花火の音が聞こえる。

浴衣を着て楽しそうに歩いていく、近所の家族連れの姿ももう見えない。
もうすでに会場に着き、大きくて綺麗な花火を目の前で見ているんだろう。
私の家族も例に漏れず、揃って花火を見に行っており、今は家に私一人だ。

規則的に聞こえる打ち上げ花火の音、そしてビルに隠されながらもかすかに見える光。
ベッドに寝転がりながら、ぼんやりと夜空を眺めていた。





『お前の家の近くで花火大会あるだろ?』





平馬の言葉を思い出した。彼は何が言いたかったんだろう。
何も聞かずに一方的に怒って、電話を切ってしまったけれど、
もしかしたら、花火大会の日にこちらへ来てくれるという話だったのかもしれない。





あれから私たちは連絡を取っていない。
平馬からの連絡は何もなく、そして私も行動を起こしてはいなかった。
何かしようとしては、考えが嫌な方向にばかり向かっていく。

電話をして、拒絶されたらどうしよう。
メールをして、お前は面倒だって返されたらどうしよう。
別れる、だなんて言われたらどうしよう。

こんな考えばかりで、結局何も出来なくて。自分が嫌で、情けなかった。
もう、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。



私たちは、このまま終わってしまうのだろうか。
ずっと一緒にいたいと思っていたのに。変わらないって思っていたのに。今だって・・・





「っ・・・」





何度目かの花火が上がった音と同時に、ベッドから体を起こし、携帯を手にした。



このまま自然消滅なんて嫌だ。何もせずに終わるなんて嫌だ。



平馬が怒っていたとしても、呆れられていたとしても、自分の思っていたこと、ちゃんと伝えたい。














数回の呼び出し音の後、聞こえた声。私は緊張しながら、彼の名前を呼んだ。





「・・・平馬?」

『うん。』

「今、大丈夫?」

『うん。』

「あのね、私っ・・・」

『あ、ちょっと待った。』





意を決して話を始めようとしたところで、いつもと変わらぬ淡々とした声で遮られる。
平馬がどんなときでもマイペースなのは、変わらないらしい。





「・・・もう・・・なによー・・・」

『暑いから、先に家入れてよ。』

「え?」

『下。』

「・・・・・・・・・・・っ平馬ーーー?!」





彼の言われた通りに、窓から下に視線を向けて、初めて言葉の意味を理解した。
電話の相手は、今まさに私の家の前にいた。






















「・・・何?何で?何で平馬がここにいるの?」

「花火大会のこと聞いたじゃん。」

「聞かれたけど!聞かれたけども!来るなんて一言も・・・」

「え、通じてなかった?」

「それは・・・」





会話が途中で終わってしまったとはいえ、予想は出来ていたし、通じてなかったわけじゃない。
でもまさか、あんな状態のまま、来るだなんて思わないじゃない。





、相変わらずだなー。」

「・・・何が?」

「男が来るってのに、そういう格好でいるところとか。」

「!!」





しまった・・・!今日は家で一人でいると思ってたから、部屋着のままだし、髪だってぼさぼさだ・・・!
何が悲しくてこんな格好のまま、久しぶりに好きな人と会っているの私は・・・!





「ここなんて寝癖・・・」

「ちょ、ちょっと待って!今直して・・・」

「泣いてた?」

「!」





私の髪に触れていた平馬の手が、そのまま私の瞼へと移る。
平馬が突然現れた衝撃で、何もかもが後手にまわってしまっている。
電話で声だけならば気づかれないと思っていたのに、赤くなってしまった目まではごまかせそうにない。





「な、泣いてないよ。寝起きでそう見えるだけ!」

「もう少しマシな嘘つけよ。」

「泣いてないんだってば!」

「なに意地はってんだよ。訳わかんね。」

「・・・平馬は女の子が泣くの、面倒だから嫌いでしょ。気にしないでほっておけばいいじゃん!」

「・・・。」





さっき意を決して、平馬ときちんと話そうとしていたばかりなのに。
どうして私はまだ、こんなくだらない意地を張り続けているんだろう。一体どこまで子供なんだろう。





「まあ、面倒だけど。」

「ほら・・・」

「でも、それって俺のことで泣いてたんだろ?」

「っ・・・」

「そういうのならいい。」

「・・・なにそれ・・・!」





私とは対照的に、平馬はいたって冷静で。
まるで今まで何事もなかったかのように、以前会ったままのように、いつもどおりだった。





。」





ベッドをとんとんと軽く叩き、私がその意図に気づいてベッドに座ると、
平馬はそのまま私の足に頭を預けた。

平馬があまりにもいつもどおりで、あまりにもマイペースだから、たくさんたくさん考えて、
言わなきゃ、聞かなきゃって思っていたことが、頭からすっと消えてしまった。





「・・・眠いの?」

「・・・んー。」

「疲れてる?」

「普通。」

「今日は練習あったの?明日は?」

「午前中だけ。明日は休み。」





平馬がエスパルスユースの主力選手で、忙しくてなかなか会えないことも、連絡が取り辛いことも知ってる。
普段飄々として余裕でいるようでも、人の見ていないところで努力し続けてることも知ってる。
きっとすごく疲れているのに、なかなか取れない休みなのに、平馬はちゃんと私のことを考えててくれたんだ。
私と一緒に花火を見ようって思ってくれてたんだ。





「・・・私ね。」

「ん?」

「平馬は、不安にならないんだって思ってた。」

「ふーん・・・。はすげえ不安になってそうだな。」

「あ、当たり前じゃん!何で?平馬は不安にならなかったの?!」

「別に。」

「電話やメールだって、相手のタイミングにあうかなあとか、疲れてるのに何回も連絡したら面倒かなあとか・・・
いろいろ考えちゃうじゃん!なのに何で?どうしてそう思えるの?」





わからなかった。
いくら幼馴染だって、長い時間を過ごしてきたからって、相手の気持ちすべてがわかる訳じゃない。
私は平馬のことが大好きだし、これからも一緒にいたいと思っているけど、そのすべてが伝わっているとは限らない。
だから不安になる。不安になって、臆病になって、動けなくなるのに。

なのにどうして平馬は、そんなに自信を持っていられるんだろう。





「俺はを手放す気ないし。」

「・・・え?」

「お前が泣いたって、嫌がったって、放す気なんてない。」

「な・・・なに・・・」





彼の髪に触れていた手が、熱くなっていくのを感じる。
思わず手を離そうとするとその手に彼の指が絡み、反対の手は私の顔に静かに触れる。





は違うんだ?」

「っ・・・」

「俺がお前に呆れたり、面倒だって思ったら、諦めて身を引くわけ?」

「・・・そんなの・・・」

「ふーん。にとって俺はその程度の存在なんだ。うわー、悲しいー。」

「ち、違うよ!そんなんじゃ・・・」

「まあ、そうだとしても、」





平馬は体を少しだけ起こし、私に触れていた手を首の後ろに回した。
そのままお互いの顔が近づくと、自然と唇が触れる。









「俺には関係ないけど。」









驚いて真っ赤になって、体温が急上昇していくのがわかる。
対する平馬は表情ひとつ変えない。触れる手が、唇が、私の熱を伝えていく。









「平馬っ・・・」

「なに?」

「本当はもっと・・・電話したいし、メールもしたい・・・!」

「別に誰も止めないと思うけど。」

「寂しい!もっと会いたい!」

「それは俺らの年齢と経済的な問題が立ちふさがるよな。」

「うう・・・もっと夢のあること言って・・・」

「・・・・・・・・・宝くじでも買う?」

「ごめん、私が悪かったです。」





冷たく沈んでいた心は、いつの間にか温かく優しく包まれていて。
照れたように笑うと、平馬がもう一度私の頬に触れ、そのまま私を抱きしめた。





「そうだ、花火見に行く?」

「んー・・・、行きたい?」

「私は平馬と一緒にいられれば、どっちでもいいよ。」

「・・・うわ、そんな可愛いこと言われると困る。」

「なんで?」

「歯止め利かなくなるじゃん。」

「なんの?」

「言っていい?ていうか、別に止める必要もないのか。家、誰もいないんだろ?」

「・・・え?う、うわわっ?!」





ベッドに座っていた私は、自分と平馬、2人分の重さに耐えられず、そのまま後ろへ倒れた。
小さな衝撃に思わず閉じてしまった瞼をゆっくりと開くと、驚くほど近くなった平馬の顔に身動きが取れなくなる。





「寂しいって言うなら、当分忘れられないくらいの思い出でも作っていくか?」

「・・・っ・・・」

「って、聞こうとしたけど、やめた。」

「・・・え?」

「作る決定で。」

「っちょ、ちょっと待っ・・・」

「待たない。お前がそんな顔するのが悪い。」





もう言葉すら出なくなって戸惑ったままに彼を見つめれば、それまでほとんど変わらなかった表情に、小さく笑みが浮かんでいた。
やっぱり平馬はずるい。今そんな顔見せられたら、逆らうことなんてできないに決まってる。





何か根拠があるわけでもない。力強く、確証でもあるかのような言葉をもらったわけでもない。
それでも平馬の言葉は、私の中に自然と入り込み、安心させてくれるから不思議だ。

きっとこれからだって、不安になることはあるだろう。
くだらないことで怒って、喧嘩をして、気まずくなることもあると思う。
だけど、大丈夫。いつの間にかいつも通りの私たちに戻ってるって、そう思えるんだ。



そうして来年の夏こそは、可愛い浴衣を着て、綺麗に髪をセットして、一緒に花火を見に行こう。





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