事の始まりは数ヶ月前。
俺の通う高校の校内イベントで、演劇部の公演があった。
部員数が多いとは言えない部活で、観客もまばら。けれど、その公演は後に大きな謎と共に、注目の的となる。

理由は単純なもので、その公演の役者の中に目を奪われるような美少女がいたから、らしい。
偶然それを目にした友達は、そのときの様子を興奮しながら語ってくれた。それこそ、こちらがどん引くくらいに。
公演を見た奴らの口コミで、演劇部にとんでもない美少女がいる、なんて噂が流れ始めた。
けれど、演劇部員の誰を見ても、彼らは自分が見た美少女ではないと言う。

その噂が立ち消える前にやってきたのは文化祭。
からかい半分で演劇部の舞台を見に来る奴らが増え、小さな会場の観客席はほぼ満席。
俺ですら友達に無理やりに連れていかれたくらいだ。



そして、"彼女"は現れた。



その姿に、会場中が息を飲む。一挙一投足に惹きこまれ、言葉を失う。
悲劇の姫役を演じた彼女が怒れば、眉間に皺がより、手に力がこもる。
悲壮感漂わせかすれた声で呟けば、周りはつられるように涙する。まるでそこだけ違う世界のように思えた。

公演が終わると、一瞬の静寂の後のスタンディングオベーション。
小さな部活の校内イベントで起こった、まさかの光景だった。












「どういうことだと思うよ!郭!」

「なんで俺に聞くの。知らないよ。」

「だって姫が見つからねえよー!!」





彼女は、公演で姫役を演じたことから、いつしか通称が"姫"となった。
噂は噂では無くなり、多くの人が彼女を目にした。しかし、それ以来、彼女の姿を見た者はいない。
校内ではもちろんのこと、演劇部にさえ該当しそうな人物は見当たらない。
演劇部は練習風景を部外者には見せないし、口も堅かったから、ますます謎は深まっていく。

これだけ話題になっても、彼女の正体を掴む者はいなかったのだ。





「・・・・・・?」





今の、今までは。

















姫君の攻略法


















演劇部の姫に興味が無かったかと言えば嘘になる。
確かに彼女の演じた舞台は単純にすごいと思ったし、感動もした。惹きこまれて、もう一度見たいと思ったくらいだ。
あれだけ人を惹きつけるのに、正体がわからず、多くの奴らが様々な噂に振り回されてるなんてことも面白い。

けれど、友達のように、必死になって彼女を探すかと言えば話は別だ。
そこまでして彼女に執着するつもりは無かったし、何よりバカバカしい。

だから、彼女を見つけたのは、本当に偶然だった。



もうほとんど使われていない、普段は鍵がかかっており誰も入ることの出来ない旧校舎。
担任に頼まれ、授業に使う教材を取りにきた俺は、誰もいないはずの校舎内から聞こえる声に気づいた。
興味本位でその声の元へと近づいていく。すると、ある教室で一人何かを喋っている女の子を見つけた。

彼女がなぜこんなところで一人喋っているのかはわからなかったけれど、それ以上の興味は沸かなかったし、
なにより面倒ごとに巻き込まれでもしたらやっかいだ。そう思い、俺はその場を立ち去ろうとした。

けれど、彼女の声は妙に耳に残る。それ以上に、なぜか惹きこまれる。
俺はそれと同じ経験を、つい最近もしていた。

そう、それは、





『どうか私も連れていってください。』

『私は貴方を決して一人にはしません!』





学校中の話題をさらっている、あの公演。
そして、姫と呼ばれている謎の女の子の劇中での台詞だ。

彼女の顔は見えない。後姿はジャージにセミロングの黒髪。
劇中で栗色の長い髪、ドレス姿だった彼女とは結びつかない。

けれど、その声も鬼気迫った演技も、惹きこまれるとそう思った感情も、あの時と一致する。





誰も正体を知らない演劇部の姫が、今目の前にいる。
自分の鼓動が妙に速くなっていくのを感じた。
別に無理をしてまで知りたいとは思わなかったけれど、答えがこうして目の前にあるのなら話は別だ。

取っ手に手をかけてドアを開ければ、おそらく彼女はこちらを振り向く。
そうすれば彼女の正体が判明する。それはわかっていたけれど。
俺は少し迷っていた。ここまでかたくなに正体を隠すのには理由があるのかもしれない。
ここは何も見なかったフリをして、この場を去った方が良いのではないか。そんな考えが頭を過ぎったからだ。

しかし、俺が迷っているうちに展開は動く。
彼女が後ろを振り返り、俺は計らずともその姿を目にしてしまった。



そして、驚く。
俺だけではなく、目の前の彼女も目をまるくして、こちらを見ていた。





「・・・え・・・?」







演劇部の姫の正体は、







「・・・・・・?」







毎日顔を合わせている、クラスメイトだった。

















同じクラスの。彼女が演劇部に所属しているのは知っていた。
現に姫の情報について、しつこく聞かれていたのも目にしている。

それでも、こう言ってはなんだが、彼女と姫が同一人物には到底見えなかった。
皆が口を揃えて言う"目を奪われる美少女"には遠く、どちらかと言えば地味な顔立ちで、垢抜けない印象だ。
それに性格も、クラス内でも端に埋もれがちな、大人しい部類だろう。演技中の堂々とした物言いも、カリスマ性とも、真逆に思える。

けれど、先ほど見た彼女の演技は、確かにあの時の"姫"だったのだ。





「噂の演劇部の姫がだったとはね。」

「・・・・・・え?ええ?違うよ・・・!いきなり何言ってるの郭くん!?そんなわけないじゃない!」

「・・・え?」

「私はあの子の代役なだけ。演技合わせするときに、彼女が居ないときに仮で配置されるの。
でも誰かに聞かれたら恥ずかしいから、特別にこの部屋を借りて練習してたんだよ。」

「・・・そう、なんだ・・・。」





慌てながらも当たり前のように返された言葉。
演劇部の姫の正体がわかった、だなんて気負っていた分、一気に肩の力が抜ける。
確かに彼女が姫だと言われるよりも、よっぽどしっくりとくる理由だ。

でも、俺は先ほどの演技と、公演で見た演技が、まったく違う人のものにはどうしても思えない。





「でも、そっくりだったよ?」

「そんなこと・・・あ、もしかして郭くんも演劇部の公演見に来てくれてたんだ?」

「うん。割とね、面白かった。」

「あはは。割とかあ。もう少し頑張らないとかな。」

「・・・本当にじゃないの?」

「え?」

「俺はさ、あの子が綺麗だとか、そうじゃないとか関係なく、あの子の演技に感動した覚えがある。
そりゃ姿はだいぶ違うけど、さっきのはあの子と同じように見えたけどな。」





それまで笑みを浮かべ穏やかだったが、驚いたような表情を見せた。
そして少し迷ったように視線をそらしてから、また顔をあげる。





「そう言ってくれるのは嬉しいけど違うよ。私はあんな風になれないもの。」

「・・・そう・・・。」

「だから「おーい!練習してるー?」」

「「!」」





勢いよく開け放たれた扉から、満面の笑みを浮かべ部屋に入ってきた一人の女子生徒。
の名前を呼びここにやってきたということは、彼女の知り合いなんだろう。リボンの色をみると学年は上のようだ。





「この間の姫役、めっちゃよかったわー!次も期待してんだからね!!また校内の話題かっさらっちゃおうぜ!ねー姫ー!」

「「・・・・・・。」」

「・・・・・・あら?」





そこまで喋って、ようやく俺の存在に気づいたようだ。
彼女はしまった、という表情を浮かべ、恐る恐るへと視線を移した。





「・・・・・・なーにーをーペラペラと喋ってるのよアンタはー!!」

「だ、だ、誰よそのイケメン!私のいない間に逢引!?」

「あっ、逢引なんてするわけないでしょ!?彼はクラスメイトの郭く・・・」

「・・・。」

「カクク?」

?一体どういうことなのかな?今違うって言ってたばかりだよね?」

「・・・いや、あ、あの・・・」

「もっと話しようよ。君のこと、詳しく聞きたいな?」

「う・・・」

・・・!あんたいつの間にこんなイケメンから迫られるように・・・!」

「もーうるさい!黙れ!」





どうやら俺は間違っていなかったらしい。
クラスでは大人しい印象を受けるの、大声を出して怒っている姿を新鮮に思いながら、彼女たちが落ち着くのを待った。
















「・・・そもそも郭くんさ、なんで旧校舎にいたの?ここは鍵がないと入れないでしょう?」

「担任に頼まれごとされて、鍵を預かったんだよ。」

「それだったら早く用事を済ませて帰ったほうがいいんじゃないかな?」

「先生は職員会議中だから、多少遅れても問題ないよ。」

「・・・。」

「そんなことより、俺は姫の話が聞きたいんだけど?」

「・・・郭くん・・・さっき誤魔化したこと根に持ってる?」

「あはは、そんなことあるわけないでしょ。
でも話してくれないなら、姫大好きな噂好きの友達に事情を話して、相談に乗ってもらおうかなとは思うけど。」

「・・・くっ・・・」





初めはそれほど興味があるわけではなかったけれど。
姫の正体を中途半端に知る、というのにももやもやするし。
正体を言い当てたと思ったら、とぼけた演技をされて、さらにはそれに騙されそうになったというのも癪だし。
いや、別にが言うように根に持っているわけでは決してないけど。





「まあまあ二人とも、落ち着きなさい。」

「・・・。アンタが周りも見ずにあんなこと言わなければ・・・。」

「終わったことをグチグチ言わないの!ところで郭くん。」

「はい。」

「最初に言っておきますが、先ほど見たこととこれから話すことは口外無用で。」

「・・・。」

「約束を破ったら演劇部の精鋭がこれまで培ってきた演技力を駆使して、貴方を社会的に抹殺します!」

「何爽やかに物騒なこと言ってるんですか?冗談にしてもタチが・・・」

「郭くん、この人本気です。」

「余計悪い。」





先ほどからテンションが妙に高く、笑顔で物騒な発言をするこの人は、の従姉妹で演劇部部長だそうだ。
先輩ではあるけれど、が気の知れた口調で話しているのはそのせいらしい。





「というか郭くんはさ、なんでが姫だと思ったの?
普通は姫の代役って言ったら納得してくれるんだけど。ほら、この子この通り地味だし。」

がその説明をして信じかけた直後に、先輩が飛び込んできて正体をばらしたんじゃないですか。」

「そりゃそうだけど。でもあの言葉だけで=姫にはやっぱり結びつかないと思うのよね。」

「その前に彼女の演技を見てます。それだけでも納得できる材料ではありますよ。」

「・・・なるほど。演技ね。」





先輩は意味ありげに笑みを浮かべ、俺をじっと見つめた。
隣に座っているは、諦めたように静かに肩を落としていた。





「まあ、お察しのとおりが演劇部の姫で正解なんだけどね!」

「でしょうね。」

「一見じゃわからないけど、は姫と呼ばれる素養はあるのよ?」

「・・・ちょっと、、」

「キメ細かい肌に、制服に隠れがちだけどバランスの良いスタイル。地味に見える顔立ちは化粧映えに最適!」

「・・・。」

「せっかくなので化粧もしてみせましょうか?軽くにはなっちゃうけど。」

「嫌。絶対嫌。別にそんなことしなくてもいいよね郭くん?」

「・・・じゃあ、お願いしようかな。」

「郭くん!?」





もはや完全なる興味本位だった。
女性は化粧で変わる、なんて聞いたことがあるけれど、一体どれほどのものなのだろう。
彼女の演技から確信を持ったとはいえ、やはり自分で目にするまではしっくりこないのも確かではある。
それくらいに姫とは違って見えるのだ。

それから目の前でメイクをされるを眺めて、衝撃が徐々に大きくなるのを感じた。
軽く、とは言っていたけれど、ここまで変わるものなのか。特に重点的に変化のあった目が印象的で、それだけでも別人に見える。
メイクを終えたそこには、ジャージ姿に黒髪だけれど、姫と呼ばれた彼女がいた。





「ハイ、どうですか?郭くん?」

「・・・なるほど。先輩のメイクの腕がすごいのはわかりました。」

「やーだー!そんなに褒めても何も出ないよ?あ、郭くんにもしてあげよっか?」

「いらないです。」

「・・・うっ・・・こ、こんな辱めを受けるなんて・・・」

「素直に白状しないからだよ。」

「やっぱりさっきの根に持ってるし・・・!」





先輩は満足気に笑い、対照的にはその場にがっくりとうなだれた。
よっぽど恥ずかしいのだろうか。見てるこっちとしては面白いのだけれど。





「というわけで、今日はこんなとこかな。の怒りとネガティブ度がピークになる前に終わりにしましょう。」

「もうとっくに越してるよ!、面白いと思ったら人の事情考えずに突き進んでいく性格、どうにかしてよ!」

「あら心外!別に面白いからってだけじゃないよ?だって・・・」

「・・・だって?」

「郭くんが私好みのイケメンだったから!!」

「もう帰れー!!」

「・・・。」





今日数回目となる二人のやり取りを横目に、軽く挨拶をして教室を出る。
口外は絶対に禁止だと、爽やかに見えてどす黒いオーラを纏っていそうな笑顔で釘を刺されながら。

まあ、彼女の正体を誰かに伝えたところで、俺にメリットはない。
姫を探し回っている友達には悪いが、自力でなんとかしてもらおう。

今日は少し・・・いや、だいぶ驚いたけれど、だからと言ってこれから何かが変わるわけでもない。
きっと次の公演時、また話題となっているだろう姫の秘密を、少し知っているだけ。
そんなことを考えながら、担任に頼まれた教材を手にして旧校舎を出た。

けれど、興味本位で聞いた演劇部の姫の秘密。
先輩がどうしてあんなにもあっさりと姫の正体を認め、俺に話したのか。
その理由を、俺は数日後に思い知ることになる。








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