「平馬。」





今までずっと一緒で、当たり前のように傍にいて。
その居心地の良い場所は、これから先もずっと続いていくものだと思ってた。





「私、転校することになった。」





当たり前のようにそこにあった生活は、親の転勤というありがちな、けれど根拠なく自分とは無関係と思っていた理由で、もろく儚くあっという間に崩れ去った。














君と僕との距離














「・・・ふーん。どこに?」

「東京。」





同じ日本国内だし、静岡と東京なんて、電車や車であっという間よと両親は困ったように笑って私をなぐさめた。
けれど、今まで手を伸ばせば届く距離にいた人たちと離れることには変わりなくて。

寂しい。寂しい。離れたくない。
けれど、だだをこねれば残ることが出来ると思うほど、私は子供でもない。



無表情のまま、私を見つめる幼馴染。
私も彼を見つめて、気持ちを落ち着けるために大きく息をはく。

家族のような存在から友達へ。友達から男の人へ。男の人から好きな人へ。
いつしか彼に向けるようになった感情。こんなきっかけでもなければ、伝えるのはもっと先になっていたかもしれない。





「平馬。」





これからはもう、朝に家を出て寝癖のついた頭を注意することもないし、
休日に突然家に押しかけられることも、押しかけることもない。試合の応援にだって行くことはできない。

そんなこと、私も平馬もわかってる。
けれど、私は平馬に伝えてない想いがひとつだけあった。





「好きだよ。」





平馬がこの気持ちを受け入れてくれる保障なんてない。
ただの幼馴染だと思われていたら、それまでだ。
でも、この気持ちを伝えずに離れていくことは、どうしても嫌だった。





「うん。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・・・・うん、の後は?」

「え?わかんなかった?」

「すいません、さすがにわかりません。」

「俺も。」

「・・・え?」

「お前、とっくにわかってると思ってたけど。」





普段からあまり変わることのない彼の表情。
それが大きく変わったわけじゃない。
ドラマや漫画みたいに、感動的に情熱的に好きだと言って、抱きしめあったわけでもない。
それなのに、平馬の一言は、暗くなりかけた私の視界を色づけていくようだった。





「・・・っ・・・」

「泣いてる?」

「泣くよ!寂しいし嬉しいし、どうしたらいいの?!」

「俺に聞くなよ。」

「もっとはやく言っとけばよかった。そしたら恋人っぽいことたくさん出来たのに。」

「俺は別に今からでもいいけど。部屋行く?」

「え?別にいいけどいきなりだね。映画でも見る?」

「・・・・・・・・・まあ、それでいいや。」

「今の間は何?!」

「なんでもない、なんでもない。さー行くぞ。」

「平馬ー?!」









それから私が東京へ引っ越すまでの間は数週間ほど。幸せな時間はあっという間に過ぎる。





「・・・電話するからね。」

「あー、うん。」

「平馬も電話してね!」

「気が向いたら。」

「あーもー、知ってるよ。どうせ用もないのに電話なんかって思ってるんでしょ?
そんな面倒くさがりの平馬くんに、遠距離恋愛なんて出来るのかね?」

「さあ。」

「さあって何。」

「始めてもないことで悩んだって仕方ないだろ。」

「う・・・」

「なんとかなるんじゃね?」





確かな約束も、感動的な言葉も、涙の別れのシーンもない。
返ってきたのは、気の抜けた曖昧にもとれる言葉。

だけどそれは、今までどおりのいつもと変わらない彼の姿で。





「またね、平馬。」





夏だというのに、ひんやりとした手。
自然と触れあっていた指をするりとほどいて。
平馬は表情を変えず、対照的に私は笑顔で別れた。



友達で幼馴染、そして恋人という関係が増えた。
それだけで心強く思える私はつくづく単純だったと思う。

だけどその別れはまるで、明日も会えるのだと錯覚してしまうほどに自然なものだったから、
たとえ離れていても、私たちの気持ちも関係も、変わらないものだとそう思えたんだ。











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