先日、校内で話題になっていた演劇部の姫の正体を知った。 彼女は俺のクラスメイトの。普段の彼女と舞台上の姿はあまりにも違う。 あんなにも堂々として、カリスマ性さえ感じられた舞台の上の彼女。 けれど俺と同じ教室に居るときはそれとは真逆。まるで自分から存在感を無くしているかのように大人しい。 俺も自分から誰かと話すタイプではないから、同じクラスといえど俺たちは会話らしい会話をしたことがなかった。 あったとしても、お互いの係とか誰かからの伝言とか、業務上の連絡のようなものだった。 彼女の秘密を知っても、それは変わらないと思っていた。 秘密を口外するつもりはなかったし、かと言って共有して仲良くなるつもりもなかったからだ。 演劇部の姫に対する一時の興味。ただ、それだけだった。 けれど、物事はそうそう予想通りに動かない。 「郭くん、そっち!もっと持ち上げて!」 「やっぱり男手が増えると違うなあー!ありがとね郭くん!」 「郭くん・・・嫌なら嫌って言った方がいいと思うけど。」 「嫌だ。」 「よし、じゃあ次行こうか!」 「・・・無駄だとは思うけど。」 「・・・。」 もう関わらないだろうと思っていた彼女・・・いや演劇部と、日々顔を合わせるようになっていた。 姫君の攻略法 旧校舎でとその従姉妹である演劇部部長と話をしてから数日後。 戸惑い、複雑な表情を浮かべたに、旧校舎に呼び出された。 おそらく彼女の秘密のことだろうと思い、素直に従えば、そこにいたのは演劇部の面々。 連れられた大部屋には、舞台に使うだろう設定資料や衣装、大道具などが並んでいた。 「というわけで!彼が協力者の郭英士くんです!拍手!」 「あ、本当にイケメン!」 「知ってる知ってる。結構話題になってたよね。」 「なんかサッカー上手いんだよねえ?有名だよー?」 そして、待ち構えていたらしい部員たちに取り囲まれる。 女子の比率が圧倒的に多く、俺が口をはさむ余地を与えてくれない。 「・・・。これってどういうこと?」 「・・・ごめん、私には止められなかった。」 「意味がわから・・・」 「郭くん!君には次の舞台設置のお手伝いをしてもらおうと思って!どう?」 「・・・は?」 何を言っているのか、意味がわからなかった。 なんで突然呼び出されて、突然訳のわからない手伝いを頼まれなければならないのだろうか。 「うちの演劇部って少数精鋭じゃない?その中でも女子の比率が圧倒的に多いの。 だから、大道具とか舞台設置とか力のいる作業は手が足りないのよね。」 「はあ・・・。」 「役者が練習してる横で機材を運んだり、舞台背景を作ったりもするんだけど・・・。 うちは姫がいるから、事情を知らない外部からの助っ人は頼めないのよ。 特に今は姫の正体を知りたがってる人も大勢いるから油断もできないし。」 「・・・。」 「というわけで、のことを知った郭くんにお願・・・」 「お断りします。他をあたってください。」 「断るの早いな!もう少し迷ってくれても・・・」 「俺は関係のない話なので。それに放課後はユースの練習があるので尚更無理です。」 「大丈夫大丈夫。頼むのは昼休みだけにするし、呼び出すのも必要なときだけだから! それに関係ないとは言わせないわよ?乙女の秘密を暴いて楽しんでおいて!」 「・・・乙女の秘密って・・・」 そこまで話して、ようやく俺は先輩があんなにもあっさりとの秘密を話した意図に気づいた。 本当は正体を誤魔化すことが出来ればよかったのだろうけど、それが出来ないと悟って作戦を切り替えたんだ。 誤魔化せないなら事情を知る協力者にしてしまえばいいと。 「にメイクまで強要したくせに・・・!」 「嫌がるに迫ったっていうのも聞いたわ!」 「知らないふりもしてくれなかったのに、私たちのお願いは聞いてくれないなんて・・・!」 「顔はイケメンなのに、心はイケメンじゃないの!?」 さらに、こうして人を集めて情に訴えて、断りづらい状況を作り出す。 面白がっているのが見え見えの演技だけれど、それがわかっていても、女子の集団の面倒くささがよく表されている。 「約束を破ったら演劇部の精鋭がこれまで培ってきた演技力を駆使して、貴方を社会的に抹殺します!」 この間の先輩の言葉が頭を過ぎった。 実際は弱みを握っている俺の方が強いはずなのに、なぜか追い詰められているような気分だ。 少数の男子部員が俺を哀れそうに見つめている。そんな目で見るくらいなら助けてほしいんですけど。 しかし、俺が興味本位で彼女に近づいたのも、意地になって秘密を知りたいだなんて言ったのも事実なわけで。 こうして巻き込まれることを予想せずに動いた結果でもある。ああ、やっぱり好奇心だけで動いたって碌なことがない。 俺は盛大なため息をつきながら、次の公演が終わるまでという期間限定の条件つきで、演劇部の要請に応じた。 この間舞台を終えたばかりだったのに、次は演劇の大会が控えているらしい。 時間が足りないらしく、昼休みはミーティングと舞台作成や調整に関することを、放課後は呼吸法や発声練習、外周周りや腹筋運動、台本読みなどに当てている。 必要なとき、とは言われたが、呼び出される頻度は日に日に高くなった。 けれど、必死な彼女たちを見て、もう逆らうのも面倒だし、限られた期間くらいなら協力してもいいかと思うようになった。 ちょっとした諦めとも言えるかもしれないけれど。 そんな俺の心情を察しているのかいないのか、は特に俺を気にかけていた。 教室じゃ見向きもしないくせに、普段と今のこの違いは一体なんなのか。 「郭くん、色塗りうまくなったねえ。」 「おかげさまで。」 「お昼休み、教室から抜け出してて、友達に何か言われない?」 「別に。適当に理由つけてるし、特に詮索もされないし。」 「あっさりだね。」 「男子はそんなもんでしょ。」 「そっか。」 「まあ早く解放してくれれば、そういうこと気にしなくていいんだけど。」 「うっ・・・そうですよね・・・。」 「やると言ったからにはやるよ。約束の期間まではね。」 「すいません・・・。」 「謝られても困る。」 「そ、そっか・・・じゃあ、ありがとう?」 「ハイ。どういたしまして。」 旧校舎という範囲内では、ともよく話すようになった。 先輩の指示でが俺に作業内容を伝えている、ということもあるが、彼女が必要以上に俺を気を遣い、話しかけてくるからだ。 自分のせいで俺が巻き込まれたと負い目も感じているんだろう。頼んでもいないのに、飲み物を差し入れてきたりもする。 しかし、旧校舎を出ると途端に彼女はよそよそしくなった。同じクラスに帰るにしても、一緒に帰ろうとはしない。 まあ昼休みにしょっちゅう二人揃って帰れば、あらぬ噂を立てられるだろうし、賢明な判断ではあるけれど。 教室が同じでも、近くにいても、話すことも目を合わせることもない。 それは今までどおりのことだ。だけど、なんだかひっかかる。 元々クラスメイトなんだから世間話くらいはするだろうし、ここまで徹底的に距離をあけなくてもいいと思うのに。 それから何度か演劇部を手伝って、けれどとの関係に変化はない。 相変わらず演劇部内では、よく話をする。制作物と指示の都合上、二人で作業することも多かった。 「、次の公演も出るんでしょ?次は何の役?練習のとき、すごい動いてたけど。」 「女騎士。強くて格好いいんだよー。」 「へえ・・・姫の次は騎士か。これはまた随分と変わるね。」 「元々姫って柄でもないしね。じゃあ騎士かって言われても違うんだけど。」 「柄じゃない割に、良い演技してたと思うけど。」 「えっ・・・!」 「なに?」 「い、いや、あの、ハイ、あ、ありがとうございます・・・。」 あんなに話題になって、人を惹きつける演技をしておいて、当の本人に自覚はない。 頑なに正体を隠すことといい、よほど自分に自信がないように見える。 「・・・そういえば、正体を隠してるのって単なる話題づくりかと思ってたけど、もしかして他にも理由があるの?」 「え、」 「確かに誰かわからないって言うのも話題にはなるけど、隠れて練習したり、外部の助っ人を頼めなかったりするデメリットを考えたら、 あえて正体をばらして、別人のように変わる姿を見せるっていうのでも、話題にはなるんじゃない?」 「まあ・・・そうなんだけど・・・。」 「それでも隠すんだから、何か他にも理由があるのかと思って。」 「・・・。」 「言えないようなこと?」 「・・・いや、あの・・・私の我侭だから、郭くん呆れるかなあって・・・。」 「それは話してもらわないとわからないけど。」 「、目立つこと嫌いだからねえー。」 「「・・・。」」 「うわあ!いきなり割り込んでこないでよ!」 「えーなによなによ!郭くん独り占めしたいって?」 「そんなこと言ってない!」 俺とも以前よりは気軽に話すようになったし、笑うことも多くなったように思っていた。 しかし、やはりこの従姉妹は彼女にとって特別なようだ。こうまで感情豊かなをあまり見ることはない。 もしかしたら俺が見逃していただけで、仲の良い友達には同じなのかもしれないけれど。 「目立つのが嫌いって、舞台に立ってるのに?」 「そりゃ、舞台と普段は違うもの。演技がうまいことも、役になり切って別人のようになることも、注目されると同時にデメリットもあるのよ。特に普段とのギャップが大きいと尚更ね。」 「デメリット?」 「妬み嫉みとかいろいろね。は元々大人しいし、地味な顔立ちだから、余計に絡まれるのよ。 アンタ調子乗ってんじゃないわよーとか、必死になっちゃって馬鹿みたいーとかね。」 「・・・ふーん。絡まれたんだ。」 「・・・。」 「そうそう。まあ中学のときのことだけど。でもそれがトラウマになっちゃって、高校では演劇はやめてたの。 でも私が無理やり引き込んだ。そのときの条件が、役者としての正体がわからないようにするってことだったの。」 「・・・なるほど。」 「・・・。」 「?」 「ちょっと休憩してくる。」 居たたまれなくなったのか、はその場に立ち上がり、教室を出て行った。 姫の正体を知ったとき、驚きはしたけど、俺は単純にすごいと思った。けれど、そうか。皆が皆そう思うわけではないんだろう。 「・・・俺も休憩してきていいですか?」 「どうぞ?」 が自分に自信を持っていなかったのも、演劇部内と教室で態度が違うのも、なんとなくわかった気がする。 「。」 「郭くん。・・・ごめん、なんか気を遣わせた?」 「別に。」 「・・・ごめん。」 「あのさ、」 まあ、わかったところで、優しくするつもりも、同情するつもりもないんだけど。 「、夢見すぎじゃない?」 「・・・・・・はい?」 「俺がに気を遣ったって思ってるの?本当に?」 「え、え?」 「一緒にいるようになって、少しは俺の性格わかってきたかと思ったけど。 ここで気を遣うような性格に見えてた?そんな優しい人間と思ってた?」 「・・・あの、郭・・・」 「別になぐさめるつもりはないし、俺はに一言言いたいと思っただけ。 そういうの言わないでいて、あとでひっかかるのも嫌だし。」 は他人の目に怯えて、本当の自分を出せないでいる。 周りが怖くて、絡まれることも責められることも嫌で、注目されることがそれにつながるって思ってる。 だから自分に自信がないし、目立つ行動もしたくない。騒ぎの中心でいたくないんだ。 でも、それは俺から言わせれば、 「バカじゃないの?」 「!?」 なんてくだらない、とそう思う。 「な、なに?いきなり・・・」 「自分の行動が我侭だってわかってるくせに甘えたままで、迷惑かけっぱなしで、それよりも周りの目の方が重要なんだ?」 「!」 「俺は他人の目なんてどうでもいいけど。」 「か・・・郭くんにはわからないよ!私は怖いもん・・・いろんな人に注目されて、ちやほやされて、訳わからないことを言ってくる人もいたし、嫌味な質問もたくさんされて、笑われて、私のことだけじゃなく、役のことにまで悪口を言う人もいて・・・」 「だから?」 「大切に、大切に演じた役だったのに、それを私が演じたってだけで価値が下がるなんて耐えられなかった!」 「なんで価値が下がるなんて思うの?」 「だって、皆綺麗だって、格好いいって言ってくれてたのに、私だってわかった途端に・・・がっかりされたもん!」 「もそう思ったの?」 「・・・っ・・・」 「本人もそう思うなら、そりゃ価値も下がるかもね。」 「思ってないよ!そんなこと絶対に思わない!」 「それなら問題ないんじゃない?」 俺はじゃないから、彼女の気持ちなんて知らない。 周りの目なんて気にならないし、どうでもいい人間に何を言われようとも傷ついたりしないと思う。 そうじゃない人間がいることも知ってる。だけど、俺にはわからない。 だから、理解することなんて出来ないけれど。 「たかが数人の言葉でしょ。そんなのに振り回されてるなら、バカとしか言いようがない。」 「っ・・・」 「容姿なんて関係なく、の演技に感動した人もたくさんいると思うけど。」 「・・・でも、わたし・・・」 「俺もその一人。」 のポカンとした表情が印象的だった。 それまで悲しそうに顔を歪めていたのに、俺に食って掛かっていたくせに、あまりに拍子抜けした顔に思わず笑みが零れた。 「何その間抜けな顔。俺、最初に伝えてるでしょ。」 「・・・そう・・・だけど・・・」 「全員が感動して、全員が認めて、全員が褒めてくれるなんてあるわけがない。 だったらどうでもいい他人よりも、自分の近くにいる人間に喜んでほしいって俺は思うけどね。」 「・・・。」 「まあ夢見がちで甘いお姫様にはわからないかもしれないけど?」 「べ、別に夢なんて見てないもん!」 から前向きな言葉が聞けたわけじゃないし、ばつが悪そうに顔を背けてはいたけれど、先ほどと表情は変わっていた。 悲しそう、というよりも不機嫌とも言えるような複雑な表情になっただけだけれど。 少しの沈黙が続いた後、どちらからともなく歩き出し、大部屋に向かう。 は顔を俯けたまま、呟くように口を開いた。 「・・・郭くんって、言いづらいこともはっきり言うよね。」 「うん。」 「毒舌だよね。」 「そう?」 「あと、割と嫌味だよね。」 「それはどうも。」 「褒めてないよ?」 「知ってる。」 このときが何を思っていたのかはわからない。 ただ、恨みがましい目で俺を見上げた後、悔しそうにしてからもう一度顔を背けた。 「でも、優しいところもあるよね。」 「・・・。」 「・・・今のは、褒めました。」 「っ・・・知ってる。」 この後部室に戻ると、はあっという間にいつもどおりに戻っていた。 部長と喧嘩をして、他の部員にからかわれて、楽しそうに笑顔を見せる。 それが彼女の演技だったのか、心境の変化があったのかはわからない。 ただ、その日は初めて、昼休みに揃って自分たちの教室に帰った。 さすがに今日だけでは、変に勘ぐられたり、気に留められることもなかった。 隣に並んでいた俺を一瞥した後、小さく聞こえたお礼の言葉。 聞かなかったことにしようか。それともあえて後でからかってやろうか。 そんなことを考えながら、少しだけ頬を緩ませて、自分の席へと着いた。 TOP NEXT |