ごめんなさい、どうかその鈍器を降ろしてくれませんか











「燎一。」

。お前もこの電車だったのか。」

「うん、あれ?燎一車じゃないんだ?お坊ちゃま。」

「お前、絶対俺のこと誤解してるぞ。」

「誤解じゃないわよ。冗談だもん。」

「・・・。」





選抜に向かう途中、後ろからかけられた声は聞きなれたもの。
振り向けば。まあ同じ方面から来るんだからおかしくはないけれど。

同じ車両にいる男が、こちらをチラチラと見ている。
おそらくはを見ているのだろう。それほどに彼女はよく目立つ存在だからだ。





「あのさ燎一。」

「え?」

「私の斜め後ろにいる男、こっちをチラチラ見てるのは気のせいじゃないよね。」

「あ・・・。何だ、気づいてたのか?」

「気づくよそりゃ。電車に乗った駅からずっと見られたら何かと思うじゃん。」

「お前、目立つからだろ?」





面倒そうにため息をついたは、自分が目立つことに自覚はあるようだ。
まあ選抜の時もそうだが、あれだけ騒がれていれば気づかないはずもないか。





「どう思う?」

「え?」

「自己防衛で先手必勝っていうのは?」

「何を・・・ってうわっ!!」





が真剣な顔で鞄から何かを取り出す。
何かと思えば金鎚かよ!何でそんなもん持ってんだよ!怖え!
つい大きな声を出してしまった俺に、まばらな人数の乗客がこちらを振り向いた。
俺はすぐに声を小さく戻し、が出した金鎚を周りに見えないよう隠した。





「何でそんなもん持ってんだよ・・・!」

「え、ああ護身用。世の中物騒だからねー。」

「だからって何で金鎚・・・。ああ、もういいからしまえ!」





ていうか、ちょっと待て。
は今、自己防衛で先手必勝って言ったよな?それってつまり・・・。

その金鎚であやしい男を殴るつもりだったのかよ。本当怖いコイツ・・・!





「燎一も常識人になったね。昔は手のつけられない暴れん坊だったのに。

「その言い方は止めろ。俺も・・・成長くらいっていうか、お前の金鎚は昔の俺でも注意してる絶対。





俺の言葉に軽く笑みを浮かべ、は彼女を見る男から視線をはずしそのまま外に向けた。(どうでもいいけど金鎚しまえよ)
とりあえず安堵のため息をつくと、今度はの鞄から携帯の震える音。
携帯を取り画面を覗くと、はため息をついてから画面を閉じた。





「いいのか?」

「いつものだから。」

「ああ・・・。」





いつもの、とそう言われて俺は納得する。
の携帯アドレスは一体どこから漏れたのか、東京選抜の奴らはほとんど知っている。
彼女を慕う(という表現が正しいのかは知らないが)奴ら、特に若菜や藤代なんかからはしょっちゅうメールが来るそうだ。
内容は元気かとか、好きだとか、今日練習だから待ってるとか、まあ他愛もないことで。
あまりにも多いメールに、が返事を返すことはまれだ。それでもこりない奴らはある意味すごいと思う。





「・・・そういえば今まで聞かなかったけど。」

「何?」

「お前、何で選抜でマネージャーなんて引き受けたんだ?西園寺監督と知り合いって話は聞いたけ・・・だあっ!!」





選抜なんて男しかいない場所。いくらが奴らに冷たくしようとも、こうなることが予想できなかったわけではなかったはず。
面倒なことが嫌いな彼女が、頼まれたとはいえ簡単に引き受けるのだろうか。
ふと思った疑問を問いかけてみれば、が未だ鞄にしまっていなかった金鎚を振り上げていた。





「それは聞かないでくれる・・・?!」

「わかった!わかったから!悪かった!だからその鈍器を降ろせ!!いや、こっちにじゃなくて!





俺の声にまた乗客が振り向く。
いや、もうマジ俺ら(っていうかお前)捕まるから。

あ、いつの間にかさっきの怪しい男がいなくなってる。(当然だ)





「・・・世の中には知らない方がいいこともあるのよ。」

「ああ、わかった。もう絶対聞かない。」





自分の意見は曲げない。物をはっきり言う。なんだかんだで自分の思い通りに事を運ぶ。
そんながこんなに青ざめるって・・・。どんな人なんだよ西園寺監督。まあ、うん。なんとなくわかる気もするが。














「ああー!!と天城が一緒に来てるし!」

「てめえ天城!何抜け駆けしてんだあ!」

、何かされなかった?」





え、何この扱い。
むしろ俺が殺されそうになってたんだけど。





「うるさい。うざい。早く準備しなさいよ。」

「わーかってるよ!」

「じゃあ後でね。」





の暴言も気にせず、皆笑顔で彼女を見送る。
もニコリともせずに、マネージャー用の準備室へと向かう。





「天城・・・。後で覚えときなよ。」





椎名がに負けず劣らずの綺麗な顔で微笑む。
いや、そういう笑顔はいらないから。

あ、黒川が気の毒そうに俺を見てる。よく見れば真田も。
なんていうか・・・同志の匂いがする。そんなものしたくもないんだけど。



最初はあんなに険悪だったのに、やっぱり人は変わるものだ。
それは奴らがの本当の人柄を知ったからなのだろうけれど。



そんなことを考えつつ、椎名と郭(いつのまに!)の黒いオーラを浴びて。
なんだか胃が痛くなるような気がしたが、それはきっと気のせいじゃない。
ちょっとお前ら。オーラで人の胃を痛めさせるなんて人間技じゃない。止めてくれその腹黒タッグ。
椎名、後でっていうか・・・今既にお前らのオーラでやられてるから!

痛くなる胃を抑えつつ、出てきたのは盛大なため息だった。






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