本番の日が近づき、演劇部は細部の調整に入る。
は自分の役である、女騎士の衣装を纏うと俺の前でくるりと一回りして見せた。





「本当に別人だよね。」

「何を今更。郭くん、私がメイクされてたところ見てたじゃない。」

「今回は違う役だからか、雰囲気が違って見える。」

「・・・本当?私、かっこいい女騎士に見える?」

「今は到底見えないけど。ただの。」

「ただのって何!ただのって!」





最近のの表情は、コロコロと変わる。
最初はあんなに俺に気を遣っていたくせに。表情が大きく変わることなんて滅多になかったくせに。





「・・・郭くんは、本番見に来れる?サッカーの練習ある?」

「・・・どうだったかな。」

「え、どっち?」

「大会の順番的に14時くらいでしょ?間に合うと思うよ。」

「そっか。そうしたら舞台袖に来る?」

「見に行くとは言ってないけど。」

「え?来ないの?」

「行くけど。」

「郭くん!さっきから人の反応見て遊ばないでくれる!?」

「はは、せっかくだから観客席から観るよ。」





怒って声を荒げたり、困った顔をしたり、嬉しそうに頬を緩ませたり。
いつの間にか随分と騒がしくなった。

そして、そんな彼女につられて、俺自身も変わりだしていたことを知っていた。












姫君の攻略法













「おーい、郭!こっちこっち!」

「地区大会まで観に来るなんて、どれだけ執着してるわけ?」

「だって姫が見れる数少ないチャンスだぞ?見逃すわけにはいかねーだろ!」





演劇部が地区大会に参加するとの情報から、"姫"を追いかけている友達に誘われ、それに付き合うことにした。
元々観に来るつもりだったのだけれど、誘いを断って一人で観にいったのがばれたら後々面倒になりそうだったからだ。
興奮気味に姫について語る友達に、その姫に俺たちは毎日会っている、なんて言えるわけもなく。適当に相槌をしながら、観客席へと移動した。

少し早く着いたため、1つ前の演目を眺めながら、次の学校名が呼ばれるのを待つ。
自分のことでもないのにどこか緊張して、今演じている学校には悪いけれど、その内容は頭の中に入ってこなかった。

そして、その名前が呼ばれ、劇が始まる。



一番始めに舞台に現れた村娘の独白。彼女は後の女騎士。つまり、だ。
彼女の登場シーンに、観客の一部が感嘆の声をあげた。
それは、その容姿にか、演出にか、演技力にか。素人の俺には判断がつかなかったけれど。

近くで彼女たちの練習を見ていた俺は、話の内容は知っていた。
同じ台詞を何度も何度も聞いていた。殺陣の精度が日に日に鋭くなっていくのも見てきた。
それでも、じっと目を離さずに、いや離すことが出来ずに、彼女たちの舞台を観続けた。
惹きつけられていたのは、の演じる女騎士だけではなく、その舞台すべてだった。
が目立つのは彼女の演技が飛びぬけてうまいからではなく。
周りの彼女を引き立てる演技、演出、道具すべてを含んだものなのだと、いつしか気づいた。

物語の終盤、女騎士は戦いで失った同志の墓に剣を立てる。そして、静かに笑みを浮かべた。
笑っているのに、会場からはすすり泣く声が聞こえる。
初めて彼女を観たときと同じ感覚だった。そこだけが別世界のように惹き込まれていた。










「あー、やっぱり美しかった!」

「結局外見だけしか見てないわけ?」

「いや、違うよ?そりゃ外見もだけどさ。俺、あの子のファンなの。演技も含めて。」

「・・・。」

「じゃなきゃあんなに号泣しねえよー」

「・・・そう。」

「だから正体知りたいのに!ていうか、わかんなくてもいいから握手してくんねえかな!
演劇部どこにいんの?控え室とかあんのかな?」

「迷惑だからやめときなよ。」

「わかってるよ。あ、でも他の奴らが既に行ってるかもしんないなー。」

「・・・他の奴ら?」





舞台が終わり、演劇部と合流しようと思えば出来たけれど。
事情を何も知らない友達を連れていくわけにもいかず、会場で少し話していると、気になる言葉を耳にする。





「姫って舞台が終わるとすぐに消えちゃうじゃん?だから舞台直後の控え室とかなら会えるんじゃね?って。
入れなくても近くで待ち伏せしようとか、そんな宣言してる奴らがいたんだよ。」

「・・・!」

「まー冗談だろうけど。そもそも演劇部のガードもかたいしなあ。無理に決まっ・・・って、おい!?どこ行くんだよ!?」

「用事思い出した!じゃあね!」

「郭!?」





ただの冗談かもしれないのに。
そもそも俺はの正体がばれたっていいと思ってたのに。気づけばその場から走り出していた。
携帯に電話をしてみても繋がらず、先に聞いていた上演校の控え室へ向かった。

関係者以外入れないと言われるかと思いきや、丁度良いところで部長に出会った。
感激の抱擁をすり抜けつつ、事情を説明する。





「服は既に着替えてて、メイクと髪は女子トイレで直してくるって言ってた。元の姿に戻ってしまえばばれないだろうけど・・・
でも、どうかな。その前に捕まるかもねえ。」

「そんな暢気な・・・。演劇部の姫の正体、ばれても構わないんですか?」

「別に構わないわよ?そもそも私たちは話題性よりも、自分たちが満足できる演技が出来るかって方に重点置いてるし。」

「でもは・・・」

「あの子も最近意識が変わったみたい。正体がばれてもいいかって聞かれたから、の好きにしていいよって答えた。
だから、そのうち自分から言うつもりだったんじゃないかな。だから今回は付き添いもいらないって言ってたんだろうし。」

「・・・そう、なんですか。」





彼女の心境の変化は、何がきっかけだったのかはわからない。
俺だって隠しているよりも、話してしまった方が良いと思っていた。
その結果、過去に彼女を傷つけたのと同じような中傷もあるのだとしても。

知ってほしいと思った。
多くの人が惹きつけられた彼女が、一体誰なのか。

気づいてほしいと思った。
多くの人を惹きつける理由は、決してひとつではないのだと。

自分に自信がなく、卑下してばかりの弱い彼女が、笑って大好きな演劇を続けられるように。









「でも心配だし、様子は見に行くけど。郭くんはどうする?」

「俺も探します。」





部長と二手に別れ、周りに目を配りながら、もう一度の携帯に電話をかけた。
数回の呼び出し音の後、今度は電話に出る声が聞こえた。





!今どこ?」

『郭くん!?いきなりどうしたの?』

「演劇部の姫の正体を探ってる奴らが近くにいるかもしれない。捕まる前に・・・」

『・・・それ今追いかけられてる。』

「は!?」

『思わず近くの部屋に逃げ込んだんだけど、もう正体がばれてもいいかなあとも思ってて。
部屋から出て行こうか考え中なんだよね。』

「いや、ちょっと待って。冷静に・・・というか、場所を教えて!迎えにいくから!」

『郭くんだって私の行動は我侭だって言ってたじゃない。
謎のままにして騒ぎだけ大きくして、外部の協力者も頼めない状況も良くないし。』





そうだった。確かに俺はそう言ったし、そう思ってた。
臆病で慎重なが覚悟を決めたというのなら、止める必要なんてないし、心配だっていらない。むしろ喜ぶべきことだろう。
彼女を追いかけている奴らだって、素直に応じれば手荒な真似をして正体を暴くこともないだろう。
そうじゃなければ、わざわざ他人に宣言していったりしない。

なのに、なんで俺はこんなに必死になっているんだろう。





、ひとつ聞きたかったんだけど・・・」

『何?』

「正体がわかることが怖いって言ってたよね。いろんな人に注目されて、悪口を言われたって。」

『・・・うん。』

「そのとき、ちやほやされて訳のわからないことを言ってくる人もいたって言ってたよね?」

『え?う、うん。』

「それってどういう意味?好かれるのも怖いの?」

『・・・え、えっと・・・それは・・・』

「注目されて嫌だった?」

『・・・褒めてくれるのも、優しい言葉をかけてくれるのも嬉しかったよ。でもそういうのとは違うこともあって・・・』





電話で彼女に聞いた場所は意外に近く、すぐに辿りついた。
周りにあやしげな奴らがいないことを確認して、俺は扉を開ける。





「正体を知られて、言い寄られるようになった?」

「!」





驚きの表情とともに、彼女の白い肌がみるみる赤くなっていく。
何も言わなくても、俺の言っていることが正しいのだとわかる。





「だ、だって、私、そういうの慣れてなくて・・・皆ものめずらしいと思ってるんだろうけど、私にとっては一大事で・・・」





彼女を知ってほしいと思った。



気づいてほしいと思った。



自信を持ってほしかった。



でも、








「いくら綺麗な人の役をしてるからって、私が同じようにはなれないってわかるはずなのにね。」








誰にも知られたくない。



そんな、正反対の感情も存在していた。



彼女を責めるようなことを言っていたくせに、矛盾しているってわかっているのに。








「でも冗談だってわかってるし、ちゃんと心構えしておけば大丈・・・って、郭くん?」







それでも俺は知っていたから。





知れば知るほどに、話せば話すほどに、彼女に惹かれていくことを。




















ガラッ





勢いよく開かれた扉からは、数人の男たちの声。





「あれ?絶対ここにいると思ったのに!」

「でもいくつも部屋あるしなー。見落としてるのかも・・・。」

「相手、演劇部だもんなー。変装とかされて囮を追いかけてただけとか・・・」

「悲しいこと言うんじゃねえよ!」

「くそー!また会えないのかよ姫ー!」

「意地でも見つけてやる!」

「よし、次行こうぜ次!!」





騒がしい声が止み、室内には静寂が流れる。
近くに感じるテンポの速い鼓動音は、どちらのものだっただろうか。





「行ったみたいだよ?」

「・・・っ・・・」

?息してる?」

「・・・なっ・・・な・・・なにっ・・・なんなのっ・・・いきなり・・・」





部屋の隅にあった隙間は、二人が入れるか入れないかの幅しかなかった。
扉の外から"姫"なんて単語が聞こえて、俺はの手を引き、咄嗟にそこに隠れた。
当然、二人の体は密着し、その距離はないも同然。

真っ赤になって言葉にならない声を出すに向けて、笑顔で言葉を返す。





「だって、外から姫って言葉が聞こえたから。」

「だっ・・・だから私は正体がばれてもいいって・・・」

「嫌だったんだよ。」

「何が?」

「俺が。」

「・・・?」

「俺が、知られたくなかったんだ。」





のためと願いながら、結局は自分のエゴを通してしまった。
正体を知られた後のの環境の変化を想像したら、体が勝手に動いていた。
彼女をバカだと罵ったあの時は、少なからず彼女のことを考えていたはずなのに。





「なんで郭くんが?」

「・・・。」





さて、俺はもう自分の気持ちに気づいている。
ここでその気持ちを伝えてもいいけれど。





「謎のままの方が振り回される人が多くて面白そうだから。」

「・・・・・・それだけ!?私の覚悟を返してよ!」

「要はの心持ちの問題でしょ。
ばれたくなくて隠れてるわけじゃないなら、このまま演技力を磨いて"姫"を演じきってみせたら?」

「演技力を磨く・・・」

「そうそう。演劇部の人たちも結局は面白がってるんだし。メリットもないわけじゃない。これも挑戦の1つじゃない?」

「挑戦・・・挑戦かあ・・・」





演劇バカな彼女は目を輝かせて笑顔を浮かべる。

今伝えてしまえば、その気持ちがどうであれ、器用でない彼女は混乱から俺と距離を置いてしまうだろう。
そうしてまた初めの頃に逆戻りになってしまうのならば、もう少し、今の関係を続けるのも悪くない。


























演劇部は優秀賞となり、次の大会への推薦枠を獲得した。
旧校舎の部室では大会が終わってからも、あそこの演出はこうした方がいいかもとか、BGMのタイミングがとか、殺陣をもっと大きな動きにしようとか、日々盛り上がっている。
俺が彼女たちの手伝いをすると決めた期限は、今回の地区大会まで。もうここに来る制約は無くなっているのだけれど。





「郭くんがまた手伝ってくれるって言うとは思わなかった。」

「俺も思ってなかった。」

「どうして残ってくれたの?」

「・・・。」





姫の正体を皆に知らせれば、おおっぴらに練習が出来るし、助っ人として協力者を集うことも出来る。
けれど、そうしようとしたを俺は止めてしまい、今も演劇部の姫は謎のままだ。
その責任を感じている、というのも理由のひとつではあるけれど。





「ここに来ればに会えるからね。」

「・・・あっ・・・ああ、姫ね。私の演技を認めてくれてるんだよね。」





は正体を隠すことに拘らなくなったけれど、クラスでの態度は相変わらずだ。
まあ確かに俺たちが急に仲良くなりでもしたら、必ず理由を聞かれる。
適当な理由を考えて、嘘を通してもいいけれど、はそれを望まないだろう。
だから毎日顔を合わせているとはいえ、こうして気兼ねない話を出来るのは演劇部の中だけなのだ。





「まあね。あそこまで別人になりきれるのはやっぱりすごいと思うし。」

「ふふふ、褒め言葉と思っていい?」

「お好きにどうぞ。」

「やったー」





気が弱くて臆病で自分に自信のない彼女は、俺が彼女へ想いを寄せるなんて思いもしてないんだろう。
俺が何を言ってもそれは自分の演技に対するものだと解釈してしまう。





「でも、俺は姫よりもの方がいいけど。」





だから、時々不意打ちのように、逃げ場のない言葉を伝える。



は驚いた表情のまま、目を泳がせて、今の言葉の意味を探る。
自分を好きなわけがない、だから別の理由があるはずだ。勘違いしちゃいけない。
彼女はそんな風に思うんだろう。



だけど、








「ここに来れば、がちゃんと俺を見てくれるから。」








逃がしてなんてあげないよ。



自分が想われてるという自覚を持つまで、何度でも。








「・・・か、か、郭くん・・・あんまりそういうこと言われると、照れちゃうから・・・や、やめてくれる?」

「嫌だよ。」





真っ赤になって顔を俯けて、平静を保とうと必死になる彼女を見つめる。
初めてここで出会ったときのような演技なんて出来ないくらいに、困惑して、戸惑った顔を見せる。
そんな彼女の姿に笑みが零れて、結局は俺も甘いなあなんて考えながら、時々は助け舟を出したりもしてしまう。





「だって、面白いし。」

「・・・やっぱりからかってたんだ!?」

「うん、といると楽しいよね。」

「・・・。」

?」

「・・・・・・・・・わっ、わたしも、郭くんといると楽しいですけど、ね?」

「・・・、顔真っ赤。」

「・・・くっ・・・やっぱり私は郭くんみたいにサラッと言えないよ!」

「そうだろうね。まあ俺は本気なんだけど。」

「だっ・・・だからそういうノリ、慣れてないって言ってるでしょ!?」





この状況を楽しんで、からかっているようなフリをしながら。それでも少しずつ、関係は変わっていく。
そうしていつか、彼女が俺を意識するようになって、気持ちに気づいたとき、どうなっていくのか。

そんな風に、遠くない未来を想像しながら、今日も隣にいる彼女と笑いあう。








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