「よーし、今期はお前らがクラス委員な!よろしく!」 満足そうに笑みを浮かべて私と隣に立つ男子の肩を力強く叩く、クラス担任。 ざわつきが収まらず、私たちに向けられる視線は嫉妬と羨望、同情あたりだろうか。 「じゃ、お互いに挨拶!」 体育教師でもある先生の、力強く大きな声が教室に響き渡る。 「よろしく、。」 「・・・うん、よろしく。」 ニッコリと笑う目の前の彼にたいし、私も笑みを返す。 しかしうまく笑えていたかどうか、自信はまったくなかった。 君の瞳に映るまで 私の学校の委員会は学期ごとに再編される。 新学期がはじまり、早速の委員会決めが難航したのは 一番初めに決めるクラス委員に立候補者がいなかったからだ。 それは当然といえば当然で、クラス委員は主に雑用や面倒ごとが多いイメージがあるし、 さらに言えばうちの担任は人使いが荒いことで有名だ。 立候補者がいないかと声を張り上げる担任の声だけが空しく教室に響いていた。 「・・・やだー・・・このままじゃまた私になるよ〜・・・。」 ぼそりと隣の席に座る友達が呟いた。 彼女は前期に委員長を務めていて、推薦となっても投票となってもクラス委員最有力だ。 ただ、彼女自身は前期の仕事で疲れきっているようで、もうクラス委員をしたいとは思っていないみたいだった。 そのこともあって、さらに皆が皆「自分はやりたくない」と思い重くなる雰囲気もなんだか嫌で、 私はゆっくりと手をあげる。嬉しそうに笑顔になる担任と、クラスメイト・・・特に女子の歓声があがる。 こうして私は今期のクラス委員を務めることになった。 面倒だとは思うけれど、どんな理由であれ自分で立候補したことだし、文句も不満も言うつもりはなかった。 ・・・なかったのだけれど。 「が立候補とは意外だったなー。」 「・・・そう?」 「クラスまとめるのとか好きそうじゃないじゃん。」 「・・・まあ、好きではないけど。誰かがやんなきゃいけないことだし。」 早速担任から頼まれたクラスの委員会振り分けをまとめながら、 前の席で向かい合う形になっている彼が言う。 私はプリントに振り分けを書き込みながら、彼の顔を見ることなく返事をする。 「うわ、えらーい。男子ではその誰かが俺になったけどな。」 「投票なんだし、皆から頼りにされてるってことでいいんじゃない?」 「えー、面倒押し付けられただけじゃねえ?」 そんなまさかー、と軽く返しつつ、私は作業を一刻もはやく終わらせようと必死だった。 そう思うのには理由があって。 「ところで。」 「・・・ん?」 額のあたりを軽く後ろにおされ、その反動で俯いていた顔が自然と持ち上がる。 突然、視界に広がるのは今まで直視することを避けていた人の顔。 「なんで、さっきから俺のこと見ないの?」 長い前髪に隠れた整った顔だち。鋭くて綺麗な目が私をじっと見つめる。 私が立候補したときには歓声、もう一人のクラス委員がが決まったときには驚き。女子が騒いだ理由はこれだ。 立候補がいなかった男子側は投票でクラス委員を決めることになった。 そして投票の結果はなんと、何かと話題の中心となっているサッカー部キャプテン、筧一弥。 立候補したクラス委員となったことに不満はないし、文句もない。 クラス委員の仕事は面倒だろうけど、こなせないことはないだろうと思っていたし、 さっき言っていたとおりに、誰かがやらなきゃいけないことだ。 男子から選ばれる委員とも協力すれば、今学期くらい乗り切ることはできるだろうし、 それなりに話す男子だったらうまくやっていけるだろうとも思ってた。 だけどまさか、筧が選ばれるなんて予想もしてなかった。 サッカー部のキャプテンで忙しいだろうし、今までクラス委員長をやってたなんて聞いたこともなかったから。 「そ、そんなことは・・・」 「つーか、って俺のこと嫌いだろー?」 「・・・き、嫌いって、なんで・・・」 「俺が話しかけても、すっげえ適当に流すよな?鳴海とかとはよく話してるのに。」 近い近い近い・・・! 皆が思わず見惚れてしまいそうな笑みを浮かべられても私は困るだけなのだ。 今年から同じクラスになった筧を嫌いなわけじゃない。というか、嫌いになるほど話したことだってないんだから。 それじゃあ何で困るかって・・・できれば言いたくないんだけど、これから一緒にクラス委員をやっていくんだしなあ。 ずっとごまかし続けて彼を不快にさせるのも申し訳ない。 「き、嫌いとかじゃなくて・・・!」 「なくて?」 「・・・あーもう!とりあえず離れて!それから今視界に入ってこないで!!」 「なんだそれ!めちゃくちゃ嫌ってんじゃん?!」 「ごめん!でも説明するからちょっと離れてってばー!」 私の必死の様子に筧は疑問の表情を浮かべながらも、元の位置に戻る。 それを確認すると、私は自分を落ち着かせようと大きく深呼吸をしつつ、俯いたまま言葉を続けた。 「あ、あー、あのね。」 「うん。」 「筧のことが嫌いなわけじゃなくて、その、苦手なんだよ。」 「なんで?話したこともないのにそう思うわけ?」 「その、性格とかじゃなくて・・・か、顔が・・・」 「は?!顔?!」 筧の間の抜けた驚き声に、自分の顔がみるみる顔が赤くなっていくのがわかる。 そう、私は彼の口にする言葉でもなく、性格でもなく、その綺麗な顔が苦手なのだ。 「目を合わせてなければなんとかなるんだけど・・・筧の顔、綺麗すぎて緊張するんだよ!」 「・・・。」 「なのにこうして二人で作業とかさ、ごまかし利かないじゃん!」 「・・・だから最初っから目あわせてこなかったんだ? クラスだと結構騒いでるのに、さっきまで淡々と喋ってたのもそういうこと?」 「・・・う・・・」 「ふはっ・・・!バカじゃね?!」 「し、知ってるよ!でもそんなにはっきり言うこと・・・」 怒られることも覚悟はしていたんだけど、予想に反し筧は心底面白そうにお腹を抱えて笑っていた。 機嫌を悪くしなかったことはいいんだけど・・・少し笑いすぎじゃないですかね? いや、私も自分がおかしいような気はするんだけど。皆が見惚れる顔が苦手とか、自分でもびっくりする。 「じゃあさ、」 「・・・っ・・・!」 「あ、本当に目あわせたらかたまった。おもしれー。」 突然視界に入ってきた彼の姿に、驚いた表情のままかたまった私を見て、筧がケラケラと笑う。 「慣れていけばいいじゃん?」 「・・・。」 「美人の顔は3日で飽きるっていうし。」 「・・・それはどうでしょう。」 「どうせクラス委員の仕事も一緒にやってかなきゃなんないんだし。」 「・・・うん、まあそれはそうだね。」 私の視界に入ろうとする筧にたいし、私は彼から視線を背ける。 お互い少し意地になっていたその光景は、はたから見ればまったく意味のわからない行動に見えただろう。 「・・・さーん?」 「う、わっ!」 「その怖いものを見たって顔もやめろっての。」 筧がしびれを切らせて、ついには私の顔を両手で押さえ込んだ。 「せっかく同じ委員になったんだから、時間をかけてじーっくり話そうか?」 「・・・う・・・あ・・・」 「全面的に協力してやるから。そうだ、常にこの状態で話してみるってどう?」 「・・・い、い、いやああああ!!」 「え?何?悲鳴あげるほど嬉しい?なんだよ、そんなこと言われると照れるだろー?」 彼とは極力関わらず、ただのクラスメイトとして1年が終わると思っていたのに。どうしてこんなことになったんだろう。 こうして私はクラスで最も苦手な彼とクラス委員をしていくことになったのだった。 TOP NEXT |