たとえばさ、突然自分の学校に大人気のアイドルが来たら、緊張して話せなくなったりするでしょう?
私はきっとそのハードルが低いんだ。だからこんなに緊張するんだ。まともに話せなくなってしまうんだ。





、おはよ。」

「・・・おはよ。」





美人は3日で飽きるって言葉があるけど、それが本当なら私はとっくに筧に慣れてもいいはずだ。
たかがクラスメイトの男子の一人。周りの男子みたいにアホな話ばっかりしてて、子供っぽくて、
呆れてため息が出てしまうような。そんな存在になっているはずだ。





「おお?クラス委員の相棒にたいして、目あわせて挨拶しないってどういうこと?」

「ごめんなさい!おはようございます!だからそれ以上近づかないでください!」

「っ・・・あーおもしろい。」





しかし、飽きることはない。慣れることもない。今日も今日とて、私は彼に振り回されている。














君の瞳に映るまで
















「筧、サッカー部あるんでしょ?今日の仕事は私一人で大丈夫だよ。」

「何言ってんだよ。一人に任せられるわけないじゃん。二人でやればはやいだろうし。」





放課後、先生から渡された書類を抱えつつ、楽しそうに笑う筧に私は肩を落とす。
筧、忙しいんだろうし、雑用なんて私に任せればいいのに。ていうかそのほうがいいんだけどな・・・。

私の返事を聞くまでもなく、筧はいつも私たちが座る席へと腰掛ける。
そしてはやく来い、とでも言うように目で促した。





「周りは知ってんの?の美形恐怖症。」

「恐怖症って・・・しかも自分が美形って認めてるよねそれ。」

「本当のことを否定しても仕方ないだろ。」

「・・・そうですねー。」





筧が自意識過剰というわけではなく、それは本当のことだ。
逆にここで俺は美形じゃない、なんて言われるほうが嫌味に聞こえるくらい。





「で?質問の答えは?」

「周りは知らないよ。そういうの見せないようにしてきたもん。
どうせ笑われるし、信じられないって目で見られるし。この間の筧みたいな感じでさ。」

「じゃあ本人に一番にばらしたわけだ?結構不器用だよなって。」

「だって仕方ないじゃない。筧だって訳もわからず目あわせてもらえないって嫌だろうし。」

「まーそれはそうだな。」





顔さえ見なければ筧とは普通に話せるのだ。
緊張はやっぱりしてるから、表面上は、としか言えないけれど。





「お、見て!」

「え?」

「この書類、めっちゃ綺麗に揃ったろ?!ってまた顔そらすし!」

「・・・っ・・・そ、そんなことで呼ばないでよ!」

「何言ってんだよ、俺は綺麗に揃った書類の束をお前に見てもらいたかっただけなのに。
お前は俺のそういう心を踏みにじるんだな?」

「あーもー筧って絶対性格悪いよね!人からかって楽しんでるでしょう?!」

「いやいや、俺はサンにちゃんと目をあわせてもらいたいだけですよ?」





棒読みだし片言っぽいし、楽しんでる以外なんだというのか。
・・・でも確かにちゃんと話くらいは出来ないと、この先いろいろ困るんだろうなあ。
筧はそういうの、見越してくれてるんだろうか。だからこんな風にふざけながらも話すきっかけをくれている・・・とか?

ゆっくりとひっそりと、少しずつ視線をあげて彼を見る。
見ているだけならば、かっこいいとも綺麗な顔だとも思うんだけどな。
話をするとなると緊張してしまうなんて、少しもったいない気もする。





「・・・そういやはさ。」

「あ、え?」

「あんまり文句とか言わないよな。」

「何が?」

「こういう仕事。他のクラスはこんなに仕事頼まれないって言ってる。」

「ああ、それは別に。自分で引き受けたことだし。筧はうんざりしてるの?」

「まあ、うんざりはしてただろうな。」

「・・・?何で疑問系?」

「実際は相棒が意外と面白い奴で退屈しないからさ。」

「・・・っ・・・それは・・・褒められてるととっていいの?!」

「もちろん。」





表面上は屈託なく見える笑みだけど、どうにも私には何か裏がある笑顔にしか見えない。
それは私がひねくれてるせいだろうか。いや、いやいや、絶対彼の笑顔はあやしいと思うんだ。





「嘘だ。バカにしてる、すごくしてる、そうに違いない。はやくサッカー部の練習行ってしまえ。」

「卑屈すぎ・・・!ていうか今さりげなく俺を追い払おうとしてんだろ?!」

「違うよ、応援してるんだよ。」

「・・・は?」

「他のクラスでは頼まれないような、ちょっとした仕事のせいで練習時間がつぶれるなんて嫌でしょ?
全部任されても困るけど私一人でも出来るものくらいはやるよ。・・・まあ一人の方が仕事の速度があがるのも本当だけど。」

「うわ、最後のいらねえ。」









ガラッ








筧の言葉と同時に、教室のドアが開かれた。
私たちがそちらに視線を向け声をかける前に、その人は大きな声で筧の名前を呼んだ。





「おう筧、いつまで時間かけてんだよ。」

「よー鳴海。練習はじめてたんじゃなかったのか?」

「監督が来てこれからミーティングがしたいんだと。とっとと来いよ。」

「ああ、そういうこと。わかった、それじゃ・・・」

「うん、いいよ・・・って最初から言ってるのに。」





筧が少しだけ申し訳なさそうに私を見た。
そんな彼に何でもない、というように笑う。実際本当に一人でも構わないと思っていたのだし。





「てか何やってたんだお前ら・・・って書類綴じかよ。こんなん一人でも出来んだろーが。」

「そうそう、大丈夫。一人でも出来・・・」

「あれか?どうせがこの書類一人じゃ持てなーいとか言ったんだろ?
筧、だまされんなよ?コイツ女のふりして男みたいに力あっから。」

「はあ?!誰が・・・?!」

「何もしてない俺に蹴りとかくらわすしな。」

「アンタがむかつくことばっか言うからでしょ?!」

「女には優しい俺も、さすがにコイツには優しくできねえ。」

「アンタのは優しいんじゃなくて、女たらしなだけでしょ。」

「ああ?!なんだとブス!」

「人のこと言える顔かバカ!」

「・・・。」





視線を感じ振り向けば、筧がひんやりとした目で私たちを眺めていた。
私たちが言い合っている間に帰りの準備は出来たようだ。





「それじゃあ後はよろしく。」

「う、うん。」





私たちの言い合いなど気にもとめないって笑顔を浮かべて、
鳴海の背中を押しつつ教室を出て行く。私はそんな二人の後ろ姿を見送った。





「・・・!」

「は、はい?!」





けれど筧が突然振り返って私の名を呼ぶ。
それから何も言わずにじっと私の顔を見つめた。
それに気づくと私はすぐに彼から視線を外し、別の方向へ顔を向ける。





「ちょっと燃えてきた。いや、結構燃えてきた!」

「な、何が・・・?サッカー?」

「じゃあな!」





勝手に何かを宣言して、私の質問にも答えずに彼は走り去ってしまった。
筧が何を考えていたのかは、彼の顔すらまともに見れない私にはさっぱりわからない。

とりあえずは緊張をといて、ひとつ深呼吸をして。元の席に戻り作業を続けた。
一人でする作業の方がはやいとそう思っていたのに、一人になってもなんだか落ち着かなかった。

作業を終えて気まぐれにサッカー部の方を覗いてみたら、黄色い声援の先には筧の姿。
夕焼けの光に照らされる彼は、やっぱりすごく綺麗で。
ボールを追って走る姿も、皆に指示を出す姿もかっこいいと思った。
今までだってそう思うことはあって、変わったことなんてないけれど。

ただひとつ、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ胸にひっかかって。





今までどおりのこの距離が、なぜだかすごく遠くに感じられた。








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