出会ったときは新聞部の副部長。いつの間にかファンクラブ会長。
無表情で突拍子もないことを堂々という女の子。





「やっぱり本人と記事の温度差がすごいな。」

「そうですか?」

「と、思ってたけど、妙なところに情熱を燃やしてそうだよねは。」

「妙?」

「いや、別に。」

「私は書きたいものを書いて、撮りたいものを撮っているだけですよ。」

「ふーん。」

「ところで次の会報を作ったんです。椎名くん、読みますか?
ファンクラブ限定ですが、本人ならばまったく問題ありません。」

「・・・いらない。」

「そうですか。改心の出来なんですけれど。」

「自分のことが書かれてるなんてこっ恥ずかしいだけだろ。」





サッカー部の取材日から、彼女と話す機会が増えた。
それは周りの奴らが面白がって僕と彼女を話させようとするからなんだけど、からかわれているようで面白くない。





「椎名くんの魅力がもっとわかりますよ?」

「っ・・・だから、本人に言うな!」





だから用だけ済ませてとっとと帰ろうと思うのに、言動があまりに突飛すぎて思わず反応を返してしまう。
ああ、もう、予想外なことばかりだ。













another report















「ほら直樹!もらってきてやった!!」

「おー翼、お疲・・・ふぐが!なにすんねん!」

「僕を使いっぱしりにしようなんて100年早いよ。」

「職員室行く言うから・・・ほんのついでやんか!!」





直樹の顔に先ほど新聞部でもらってきたものを押し付けると、妙な声をあげて不満顔を浮かべる。
職員室に行くついでに、通り道でもある新聞部に寄ってサッカー部の記事をもらってきてほしいと頼まれ、それを渡したのだ。
直樹の言うとおり、ほんのついでの話だ。普段の僕はこれくらいで怒ったりはしない。
僕が怒っているのは、こいつがなにかと理由をつけて、僕を新聞部へ向かうよう仕向けていることだ。





「記事が欲しいなら自分で直接行きなよ。」

「せやからー、ついでの頼みごとしただけやんか!俺らサッカー部の栄光の歴史が載った記事を!」

「やっぱりあの日の記事、評判よかったんじゃねえ?あれから小さくてもずっとサッカー部のこと書かれてんじゃん。」

「サッカー部の部分だけはさんが書いてるんだなー。翼のことだから譲れないって感じか?ははっ。」

「六助?」

「なっ、なんでもない!」





普段ならば、おっかけがいても、たとえば告白されたって、それをからかってくるような奴らじゃなかったのに。
そもそも僕がそんなことをさせない空気を作っていた。なのに、のことになるとどうだ。こいつらの腹の立つ表情!
だけど、僕自身が彼女に調子を狂わされていることは確かなわけで、強くも出れないのが現状だったりもする。





「・・・ふーん。」

「柾輝?どうしたの?」

さんの記事ってちゃんと読んだことなかったけど、毎回細かくてすげえんだな。読みやすいし。俺ら、こんなことまで話したっけ?」

「・・・。」

「まあ翼コレクションとか会報とか作っちゃう人だからな。情報収集能力もすごいんじゃん?」

「ああ、たまにこっそり隠れて俺らの近くにいるときあるよな。俺らっていうか、翼のだけど。」

「まじか!全然気づかんかった!」

「でもさ、翼のファンって言いながら、俺らのこともちゃんと書いてくれるのって嬉しいよなー。」

「・・・俺はちょっと恥ずかしいけど。」

「今度大々的に俺の特集組んでもええでって言うてみるってのはどうやろ!?」

「ないない。」

「なんでやねん!」

「世の中には需要と供給というものがあってだな。需要を見込んでものを作るわけで・・・」

「もうええ!もう何も言わんでええーー!!」





サッカー部の特集が組まれてから、素通りされていた掲示板に人が集まるようになった。
見に来ているのは、面白半分だったり、なんとなくだったり、それこその作ったファンクラブだったりするんだろうけれど。
確かにの書く記事は難しい言葉など使わないこともあり、読みやすく、何より言い回しや構成に独特感があって面白い。
それによってサッカー部の印象が良くなっていっていることも事実だ。





「どっちかって言うとそのうち翼の特集組みそうだよな。」

「あー確かに!なんてったって、新聞部の部長と副部長が翼ファンだもんな!」

「・・・言っとくけど、さすがにそれは止めるからね。あの二人にも良識ってものがあるだろうし。」

「でも、それはないだろ。」

「良識が?」

「そっちじゃなくて。翼の特集がって話。」

「え?なんで?やりそうじゃん。」

「前、さんに聞いたけど、ファンクラブにもルールがあるんだって。」

「ルール?」





ファンクラブなんていうものに馴染みがないせいか、皆興味深そうに五助を見た。
笑いながら、そうそうと頷いて五助は話を続ける。





「基本ルールは『翼くんに迷惑をかけない。ひっそりと動き、助け、応援すること』なんだって。」

「ほうほう。」

「あんまりひっそりしてる感じしねえけどな。」

「でも確かに翼ファンのマナーが良くなった気がする。」

「あー確かに!練習中に大声で叫ばれたり、グラウンドとか部室に侵入されたりして参ったもんなー!」

「『好きならば、その人の負担になるようなことはしない!』がモットーらしい。
だから翼が嫌がることはしないだろ。多分。」

「おお!いいじゃんそれ!」

「せやな!それは重要や!やるやないかさん!」





そういえば、練習を見に来る女子たちが静かになってきたと思っていた。
まさかそれも、の作ったファンクラブのおかげだとでも言うのだろうか。
突然出来た集まりにそんな効力があるとはとても思えないけれど。





「でもそういうのって、ちゃんと守れるものなのか?いくらルールって言ったって最近出来たもんだろ?」

「そこで効果を発揮するのが、さんの作ってる会報なんだって。会報はパスワードつきのデータを配られてて、
ルールを守れなかったファンは次回からのパスワードを教えてもらえないらしい。
ファンクラブ以外の子に見せるのもルール違反になるから会報は二度と見れなくなる。」

「そこまでさせる会報って、何が書いてあんねん!?」

「お前もファンクラブ入ればいんじゃね?」

「いややわ!あほちゃうか!」

「まあ、さんの愛が存分にこもってるんだろうな。」

「お前、それが言いたかっただけだろ。」

「そんなことな・・・怖い怖い怖い、翼こええよ!」





会報の中身はどうでもいいとして、ファンクラブは思ってた以上にしっかりと機能しているようだ。
初めはどうなることかと思っていたけれど、僕やサッカー部に害がないのならば、それほど神経質になる必要もないのだろう。





「だけどさ、さんはなんでファンクラブなんて作ったんだ?」

「翼のファンだからだろ?」

「いや、だってさ、翼の資料も写真も今までさんが自分で作ってたもんだろう?わざわざ会報にするっていう労力を使ってまで誰かに配る必要なくねえ?」

「・・・確かに。」

「誰かに見てもらいたかったとか?」

「いやー、彼女の性格的に周りと一緒にキャーキャー騒いで楽しくなるってタイプじゃないだろ。」

「わかんないぞ。あの子、見た目と中身が一致しないことがあるから。」

「ふはっ!確かに!」

「お前ら、くだらないことで笑ってないで、そろそろ練習始めるぞ!」





思わず一緒に笑いそうになってしまったところで我に返り、声をかけて部室を出る。
最近の話題にはが出てくることが多い。彼女がいつも話題になるようなことを提供しているからではあるけれど。
参ったな。彼女がいない場所ですら、そのペースに飲み込まれそうになってる。

























「コラー!サッカー部!!」

「うげ!キューピーだ!!」

「ったく。今度はなんだよー。」





これから練習を始めようと士気を高めていたところに、うんざりとする叫び声。
昔のことを引きずり、柾輝たちが不良なのだといつもネチネチと難癖をつけてくる教師だ。
最近はサッカー部の戦績もいいし、問題は起こしていなかったから、絡んでこなかったのに一体なんだっていうんだ。





「お前だお前!井上!」

「俺か!?なんやねん一体。」

「お前が駅で不良と言い争ってたって話が出ている!目撃者もいるぞ!」

「はあ!?なんやその言いがかり!駅っていつの・・・ああ!?」

「心当たりがあるようだな。話は職員室で聞こうか。」

「いや、ちょ、ちょお待って!?俺は無実やねん!なあ翼!」

「・・・はあ。本当にいいがかり。直樹は絡まれた側で、こっちからは何もしてない。正当な意見を言って、それでも納得しないからその場から逃げたよ。僕はその場にいてすべて見てる。」

「なっ!椎名まで巻き込んだのか!やはり不良と一緒にはしておけんな!!」

「アンタいつも人の話聞かないけど、よくそれで教師なんてやってられるね?いい?直樹は被害者。手も出してない。」

「いいから来い!」





ああ、本当に腹が立つ。どうしてこいつらはこうも自分の価値観や先入観で物事を見るのだろう。
何度も何度もサッカー部の邪魔をして、どうにかして僕をこいつらから引き離そうとする。
もうすぐ試合も迫っているこの時なのに、今回もどうやって誤解を解くべきか。
負ける気は毛頭ないけれど、このわからずや相手では骨が折れそうだ。





「下山先生!」

「え?あ、どうしました?」

「それが・・・」





別の教師が来て、下山に耳打ちをする。
驚いた表情を見せると、直樹から手を離し、不満そうな顔で僕らをにらんだ。





「べ、別の目撃者がいた!お前は絡まれただけのようだな。」

「だから最初からそう言うてるやろ!」

「言葉遣いに気をつけなさい!そもそもお前がそんな金髪になんかしているからだなあ・・・」

「下山先生?無闇に生徒を疑ったことは悪くないんですか?」

「くっ・・・!もういい!練習に戻りなさい!」





悔しそうな顔で去っていく下山をにらみつけながら、奴の逃げ去るような後姿が可笑しくて、勝ち誇ったような気分になり思わず笑みが零れた。





「くー!むかつくわアイツ!!」

「でも何で急に意見が変わったんだ?お互いに目撃者がいたっていうなら、状況は変わらないはずだろ?」

「なにか決定的な証拠でもあったんじゃねえ?」

「目撃者が間違いだって言ったとか!」

「かもなー!」





疑問は残りつつも、その後は皆の士気もあがり、練習は有意義なものとなった。
その日はもう怒りも忘れ、すっきりとした気分で練習を終え、それぞれの帰路につく。

僕は忘れ物をしたからと、先に皆を帰し、教室へ向かった。
けれどそこは、自分のクラスではなく、暗くなった校舎内でポツンと明かりの灯っていた別の教室。














「一人で何してるの?」

「・・・椎名くん?」





そこには予想通りに、たった一人で薄暗い教室に残っていたの姿。
僕はそのまま教室に入り、のいる前の席に座った。





「補習です。」

、頭悪かったんだ?」

「そうですね。」

「ふはっ、頭良さそうだし、新聞や会報とか作ってるのに。」

「成績の良さとは別物だと思っています。やはり好きなことをするのと、そうでないことをするのでは意識の持ちようが違うでしょう?」

「それにしても、随分と量が多いね。補習にしても多すぎなんじゃない?」





彼女の机に置かれた大量のプリントをパラパラとめくる。
わかりづらかったけれど、は一瞬肩を揺らし、緊張した様子で僕を見た。





「直樹が下山に絡まれたんだ。駅で不良ともめてただろうって。」

「・・・そうなんですか。」

「それは誤解なんだけど、目撃者は僕しかいなくて、試合ももうすぐなのに面倒なことになったって思ってたんだよね。」

「はい。」

「でもそれは別の目撃者がいたことで覆されて、晴れて無罪放免。」

「そうですか・・・!よかったです。」

「おかしいよね。僕が何を言っても聞き入れてもらえなかったのに、別の目撃者のことはあっさり信じるんだ。」

「その目撃者に信憑性があったのでは?」

「そう。さっき教師たちが話してて、聞こえた言葉は『ビデオ』。実際にその現場を見せられたら信じざるをえない。」

「・・・なるほど。」

「僕、あの日ビデオカメラを持ってそうな人が後ろからついてきてるの、気づいてたんだよね。」





彼女の表情は変わらない。けれど、明らかに動揺しているのがわかる。
普段振り回されてばかりいるからか、そんな彼女が珍しくて少し楽しくなってきた、なんていうのは意地が悪いだろうか。





「面倒だからほっておいたら、いつの間にか直樹が不良に絡まれてそれどころじゃなくなってたけど。」

「・・・そうですか。」

「その日は休日だったけど、テストの規定点を満たしてない生徒の補習日だった。
、その対象だから僕らの練習を見に行けないって言ってなかった?」

「・・・はい。」

、あの時のことをビデオカメラで映してたんじゃない?」

「・・・。」

「僕らを追いかけて、不良に絡まれてた一部始終をビデオに撮り、それを教師に提出した。
だけど、そのせいでが補習にいなかった理由がただの休みじゃなく、さぼりだったのだと見なされた。罰として大量の課題を出された。違う?」

「・・・その通りです。ごめんなさい。」

「さすがに認めるの早いな。それになんで謝るの?助けられたのは僕らの方だ。」

「偶然駅で二人を見かけて、学校に行く少しの間だけ、見ているだけのつもりだったんです。そうしたら二人が怖い人に絡まれて・・・思わず追いかけてしまいました。結局二人は逃げることができたから、誰にも言う必要はないと思っていたんです。でも・・・」

「でも?」

「もっと早く証明してあげればよかった。そうしていたら、椎名くんも井上くんも嫌な思いをせずに済んだのに・・・。」

「・・・呆れた。自分のサボリがばれることが嫌だったんじゃないの?」

「それは事実ですし、自分の責任です。」





「基本ルールは『翼くんに迷惑をかけない。ひっそりと動き、助け、応援すること』なんだって。」





そのときなぜか、彼女の作ったというルールを思い出した。
聞いたときには少し納得して、少し呆れて、少し冗談かとも思ったルール。
いつだって正直な彼女は、いつだって本気でそれを実行してる。





「僕らを助けようとしたんだ?」

「ビデオに撮っておけば証拠になる。何かの助けになればと思っていました。」

「気づかれて自分が巻き込まれたらどうする?が危ないだけじゃなく、大勢の人に迷惑をかけることになった。」

「・・・ごめんなさい。」

「成績が悪いっていうなら、補習はさぼらないようにしなよ。」

「・・・はい。」

「それと、ありがとう。」

「はい・・・え?」

のおかげで助かったよ。」





あいつらにからかわれていたとは言え、とは話す機会は随分と増えた。
その度に見つける新たな発見。予想外の出来事。少しは君という人間がわかったような気がしてる。

君はいつだって正直で、まっすぐで、驚くほどに僕のためを思って行動する。





「手伝うよ。わからないところある?」

「え、あの・・・」

「いつまでに終わらせるの?こういうのは計画的に終わらせないと。」

「あの、椎名く・・・」

「翼。」

「え?」

「翼でいいよ。。」





じっと見つめてみれば、彼女にしては珍しい、ポカンとした間の抜けた顔。
その後、みるみる赤くなっていき、思わず顔を俯ける。

そんな彼女を見ているのが楽しいと思うあたり、やはり僕は振り回されるよりも振り回す方が向いているらしい。





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