今日も空は青い。雲ひとつない、快晴。 ねえ、・・・そっちはどう?元気にしてる? 「ツバサー!!」 チームメイトの声に僕は振り返る。頬に張り付いた髪を払うと、声を掛けた彼に「何?」と問いかけた。 「そろそろ移動だって。ぼけっとしてると置いてくぞー」 「あ、うん。ごめん」 軽い謝罪と共に僕は歩を進める。異国の地。ここもすっかり慣れた。 初めこそ、いろいろと苦労はあったけれど・・・ 今はチームメイトともすっかり打ち解け、充実した日々を送っている。 「・・・ん?」 バスに向かおうとした僕は、足元のあるものを見て足を止める。 クローバー…緑色のそれを見て、僕の頬は無意識に緩んだ。 「どうーした?ツバサ」 「ああ、懐かしいものを見たなって思ってさ」 「懐かしい・・・?これが?」 チームメイトは僕の見ていたそれを見て首を傾ける。 まあ、その反応も無理はない気もするけど・・・クローバーって結構どこにでもあるしね。 「ツバサ、日本にはクローバーはないのか?」 「・・・馬鹿な事言ってると殴るよ?」 「げ!やめろ・・・!!」 な訳ないだろ。 哀れみを感じさせるチームメイトのその顔に、にっこり笑顔でそう言ってやる。日本にだってクローバーはあるんだよ。 正確にはシロツメグサ、だけど。 ただ、クローバーを見ると思い出すんだ。 とても大切な思い出。 今は傍にいない、そして何よりも大切な、彼女のこと・・・ あれは、彼女が家に来て、暫く経ったこと。 YOTUBA 「ただいまー」 学校から帰り、靴を脱いでいるとパタパタと小走りの音が聞こえる。 その音が誰なんて、今はもう確認しなくても分かってる。 「おかえりなさい!お兄ちゃん!」 「ただいま、」 弾んだ声で迎えるのは妹の。 その表情はいつもよりも機嫌が良さそうで、そのにこにこ笑顔に僕は首を傾けた。 「なんかいい事でもあったの?」 「・・・え?」 「いや、なんか嬉しそうじゃん」 俺のその言葉を聞くと、はその表情を更に緩めた。 へへへ〜と笑うと僕に近づく。 「お兄ちゃん、知りたい?」 「・・・別に」 「あのね、あのね」 ・・・聞いてないし。 まあ、いいけどさ。それにどうしてがこんなに嬉しそうなのか、気にならないって言ったら嘘になる。 だから「何?」と尋ねると、は後ろに隠していた包みを僕の目の前に差し出す。 「・・・僕に?」 「違うよお兄ちゃん!お友達から貰ったの。お土産だって!旅行に行ってきたんだって!」 「ふ〜ん・・・」 それを受け取り、まじまじと見つめる。 掌サイズのそれ。丁寧なラッピングが可愛らしかった。女の子らしい。 ふと、それが丁寧に封をされたままだという事に気付く。 僕は怪訝そうな顔をしてに問いかけた。 「、これもしかしてまだ開けてないの?」 「うん!」 「何で?」 「だって貰って嬉しかったから。だから、お兄ちゃんと一緒に開けようと思って!」 笑顔で答えるに思わず顔が緩む。 こんな些細な事でもどうしてだか嬉しくなってしまって、僕はの頭に手を置いた。 くすぐったそうに笑うに声を掛ける。 「待ってて。鞄、置いてくるから」 「うんっ!」 鞄を置いて、私服に着替える。リビングに顔を出すとは包みをテーブルの上に置いて僕を待っていた。 その姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。「どうしたの?」というの問いかけに首を振って僕はの隣に腰掛けた。 「開けなよ、」 「う、うん・・・!」 恐る恐る包みを開くと、中から出てきたのはシルバーのキーホルダーだった。 四葉のクローバーの形で小振りで可愛い。 それを手に取ると、はキラキラした表情でそれを見つめた。 「可愛い・・・!」 「へえ、綺麗じゃん」 「うん!」 「よかったね」 まじまじとそれを見つめて顔を綻ばすに僕の表情も、思わず緩む。 四葉のそれを見つめて、僕は思わず口を開いた。 「幸運のお守りだね」 「こううん・・・?」 「そ。四葉のクローバーをお守りにすると、幸せになれるんだよ」 四葉は見つかりにくいからね、そう続けるとはキーホルダーをじっと見つめる。 最近はクローバーの形のグッズも増えた。きっとこういう意味も関係しているのかもしれないな、なんて思う。 「お兄ちゃん・・・四葉のクローバーを持ってると、幸せになれるの?」 「うん、まあ、そう言われてるね。後は願いが叶う、とかさ」 「ふうーん・・・」 何かを考えたようなの表情に、僕は首を傾けながらも返事する。それでも彼女は何か考え込んでいた様で、 僕は特に何も考えずに席を立った。 「、お菓子でも食べる?」 「食べる・・・!」 彼女のその表情の意味を知ったのはもう少し先のこと。 いつもならとっくに帰ってくる時間に、が帰ってこない。僕は不安になって家の周囲を捜しに出た。 普段の彼女なら一度家に戻って、鞄を置いてから出かけるはずだ。 それが一度も帰宅しないでどこかに行っているなんて・・・ 微かな不安が、僕の胸に生まれた。 彼女の学校まで行ってみようか・・・そう思ったときに見慣れた姿を見つける。 ランドセルをからった彼女に溜息をついて、僕はそちらに駆け寄った。 「・・・」 「あ、お兄ちゃん」 「あ、お兄ちゃん・・・じゃないよ。どこ行ってたの」 「あ、えっと、うんと・・・」 「心配しただろ。日も暮れるし。せめて一度帰ってさ、置手紙でもしてから家出なよ」 「うん・・・ごめんなさい・・・」 しゅんとしたに溜息をついて僕は歩を進める。 「見つからなかったの・・・」 小さく小さく、の声が聞こえた気がした。 でも僕は、それに対して何をとは聞かなかったんだ。忘れ物でもしたのかと、その程度だと思っていたから。 その日以降も、は帰りが遅かった。僕が言った通り、一度家に帰って置手紙はしているみたいだけどそれでも帰ってくるのが遅い。 6時を過ぎる時だってある。いつもなら外に出ても5時には帰ってくるのに、だ。 一度二度なら注意で終わるけど、それが何回も続くとさすがの僕も少しイラついてきた。 食事中、僕はに声を上げる。 「。最近何やってるわけ?」 「え・・・」 「置手紙置いていくのはいいよ?でもさ、だからってさ6時を過ぎるなんてどういう事?帰ってくるのは5時って決まってるよね? ただでさえ最近変な事件が多いんだよ。も知ってるだろ?俺、いつも気をつけろって言ってるよね?暗くなる前に帰って来いって 言ってるよね?どうして言う事聞けないかな」 「・・・」 矢継ぎ早な僕の言葉に、は何も言えないみたいでそれが僕の眉間の皺を増やす。 「」、そう声を上げようとした時、消えそうな声でが声を上げた。 「・・・って・・・」 「何?」 「だって・・・見つからないんだもん・・・」 「・・・何が」 「四葉のクローバー・・・見つからないんだもん・・・」 「え?」 予想していなかった言葉に黙るのは今度は僕の方で。怒る事も忘れてを見つめる。 俯いたの声は震えていて。顔は見えなくても泣いているというのは分かった。 「よつば・・・の、クローバー、お兄ちゃんに、あ、げたく、て・・・学校終わってから探してたの・・・で、も」 「・・・見つからなかった?」 「っ・・・うん・・・!」 「・・・」 「何度も、なん、ども・・・探したのに、見つからない、の・・・一生懸命、探した、のに・・・!」 次第に湿り気を帯びてくる声に、僕は椅子から立ち上がる。 の傍にくると、そっと頭を撫でた。 まさか自分の為だったなんて、思ってもいなかったから。 『お兄ちゃん・・・四葉のクローバーを持ってると、幸せになれるの?』 の言葉が、脳裏を掠めた。 ああ、だから君は・・・ 「・・・怒ってごめん」 「ううん、私こそ、ごめんなさい、お兄ちゃん・・・」 「もう、怒ってないから」 「うん・・・」 目の赤いに目線を合わせる。 「」と呼びかけると、はまだ掠れた声で「何?」と返事をする。 言わない方がいいのだが・・・とも思いつつ言わなければ、という思いで僕は口を開いた。 「」 「・・・ん?」 「クローバーだけど・・・見つからないのも無理ないよ」 「ふえ・・・?」 「クローバーが見つかるのは・・・春だからさ。今は夏も終わって秋だから・・・その、ちょっと・・・難しい、かも」 季節的に・・・そう告げる僕をは食い入るように見つめた。 ・・・その視線が心なしか痛い気もするけれど仕方が無い。 僕の言葉を聞いたは、その後ぽろぽろと涙を流した。 「・・・・っ!」 「ご、ごめんってば!!」 ・・・・・・あれ、何で僕謝ってるんだ・・・? まあ、そういう訳ではクローバー探しを諦めてくれて、いつも通りの日常が過ぎていった。 帰ってきての声が聞こえると嬉しいんだから、僕はさりげなく彼女に甘いっていうか…。 いや、実際甘いと思うけどさ。 それだけ彼女の存在は大きくなっていたってこと。 「お兄ちゃん」 「ん?」 ベッドに寝転んで雑誌を読んでたら僕を呼ぶ声が聞こえてドアを開ける。 ドアの前に立っていたはにこにこと笑顔を浮かべていて、僕はお土産をもらった時のを思い出した。 「・・・デジャヴ?」 「へ?」 「いや、何でもない」 「で、どうかした?」そう問いかけるとは笑みを浮かべながら、けれどどこかそわそわした様子で・・・ 「?」 「あ、あのね、お兄ちゃん・・・」 「うん」 「四葉・・・今無いから・・・あのね」 四葉。そう、季節的に今は見つからないって言ってた四葉。それがどうかしたのかと首を傾ける。 「今無いから・・・あの、これ・・・」 「え?」 おずおずと渡されたのは小さな包み。どこか不恰好なそれ。恐らくはが自分でやった物だろう。 丁寧に包みを開く。 出てきたそれに、思わず僕は息を呑んだ。 「・・・これ・・・」 「・・・あげる・・・」 それはフェルトで作った四葉の形のマスコットで。紐が付いていてキーホルダーになっている。 思ってもみなかったそれに、僕は大きく目を見開いた。 「四葉は・・・幸せのお守りだから・・・お兄ちゃんが幸せになりますようにって・・・」 「これ、作ったの?」 「うん・・・下手でごめんね。何回か練習したんだけど・・・」 『お兄ちゃんが幸せになりますようにって』 ああ、君はいつも嬉しすぎる言葉をくれるね 笑ったをそっと優しく抱きしめる。吃驚したような声が聞こえた気もしたけど気にしない。聞こえてない。 の気持ちが嬉しくて 暖かくて、優しくて 顔が緩んで仕方が無い。 親父がもし居たとして、見られたらからかわれるかもしれないな、なんて思うけど。それでも緩むものは仕方ない。 「・・・ありがと」 「う、ううん!」 焦った声がおかしくて笑う。「ありがと」そう言ってもう一度抱きしめた。 慌てたように声を上げるに笑いを堪えながら。 「ねえ、」 「・・・なに?」 「春になったらさ、本物の四葉、探しに行こうか」 「へ?」 「僕がに四葉のクローバー探してあげる」 「あ、じゃあ!私もお兄ちゃんに探してあげるね」 「はは…!ありがと」 「「約束ね(だよ)」」 そう、約束。 「でさ、ツバサ!・・・おい、聞いてる?」 「んー、聞いてるよ」 「嘘だ!お前適当な所で相槌してたろ!?」 「気のせいだよ」 ばれたか。 結構思い出に浸ってたみたいでチームメイトの話を聞いていなかった・・・。バスに揺られながら風景へと視線を移す。 春と夏、その境目の季節の風が開けた窓から入ってきて髪を揺らした。 気持ちがいい。 鞄から小さな袋を取り出す。 小さな布袋に入っていたのはややくすんだフェルトの四葉のキーホルダーに、押し葉にした四葉のクローバーの栞。 『僕がに四葉のクローバー探してあげる』 『あ、じゃあ!私もお兄ちゃんに探してあげるね」』 『はは…!ありがと』 『『約束ね(だよ)』』 「ん?ツバサ、何それ?」 「…お前見るなよ…」 「いーじゃん、気になる!で?何それ」 「・・・幸運のお守りだよ」 どんなお守りよりも大切で どんなものよりも効き目がある 愛しい君からの、初めてのプレゼント。 ねえ、。 僕は元気だよ。は元気? 帰ったら電話するから。 そしたら、また、その大好きな声で 「翼くん」って呼んでよ。 Fin -------------------------------------------------------------------------- 『Be with you』の香耶さんより連載完結記念にいただきました。 さすがというかなんというか、素敵過ぎて言葉にならない・・・! もーなんですかこの可愛いヒロイン・・・カッコいい翼さん・・・! 抱きしめたい!わたしも四葉のクローバー探すよ二人のために! こんな素晴らしいお話をいただけて、本当に嬉しいです。 香耶さん、本当にありがとうございました! 2008.08.31 春名友 -------------------------------------------------------------------------- |