「おかえりなさい、翼くん!」





空港からタクシーを使い、真っ先に向かった自分の家。
こうして日本に帰ってこれるのは、数ヶ月に1回ほどの頻度だけれど。
僕の大好きな彼女は、いつだって嬉しそうに、笑顔で僕を迎えてくれる。





「ただいま、。」





離れているのはやっぱり寂しいし、彼女にもそう思わせてしまっているのだろうけれど、いつだって変わらない、とのやり取りが好きだ。
スペインにいることが苦痛なわけじゃない。けれど、やっぱり一番落ち着く場所は彼女の傍なのだと実感する瞬間。





「・・・つっ・・・翼くん・・・!わたしと会えない数ヶ月は、さ・・・さ、寂しかっ・・・たかね?」





そう、いつもと変わらない・・・





「・・・うん。」

「し、しょ、正直すぎるでしょー!!て、照れるわあー・・・」





変わらな・・・・・・





「・・・。」

「な、なに・・・?」

「どうしたの??」

「べ、別に・・・ど、ど、どうもしないよ・・・?」

「・・・。」





明らかに様子がおかしいをじっと見つめると、彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にして、何かを言おうと口をぱくぱくさせる。
けれどそれは言葉にならず、状況に耐えかねたのか、踵を返して家の中へそそくさと歩き出した。





「おおっす翼!おっかえりー!」

に何をした?」

「ギブギブギブ!!帰ってきた早々お父さんの首を絞めないで!!」

の様子がおかしいんだけど?」

「そうかー?俺の前では普通だったけど・・・」

「アンタがなんかしたんじゃないの?」

「何かあったらお父さんのせいにするのやめてくれる!?」





何かがおかしいと感じ、リビングでテレビを見ながらくつろいでいた親父に聞いてみる。
こういう場合、バカ親父が絡んでることが多いから、まずは疑ってみるのだけれど、今回は本当に何も知らないようだ。





「・・・?」

「!!お茶淹れてくるね!」





そんな僕と親父のやり取りをじっと見つめ、僕の視線に気づくと慌ててその場から逃げ出すように。
いつも穏やかに僕らのやり取りをニコニコしながら見ているとは思えない。

一体どうしたというのだろう?















ちいさな来訪者

― 少女の異変 −
















「つーばーさー!なんやなんや久しぶりやなあオイ!!」

「直樹うるさい。」

「久しぶりに会ったダチへの第一声がそれかい!」

「お前は中学のときから変わらないよね。」

「え・・・!なんやそれ、変わらないお前が好きとかそういう・・・」

「少しは成長しろって話。」

「そういうとこ翼も変わってへんわ!!」





僕が日本へ帰ると連絡すると、昔の仲間がわざわざ地元に集まってくれた。
どれだけ年を重ねても、こいつらと集まると、懐かしい記憶とともに昔の感覚が戻ってくるから不思議だ。





「柾輝と直樹はいつから戻ってきてたの?」

「俺は昨日。直樹は一昨日だよな。」

「ちなみに直樹は俺らのとこに泊まってる。もううるさいのなんのって。」

「なんやと!?男二人のむっさい場所に明るくて爽やかな俺が入ってやってやなあ・・・」

「むさ苦しさが増えただけだろ。」

「六助えええ!!」





実家がこっちにある柾輝はともかく、家族ごと越していった直樹も時々戻ってくるらしい。
泊まる家がないから、五助と六助のところへ泊まることもしょっちゅうだとか。





「翼翼!!俺に会えない数ヶ月は寂しかったか!?」

「まさか。うるさいのがいなくて心落ち着く日々を送ってるよ。」

「なんやと!素直になれやー!!」





ああ、本当にやかましい。なんでコイツは例外なくいつでもテンション高いんだろう。
なんて今更なことを思いつつ、直樹の言葉にふとひっかかりを感じたことに気づく。





「・・・つっ・・・翼くんっ・・・わたしと会えない数ヶ月は、さ・・・さ、寂しかっ・・・たかね?」

「し、しょ、正直すぎるでしょー!!て、照れるわあー・・・」





・・・・・・ん?

偶然だろうか。昨日も同じようなことを言っていた気がする。
いやいや、何が悲しくてと直樹の言葉が重なるんだよ。落ち着け僕。





「翼?どうかしたか?」

「直樹のテンションに疲れたんじゃねえ?」

「あー、俺らもいつも疲れるもんなー。」

「なんやとおおおお!!」

「「それそれ、そのテンション。」」





騒ぎ出した3人にため息をつきつつ、隣に座る柾輝と目が合う。
小さく笑いながら、目の前にあった瓶を持ち、僕のコップへと注いだ。





「そういやもう家帰ってんだよな。しばらく会ってないけど、は?元気?」

「ああ、元気ではあったんだけど・・・」

「けど?」

「ちょっと様子がおかしいんだよね。」

「おかしいって何が?」

「僕に対する態度っていうか・・・頑張って明るくしてる・・・っていうのも違うかな。
基本大人しいのに、テンションを無理やりあげようとして空回り・・・?」

「っふは、なんだそれ。」

「久しぶりに会って緊張してるとか、そういうのでもない気がする。気づいたら影から僕と親父の様子を窺ってたりするし、
だけど親父に聞いても何も知らないっていうし。」

「「「・・・・・・。」」」

「本人に直接聞いてみれば?」

「聞いたら、何でもないって言うんだよな。まあそれ以外は普通どおりだし・・・
そこまで深刻な雰囲気には見えないから、大丈夫とは思ってるけど、やっぱり気にはなるんだよね。」

「・・・ふーん。それじゃあ親父さん以外に心当たりがある奴らがいるかもしれないな。」

「え?」

「たとえば今まで騒いでたのに、急に静かになった奴らとか?」

「「「!!」」」





そういえば、先ほどまで騒いでいた3人の声が急に聞こえなくなった。
柾輝の視線をそのまま追っていくと、苦笑いを浮かべた3人の顔。





「・・・ふーん。何か知ってるの?」

「べ、別に、何も知らへんしー。」

「へえー。」

「・・・。」

「・・・。」

「「一昨日、に会いました。」」

「白状すんのはやすぎやろ!!」

「スーパーに3人で買い物行ったら偶然会ってさ。軽く立ち話したんだよ。」

「そうそう。流れ的にもうすぐ翼が帰ってくるなーって話になって。」





直樹はともかくとして、五助と六助は近所といえる範囲に住んでいる。
偶然会うこともあっただろう。現に何回かそういう話も聞いてるし。
しかし、なんでそれとの様子がおかしい話に繋がるのか。

普段との違いと言えば・・・





「せやせや、ってば顔真っ赤にしてなー、めっちゃ嬉しそうでなー、俺の妹にしたいくらいやったわ。」

「直樹しゃべんな。」

「!!」





そこに直樹がいたことだ。
どうしよう、あのバカ親父に通ずるいやな予感しかしない。





「いや、でも翼のことを話す、確かに可愛かったぞ。
翼って優しい?とか、かっこいいか?って聞くと迷いなく、思いっきり肯定すんだもん。」

「そうそう、顔は真っ赤だけど、照れて否定するとかないんだよな。今時あんな純粋で素直な子、めずらしいわ。」

「「超かわいかった。」」

「・・・・・・それはいいから。その会話とどう繋がっていくの。」

「いや、その後直樹がさ。優しさだけが愛じゃないんやでって。」

「・・・は?」

「『俺と翼を見てみい!どつきあいから来る絆!気兼ねのない言葉の応酬!』・・・って。」

「『世の中には夫婦漫才という言葉もあるくらいや!
翼に突っ込みのひとつでも入れさせられたらたいしたもんや。将来も約束されたようなもんやな!』」

「・・・・・・。」

、目キラキラさせて聞いてたよな。」

「どつきあいから来る絆ってなんだよって突っ込もうとしたのに、が素直すぎて何も言えなかったもん。」

「直樹が俺ならこう言うで!って偉そうに語ってたのをすげえ一生懸命聞いてたりな。」

「なんてことしてくれてんの?」

「「俺らじゃない俺らじゃない!!」」





五助と六助が慌てながら、揃って指さすほうへ視線を向ければ、さりげなく席を立とうとしている直樹の姿。
まあ直樹が絡んでる時点で、大体直樹のせいだろうって予想はついてたけどね!





「な、なんやねん!俺なんか間違ったこと言うたか!?
翼が柄にもなくツッコミのひとつも入れへんからやろー!!」

はお前と違って素直でいい子だからね。必要ないだろ?」

「俺も素直でええ子やーん。」

「ぶっとばすよ?」

「俺を盾にするな直樹。そんで俺を挟んで喧嘩すんな。」

「勢いあまって巻き込んだら悪いね柾輝。」

「俺ら一蓮托生やな!!せやから俺を守れや柾輝!!」

「・・・そもそもなんでどつきあいとか言ったんだよお前は。はそういうキャラじゃねえだろ。」

「だって俺は滅多に優しくなんかされへんのに・・・!には甘々やなんて悔しいやないの!!」

「「「「・・・・・・。」」」」

「つっこめや!!いやな、、めっちゃ真剣に俺の話聞くし、素直に頷いてくれるからやな、なんや楽しくなってき・・・」

「よし、殴ろう。」

「ギャー!待って待って待ってえええ!!」












気心知れた奴らというのもあったし、酒が入っていたというのもあって、久しぶりに周りも気にせず騒いでしまった。
僕っていうよりも直樹がだけど。大げさに泣きそうになってたけど、それはそれでいいと思う。むしろ清々した。

元々遅い時間までいるつもりはなく、落ち着いた頃に適当に別れ、それぞれの帰路につく。
だから、家に着いた頃にも、は当然起きていて。家に帰ってきた僕を迎え、かいがいしくお茶まで用意してくれる。

それでもやっぱり、様子はおかしいままだったけれど。





「翼くん、楽しめた?え、えっと、う、浮気なんてしてないよね!し、してたら泣いちゃうよ!」





原因がわかった今ではなんの心配もない。
ああ、あれもこれも全部ツッコミ待ちだったのかなんて思ったら、呆れを通り越して、微笑ましいくらいだ。
普段真面目で大人しいが、恥ずかしいのをこらえて、こんなことを言うなんて滅多に無いんだろう。

でも、そうだな。直樹にそそのかされただなんてやっぱり癪だから、少しくらいからかってやろうか。





「なに?は僕が浮気すると思ってるの?」

「え、えっと・・・」

「悲しいな。のこと、こんなに好きなのに。」

「っ・・・え、う・・・あ・・・えっ・・・」





僕の前に立っていたの腕を引き寄せて、ソファに座らせて距離を縮める。
言葉も出せずにかたまっているに、さらに顔を近づけた。





「そもそも今日の集まりは、あいつらだって、も知ってるだろ?どうしたら間違いが起こるんだよ。」

「う・・・」

「あとは・・・外で声でもかけられるとか?そういうのに簡単についていくような奴だって思われてるんだ?」

「ち、ちがっ・・・」

「あいつらに会えたのは楽しかったけどね。でもとの時間も持ちたいから、早めに切り上げたんだけど。
そういうのも全部、には通じてなかったってことか。」

「!」

「なんだか様子がおかしいし、何を考えてるのか教えてもくれないし、、僕といても楽しくなくなったの?」

「そんなことなっ・・・」





ペシッ





小さく、軽い音が聞こえ、は目を丸くして、反射的に額を押さえた。





「・・・!?」





涙目になっていたのは、先ほどのやり取りのせいか、軽く放ったデコピンのせいか。





「どつきあいしたいんだって?僕にも何かしていいよ?」

「!!」





唖然とするに向けて、ニッコリと満面の笑みを浮かべれば、みるみるうちに真っ赤に変わっていくの顔。
両手に顔をあてて、必死で僕にそれを見られまいとする。





「・・・し、し、知ってたの・・・?」

「さっき直樹たちに聞いた。どうしてあんな奴の言うことを鵜呑みにするかな。」

「・・・だって・・・確かに私、翼くんに甘やかされてばっかりだなって・・・そう・・・思って・・・」

「別にそんなつもりはないけど。」

「直樹くんやお父さんには、なんの気兼ねもなく話してるし、怒ったりもしてるし・・・私もそういう存在に・・・」

「頼むからそれはやめて。」





の様子がおかしい理由が、直樹たちにあると知って、そりゃ怒ったけど。本当は少し、嬉しくもあった。
きっかけは直樹たちでも、根底の理由は僕にあったとわかったから。
僕のために、あの真面目で大人しいが、恥ずかしい思いをしてまで、一生懸命になってくれる。

少しでも僕との距離を縮めようと頑張って、大人になろうと必死で。
変わらなくていいって、そのままでいいって、言ってるのになあ。





、世の中にはいろいろな形があるんだよ。
そりゃどつきあいしてる人たちもいるだろうけど、僕はとは違う形で一緒にいたいな。」

「違う形?」

「今までどおり傍にいてよ。が隣にいて、笑っててくれるなら、それでいい。」





普段の僕からは、考えられないような素直な言葉。
不思議だな。の前だと照れもせずに、自然と言葉が出てくる。





「それに僕はを甘やかしてるんじゃなくて、返してるだけ。」

「・・・返してる?」

がいつも僕に優しくしてくれるから。」

「そ、そんなこと・・・私よりも翼くんの方が・・・」

「そういうこと。」

「え?」

「優しくするとか甘やかすとか、お互い意識してるわけじゃないだろ?」





この子には優しくしたいとか、格好悪いところを見せたくないとか、
いろいろな感情はあっても、それが思い通りにいくことなんて、なかなかない。
ましてやそれが、自分の好きな子であるならば尚更だ。

それでも、







「僕らにとって、それが自然なんだよ。」







行動ひとつひとつが、自然と彼女への気持ちで溢れる。
が優しいから、素直でまっすぐだから、それに引き寄せられるように。
普段の僕と違っていても、それすらも彼女の影響なのだと、そう思えるくらいに。





「あはは、、顔真っ赤。」





もはや自分の両手でも隠しきれないと悟ると、そのままうずくまるように自分のひざの方へ顔を隠した。
僕は少しだけ考えて、彼女の背中に手をまわして、そのまま体ごと引き寄せた。





「自分のひざじゃなくて、僕に抱きついて顔を隠せばいいと思うな?」

「!!」





彼女に触れた場所が熱い。
もう何も言えないくらいに照れてしまっているんだろう。

そういう僕も、余裕ぶってはいても、彼女とそうは変わらない状況なのだけれど。



でも、少しくらいは大人ぶらせてほしい。



君はきっと、これからどんどん成長して、今よりももっと素敵な女性になっていくんだろう。



そのときの僕が冷静でいられる保証なんてないから。



せめて今、この時くらいは。







「翼くん・・・。」

「ん?」

「・・・だいすき。」

「・・・。」







腕の中で僕を見上げるように向けられた視線と、小さく、けれどはっきりと伝えられた言葉。



だけでなく、自分の体温も急上昇しているのを自覚しながら、彼女を抱きしめる力を思わず強めた。



ああ、冷静でいられなくなるその時は、割とすぐにやってくるのかもしれない。








Top