちゃっていいのかよ、サマ。」

「!」





携帯にはたった1行のメール。『飲み物買って屋上に来い。5分以内。』
正直見なかったことにしようかとも思ったけれど、そんなことをしたら今よりもっと行動がエスカレートしそうだ。
私は友達に用があるからと言い残して、急いで飲み物を買い屋上へとやってきた。

勢いに任せて三上に文句を言ってしまったが、確かに昼休みの屋上はまばらだが人がいる。
私は周りを見渡して、その数人がこちらなど気にしていないことを確認し、安堵のため息をついた。





「私にも友達づきあいってものがあるのよ。それくらい貴方にもわかるでしょ、三上クン。」

「知るかよ。何で自分の下僕にそんな気遣わなきゃなんねえんだよ。」

「・・・誰が下僕・・・」

「あ?何か言いましたかサマ。」

「くっ・・・」





そうだった、コイツは私が困ってるのを見て楽しむ奴なんだ。
私がこうして訴えても、面白がりこそすれど、同情してくれるなんて思えない。





「で、飲み物は?」

「・・・ああ、ハイ。」

「お、最初の頃みたいにあっまいジュースを持ってくるようなことはなくなったか。」

「・・・おかげさまで。」





三上は何が食べたいとか、何が飲みたいとか具体的なことは言わずに
食べ物や飲み物を買ってこいというから、買うものを迷ってしまう。
けれど、悲しいことにコイツのパシリ生活を続けていくうちに、三上の好みがわかってきてしまった。





「ていうかアンタはいつも屋上にいるわね。暇なの?」

「あー暇だね。だからお前、なんか面白いことでもしろよ。」

「私が面白いことするより、友達とでも遊んでた方が楽しいんじゃないの?」

「別に。屋上で寝てる方が有意義だね俺にとっては。」

「・・・。」





じゃあそのまま一人で寝てろよ、と思う私はやっぱり性格が悪いだろうか。





「お前も同じじゃねえの?」

「は?」

「優等生面して周りの話題にあわせて笑ってるより、一人の方が気楽だろ?」

「!」

「お前の笑顔は嘘くさいんだよ。周りが騙せても俺を騙せると思うな。」

「・・・何言ってんのよ。私はもう変わったの。あの頃の私じゃないわ。」

「どうだか。」





三上の言葉があまりにも的を射ていて、思わず言葉を失い動揺する。
確かに正直なところを言えば、もともと女の子らしいことに興味のなかった私は
オシャレとか、化粧とか、好きな男の話なんかで盛り上がることはできなかった。
彼女たちの話についていくことはできる。
でもついていくだけ。楽しんでいるように笑っているだけ。本当の自分を隠したままに。



屋上に心地よい風が吹く。
まだ夏になる前の、暑くもなく寒くもない丁度よい風。
このまま教室に戻るよりも、ここで少し休んでいたい。
隣には三上がいて、心穏やかにはなれそうにもないけれど
逆に考えれば今は三上と二人。昔のことを聞き出すチャンスだ。





「三上はさ、私を恨んでるのよね?」

「・・・そうだよ、何を今更。」

「それで・・・私がアンタを覚えてないこと、怒ってるのよね?」

「・・・もうどうでもいい、それは。」





確かに私に復讐がしたいだけなら、私が三上を思い出そうが出さまいが
もうどちらでもいいのかもしれない。
けれど三上と話したあの日、三上は私が彼を覚えていないことに怒っていた。
さらに、あの頃の私をはっきり覚えてる。姿や言葉遣いが変わってもわかるくらいに、はっきりと。

それはつまり、三上が私と深く関わった人間だということだ。
従わせていたたくさんの奴らじゃない、その他大勢じゃないんだろう。





「私さ、あの頃のこと思い出してるんだよね。」

「・・・ふーん。」

「私はたくさんの人を従わせていたけど、特にパシリにしてた子がいたなあ、とか。
女のくせに生意気だって向かってきては、私に返り討ちにあってた子がいたなあ、とか。」

「は、そんな奴ばっかりしか思い出せねえのか。最悪だなお前。」

「本当にね。」

「・・・。」





こればかりは三上の言うとおりだ。反論の余地もない。
私が素直に頷くと、三上は不満そうに顔をそらした。





「確かその時の子は・・・シンでしょ、メガネでしょ、ヤッチにリョウ。」

「・・・。」

「見事にあだ名ばっかりで三上の名前はどこにもないんだけどさ、
三上の名前ってリョウとも読めるよね?」

「・・・は?」

「リョウって言うのが、一番私に文句を言ってた子だったんだよね。
だから私も彼に対しては結構ひどく当たったというか、一番のパシリにしてたというか。」

「俺がその"リョウ"じゃないかって?」

「・・・だったりしない?」

「全然違う。大ハズレもいいとこだ、バーカ。」





まさかそんな都合良く当たるなんて思ってなかったけど。
確かにリョウと三上じゃ全然タイプも違うとも思ってたけどさ。
じゃあ本当に三上は誰なんだ。
あの頃に他に私がこんなにも嫌われるようなことをした男子っていただろうか。
まあ自分に自覚がなかっただけで、他にもたくさん私を恨んでる子はいるんだろうけれど。





「・・・私、三上のパシリ生活に文句も言わず、しっかりと言うとおりにしてるよね?」

「いや、文句は言ってるだろ。うぜえくらいに。」

「言ってないわよ!私、どれだけ我慢してると思ってるわけ?」

「本当の下僕は文句の一つも言わねえっつの。」





あーもう腹が立つ。
こんなにふてぶてしい奴がいたら、それこそあの頃の私に対抗してくるような男子のはずだから
記憶に残らないなんてことないだろうに。ますます謎が深まる。





「でも言うことは聞いてるわよね?」

「何が言いたいんだよ。」

「少しくらい、アンタのこと教えてくれてもいいんじゃない?」

「・・・はあ?!」





珍しく三上が驚いた表情で声を荒げた。
あれ?私今何かおかしなことでも言っただろうか。





「俺のことって何だよ・・・?」

「昔のアンタのこと。何かきっかけがあれば思い出せると思うんだけど。」

「・・・は?昔・・・?」





今度はポカンとした顔で固まってしまった。
そしてすぐに顔を赤くして、それを隠すように視線をそらした。

・・・あれ?もしかして。





「なに顔赤くしてるんですかー?三上クン。」

「う、うるせえな!何でもねえよ!」





さっきの私の言葉に何か勘違いしたな・・・?
ふてぶてしくて意地が悪いくせに、可愛いところもあるじゃないか。





「・・・ふはっ、何慌ててんの。」

「うぜえ!マジでうるせえ!昔のことバラすぞ!」





・・・前言撤回。全然可愛くない。






「お前は俺の言うとおりにしてろよ。せいぜい頑張って思い出してみれば?
それでも俺がお前の過去を知ってることに変わりはねえけど。」






可愛くないどころか、やっぱりムカつく。






「あれ?もう行くんだ?」

「教室に戻るの。悪い?」






昔のことを盾にされたら、私は彼に勝つことはできないのだ。
イラつきだけが募って、もう何も言えなくなったことなどわかってるように
三上がにやけた顔でわざとらしく聞いてくる。





「それじゃあ次の授業、俺の分のノートも取っといて。」

「・・・。」

「返事が聞こえねえな、サマ。」

「・・・―わかったわよ!」





昔のことは後悔している。三上が私を恨んでいるのならば、多少のことは仕方ないと思っていた。
だけど、そろそろそんなしおらしいことも言っていられなくなってきた。
だってこのまま奴の言うとおりにしていたら、それこそ私の高校生活は台無しだ。

別に三上に何かしようとなんて思わない。
けれど、せめて平穏な高校生活を送れるような手はないだろうか。



教室に向かいながら必死で考えてみたけれど、そんな都合よく考えが浮かぶはずもなく。
教室についた私は、さっきまで一緒にお弁当を食べていた子たちに自分がいなくなった適当な理由を見繕い謝った。

彼女たちが笑って頷いてくれたのを見て、私も笑う。
先ほどまでとは正反対の、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて。






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