「あー・・・うー・・・」 「ー?人の家に来て、変なうめき声出さないでよ。」 「・・・ごめーん・・・」 東京に引っ越してきて数ヶ月。不安に思っていた生活だったけれど、電車通学にも慣れ、新たな友達も出来た。 この知らない土地でやっていけるのかとドキドキしていた時期も過ぎ、今では楽しくて平和な毎日を送ってる。 「いつまでも悩んでるくらいなら、とっとと連絡入れればいいのに。」 「そこが悩むところなんだってばー。」 友達の家のベッドに寝転がり、携帯電話をしっかりと握り、じっと見つめる。 ボタンを押そうとして押し切れず、代わりにため息が漏れた。 「彼氏なんでしょ?何を悩む必要があるのよ。」 「悩むっていうかさ、タイミングがわかんない・・・。」 私は今までに平馬以外の男の子と付き合ったことなんてない。 そもそも平馬とだって、引越しがわかった後に付き合うことになったんだから、 恋愛に関しての経験値はほとんどないと言っていいと思う。 「タイミング?」 「電話するにしても、メールするにしても、今しちゃっていいのかなあとか、迷惑じゃないのかなあとか。」 「電話はともかく、メールはいいんじゃないの?いつでも見れるし返せるし。」 「でもこの間失敗しちゃったしなあ・・・」 自分が今まで恋愛をほとんどしてこなかったのだと言い訳したいわけじゃない。 けれど、世の中の遠距離恋愛をしている人たちはどうしているのかと、話を聞いてみたい。 引っ越した直後に近況を知らせようとした電話は、平馬の眠気に勝てずに短く終わった。 やっぱり平馬は電話じゃダメなのかもと思い、その次にメールにしたら、とりとめのない世間話だったからか、一言メールが返ってきて終わった。 そして最近送ったメールでは、なかなか返信が戻らず、自分が寂しかったこともあって、少し怒って再度メールをした。 そうしたら彼はそのとき、ユースの遠征合宿に行っていたという。この時ばかりは自分の勝手さを後悔した。 そもそも私は平馬と、電話もメールもたくさんしていた方ではなかった。 何か言いたければ、聞きたければ、彼に直接会いにいった。毎日のように会っていたから、そのときの彼がどういう状況かだってわかっていたし、だから特に疲れているときや、メールや電話をするべきでないタイミングだって自然とわかった。 でも、今は全然わからない。 元々平馬は、他人からの連絡のすべてに丁寧に返事をしたりしないし、その作業すらわずらわしいと思いそうな性格だ。 あまりに私からばかり連絡をしていたら、そのうち私のことが面倒になるんじゃないだろうか。送ったメールに返事が返ってこなくなるんじゃないだろうか。そんな不安ばかりが膨らんでいく。 「普通は好きな子からの連絡だったら嬉しいと思うけどな。面倒くさがりなのね、彼氏。」 「そうなんだよ・・・!面倒というか、面倒すぎて面倒という単語を放棄してるような人なんだよ・・・!」 「・・・悩みすぎて、訳わかんないこと言ってるわよ。そんなに悩んでばかりいるんだったら別れたら?」 「いや!それは嫌!」 「じゃあうだうだ言ってないで、さっさとメールでもなんでも送ればいいじゃん。」 「わかってるよー!」 彼への気持ちが通じた日、そして一緒に育った町を離れた日。 少しくらい距離が離れても、私たちは大丈夫だってそう思っていたのに。 たったの数ヶ月でこんな不安になるだなんて思っていなかった。 「・・・会いたいなあ。」 話したいことがたくさんあるんだ。 メールじゃ書ききれない。電話じゃ伝えきれない。直接会って、顔を見て話したい。 そうしたらこんな不安、一気に晴れてくれると思うのに。 学校が休みで特に予定もなく、自分の部屋でうとうとしていると、聞こえた軽快な電子音。 携帯の音が鳴り響き、寝ぼけ眼で手に取ると、そこには意外な人物の名前。 「平馬?!」 意外、と思ってしまうのが悲しいところだけれど、普段の連絡はほとんど私からであって、 平馬からの・・・しかも電話だなんて、本当に珍しいことだった。 その名前を見た瞬間、飛びつくように電話をとり、通話ボタンを押した。 『今何してた?』 「暇だったから寝そうになってたよ。」 『へー、らしい。』 「ちょっと、私がいつでも寝てるみたいに言わないでよ。それは平馬でしょ?」 『そうだっけ?』 「そうですー!」 最近は自分からも平馬に連絡する機会が減っていたから、声を聞くのがとても久しぶりのような気がした。 だからやっぱり嬉しくて、何気ない会話が、すごく楽しいものに思える。 「平馬からかけてくるなんて珍しいね?私の声、聞きたくなった?」 『えーと、来月なんだけどさ。』 「流さないでせめて何か反応してよ。言ったこっちが恥ずかしくなるじゃん。」 『お前の家の近くで花火大会あるだろ?』 「え?うん・・・って何で知ってるの?」 『この間聞いた。』 「誰に?私は言ってないし・・・あ、サッカー関係の友達?」 『そう。この間そっちに行ったときに。』 「・・・ええ?」 平馬の言葉が少なめだからか、久しぶりに話したからか。 彼が言おうとしていることが、いまいちわからない。そっちに行ったときって何?いつの話? 「こっちに来たって・・・?」 『先週くらいかな。遠征でそっちに行った。』 「なっ・・・何それ!聞いてない!!」 『うん。言ってない。』 「うん、じゃなくて!何で言ってくれなかったの?!言ってくれたら会えたじゃん!」 『いや、時間的に無理。電車乗って、練習して試合して、すぐこっち戻ったし。』 「・・・そ、それでも・・・一言くらいっ・・・」 『会えないんだったら、言っても意味ないだろ。』 「・・・っ・・・」 たとえ時間が無くたって、会えなくたって、一言くらい言ってくれてもよかったのに。 電話が面倒なら、メールでだって。確かに最近は連絡する機会が減ってたけど、 出来るならもっと話したいと思うし、一目でも会いたいって思ってるのに。 平馬の言葉に無性に腹が立って、なんだかすごく悲しくなった。 『で、話はそういうことじゃなくて・・・』 「意味、ないんだ?」 『・・・は?』 「私は・・・会えなくても、平馬が今こっちに来てるんだって思うだけで嬉しくなるよ?」 『いや、だから』 「一言でもいいから教えてくれたってよかったのに・・・。連絡入れるの面倒だった? もしかしたら少しでも会えるかもって嬉しくはならない?」 『・・・おい、』 「私ばっかり不安になって、連絡入れるのも迷ってて・・・バカみたい!」 あんなにお互いをわかっていたのに。 他の人が平馬を見て、掴みどころがない、何を考えてるかわからない、なんて言っても、 私だけはわかっているんだって自惚れていたのに。 こうして少し離れてしまうだけで、わからなくなる。不安ばかりが募る。 どうして、こんな風になっちゃうんだろう。 勢いでそのまま通話ボタンを切ってしまった。かけなおそうとも思ったけれど、結局それは出来なかった。 すぐに謝ることもできず、何もなかったかのように笑って話すこともできない。 胸が苦しくなって、電話を抱きしめるようにして、うずくまった。 その日はもう、平馬からの電話がかかってくることはなかった。 TOP NEXT |