数年前、都心から少し離れた1つの地区で
同世代の中でも突出して腕っぷしの強い小学生がいた。





「お前っ・・・調子に乗ってんなよ!」

「誰が?調子に乗ってるのはお前だろ。自分の立場わかってんのか?」





始まりは小さな喧嘩から、しかしそれはどんどん大きくなっていき
いつしかその小学生には、たくさんの人間が従うようになっていた。





「ハイ、オレの勝ち!今日からお前、オレの下僕な!」





周りの皆の驚く顔がどうしようもなく嬉しくて
お前は強い、誰も叶わないと言われることが誇りのように思えた。





「なあ、もう止めろよ・・・傷だらけじゃないかよ。」

「は?そんなの怖がってて強くなれるか。」





何でも自分の思うまま、自分が世界の中心にいるような気がしてた。
いつだって自分が一番で、周りの誰が何を言っても届くことはなかった。





「女のくせにふざけんなよ!!」

「誰に口聞いてんの?サマって呼べよ負け犬。」





それが、昔の私。
















戦う少年少女

















「よお、サマ。」

「み、三上くん・・・!」





三上くんは昨日、いくつもの意味深な発言を残しながらも
結局それ以上は何も言わずに帰っていった。

彼の言葉の意味を問い詰めたくても、それ以上聞いてボロを出すのも嫌だったし
本当に彼が昔の私を知っているのかなんて、確信がなかったから
私は彼を引き止めず、その後ろ姿を呆然と眺めていた。

家に帰ってからも気が気じゃなくて、いろいろ考えこんでしまい寝不足だというのに。
教室に入ってきてからの彼の第一声はさらに私の心を乱す。





「何慌ててんだよ、サマ?」

「や、止めてよそんな呼び方・・・」

「お前が昔言ったんだろ?『オレのことはサマと呼べ』って。」





自分が誰よりも強いと思っていた頃。
女だということを嫌がり、自分のことを『オレ』と言うようにしていた。

彼が昔の私を知っているか確信がないとそう思っていたのに。
けれど、彼が語る真実はどんどん私を追いつめていく。彼は昔の私を知っているのだと。





「・・・ねえ、三上くん。人違いなんじゃない?」

「・・・人違いねえ・・・。」

「私、そんなこと言ったことないもの。」

「猫かぶりの次は堂々と嘘か?本当に昔っから性格悪い奴だよな。」





三上くんの言葉がチクリと胸を刺したけれど、だからと言ってそこで認めるわけにはいかない。
男みたいな言葉と姿だった昔の私と今の私は違うのだ。
シラを切りとおしていれば、三上くんも勘違いだと思ってくれるかもしれない。





「そういやさ、昨日うちでこんなモン見つけたんだよな。」

「・・・何?」

サマの勇姿。」





彼が手にしていたのは一枚の写真。
私に見えるように机の上においたので、覗き込む。





「すっげえよなあ。男を足蹴にして記念写真だ。
あれー?何かすごくサンの顔に似てねえ?コイツ。」

「!」





昔の私はどこまでバカだったのかと、怒りがこみあげる。
思わず飛びついてしまった写真。そんな私の行動を見てまた三上くんがニヤニヤと笑ってる。





「とっとと本性見せたら?」





私が何も言い返せなくなったところで、担任が教室の扉を開けた。
その音とともに、皆が自分の席に戻っていく。
三上くんも私の席から離れようとし、あ、と一言呟くと顔を近づけ耳元で呟く。





「昼休み、屋上で。」

「・・・っ・・・」





私の返事も待たずに、三上くんはすぐに自分の席に向かった。
返事などなくても私は行くしかないということをわかっているかのように。

三上くんがあの頃の私を知っているのは、確実だ。
でも、どうして?私は今までに転校を2度していて、通っていた小学校とこの高校は遠く離れている。
それに私はあの頃の自分とは180度違う人間になっていたつもりだ。
たとえ万が一昔の私を知っている人が現れたとしても、
昔の私と今の私のつながりなど微塵も感じさせないような優等生でいたつもりだ。

なのに三上くんは気付いた。私はあの""だと。





「あれ、どうしたの?具合でも悪い?」

「・・・ううん、大丈夫。何でもないよ。」





もうあんな風に人を傷つけないと誓った。
もうあんな風に力で人を従わせようだなんて二度と思わないと誓った。
あんな自分、誰にも知られたくはない。

もし知られてしまったなら、こうして優しく声をかけてくれる人なんていなくなるだろう。
皆の私を見る目が変わるだろう。

自分のしたことで苦しむだなんて自業自得だけれど、
それでも築き上げてきた"優しい自分"を崩されるわけにはいかない。























「・・・は?」

「だから、購買。」





意を決してやってきた屋上。
4時間目が終わると同時にやってきたつもりだったけれど、
それよりもさらに早く既に三上くんがそこにいた。





「甘いモン以外なら何でもいいや。」

「ちょ、ちょっと・・・話をするために呼んだんじゃないの?」

「俺はいつも購買で買うんだよ。けどお前と話すために時間を割いてやったんだ。」

「し、知らないわよそんなの・・・」

「ていうか、逆らえる立場なんデスカ?サマ?」

「っ・・・!」

「あー、はやくしないと売り切れる。5分以内でよろしく。」





そう、今の彼に私は逆らえる術など持っていないのだ。
その偉そうな態度に怒りがこみあげてくるのをこらえつつ、私はせめてもの抵抗にと
勢いよく扉を閉めて購買に向かった。















「お、さすがサマ。マジで5分で帰ってきた。」

「・・・ちょっと三上くん、いい加減にしてよ。」

「は?だからそういうこと言える立場なのかよ。」





その言葉は私がたくさんの人に言ってきた言葉。
自分が言われる側になって、どんなにその言葉が腹の立つものなのかがわかる。





「・・・なんで、私のこと知ってるの?」

「・・・なんで?」





彼は昔の私を知っている。面影の残っている写真も持っている。
これ以上遠まわりをしていても仕方がない。
私は思っていた疑問をそのまま彼にぶつける。

彼はその言葉を聞くと、ニヤニヤした笑みを解いて
驚いたように私を見つめた。





「・・・お前、俺が誰かわかってねえのか?」

「・・・え?」





昔の私を知っているということは、恐らく自分の知り合いなのだろうとは思っていた。
昼休みまでずっと三上くんの正体を考えていたけれど、どうしても思い出せない。
だってあの頃の私は、周りなんて気にしていなかった。
特定の友達も作らずに、私に従っていた多くの人の名前も顔もあまり覚えていないのだ。





「笑えるな、俺はお前がすぐにわかったのに。」

「な・・・」

「俺はずっとお前を見てた。優等生なんて似合わないモンを演じてるお前がいつ本性を出すのかと思ってた。
だけどお前はこの数ヶ月、ずっと優等生のままだ。」

「・・・。」

「そうやって優等生を演じて過去のことなんてなかったみたいに過ごしてんだろ?
でもお前がやってきたこと、俺は忘れてない。」





力が全てだと思ってた。誰にも負けないと思ってた。
男に勝負を挑んでは勝ち、私に従う奴らが増えていくことを誇りのように思っていた。
それが強さの象徴なんだとバカなことを思ってた。





「なのに、お前は綺麗サッパリ忘れてるわけだ。」

「・・・や・・・あの・・・」





まさに三上くんの言うとおりで、何も言い返すことができなかった。





「・・・まあ天下のサマだからな。あの頃はどれだけ下僕がいたっけ?」

「そんなこと・・・覚えてないよ。」

「だよな?誰だろうと構わず下僕にしてたもんなあ?」

「・・・。」

「うちのクラスの奴らとかは、そういうお前の本性知らねえんだよな・・・?」





表情を歪めた私を見て、三上くんはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。





「俺もサマみたく、下僕が欲しいんだよな。」





三上くんが唖然とした表情の私に近づく。
あの頃とは違い、長く伸びた私の黒髪に触れる。





「・・・バッカじゃねえの、こんなので誤魔化せると思ってたのかよ。」





一瞬だけ見えたのは、怒っているような悲しんでいるような、複雑な表情。





「・・・私のこと、恨んでるの?」

「当たり前だろ。」





けれど、その表情は本当に一瞬で。









「俺はお前が大嫌いだ。」








そう言うと彼はすぐに、先ほどまでの人をバカにするかのような
不敵な笑みに表情を変えた。











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