気づかなかったこの気持ち。







君は弟なんかじゃなくて。

















背くらべ
















「ふっふっふー!」

「おわ!何だよお前!よるな!!」





1枚のプリントを持つ幼馴染の後ろに立ち、その内容を覗きこむ。
自分の思っていた通りの結果に、思わず笑いをこぼす。





「また私の勝ちのようね翼!いつまで経っても翼は可愛いなぁ〜!」

「は?人の身体測定の結果のぞかないでよ変態。
お前はいつまで経っても全然可愛くならないよね。女らしさも感じられないよね。
ていうか、人間としておかしいよね。」

「は?!私のどこを見てそういうセリフが出てくるわけ?!」

「全部。全て。存在自体を見て。」

「翼ー!自分が可愛いからって調子に乗るな!!」

「乗ってないし。乗ってるのはだろ。終いには吊るすよ?」

「こっ・・・怖くなんてないからね!私よりもチビなくせにー!!」





捨て台詞を吐いて、素早く翼の元を離れる。
あのオーラはやばい!長年幼馴染やってればわかる。本当にやばい。
でも、翼をからかうのもクセになっちゃってるし。
怒られるのがわかってるのに、構いたくて仕方がない。
うーん。やっぱり奴が可愛すぎるからかなあ。

幼馴染の椎名 翼は、とにかく可愛くて。
それこそそこらのアイドルなんかは目じゃない。
ただ、外見と中身にはかなりのギャップがあるけど。

親同士も仲が良く、小さい頃にはよく二人並べて可愛がられた。



『二人とも姉妹みたいね。ちゃんの方が背が高いから、お姉ちゃんだねー。』



親たちのそんな何気ない一言。
私たちの背くらべが始まったのはそれから。
私は同じ学年の子の中でも成長が早いらしく、ずっとクラスの一番後ろ。
逆に翼は背が伸びるのが遅く、常にクラスの一番前をキープしていた。

中学に入って、私の身長が平均的に近づいてはいったけれど
翼の身長は思うようには伸びなかった。
今現在、私たちの身長差は10cm。
翼は相変わらず、可愛い妹・・・もとい弟のような存在のままだ。
















「つっばっさー!お疲れ!お姉さんがタオルをあげよう!」

「・・・その無駄なテンションなんとかしてくれない?
お前が僕の姉さんだったら、人生に絶望するよ。」

「何だとう?!こんなにいいお姉さんはいないよ!ね?柾輝!」

「俺にふるなよ。」

。お前とっとと帰れよ。練習の邪魔。」

「皆冷たいなあ。せっかく差し入れも持ってきたのに。」

「おっ!マジかいな!!ええやん翼。見学くらいさしてやっても!」





私たちのやり取りを無視して横で談笑していた直樹が、『差し入れ』の言葉に反応する。
私はサッカー部のマネージャーでも何でもないんだけど、こうしてたまに見学に来る。
他の取り巻きの女の子たちの視線を浴びるけど、そんなこと私には関係ないしね。

休憩中のサッカー部に混ざって、会話に耳を傾ける。
部員たちのサッカー談義が始まっていたが、実は私、サッカーのことは全然わからない。
最近は翼の出ているサッカーの試合さえも見に行ってない。
だって、よくわからないし。翼の活躍は昔にずっと見てるしなあ。

ボーっと話を聞いている私に、直樹が話をふってくる。





。お前は次の試合、見に来んの?」

「え?うーん。今週の土曜だっけ?」

「おう!、練習にはよく顔出すのに試合には来ぃへんやん。
たまには俺の華麗な活躍でも見てみたらどや?」

「げ!やめろよ直樹。こいつなんか来たらうるさくて仕方ないよ。」

「翼・・・?!ちくしょう!絶対行ってやる!!行ってうるさいくらい応援してやる!!」

「やめろ。うちの中学の品位が汚される。」

「くー!ムカツク!ひどいよ柾輝!この子ひどいよ!!」

「だから何でお前は俺にふるんだよ。」





泣きまねをしながら柾輝に縋る。
柾輝は呆れ気味にため息をつきながら、「あんま苛めんなよ」と翼に言う。
柾輝は年下なのに、大人びてるなあ。翼も見習ってほしいよ!

ふと気づくと、すぐ側に監督である玲さんが立っていた。





ちゃん?」

「はい?」

「ふふふ。冗談だとわかってるけど、くれぐれもウチの品位を汚さないようにね。」

「はっ・・・。あっはっは!!も、もちろんですともっ!!」





翼以上に黒いオーラの持ち主がここに・・・!
泣きまねをしていたはずの私の目に、本物の涙が浮かんでいたことは言うまでもない。

















「本当に来たの?」

「来たよ!翼と一緒に行こうと思ってたのに、翼が先に行っちゃうから道に迷ったよ!」

「そんなの知らないよ。ていうか、自分のバカを僕のせいにしないでよね。」

「ううっ・・・!ひどいよー!」

「まあまあお二人さん。そこまでにしとき。翼。準備があるやろ。もゆっくり見ていきや。」

「あ、待って。これレモンの蜂蜜漬け。休憩中にでも食べて。」

「お!気が利くやん!ありがたく食べさせてもらうわ!」





私を一瞥して、ていうか睨んで、翼と直樹がグラウンドに走っていく。
翼はいつからあんなに可愛くなくなったんだ。最初から口は悪かったけどさ。
昔はもうちょっと優しさが見えたっていうかさー。もっと優しくしてほしいっていうかさー。





「お前。全部口に出てるぞ。」

「とぁ?!柾輝!アンタ準備は?!」

「俺は備品取りに行ってたから。もう行くけど。」

「そうなんだ。ていうか私、口に出してた?」

「ああ。もう少し大人しくしてないと、後が怖いんじゃねえ?」





それは怖い。怖すぎる・・・!
翼の悪口なんて聞かれた日には、何をされるか・・・!!





「・・・翼に優しくされたいなら、お前もちょっとは考えたら?」

「は?」

「何でもねえよ。じゃあな。」





意味深な言葉を残して、柾輝も試合の準備に取り掛かる。
私は柾輝の言葉の意味が全く理解できずに、しばらくその意味を考えていた。

そんなことを思っているうちに、いつの間にか試合は始まっていた。





相変わらずサッカーのことはよくわからない。
わからないけど、皆が一生懸命になる姿は嫌いじゃなかった。
柾輝も直樹も、五助も六助も、皆が一丸となって勝ちに行ってる。
そして。





「4番が上がったぞ!!」

「止めろ!!」





久し振りに見た、翼の姿。
試合という緊張感の中で見せる、練習のときとは違った顔。





「させるか!!」





翼もすごいよなぁ。
あんなに小さいのに、周りと対等に渡り合って。





「柾輝!上がれ!!」





あんなに可愛い顔して。





「止めろ!9番につけ!!」





誰にも、負けないで。
皆を引っ張って。





「行け!翼!!」





こんなにも、強く惹きつけられる。
こんなにも、胸が。





ドキドキする。










翼の放ったボールが、ゴールネットを揺らす。
皆が翼の周りに集まって、翼に抱きつく。
皆に囲まれた翼と、ふと目が合う。

翼が軽く微笑んで『うるさくするな』と言うように、自分の口にひとさし指をあてた。





胸の鼓動が止まらない。
それどころか、どんどん早くなっていく。

そりゃ、あんなに可愛い仕草を見せられちゃったら、ドキドキもするよね。
私よりも小さいくせに、誰にでも立ち向かっていって。
私よりも可愛いくせに、妙に男らしくて。
あんなに可愛いくせに・・・。





・・・可愛い?





違う。今までとは全然違う。
可愛くて感じるドキドキなんかじゃなくて。
シュートを決めて不敵に笑う翼を見て、初めて感じた気持ち。





このとき初めて、弟だったはずの翼が『男の人』に見えたんだ。













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