きっかけは1枚の校内新聞。 それは部活動の一環として、月に1回、新聞部が発行し廊下の掲示板に貼りだされる。 多くの人の目を惹くような突飛な話題などがしょっちゅうあるはずもなく、ほとんどの生徒が素通りしていたものだった。 そこに見える人だかり。めずらしい光景に思わず新聞の内容を覗く。 『快進撃を続けるサッカー部!劇的瞬間を見逃すな!』 大げさに、大きく書かれた見出しをぽかんとしながら眺めていると、僕らの存在に気づいたのか、周りから「頑張れよ」だとか「すごい」だとか「やるじゃん」だとか、様々な賞賛の言葉が贈られる。これを見て初めて、サッカー部の戦績を知った奴らもいたようだ。 「今までこんなこと書かれなかったのに・・・なんだと思う?翼。」 「せやで!少し話題になっても翼のことばっかやったのに、俺らのことも書いてあんで! 『井上直樹(MF) ・・・熱意のこもったプレーで相手を威嚇する。サッカー部のムードメイカー。』やて!照れるやん!」 「熱意なあ。技術面に関して何もかかれてないのは気を遣ったのかそうでないのか・・・」 「なんか言うたか!?」 「あと、ムードメイカーは翼だよな。直樹は騒ぎ立ててるだけで。」 「なんやて!?」 「まあ直樹のことはどうでもいいけど、悪いこと書かれてるわけじゃないんだからほっておいていいんじゃない?」 「どうでもいいってなんやねん!翼が一番かっこええ写真使われてるから気分よくしとるんやろ!」 「はいはい。行くぞ。」 周りから見れば転入生と不良たち、というメンバーで結成されたサッカー部。こうした校内新聞で多少の記事になることはあった。 しかし、話題になりこそすれ、良い意味で捉えられることは少なく、ほとんどの場合が僕中心となる記事が多かった。 元々良い印象がなかったからか、教師からの圧力でもかかっていたのか、僕らとしてはどうでもいいことだったけれど。 人ごみの隙間から、記事を書いた人物の名前部分を視界に入れると、その場から離れた。 another report 「君がさん?」 「はい。」 「なんや翼、知ってんのか?」 「お前が大喜びしてた記事を書いた子だよ。」 「なんやって!!」 「知っているんですか?」 「まあね。記事に名前の略称が書いてあったから。」 先日の記事に反響があったのか、新聞部がおおがかりな機材を持ってサッカー部に取材にやってきた。 取材なんてガラでもないし断ろうかとも思ったけれど、面白そうだからと監督である玲が受けてしまっていたこと、そして僕もちょっとした興味があったことから、それに応じることにした。 「こ、こんにちは!ほ、本日は取材にご、ご協力くださり、サッカー部のことは、えー、」 「落ち着いて、。」 「だ、だって翼くんが、こんなに近く・・・わ、私を見つめてっ・・・」 「本日は取材の許可をいただきありがとうございます。事前にお話しているとおり、ここで聞いたお話、写真は後日の校内新聞に載りますのでご了承ください。もちろん、掲載前に内容をご確認いただきます。」 「うん。わかった。」 「こちらが部長の、私が副部長のです。よろしくお願いします。」 取材とは言っても、僕らの練習風景を撮ること、休憩中にメンバーにそれぞれ目標や得意とするプレーを聞いたりすることが主だ。 先ほどうまく喋れていなかった部長の方も、徐々に軽快に話すようになり、はその取材風景やプレーを写真を撮る。基本的に話すのは部長の役目のようだ。 あの記事では暑苦しいコメンテーター並みの言動と熱意があったように見えたけれど、淡々と仕事をこなす今の彼女からはとても想像ができない。記事を書いたのは部長のなのではないかと思わず疑ってしまうくらいだった。 記事の熱さと、今の淡白さを比べると、そのギャップに思わず苦笑してしまう。 「さんは翼の前でだけ緊張するんやなー。」 「だって、翼くんだよ?憧れた綺麗な顔が目の前に・・・って、ああ!本人いるんだった!」 「そんなに緊張される理由がさっぱりなんだけど。」 「それに対してさんはめっちゃ冷静だよな。めずらしいよな、翼と俺たちで態度がここまで変わらない女子って。」 「そう見えますか?」 「見える見える!」 明るくさばさばしているの性格からか、皆、少しの時間であっという間に打ち解けたようだ。 常時テンションが高いと、常時テンションが低いというコンビに興味を持ったというのもあるだろうけれど。 「翼くーん!今って休憩中・・・って、あれ、会長!!もしかして取材ですか!?きゃあああ!!」 「次の会議楽しみにしてますー!!」 フェンスの外から聞こえた声は、いつもサッカー部の練習を覗く女子たちだ。 初めの頃は練習中もおかまいなしに、大声をあげたり、ところかまわず僕の名前を叫んだり、喧嘩を始めたり、グラウンドに入ってきたりと困ったものだったけれど、飽きてきたのか成長したのか、最近はだいぶ大人しくなっている。 それはそうと、今話しかけたのは、誰に向けてだろうか?会長、という言葉が聞こえたけれど、この中にそう呼ばれるような人間はいないはず。 「俺らやないよなあ?二人のどっちか、生徒会長かなにかなん?」 「生徒会長が違う奴だっていうのは、いくらお前でも知ってるだろ。でも、確かに会長って言ってた気が・・・」 「ああ、のことですよ。なんの会長かはー・・・秘密で!」 「なんやそれ!めっちゃ気になるわ!」 「いいですよ。別に隠していないし。」 「ほうほう!ほな教えてや!」 「椎名翼ファンクラブ会長です。」 僕を含めたサッカー部の全員がぽかんとした顔を浮かべた。 ・・・今彼女はなんて言った?表情も変えずに、淡々と、とんでもないことを言わなかったか? 「あ、あの、もう1回言ってくれるか?」 「椎名翼ファンクラブ会長です。」 「「「・・・。」」」 耐え切れず、もう一度聞いてみれば、まったく同じ台詞。 ついさっき、とは違い、僕にまったく興味がなさそうだって話をしたばかりだったのに、一体なにがどうなってる? 「つ、翼のこと好きなのか?」 「はい、大好きです。」 「全然そんな風に見えないんだけど・・・」 「そうですか?けれど、私は椎名くんを尊敬していますし、もっと知りたいと思っていますし、今日はお話できると聞いて舞い上がっていました。」 「舞い上がっ・・・どの辺が!?」 「わかりませんか?」 「わかりません!!」 無表情でとんでもないことを堂々と言ってのける。 普通はもう少し緊張するとか、恥ずかしがるとか、隠すとかするだろうに。 けれど、僕らをからかっているようにも見えないし、会長と呼ばれていたのも確かだ。 「しっかし、翼の追っかけがいるのは知ってたけど、いつの間にファンクラブなんて出来たんだ?」 「確かに。そんなものあったなら、もっと話題になってそうだよな。」 「翼くんたちが見たっていうサッカー部の記事がきっかけだよ。」 「記事?」 「あの記事を書いたのも写真を撮ったのも、だって知られちゃって、あの写真をくれって子が殺到したんだよ。 「ああ、あの翼が異様にかっこよく見える・・・」 「そのときに私が調子に乗って、『翼くんコレクションも見せてあげれば?』なんて言っちゃったもんだから・・・」 「「「翼くんコレクション!?」」」 「椎名くんの写真を集めた、私の傑作で宝物です。」 「「「・・・。」」」 今日何回目かの予想外すぎる返答。 彼女があまりにも堂々としすぎていて、どんな反応を返していいのかわからなくなってきた。 「で、それを見せたらそっちの写真集にも食いつく食いつく。終いにはの熱意に尊敬する子が続出。 あれよあれよという間にファンクラブ設立となったわけです。」 「写真集・・・。」 「女子の間ではだいぶ話題になってるよ?が一日で仕上げてきた会報も評判良くて。 でもファンクラブ以外には読ませない決まりだから入会者も増え続けてる。」 「一日!?」 「なんという情熱・・・!」 「そういう問題じゃないだろ!」 言ってやりたいことも、言っておかなきゃいけないことも、たくさんあるんだ。 でも、たくさんありすぎて何から言うべきか。そもそも彼女は何を思ってそんなことをしているのか。 いや、僕のファンクラブというくらいだから、好意を持っているだろうことはわかるんだけど。 「勝手にファンクラブつくって、人の写真を勝手に撮って、それに・・・会報!?本人の許可無くなにやってるわけ?」 「それは・・・その・・・ごめんなさい。」 「そもそも隠れてこそこそしてるのが気に入らない!」 「いいえ、隠す気はありませんでした。椎名くんを好きだという同志が集まったことが嬉しくて、行動が先になってしまっただけで・・・。椎名くんが止めろというのなら今すぐにでも止めます。写真もすべて捨てます。」 「確かに・・・全然隠してなかったな。」 「むしろ堂々と宣言したもんな。」 「翼くん・・・!悪気があるわけじゃないの!お願いだから・・・私たちの楽しみを奪わないでほしい・・・!」 「翼、羨ま・・・ゴホン、ファンクラブなんて男冥利に尽きるやん。器の大きいとこ見せてやりや!」 「なんで僕が悪者みたいになってるんだよ!別にやめろとまで言ってないだろ?」 その言葉を最後まで言って、しまったと思った。 は無表情のまま、そしてサッカー部の奴らとがにやりと笑う。 「よかったなさん!続けていいって!」 「本人公認だな!」 「ちょっと・・・そこまで言ってな・・・」 「ついでに俺のファンクラブ作ってくれてもええくらいやけどな!」 「やったねー!!翼くんやっぱり男前!器大きいー!!」 「っ・・・翼、これはもう諦めるしかねえだろ。」 「柾輝・・・!他人事だと思って・・・!」 皆が騒ぎ立てる中、が僕にむけて深く一礼をした。 周りがそれに気づき徐々に静かになると、ゆっくりと頭をあげる。 「ありがとうございます、椎名くん。私、精一杯がんばります。」 そこは頑張らなくていいところだから、と言ってやろうとしたのに、言葉にならなかった。 僕はその日初めて、ずっと無表情だった彼女の笑顔を目にした。 TOP NEXT |