落ちてきた天使
― 君の隣にいる理由 ― 「初めまして。貴方が英士くんね?」 一人で出かけていたに呼び出された場所。 俺の名前が呼ばれ振り向くと、そこには一人の女の人の姿。 周りの人たちがチラチラとその人を見ている。 「ふーん。」 疑問の表情を浮かべて無言のままその人を見上げると 俺のあごにひとさし指をあてて顔を持ち上げられる。 長い髪に綺麗な顔立ち。まるで一般人ではないようなオーラを醸しだしている。 その人のその行動を周りの人たちは凝視した。 「さすが私の娘!いい男つかまえたわね!」 にこやかに笑った綺麗な顔。そしてその言葉に俺はようやく確信を持った。 が出かけていた理由、そして初対面の俺にたいするこの態度。 「あー!英士ー!!」 「お前足はやすぎ!俺の足が遅いの忘れるな!」 「ようやく来たか!亀どもめー!」 電話口から聞こえてきた声と、傍若無人な言葉を思い出す。 やっぱりそうか。この人は、 「お母さん何してるのー!英士を誘惑しないで!!」 「何?!誘惑?!お前俺というものがありながら!!」 の母親だ。 そして寝ぼけたことを言ってるに同調してるのが父親だ。 「英士は私のオアシスなのに!バカー!!」 「だってすっごいいい男なんだもん。」 「バカー!お前のオアシスは俺だろう?!」 「・・・。」 が天使じゃなく、人間として生きられることになって。 そしてしばらくして、海外にいたの両親が一時帰国することになった。 が出かけていたのはそのためだ。昨日一日は家族水入らずでということで 彼女は一人で両親の泊まるホテルへと向かった。 そしてその翌日、つまり今日。 を預かっている俺の家に挨拶にくると連絡があった。 けれど家に来る前に俺だけ別の場所で会いたいからと、に呼び出されたんだ。 久しぶりに再会する家族。 は天界に連れていかれ、両親はその記憶を消された。 は天界で一人、ずっと苦しみ後悔してた。そんな家族の再会。 どんな話をしたんだろう、とか。どんな思いで再会するのだろう、とか。 いろんなことを考えていて、そんなときにから呼び出されて。 元天使だったというの母親と、俺と同じ立場のサポートパートナーだったの父親。 俺だけ呼び出されるなんて、どんな話があるんだろうって実は少しだけ緊張してたんだ。 緊張、してたんだけど・・・。 「どうしちゃったのよ!こんないい男の子を捕まえるなんて!」 「ふっふっふ!当たり前でしょー!私の魅力にかかれば!」 「ちょ・・・久しぶりに再会した娘にいきなり彼氏がいるって、父さんすっごい複雑なんだけど!」 えっと・・・あれ? 何このバカみたいな会話。俺の空耳? 「・・・あのー・・・」 「おーっとごめんね英士くん!どこかのお店でも入ろうか!」 「そうだな英士くん!との馴れ初めでも・・・」 「やだ貴方!まだはやいから!まずは仲良くなることからね!」 ああ、どうしよう。 本当にこの人たち、とずっと離れてたんだよね? 「何ぐったりしてんの英士!若くないぞう!!れっつごー!!」 家族全員、属性ってありえないよね・・・? 適当な喫茶店に入り、適当な注文をして。 俺を取り囲むように全員が何故かニコニコと俺を見ている。 なんかすっごい居心地悪いんだけど。 「に聞いたわよ。大変だったんですって?」 「え、あ・・・まあ。」 「しっかしのことを思い出すなんてすごいなあ。天界の力を退けたわけだろ?」 「私たちの愛の力だよね!英士!」 「いや、ただの反則だと思う。」 「ええ?!」 たしかにとは約束もしていたし、忘れたくないとも強く思ってはいたけれど。 結局は愛の力云々じゃなくて、の間抜けさが原因だって言っても間違いじゃないよね。 まあそれでは今ここにいられるわけだし、よかったとは思ってるけど。 「ひどい!私のこと好きだって言ってくれたのに!」 「え?そんなこと言ったっけ?!」 「ぎゃー!ひどい!英士の鬼!遊び人ー!!」 「・・・は?」 本当コイツ、恥じらいってものを知らないのかな。 ていうかそういうことを大声で言うな。 ああ、本当勢いで好きだとか言うんじゃなかった。 そんなこと言ったらコイツ、絶対喜んで周りに触れ回るに決まってるのに。 既に学校でもバカみたいに俺の傍にばかりいるから、 俺たちはかなりの有名人になってる。俺、こんなので目立ちたくないんだけど。 何ていってもは止めないし、バカなことは言い続けるし、本当どうしてやろうかコイツ。 しかも、たまに水野と目があうと哀れそうな顔とかされるのが気に喰わない。 お前なんて風祭にフラれたくせに。あ、ちょっと違う?まあどうでもいい。 「あはは!ていうか英士くん。本当にでいいの?」 「はっ!何を言うのかお母さん!」 「・・・。」 「何で無言になるの英士ー!」 俺も何でなんだろうとよく考える。 それはと一緒にいたいと思ったときから残る疑問だ。 だってなんてうるさいしうざいし猪突猛進だし自分勝手だし。 考えればキリがない。俺の気苦労が増える事だってわかりきってるのに。 まあ、考えたって意味がないこともわかってるけどね。 その答えはまたが調子にのったら困るから、まだ言ってやらない。 「・・・あー!!」 「な、何?!お母さん!」 「そこのお店!雑誌で見たのよね、ケーキが絶品だって!」 俺に質問を投げかけておきながら、窓の外にうつった店を見ての母親が叫んだ。 なんていうか、こういうところもにそっくりだ。離れていてもさすが親子。さすがとか感心したくもないんだけどね。 「郭さん家のお土産はあれに決定!!買ってきて!」 「はーい!って・・・ええ?!私?!」 「当たり前でしょ?!私は母親!この人父親!英士くんは未来の旦那!」 止めてください。誰が旦那だ。 「よってここはが行くべーき!確かあそこって時間限定で販売するのよ! ホラ、段々人が並びだしてる!」 「ええー・・・でもわかったよ!だっておばさんの為だもん!デリシャスな料理を作るおばさんの為だもん!」 「どうでもいいから早く行ってきてー。」 「うう、冷たいお母さん・・・。」 素晴らしくマイペースな人だ。 さすが天界の掟とやらを使って、無理矢理人間になっただけある。 「気を落とすな。そんなんじゃこれから先落ち込むばかりの人生だぞ?」 の父親が彼女を慰めるかのように、頭をなでた。 なんかすごい説得力がある。この人はずっと鍛えられてきたんだろうなあ。 「俺も一緒に行ってやるから。な?」 「うん!ありがとお父さん!」 「ホラホラ、さっさと行った行ったー。」 この人、どこまでもマイペースだな。 本当に昨日、と再会したばっかりなんだよね? 「お母さん!英士を誘惑するの禁止だからね!」 「えー!」 「英士ー!すぐ帰ってくるから!誘惑されちゃダメだからねー!」 「うるさいな、とっとと行きなよ。」 「ぎゃー!誘惑される気満々?!」 「・・・。」 「わかった!わかったよ英士!英士はそんなこと思ってないよね?! 怖い!その目怖い!行ってきまーす!!」 慌てたようにその場から離れたを、父親が追い 俺はの母親と二人、そこに取り残された。 「ふふ、仲良くしてくれてるのね。」 「・・・仲良く見えましたか?」 「うん、すっごく。」 先ほどのテンションとは違い、落ち着いた雰囲気で俺を見つめる。 周りの人間が思わず振り返ってしまうような綺麗な顔。 俺は何だか少し緊張しつつ、それを見せることのないように反応を返す。 「実は結構緊張してたのよね、あの子と会うの。」 「・・・え?」 「信じられないって顔しないでよ。私、実は結構繊細なんだから。」 「いえ、別に悪い意味なんて・・・」 なくはないけど。 さっきまで本当にこの人たちは再会したばかりだろうかとか思ってたけど。 「あの子と電話で話したとき、英士くんも傍にいたでしょう?」 「・・・はい。」 「、その時ずっと泣いてて。泣いて謝ってた。きっとずっと自分を責めてたのよね。」 「・・・。」 「だから昨日もに会うとき・・・何を言えばいいのかってずっと考えてたわ。 あの子が自分を責めてる間、私たちはずっとあの子を覚えてなくて。ずっと一人で寂しい思いをさせてて。」 先ほどまでとは全く違う、悲しそうな表情。 そのまま更に話を続ける。 「でも私たちは謝ってほしくなんてなかった。私たちが謝ることをが望んでないこともわかってた。 そんな思いがあって、どんな顔をしてあの子に会えばいいのか、どんな話からはじめればいいのか、ずっと考えてた。」 「・・・。」 「だけど、あの子に会ってビックリしたわ。確かにあの子は涙を見せたけど、それは私たちへの負い目からじゃなかった。」 一昨日、が俺に相談をしてきたことを思い出した。 も同じことを言っていた。会えることは嬉しいけれど、どんな顔をして会えばいいのかと。 それこそ、今のこの人と同じように緊張した表情で。 「は笑ってた。笑いながら泣いて、私たちとの再会を楽しみにしてくれてた。」 「・・・そう、ですか。」 「だからこそ私たちも素直に喜ぶことができた。たくさんの話をすることができた。」 「・・・。」 「ふふ、英士くんの話も聞いたわよ?」 「・・・、変なこと言ってないですよね。」 「まあ訳のわからない愛の言葉はたくさん聞かされたんだけど、聞いてるフリして流しちゃった。」 「・・・。」 やっぱりこの人の母親だ。 さっきまでいい話聞かされてたと思ってたんだけど、どうして話が脱線していくんだろう。 まあ話を流したくなる気持ちはわかるけど。 「でも、ひとつだけわかったことがあるわ。」 「え?」 「貴方がいたから、は笑っていられる。」 何を、そんな大げさなと思った。 けれど、目の前のこの人は本当に嬉しそうに笑って。 「ありがとう、英士くん。」 とても綺麗な笑みを穏やかに浮かべて。 先ほどまでとは違う、大人の、母親の表情。 その表情を見て、俺はこの人の真意に気づいた。 俺を呼び出したのも、我侭を言ってを席から外させたのも こうして俺に、昨日のことを伝えるためだったんだ。 「もう一回、聞いておこうかな。」 「え・・・?」 「でいいの?」 「!」 「あの子、かーなーり面倒くさいわよ。」 ああ、それはもう。身をもって知ってます。 うるさいしうざいし猪突猛進だし自分勝手だし。気苦労だって毎日増えてる。 じゃあ何で俺はそれでも彼女の傍にいるか。 それは、 「知ってます。充分に。」 「やっぱり?それでもいいんだ?」 「・・・いいってことにしておこうかな。」 それでも、一緒にいたいと思うから。 「あら、微妙な答えね。娘さんは僕に任せて!とか言ってくれないの?」 「それは言えませんね。というか言いたくない。」 「あはは!正直でいいわね。」 「どうも。」 「物好きって言われない?」 「今まで言われたことはなかったんですけどね。」 「最近言われるんだ?わかるわー!」 俺もそう思うんだからいいんだけどさ。 今貴方がけなしてるの、自分の娘だよ?わかってるのかなこの人。わかってるんだろうな。 「俺も、おかしいんですよ。」 いや、におかしくさせられた、かな? 昔の日常は今どこにいったのやら。今ではのいる騒がしい毎日が日常になっている。 それは気苦労が多い毎日なんだけど、それでも。 多分、今またもとの日常に戻っても、何か足りない気がするんだろう。 心にぽっかりと穴があいてしまうように。 それくらい、彼女は俺の中に入り込んでいる。 周りになんていわれようとも、手放したくないと思うくらいに。 ・・・やっぱり、おかしいな俺。 こんなことを自然と思うようになってしまうなんて。 「笑顔も素敵ね、英士くん。」 その言葉に我に返る。 どうやら俺は無意識のうちに笑みまで浮かべてしまっていたようだ。 俺の心を見透かしたかのように笑う表情に、思わず視線をそらす。 「おかあさーん!買ってきた!買ってきました!誘惑してない?!」 「アンタどれだけ心配してるのよ。」 「だって英士が・・・」 が俺の方へと視線を向ける。 まっすぐに見つめるその視線が、の母親と重なり俺はまた顔を背ける。 「え、英士・・・!」 「?」 「英士が誘惑されたあーーー!!」 ・・・はあ?!何だコイツ、何言ってるの本当に! 「おかあさんのバカー!あれほど言ったのに!!」 「ふふふ、英士くんも年頃の男の子だもの。年上の魅力には負けるのよ!」 「何?!英士くん、この人は俺の奥さんだぞ?!惑わされちゃダメだ!を見るんだ!も可愛いはずだから!」 ちょっと、本当に止めてください。 店の人がこっち見てるから。ああ、早くここから出たい。他人のフリをしたい。 この人たち見てると、いつもうるさいと思ってた結人とか可愛く見えるよ。 「英士ー!英士ー!大丈夫、それは一時の気の迷い!落ち着いてえっ!」 お前が落ち着け。 ・・・この人たち置いて、もう帰っていいかな。 どっと疲れを感じながら、喫茶店を後にして 案内がてら、俺の家までやってきた。 の両親は俺の親に挨拶をし、とりあえずは大人たちだけで話をするようだ。 俺とはそれぞれの部屋へと戻った。 「ねえ英士ー。」 と、思ったらいつの間にかが俺の部屋に侵入していた。 「・・・何?」 もはや何故俺の部屋にいるのかと問うことも無駄だと悟り、 俺はが呼ぶ声に答える。 「さっきお母さんと何話してたの?」 「は?まだ誘惑がどうとか言う気?」 「ち、違うよ。え?本当に誘惑されたの?」 「その話はもうひっぱらなくていい。」 どうしてこうも話を脱線させようとするんだコイツは。 ・・・っていうか、そういう家系なんだろうか。 「お母さん、私のこと・・・何か言ってた?」 ・・・ああ、そういうことか。 笑顔を見せ打ち解けあったとはいえ、やっぱりその反応は気になるんだろう。 「・・・が笑っててくれて、よかったってさ。」 不安そうな顔をしたが顔をあげて目を見開いて。 一瞬驚いて、すぐに嬉しそうな表情へと変わっていく。 「本当?本当?」 「嘘ついてどうするの?」 「・・・そっか!うん、そうだね!」 本当に嬉しそうに、今にも飛び跳ねだしそうなくらいに。 こんなところも母親に似てるのかな。 「あと、でいいのかって聞かれたよ。」 「え!何!恥ずかしいなもう!!英士は何て?!」 「『良くないです。』」 「ええ?!」 そんな必死になっていちいち反応返さなくていいのに。 それが冗談だってことくらい、わからないのかな。 「うう、何だよもうー。ちょっとくらい良いこと言ってくれたってさー・・・」 俺の言葉に一喜一憂していじけて。 本当、バカな奴だよね。 「まあでも仕方ないよね。」 「何がー・・・わっ!」 俺の横で不満そうに口を尖らせるを引き寄せ、抱きしめてみる。 が慌てて顔を真っ赤にしてる。相変わらず不意打ちに弱いよね。 「それでも一緒にいたいって思うんだから。」 ああ、しまった。 またが調子に乗りそうな言葉を言ってしまった。俺もまだまだあまいなあ。 「・・・へへっ!英士大好き!」 「知ってるよ。」 周りを見ないし、騒がしいし、自分勝手だし。 だけど自分に正直で、いつだって全力で。本当に俺とは正反対。 それなのに、こんなに愛しく思える。ああ、やっぱり俺、おかしいよね。 「英士・・・。」 「何?」 「私・・・この愛しさを皆に伝えたい!叫びた「伝えるな、叫ぶな、何もするな。」」 この暴走をなんとかしてくれると、俺の気苦労も減るんだけど。まあ今更か。 だけど暴走ばっかりされてたら、俺の身が持たないよ。っていうか俺も我慢の限界を超すよ。 このままじゃ俺の気苦労は増え続ける一方。そんなのは御免だ。 口で言ってもの暴走は直らないし。しっかり教えてやらなきゃダメなんだろうな。 ああ、面倒だ。面倒だけど仕方ない。 不思議だけれど、変わることはないと思えるこの気持ち。 これからもきっと、一緒にいるんだしね。 TOP |