さんどうしよう!先生に呼び出しくらっちゃったよー!
絶対この間のテストのことだあ!」

「そんな怖がらなくても大丈夫だよ。もしも怒られたら一緒に勉強しよ?」





いつも補習ばかり受けて、よく先生に呼び出されてしまうクラスメイト。





さん、この前頼んでおいた資料なんだけど・・・」

「うん、作って先生に渡しておいたよ。」





委員会のほかの仕事を抱えて、先生の頼みごとまで手が回らなくなっていた真面目なクラスメイト。





ってば本当に頼りになるねー!で、今度のソフトボールの試合なんだけど
助っ人お願いしていい?」

「私でいいの?それなら力になるよ。」





運動が得意でいつも明るいクラスのムードメイカーも。





誰もが頼りにする、絵に描いたような優等生。





それは私の思い描いていた通りの筋書き。





私は誰もが認める"優等生"であり続けていた。














戦う少年少女














、大変大変!」

「どうしたの?」

「今、教室でよっちゃんと高科くんが言い合いしてるの・・・!
結構険悪な雰囲気で・・・」

「ええ・・・。」





放課後担任からの頼まれごとを終えて、自分のクラスへと戻る途中に駆け寄ってきたクラスメイト。
よっちゃんと高科くんって言うのは、うちのクラスで一番初めに出来たカップルの子たちだ。




「高科くんが今にもよっちゃんに殴りかかるんじゃないかってくらいで・・・」

「ちょっと・・・誰も止めないの?」

「残ってるのは数人なんだけど、男子は面白がってるか知らないフリしてるかだし
女子は怯えちゃって・・・だからわたし、先生を呼びにいこうとしてたの。」

「・・・わかった。じゃあ私が行って止めてくるから。そのまま先生を呼んできて。」





そんな険悪になるほどのケンカなんて、わざわざ学校でしなくても。
付き合うのは自由だけど、周りの迷惑を考えてほしいと思う。





「・・・お前っいい加減にしろよ・・・!」





私が教室につくと、どうやら険悪ムードはもう最高潮に達していたようで。
面白がっていたという男子もさすがに緊張した様子で、しかし結局は何も言わずにその光景を眺めてた。
それもそのはず。高科くんは男子の中で良くも悪くも中心的存在。
クラスに残っている数人の男子はいつも高科くんと一緒におり、彼に頼っている男子たち。
そんな彼らが高科くんを止めようとするわけもないのだ。

そんな中で一人、高科くんのグループではない男子もそこにいて
我関せずとでもいうように欠伸までしていたのだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。





「キャッ・・・」





ガシッ





よっちゃんの小さな悲鳴とともに、私は彼女の前に立ち
今まさに振り下ろされようとしていた高科くんの腕を掴む。





「女の子を殴るのはやりすぎだよ、高科くん。」

「・・・・・・?」





高校に入ってからまだ数ヶ月ほどしか経っていないけれど、
高科くんの性格はかなりわかりやすい。
普段は明るいが、単純一途で気性が荒くすぐに感情のまま行動に出る。
私が間に入ったところで、彼の神経を逆なでするだけなのは予想がついてた。

けれど"優等生"としては、この状況をほっておくわけにもいかない。





「邪魔すんなよ、お前には関係ねえだろ?!」

「でも、こんな状況ほっておくことなんてできない。落ち着きなよ高科くん。」

「っ・・・ちゃあんっ・・・!」





よっぽど怖かったんだろう。
よっちゃんが私の背中にしがみついて、泣き出した。





「・・・ホラ、彼女が泣いてるんだから、そんな怖い顔してる場合じゃないでしょう?」

「・・・そもそもソイツが悪いんだから仕方ねえだろ?!
浮気したんだよ浮気!しかもそれを聞いたら開き直りやがった!」

「ち、違うもん・・・!高科くんが私を構ってくれないからっ・・・!」





・・・ああ、くだらない。本当にくだらない。
何で私がこんな痴話喧嘩に巻き込まれているんだ。
そんな言い合い、二人で勝手にやってくれ。





「とにかくどけよ!話はまだ終わってねえんだ!」

「だから落ち着きなって・・・」

「どけって言ってんだろ?!」





先ほど掴んだ手をもう一度振り下ろす。今度はよっちゃんではなく私目掛けて。
いくらなんでも感情的すぎる。
私たちはもう高校生なのだから、もう少し感情を抑えるということを覚えてほしい。





「・・・っ・・・」





その手を避けることはできたけれど、そうすればそれは確実によっちゃんにぶつかる。
私はよっちゃんをかばうように彼女の前に立ち、覚悟を決める。
こんなときでも"優等生"でいようとする自分に呆れながら。





「お前ら何やってる!」





高科くんの手が私に触れることなくピタリと止まった。
威勢よく大きなその声は、体育教師の声。
振り上げられた手と、怯えるようにそこにいた女子生徒二人。
どちらが被害者に見えるかなんて、聞くまでもなく明白だ。





「高科ー!!」

「はっ?!何で俺だけなんだよ!」

「その手は何だ、どう見たって女子が怖がってるだろうが!」

「それから吉北、お前も来なさい。お前ら二人が原因だって言うのは聞いたぞ。」

「あ・・・う・・・はい・・・。」




よっちゃんが不安そうな目で私を見上げる。
私は笑みを浮かべて、よっちゃんの頭を撫でた。
その笑みは少しだけ、ひきっつってしまっていたかもしれないけれど。





も後で話聞くかもしれないけど、今日は帰っていいぞ。
お前のことは信用してるから、何も問題はないと思うけどな。他の奴らもとっとと帰れ!」





先生は高科くんとよっちゃんを半ば強引に引っ張りながら教室を出て行った。
優等生も楽じゃないけれど、先生たちの絶大な信頼を得ているというのは少し便利だ。





、大丈夫だったー?!」

「やっぱりってすげえな。あれに割って入るなんて。」





先生たちが教室を出て行くと一斉にざわめきが走った。
女子は私の心配をし、男子は女なのにすごいと感心する。

それは私を褒める賞賛の声。
けれどそれを嬉しいと思うよりも、人を褒める前にまずは自分たちが彼らを止めてみろ、だなんて
決して口には出さないようなことを思っていた。

自分たちは面白がっていたり、傍観するだけで何もしないで・・・。
イライラする気持ちが抑えられず、私は適当に彼らに相槌を打ちながら
用事があるからと自分の鞄を手に取り教室を出た。










「さすがだな。」





教室から出て昇降口へ向かったところで、ふと声が聞こえた。
私はその声の方へと視線を向ける。





「三上くん。」





高科くんのグループでもなく、先ほどのあんな状況で一人、欠伸をしていた男。
それが三上くんだった。いつの間に教室を出ていたんだ。





「三上くんなら高科くんを止められたんじゃない?」

「やだね、面倒くせえ。何が悲しくてあんなくだらない痴話喧嘩に巻き込まれなきゃなんねえんだよ。」





彼の言うことは全くもってその通りだ。
私も心の中では思っていたし、昔の私だったら間違いなくそうしていただろう。





「じゃあ私帰るね。また明日、三上くん。」





三上くんの返事にはあえて触れず、軽い挨拶だけをして私は歩き出した。





「お前さ。」





けれど、三上くんにまた呼ばれて。
私は足を止めて、もう一度彼の方へと振り返る。





「いつまで猫かぶってんの?」





肩がピクリと揺れる。今、彼は何て言った?
驚きながらも、決して表情には出さず私は笑って彼に問う。





「何のこと?」





すると、彼も笑った。
それは優しい笑みでも、明るい笑みでもなんでもなく。






「知ってるぜ、昔のお前のこと。」






面白いものを見つけた、とでもいうような楽しそうで意地の悪い笑み。






「なあ、『サマ』。」

「!」













誰もが認める優等生は、誰にも知られたくない秘密があった。



その過去をなかったかのようにするために、優等生を演じ続けた。





短かった髪を伸ばした。



嫌いだった勉強を必死でした。



いつも笑顔でいることを覚えた。





遠く離れたこの学校にやってきて、私を知る人なんて誰もいないと思っていた。





この高校に入学して数ヶ月、ほとんど話したことのなかったクラスメイトは
心底面白そうな顔をして、私を見つめていた。











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