可愛くて、格好良くて。








気持ちに気づいた私は、ただ混乱した。




















背くらべ



















?どうかしたの?」

「う、ううん!何でもないよ!試合勝ってよかったね!」

「まあね。・・・ていうかお前、絶対なんかあっただろ?」

「ない!ないって言ってんでしょ?!お姉さんを疑うの?!」

「・・・まあいいけどね。」





試合からの帰り道。
用事があるという玲さんと別れ、翼と二人きりになる。
もう。こんなときに用事なんて作らなくてもいいのに玲さんは!

私を見て、怪訝そうな顔をする翼に対し
私は翼の顔をまともに見ることができない。
今そんなに見つめないでほしい。心臓が破裂する。





「そうだ。今日、の親いないんだろ?
母さんが一緒に夕飯どうかって言ってたけど。」

「そっ・・・そうなんだ。うん!嬉しいんだけど、私用事があるから!」

「もう夜になるのに?」

「お、おうさ!でも心配しないで!あやしい用事じゃないよ!」

「・・・挙動不審。」

「何がよ!どこが?!というわけで、用事があるので早く帰らなきゃ!先に行くね!!」





残り数十メートルもなかった自分の家に駆け込む。
やばい!今は本当にやばい!
翼の顔を見るだけで顔が熱くなったのがわかった。・・・帰り道が暗くて助かった。

可愛い可愛いと思っていた翼が、急に男の人に見えて。
一度感じてしまった気持ちは、自分を混乱させた。
自分が何を話していいのかわからなくなった。
私はいつも、翼とどんな話をしてたっけ?





『翼は可愛いなぁ〜。』



・・・え?



『翼なんて、私よりチビなクセにー!!』



・・・ええ?!



『お姉さんが手伝ってあげよう!』



うわーっ!!!





今までの自分の行動に、心底後悔する。
そりゃ翼も怒るよ。私に冷たくもなるよ。
男が可愛いとか、チビとか言われて、喜ぶはずないよ。

家の玄関に倒れこみながら、自分に後悔し
そして、明日からの私は変わるのだ!と固く誓った。

















「翼!おはよう!」

「・・・おはよう。昨日の挙動不審は直ったみたいだね。」

「あっはっは!誰が挙動不審でしたかしら?」

「お前だお前。僕以外の人が見てたら、変質者と勘違いされてたよな。」

「何だとー!!可愛・・・あっはっは。何を言うのかしら翼くんは。」

「・・・?!」





危ない危ない。
つい『可愛い』とか言ってしまうところだったよ。
もう翼を『可愛い』とも『チビ』とも言わないことにしたんだから。
ついでにもっと大人になろうと誓ったんだから。





「・・・。変なものでも食べた?」

「はぁ?!・・・食べてなんかないわよ?ふふふ。」

「・・・。気持ち悪い。」

「きっ・・・!気持ち悪くなんてないよー?あははは!」

「もういいや。お前の相手してるの疲れる。」





危ない危ない。
自分を抑えるのってつらいな!
大人になるって大変だな!
ていうか翼、ムカツクな!!

誰が気持ち悪いだ!いくら翼でも、言っていい事と悪いことがあるんだー!!



















「どうしたんだよ。あれは。」

「知るかよ。こっちだって参ってるよ。」





サッカー部の練習の見学に来た私を見て、
柾輝と翼が呟く。
こっちにも聞こえる呟きだったけどね!けど大人な私は気にしません!





。何?僕に言いたいことでもあるわけ?いい加減はっきりしなよ。」

「言いたいことなんてない!ないって言ってるでしょー?」

「吐け。今のお前はいつも以上に面倒くさいんだよ。
言えないんだったら、いつも通りに戻るくらいはしろ。」

「そんな可・・・顔で凄んだって、小さ・・・怖くなんてないからね!」

「・・・お前って・・・。」

「オラー!!出て来いサッカー部!!」








翼の呆れ声と同時に、グラウンドに誰かの怒声が響く。
ウチの学校の不良軍団だ。
不良たちは、ずんずんとサッカー部のグラウンドに入っていく。
そんな不良たちを見て、柾輝がため息をつきながら翼に耳打ちする。





「・・・昔対立してた奴らだ。ていうか、あっちが勝手に突っかかってきてたんだけど。」

「ふーん。頭悪そうな奴らだね。どうするかな。」

「懲らしめてやってはどうでしょう?」

「ここがどこだかわかってる?学校だよ?
問題を起こしたら、試合出場停止になる。ていうか、さりげなく話に入ってくんな。お前もうどっか行け。」

「きー!何その言い方!」

「ここにいるとお前も巻き込まれるだろ?!」

「・・・だ、だって!でも翼たちが・・・!!」

「じゃあ教師でも連れてきて。ここは『先生』に出てきてもらうのが一番だろうし。」

「・・・わかった!!」





こんな状況だけど、翼のさりげない優しさにドキドキしつつ、その場から離れる。
何で私、今まで気づかなかったんだろう。
翼の面倒見のよさも、厳しさの意味も、優しさも。そんなの全部わかってたのに。

何で私今まで平気だったんだろう。
こんなにも側にいて。こんなにも可愛くて、それでも格好いい翼の側にいて。

近くにいすぎて、気づきもしなかった。
『弟』だと思い込んで、気づこうともしなかった。





こんなに。





こんなにも翼を好きなこと。













全速力で走って職員室に着き、不良に対抗できそうな教師を引っ張り出す。
その教師を連れて、また全速力で走る。
あんな不良たちに負ける翼じゃないけれど、万が一ということもあるから。





「ふざけんなよお前!!」





グラウンドにつくと不良が翼の胸倉を掴んで、大きな声で怒鳴り散らしていた。
翼は無表情のまま、不良を睨みつけている。





「大体、こんな女みたいな顔したチビがキャプテンだなんて、てめえらもたかが知れてるぜ!!」

「サッカーできんの?俺らの方がうまいんじゃねえ?」

「よくそんなナリで、サッカー部立ち上げようなんて思ったもんだ。」

「うるさいバカ!!黙れ!!」





心無い不良たちの言葉が、次々に聞こえてくる。
叫んだのは誰でもない、私だった。





「アンタたちに翼の何がわかるの?!
そうやって人を傷つけることしか出来ないで、何を笑えるの?!
こんなことしてる暇があるんだったら、もっと他にすることあるだろ!!」

「・・・・・・!!バカッ・・・。」

「何だとこの女っ・・・。」

「お前ら!!そこまでだ!!こっちへ来い!!」

「くそ・・・!教師まで呼んできやがった!!逃げるぞ!!」





不良たちがその場から去っていく。
体育教師を筆頭に、数人の先生が彼らを追っていった。
私は逃げていく不良に「二度と来るなー!」と勢いに任せて叫んだ。





「バカ!!」

「痛い!何するの翼!!」

「せっかく巻き込まれないようにしたのに、自分から巻き込まれてどうすんだよ!!」

「だ、だって・・・!アイツら翼を・・・。」





女みたいだとか。チビだとか。
私だって言っていた。ずっとずっと。

翼はどんな気持ちだっただろう。
私は、何てことを言いつづけてきたんだろう。
行き場のない後悔が押し寄せる。

天才肌で、何でも出来た翼。
私が唯一勝てたのは、自分の背の大きさだけで。
弟だと思っていた翼をからかえるのは、その話題で。

自分勝手なこの感情で、何度翼を傷つけた?
今更気づいても、自分の気持ちに気づいても、
こんな私を翼が好きになってくれるはずなんて、ない。

















この日、不良たちが騒いだせいで部活は中止となった。
帰り道を翼と並んで歩く。けれど私は自分への後悔で顔をあげることができなかった。





「・・・翼。ごめんね。」

「もういいよ。それよりアイツらが何かしてきたら、必ず僕を呼べよ。」

「ごめんっ・・・。」

「だからもういいって・・・。」

「可愛いとかっチビとか言って・・・ごめんねっ・・・!!」

「・・・は?」





翼の間の抜けた声が聞こえる。
心底驚いて、不思議そうな表情で私を見る。





「昔からいっぱい言った・・・。いっぱい傷つけたよね?ごめんっ・・・。」

「・・・もしかして、最近の挙動不審な行動って・・・。」

「・・・。」

「・・・ははっ。あはははは!!」

「?!」





翼が突然笑い出す。
突然の翼の行動に、私は訳もわからず疑問の表情を浮かべる。





「ははっ・・・何を、いまさらっ・・・。」

「・・・だって、最近気づいたんだもん・・・。」

「本当、バカだよねって。」

「うっ・・・。」

「確かに他の奴らに言われたら、殴り倒したくなるけどね。
けど、だったらいいよ。」

「・・・え?」





翼が俯いた私の顔を、下から覗き込む。
至近距離に翼の綺麗な顔が現れて、私は思わず後ろに飛びのいた。





「それよりも僕は、それが原因でいつものじゃなくなるほうが嫌だね。
やりづらくって仕方がない。」

「だって翼、嫌じゃなかった?傷ついてなかったの?」

「・・・まあしつこい時はね。本当に吊るしてやろうかと思ったけど。
これがなんだし、悪意がないって言うのもわかってたしね。」

「でも翼。怒ってたじゃん・・・。私の言葉に怒ってたんじゃないの?」

「・・・まあね。けどそれは違う意味でだよ。」

「違う・・・意味?」





問い掛ける私に、翼が微笑みを返す。
そして、一歩一歩私に近づいてくる。





「知りたい?」





真剣に、まっすぐに私を見つめる翼から目がそらせない。
顔が熱くなる。胸がドキドキする。





「・・・うん。」





私の言葉と同時に、翼が私の腕を掴む。
そしてそのまま私の顔に、翼の綺麗な顔が近づく。
お互いの唇が触れる。それは、ほんの一瞬。





少しの沈黙。
心臓が破裂しそうで、私は言葉を発することができなかった。





「これが答え。そろそろ僕を男としてみろよな!」





翼は私から離れ、進むべき道に向き直る。
私はそんな翼の後ろ姿を、呆然としながら見送っていた。





「・・・男として・・・。」





翼の行動と言葉の意味を理解するために、翼の言葉を呟く。
そして。





「・・・翼っ!翼ー!待ってよ!!見てる!!見えてる!!男の子として見てるよー!!」

「声でかすぎ!!」





翼に頭をこづかれて。
それでも幸せで。本当に幸せで。
いつものように、言い合いをしながら帰路につく。















「でも翼さー。やっぱり好きな子に『チビ』とか言われたくないでしょ?私、控えるよ。」

「いいよ別に。それでまた挙動不審になられても困るし。
それに背なんかすぐに追い越すよ。」

「挙動不審になんてならないってば!でも翼は可愛いままでもいいかなーなんて。」

「・・・ケンカ売ってる?」

「売ってない売ってない!!私になら言われてもいいって言ったくせにー!!」

「それとムカツクのとは話が別。今の発言って、僕を男として見てなくない?」

「見てるってばー!けど翼の背が伸びたら、今よりもっと格好良くなるよね!それも楽しみなんだ!」

「・・・。」

「翼?」

「そういうこと言ってると、襲いたくなってくるんだけど。」

「・・キャー!!ダメです!私たちはまだ子供です!心の準備もないです!
そういうセリフは、翼が私の背を越してからにして!!」

「ふーん。」





真っ赤になって否定する私を見て、翼が不敵に笑う。





「じゃあの背を越えたら、何してもいいんだね。」

「・・・!!」





さらりと爆弾発言を残して。
翼はスタスタと先へ歩いていく。
またもや言葉を失った私は、我に返って慌てて翼の後を追う。





「違うっ!違うよー!!」

「楽しみにしてるよ。」

「っ・・・翼ー!!」











天才肌の翼に唯一勝てる、背くらべ。
身体測定は翼をからかうことができる、唯一の行事。
それがあることを、私は楽しみにしていたけれど。

これからは・・・。
楽しみに出来るような、出来ないような。
そんな複雑な心境。

これからやってくる男の子の成長期。
一体どれほどのスピードで伸びるのかな。










翼には怒られてしまうけど。
・・・やっぱりもう少し。もう少しだけこのままでいたいな。





だって、もうずっと貴方の側にいられる。





翼はこれからもっと、もっと格好良くなっていくから。





だったら今の可愛い翼を、出来るだけ見ていたいってそう思ったっていいでしょ?





だから、もう少しだけ。





もう少しだけ、私に勝ちを譲っていてね?











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