はかなりひどい奴だと思うんだよな、俺。」

「・・・突然何ですか?」





学年集会でクラスの皆を整列させて、先生たちが来るまで一番後ろで待機。
筧はなんだかんだといっても、皆をまとめる能力があるのだと思う。
他のクラスはまだざわついてバラバラなのに、うちのクラスは多少のざわつきはあれど、整列は完璧。
やっぱりサッカー部のキャプテンを任されるだけあるなあと感心する。

そんな風に思っていた矢先、隣に並ぶ筧がポツリと呟く。





「お前が美形恐怖症なのはわかった。」

「だから恐怖って・・・まあいいや。それで?」

「てことはつまり、が気兼ねなく話せる奴って顔悪いってことにならね?」

「ええ?!いやいやいや!それはないよ!」

「この間の鳴海とのやり取りみてふと思ったんだよなー。」

「筧の顔がよすぎるだけで、そんな差別はしてません!
ていうか鳴海見て思ったって、すっごい失礼だと思うよ?!」

「ざわついてるからって声でかいぞ?図星?」

「違うよもう!・・・筧が変なこと言うからでしょー・・・。」





最初はあんなに不安だったクラス委員。
相変わらず筧の顔を直視して話すことはできないけれど、それなりにうまくやれているとは思う。
筧は意地悪だけど、やっぱり頼りになるし、いろんなフォローもしてくれる。
あとは私が彼とまともに話せるようになれば、問題はなんにもないんだろうけどなあ。














君の瞳に映るまで
















「そういやさ、結構驚いたんだけど。」

「何が?」

「鳴海と。」

「はい?」





学年集会を終えてからクラス委員が召集され、それも終わった教室への帰り道。
廊下を並んで歩いている分には、真正面で顔を見られるよりよっぽど普通に話せる。
筧の顔に慣れなくてもこうして過ごしていけば、うまいことやっていけるんじゃなかろうか。





「鳴海って女子には優しいじゃん?で、は俺の前だと冷静っていうか、結構大人しいだろ?」

「まあ・・・うん、そうだね。」

「だから前の二人見て、意外と仲良かったんだなあと。」

「ええ?やめてよ、鳴海となんか仲良くないし!」

「そういう反応とか。ちょっと新鮮?」

「・・・えー。」





確かに筧に対する態度と、他の男子に対する態度はかなり違っているんだろうと思う。
それは筧を直視できないということもあるだろうけど、たとえば鳴海と筧の性格の違いっていうのも大きな理由だと思う。





「目には目を、歯には歯をという感じです。」

「俺にはあんまり対抗できてないけどね。」

「筧には弱みを握られてる気がするし。対抗しても輝きが直視できなくて負けるし。」

「ぶは、輝きって何だよ。」

「なんか・・・こう、オーラがあるよね。」

「俺、そこまですごい奴なの?あ、じゃあさ、設楽は?アイツもダメ?」

「設楽くんは・・・緊張するので少し苦手。だけど筧ほどじゃないかな。」

「やっべ、俺すごい評価されてるし。」





確かに筧はかっこいい。そしてすごく綺麗な顔立ちもしてるとは思う。
だけどたまに疑問に思うのは、ここまで苦手なのが筧だけということ。
他にも筧と同じくらい騒がれている男子はいるはずなのに、
私は彼らを苦手と思うだけで筧ほどの緊張はない、気がしてる。





「鳴海に対抗できるのはやっぱ奴が美形じゃないからってことだよな、明らかに。」

「あれは美形じゃないでしょ、ただのかっこつけ。」

「うわー言うなー。俺も同感だけど!」

「・・・たとえばさ。」

「ん?」

「鳴海にブスって言われても、人のこと言えるほどかっこいい顔してるかー!って言い返せるけど、
筧に言われたらもうすっごいへこむ。まさにそのとおりですすみませんって気持ちになるよね。」

「・・・そうデスカ?」

「そうデス。だから緊張してるってのもあるけど、負けが見える言い合いはしないの。」

「・・・まあ俺は言わないけどね。」

「うん、筧は鳴海みたいな暴言言わないよね。」

「そういうわけじゃないけど・・・」





筧はそういうと何かを考えるように、しばらく黙ってしまった。
疑問に思いつつも、結局はそのまま私たちのクラスに到着する。

クラス委員が戻るまで待機となっていたクラスメイトたちは、意外とまじめに過ごしていた。
先ほどのクラス委員召集時の内容を伝えるため、教壇の前に立つ筧を女子がうっとりと見つめている以外は
特に変わったことはなく、HRは難なく終了する。

今日は学年集会があったこともあって、やっぱりというか予想通りというか、担任から仕事が命じられた。
けれどそれは集会で話のあった資料をまとめるだけだ。一人でもこなせるものだろう。
筧にはそう言ったけれど、やっぱり一人でさせるには心苦しいらしく結局一緒にすることになった。



















「筧、とっとと来いよ!さぼってんなよな〜?」

「あーはいはい。俺がいなくて寂しいからってそんなにすごまなくても。」

「誰が寂しいんだ誰が!」





部活へ行く前に鳴海が筧にちょっかい出してる・・・。二人って結局すごい仲よく見えるんだよなあ。
筧に鳴海があしらわれてるようにも見えるけど。確か小さい頃からの幼馴染なんだっけ?





「じゃあね、ばいばーい!」

「うん、ばいばーい。」

「筧くんもじゃあね〜!」

「おお。」

「あー、部活がなかったら私も一緒に手伝うのに〜!」

「気持ちだけもらっとくわー。」





最後に残ってた数人の女子の後姿を見送り、
結局残るのは私と筧、鳴海となった。とは言っても、鳴海もすぐに出て行くのだろうけど。





「おーおー羨ましそうな顔して出て行ったぜ?モテる男はつらいな筧くん?」

「あー悪いな、お前と違ってモテすぎて。」

「ああ?!俺だってモテるっつの!同い年の女なんて対象外だってだけで。」

「そっかそっか、うん、年上な。がんばれよ。」

「何が頑張れだよ!上から目線で言うなてめえ!」





女子が私のことを羨ましそうに見ていることは知っている。
筧がクラス委員をすると知っていたら、クラス委員は一番の人気職になっていたことだろう。
別に嫌味を言われるわけでもないけれど、多少の恨めしげな視線くらいはあまんじて受けている。





「けどまあ、同じクラス委員がお前でよかったよな。
俺は女同士のどろどろした戦いって嫌いだし。」

「は?」

、別に嫌味言われたりいじめられたりしてねえだろ?」

「そりゃ、まあ。ていうか委員が一緒になっただけでいじめられるってないでしょ。」

「いや、これで相手が坂口だったりしてみろよ。クラス総出で邪魔されたね。」

「・・・はあ?」





坂口さんと言うのはうちのクラスの中でも比較的大人びている、とても綺麗な子だ。
そりゃ私みたいな地味顔とは比べ物にならないけど、鳴海は一体何が言いたいんだ。





「何にもないってことは、と筧は『ない』って思われてんだろ?」

「・・・あー、はいはい。そういうこと。そうだね、ないない。」

「・・・なんだ、張り合いねえな。いつもみたく噛み付いてくるかと思った。」

「本当のことに噛み付いてどうすんの。それとも何?アンタ、私に怒ってほしかったの?うーわー、変な趣味ー。」

「ちげえよバカ!ざけんな!」

「痛い!女子の頭叩くとか何考えてんの?!」

「はっ、だったらもっと女らしくしてろっての・・・って蹴るな!おいてめっ!!
あーくそ!俺、もう行くからな!とっとと来いよ筧!」





まるで捨て台詞のような言葉を残して、鳴海も教室を出て行った。
別に鳴海に言われるまでもなくわかってる。鳴海が思っていることは当然のことだし、だから怒る必要だってない。
それじゃあはじめようかと筧に声をかけて、私は作業に移ろうと先ほど広げた資料の前に立つ。



軽く話をしながら、けれど手は止めずに資料をまとめる。
もう何回かこなしていたことだから、だいぶ効率よく作業を進めることも出来た。
けれどだからといって、緊張が解けているわけもなく。





「・・・っと、」

「わ・・・!ご、ごめん!」





お互いの手が触れてしまったというだけで、資料を落とすってどこまで緊張しているんだ私・・・。
慌ててそれらを拾おうと手を伸ばしたけれど、その手は届くことなく途中で止められてしまう。

止めたのは、筧。





「か、筧・・・?なに・・・?」

「・・・いや・・・ちょっと、」





そこから先がなかなか出てこない。ちょっと?ちょっと何・・・?!
普段の私ならば何かしら聞き返すのだろうけれど、今は緊張で言葉すら出てこない。





「・・・なんか、腹立つ。」

「?!」





腹が立つ?何が?どの辺が?!
けれどやっぱり何も聞き返すことが出来ず、私はただ続く言葉を待つだけだった。





。」

「は・・・って、ちょ、ちょっと待ってー!」





クラス委員になったあのときのように、筧が無理やりに私の顔を自分の方へ向ける。
つまりは真正面から筧の顔を凝視している状態だ。自分の顔の熱がみるみるあがっていくのがわかる。





「俺のこと嫌いなんだっけ?」

「ち、違・・・だ、だから、に、苦手なだけ・・・」

「じゃあその苦手な顔を抜きにしたら?」

「!」





そんなの、考えるまでもない。
筧は意地悪だけど優しくて、夢中になれることがあるし、頼りになるし、すごく・・・いい奴だと、思う。
そもそも綺麗な顔だって緊張してしまうってだけで嫌いではないんだから。





「き、嫌いじゃないよ。むしろ好き・・・って、いや深い意味はないけど!」

「じゃあちゃんとこっち見ろよ。」

「だ、だからー!緊張するって言ってるじゃん!」

「とっとと慣れて。」

「え?えええ?!」

「だって鳴海とかはまともに見て、ちゃんと話してるし。なんか腹立ってきた。」





そりゃあ確かに自分の顔だけまともに見てくれないって、ひどいことをしてるのかもしれない。
だけどだからこそ筧本人にはちゃんと話して、納得してもらったと思ってたのに・・・!
こうやってからかわれることはあっても、ここまで強引なのは初めてだ。





。」





もう顔から手は離れている。逃げたいのに、視線をそらしたいのに。



どうしよう、体が動かない。










「俺を見ろよ。」










筧のまっすぐな瞳から逃れることができない。
















「・・・う、・・・」

「う?」






「わああああ!!」

「っ・・・?!」

「ちょっと待ってちょっと待って!!なんなの?!筧は何したいの?!」





緊張して、混乱して、自分が何を言ってるのかもわからなくなってきた。





「っふはっ!・・・わからないんだ?」

「わからない!わかりません!」

「じゃあ一応言っておくけど、」





私の慌てぶりに筧が楽しそうに笑いながら、言葉を続けた。





「俺、にブスだなんて言わないよ。」

「・・・え?」

「自分が思ったことしか言わないから。」





混乱した頭では彼がなぜいきなりそんなことを言い出したのかにつながらない。
訳がわからないまま、私はポカンとした表情を浮かべた。





「あとは『ない』とも思わない。」





ますます訳がわからなくなってきた。ないって何が?何の話?
疑問はたくさん浮かぶけど、やっぱり言葉にはならない。





「それから・・・」

「!」





いつの間にか壁際に追い詰められていた私の顔の横に筧の腕が伸びてくる。
私は当然身動きが取れない。その体制のまま、やっとの思いで言葉を絞り出す。





「こ、こ、こういうのが苦手だって最初に言ったでしょ?!腹立ったなら謝るから離れて!」

「それは残念。」

「わ、わかってくれた?・・・それなら・・・」








「俺、追いつめるの大好き。」

















筧のすごくすごく楽しそうな笑顔と、自分の爆発でもしてしまうんじゃないかってほどの心臓の音。
その日の印象はもうそれしか残ってなかった。

次の日、筧は何事もなかったかのようにけろっとしていて、それはそれで悔しかったけれどほっとした。
けれどそれで安心した頃にまた彼の意地悪が始まるのだ。
彼のおかげで驚かされて混乱させられて。どれほど心臓が飛び跳ねたことか。

その鼓動の原因がやっぱり緊張のせいなのか、それとも別の理由があるのかはわからない。
わからないけれど、確証なんてないけれど、何かが変わっているような気がしてた。

それは私の心か、それとも別のものか。



今はまだわからない。だけど、これから知っていくことになるんだろう。








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