「来月、日本に帰るよ。」 「本当?!」 翼くんがスペインに発って数年。 メールや電話のやり取りはずっと続けているけれど、こうして直接会えるのは年に数回のこと。 私が驚きと嬉しさの声をあげると、翼くんが小さく笑った。 ちいさな来訪者 ― 君と一緒に − 「ー、何してんの?」 「だってお父さん、今日は翼くんが帰ってくる日だよ?」 「あーそうそう。そうだった。俺の可愛い息子のご帰還!ご馳走の準備ってわけか。」 「また可愛いとか言って・・・翼くんに怒られるよー?」 「うん、まあこれも愛だからな!翼くんはいつまで経っても俺の可愛い翼ちゃん!」 「・・・。」 「ちょっ、ちょっと・・・!そんな困った顔で俺を見るな! お前にそんな哀れみの目で見られたらお父さん立ち直れない・・・!」 「そ、そんな顔してないよ!」 「だよな〜。は優しいもんな〜。さすが俺の娘!」 日本にいたときも、チームの寮に入っていたからしょっちゅう会えたわけじゃない。 それでも翼くんは暇を見つけては家に帰ってきてくれていた。 けれどスペインに行ってからは当然だけれどシーズンオフのときくらいしかこうして家に帰ってくることはない。 私とお父さんが二人でスペインまで行ったこともあるけれど、時間はあっというまだった。 翼くんが傍にいない生活に慣れることはあっても、寂しさが無くなるわけじゃない。 だから年に数回でもこうして会えることが嬉しい。 少しでも翼くんの体が休まるように、楽しいって思ってもらえるような時間にしたい。 「ところで、最近ちょっと化粧してる?」 「・・・う、あ、あの、うん。友達に教えてもらったんだけど、変かな・・・?」 「いやむしろ可愛さに色っぽさが増して抱きしめたい。」 「お、お父さん・・・。」 「そして今の発言を翼には言わないでな? お父さん、さすがにこの年で現役サッカー選手の本気のキックくらったら大変なことになっちゃうからね?」 「い、言わないよ・・・!」 「ははっ、翼に少しでも可愛く思われたいんだよな?」 「・・・うん。」 それと私はひとつ、決めていたことがあった。 今度翼くんに会えるときには、今までよりももっと大人な自分を見せたいってこと。 そう思ったきっかけは、翼くんの記事が載っていたサッカー雑誌。 海外で活躍するサッカー選手の記事が載っていたその中には、翼くんと並ぶ大人の女の人の姿。 別にその人と噂になったわけでもないし、それほど親密そうに話していたわけでもない。 ただ、すごく似合ってた。サッカー関係者らしいその人と笑いあう翼くんの姿に、なんだかすごく切なくなって。 翼くんが私を大切に思ってくれてることは知ってる。私だって翼くんへの気持ちは誰にも負けるつもりはない。 だけど、私もそうなりたいって思った。翼くんの隣にいてもお似合いだって、当然だってそう思えるようなそんな人になりたい。 「、もう出れるか?」 「うん、大丈夫。」 「そろそろ翼が空港に着く頃だからな。迎えに行こうか。」 「うん!」 もっともっと、翼くんに近づけるように。私は翼くんに比べたらまだまだ子供なのはわかってる。 だけど、いつだって前を見て走り続ける翼くんに負けないくらいに、素敵な人になりたいんだ。 「翼くん!」 「翼ー!!」 「久しぶり、。」 「いやだから翼くん、俺には?」 空港のゲートから出てきて辺りをキョロキョロと見回す翼くんに声をかける。 私たちの姿を見つけると、軽く微笑んでこちらへと歩みを進める。 目の前の翼くんを見上げて、久しぶりの再会にドキドキして何を言っていいのかわからずにいる私を見て 翼くんが笑いながら私の頭に優しく手を置いた。 「ただいま。」 「・・・お、おかえりっ・・・!」 数ヶ月ぶりの再会。 時々メールでチームメイトとの写真を送ってくれたり、サッカー雑誌でその姿を見たりもしているけれど。 やっぱり実際に会えるとすごくドキドキしてしまう。 少しずつ視線を上にあげて翼くんと目があうと、そこには優しい笑顔があって私はすぐに視線をそらしてしまった。 ・・・どうしよう、まともに顔が見れない・・・。 そんなことを考えて、一人はっと我に返る。 そうだ、私は少しでも成長してる私を見せたいとそう思っていたんだ。 こんな風に照れて、翼くんに笑われてる場合じゃないんだった・・・! 「つ、翼くん。本当に外食じゃなくてよかったの?」 「うん、久しぶりにの手料理食べたいしね。 ていうかこそそれでよかったの?手間かけさせることになっちゃったけど。」 「ううん、嬉しい!頑張って作ったから、楽しみにしててね!」 「はは、そうする。」 笑った顔とか、ちょっとした仕草とか、前よりさらにたくましく感じる腕とか、練習で日焼けした肌とか。 どうしよう、全部にドキドキする。私もちゃんと笑えてるかな。ちゃんと成長してるって思ってもらえるかな。 「・・・、化粧してる?」 「あ、う、うん。もう高校生だし・・・」 「・・・そう。」 ・・・あれ、ちょっと表情が曇った・・・? 確かに翼くんは過剰な化粧は嫌いとか聞いたことがあったような気はするけど・・・ でも私が今してるのは、お化粧してるかしてないかくらいのものなのに・・・。 「・・・似合わないかな?」 「ううん、すごい可愛い。」 「!」 不安に思って聞いた言葉の返答が、あまりに予想外で私は思わず舞い上がってしまった。 少し曇った表情に見えたのは気のせいだったのかな・・・? 「な、可愛いよなー!」 「・・・アホ親父め・・・。」 「ちょ、久しぶりに再会した父への第一声がそれ?!」 「うるさいな、いい年していい加減そのテンションどうにかしたら?」 「機嫌悪いのを親に当たるなー!思春期の反抗期か・・・!」 「誰が機嫌悪いんだよ。親父のアホ面を見て真実を言ったまでだろ。」 「ひでー!!」 機嫌が悪い・・・? あれ?久しぶりに会うのに・・・? 不安に思って見上げると、翼くんは何でもないよと少し困ったように笑った。 「、手伝うよ。」 「いいの、翼くんは休んでて!」 「・・・相変わらずだね。」 ずっと海外にいる翼くんは、和食を食べてないんじゃないかって思って 本を見て今まで作ったことのない料理にも挑戦してみた。 とは言っても、ほとんどが肉じゃがとか天ぷらとか普段作っているものだったんだけれど。 「でも僕はと話したいんだけどな。」 「・・・あ・・・」 「料理を頼んだ身としては、手伝いながら話をするのが一番はやいと思うんだけど?」 「う・・・」 「ていうかさ、休んでるとなるとあのテンションたっかい親父と話してなきゃいけないんだよね。逆に疲れるだろ。」 ・・・否定できない。 お父さんと翼くんのやりとりは見てていつも微笑ましいんだけど、最終的にはいつも翼くんがぐったりしてるときが多い。 「・・・じゃあ、えっと・・・そこにある野菜、切ってもらっていい?」 「うん。」 隣で規則的な音を鳴らしてまな板を叩いている翼くんを見る。 ああ、やっぱりドキドキが止まらない。会うたびにカッコよくなるなんて反則だ。 いつまでたっても私は翼くんにドキドキして、なかなかまともに見られなくなってしまうんだ。 「、学校はどう?」 「う?うん、楽しいよ。そうだ、この前ね、サッカー部のマネージャーを手伝ったんだ。」 「サッカー部の?」 「人手が足りないからって友達に頼まれて。そのときだけの臨時だったんだけど、 やっぱり何かに一生懸命な姿って素敵だなって思ったよ。」 「・・・そっか。」 「みんな一生懸命で負けず嫌いで。あ、その時の試合は負けちゃったんだけど・・・次は絶対勝つって燃えてたんだ。 私もまた手伝えたらいいなって思った。」 「部活なんて懐かしいな。でもそういう負けず嫌いなところは皆一緒だろうけど。」 「ね、昔の翼くんの姿も思い浮かべてなんだかドキドキしたよ。」 作業しながらだと、翼くんの顔を見ないから。 だんだんと普通に話せるようになってきた。もう少しすればきっと照れずにちゃんと翼くんのことも見れる。 「・・・あのさ、。」 「ん?」 「その友達って・・・」 「え?」 「・・・いや、なんでもない。」 翼くんが何か言いかけて止めるなんて珍しくて、私は疑問の表情を浮かべる。 翼くんはごまかすようにすぐに別の話題へと話をうつしたけれど。 「つーばーさー。翼くーん!」 「一度呼べば聞こえるし。何だよ。」 「こっちこっち。ちょっと俺の部屋模様替え途中なんだけどね。俺一人じゃ持てないものがあるんだわ。 ということで翼くん帰ってくるの待ってたんだけど。」 「知るか。ていうか、久しぶりの息子を待つ理由がそれか。ふざけてんの?」 「俺はいつでも真面目で素敵「うるさい。」」 ちょうど作業を終えていた翼くんは、私に謝りながらお父さんについていく。 なんだかんだ言いながらも優しいんだよね。 食卓に料理を並べて、一息ついた。 2階ではまだお父さんの部屋の模様替えが続いているらしく、ガタガタと音が聞こえる。 ・・・お父さん、本当にこれでもかってくらい模様替えしてるんだろうな。 さらに翼くんが戻ってこないことを考えても、それを全部一緒に手伝ってるってことだよね。 先ほどから何回も聞こえる言い合いは気のせいじゃないんだろう。 それでも時間も時間だし、休憩がてら夕飯にしてもらおう。 そう思って2階への階段を上る。 「あーもう!なんで帰ってきたその日にいきなりこんなことさせられるんだよ!」 「お前はにこれを手伝わせろっていうのか!そんな鬼畜なこと言うとは思わなかったぞ!」 「誰がだ!業者にでも頼めよ!」 「えー、だって知らない人には見られたくないものとかさー」 「お前、本当にいくつだよ。」 聞こえてきた声はやっぱり微笑ましくて、思わず笑ってしまう。 そう思いつつ、ノックをしようと扉に手をかける。 「なんだよさっきから。せっかく助けてやったのにー。」 「・・・何それ。」 「言えば?に。」 「・・・だから何の話だよ。」 「本当は化粧とかもしてほしくないだろ?」 「・・・別に。」 翼くんに少しでも近づけるように、喜んでもらうために覚えたお化粧。 別に、とは言ってるけれど、翼くんはやっぱり好きじゃなかったんだ。 それか、よっぽど私似合ってないのかな・・・? 「あれ、。もう出来てたんだ。」 お父さんと翼くんの会話がショックで、扉をノックすることもなく私は一人でリビングのソファに座っていた。 上ではまだ物音がする。どうやら翼くん一人で1階に下りてきたみたいだ。 「・・・翼くん。」 「え、何?」 私の暗い声に翼くんが少し驚いたように返事をする。 さっきの言葉を聞いて、一人ぐるぐると考えていた。 私は翼くんに少しは成長したって思われたかったし、どんどんカッコよくなる翼くんに近づきたいとそう思った。 「・・・言いたいことがあるなら言ってほしい。」 「・・・え・・・?」 「お化粧嫌ならしないし、似合ってないならはっきり言ってほしいんだもん・・・!」 だけど、結局それは空回ってしまって逆に翼くんに気を遣わせてしまったのかもしれない。 だから本当はこんな風に我侭だって言いたくなかった。翼くんが知らないフリをしてるなら、私も何も言わなくたってよかった。 でも私はこういうとき、どうしたら大人の対応になるのかがわからない。 翼くんが優しいから、隠すなって言ってくれているから、こうして気持ちをぶつけて甘えることしか答えを知る術が見つからない。 「あ、れ・・・?えっと・・・」 「翼くん、私がお化粧してるって聞いたらちょっと困った顔してたし、さっきだって・・・」 「・・・え・・・いや、ちょっと待った。違う!誤解!」 「・・・な、なにが・・・?」 翼くんが慌てるように私の言葉を遮る。 焦ったような翼くんの顔に私も言葉を止めて、彼を見上げる。 「あーもう。まいったな・・・。」 「・・・え?」 「折角会えたのにいきなりケンカなんて嫌だしね。これ、見て。」 「・・・携帯?」 私の前に出されたのは翼くんの携帯。 翼くんが操作して、映し出されたのは・・・私の写真? 「私・・・?」 「親父から送られてきたんだけど、多分サッカー部のマネージャーしたときの?」 「う、うん。お父さんも試合見に来てて・・・」 私は今日まで翼くんに話しそびれていたんだけど、お父さんは既に写真までメールしてたんだ・・・。 じゃあさっき話したことも翼くんはもう知ってたんだ。あれ、でもじゃあ何でそういわなかったんだろう。 「メール。読んでいいよ。」 「え、あ・・・うん。」 『ライバル登場!』 そんな件名でメールが始まって、私は本文に目を移した。 ・・・お父さん、女子高生みたいな文面だなあ・・・。 ずっと読んでいって、最後の文には『の肩に注目!』って書いてある。 「・・・あ。」 「・・・。」 写真の中の私の肩には、隣の男の子の手が乗っている。 しかもその写真は全員が肩を組んでるとかそういうものじゃないから、よく見ればそこだけ目立つ・・・ようにも見える。 「・・・実はさ。」 「え?」 「アホ親父から結構うざいメールが来るんだけど。」 「・・・うざいって・・・」 「が最近化粧をしだしたことも知ってて。」 「え?!そ、そうなの?!」 「だから・・・こういう奴がどんどん出てくるぞとか、言われててさ。」 「そ、そんなことないよ・・・!」 「親父の言葉なんてまともに聞きたくなかったけどさ、まあそれは・・・結構、気になってた。」 翼くんが軽く声をあげて、頭を抱え込むように俯いた。 「つまり、妬いてた。」 「!」 「あれくらいで、余裕ないよね。」 「そんなこと・・・」 「にはいつもかっこいいとこ見せてたかったんだけど、僕もまだまだだ。」 私はどう反応していいのかわからなくて、でもなんだか無性に翼くんに触れたくなって 彼の頭にそっと手を置いた。 「・・・?」 「・・・私も・・・翼くんに大人っぽいところ、見せたかったの。」 「・・・え?」 「翼くんがどんどん素敵になっていくから。翼くんにつりあうような、素敵な人になりたかったの。」 翼くんも、同じなんだ。 私ばかりが余裕がないわけじゃなくて、私ばかりが翼くんを好きなわけじゃない。 わかっていたはずのことなのに、私よりもずっと大人な翼くんに追いつきたくて。 なかなかうまくいかなくて不安になって、でもそれは私ばかりがそうなのだと思ってた。 「翼くんに頼るだけじゃなくて、支えられるだけじゃなくて。 翼くんが安心して頼ってくれるような、そんな存在に・・・はやくなりたいと思ったの。」 だから、翼くんは申し訳なさそうにしていたけれど、私にはそれがとても嬉しかった。 翼くんも一緒の気持ちなんだって知れて、すごく、すごく。 「・・・バカだな。」 翼くんが私の手を掴んで、自分の手と一緒に顔に触れる。 「もう支えられてるって、そう言ってるのに。」 優しい笑顔が、すぐ目の前にあって。目がそらせない。 そのまま体を引き寄せられて、気づけば翼くんの腕の中。 「そんなに急いで大人になろうとしないでよ。」 「・・・え・・・?」 「の成長を見てるのも、楽しみのひとつなんだから。」 その体は温かくて、その声は優しくて。 嬉しくて、幸せで、思わず笑顔が浮かぶ。 「あはは、翼くん、その台詞ってお父さんみたい。」 一瞬の沈黙。 ・・・しまった、翼くんにお父さんみたいなんて言ったら怒ってしまうかも・・・。 「・・・ふーん。」 「あ、あの違うよ?別にお父さんって思ってるってわけじゃ・・・」 言葉を終える前に、視界が何かを遮って。 温かな感触が唇から広がる。 「父親はこんなことしないけどね。」 「・・・っ・・・」 余裕の笑みを浮かべる翼くんとは裏腹に、私の体温は急上昇して真っ赤になってしまう。 そんな私をもう一度翼くんが抱きしめてくれて、でも心臓の鼓動ははやまるばかり。 翼くんは自分のことをまだまだ、だなんて言ったけど、 これ以上かっこよくなられてしまったら私の心臓が持たないんじゃないかって思ってしまう。 大人になりたい。だけど、今度はゆっくり自分のペースで。 そうしていつか私も、今の自分と同じくらい翼くんをドキドキさせられたらいいな。 Top |