「うるせえ、男女!こっち来るなー!」

「そうだそうだ、俺たちは男同士で遊んでんの!」

「お前は女子たちとおままごとでもやってれば?」





自分の容姿がどんなものかは、小さな頃から自覚していた。
周りの大人たちから、必要以上に構われていたし、何度も口にされていたから。
ただ、その容姿ですべての人間が好意的になるかと言えば、そんなわけはあるはずもない。
けれどその頃は、初めて受けた自分に対する否定的な態度にただただ驚き、対抗する術さえ知らなかった。





「僕は男だって言ってるだろ!」

「え?全然見えねえし。嘘つくんじゃねえよなー。」

「嘘なんか・・・」

「嘘つきに付き合ってても時間の無駄無駄!さっさと行こうぜー!」

「っ・・・」

「誰が嘘つきだって?」

「あ?そいつが・・・って、!!」

「俺の弟を嘘つき呼ばわりするなんて、いい度胸だな?」

「だ、だってそいつ、なよっちいし、うるせえし、女に囲まれていい気になってるし・・・!だから・・・」

「やかましい!!」





有無を言わさぬ言葉と威圧感に、彼らはあとずさり身をすくめる。
その後襲った衝撃に、一人が地面にしりもちをつき、驚くように僕らを見上げた。





「俺の弟に手出ししたら、ただじゃおかねえからな!」





蹴りだした足を元に戻し、不敵に笑みを浮かべたのは、僕の双子の兄。
大きく、強く、自信に満ち溢れた態度は、彼らを黙らせるには充分だった。














椎名くん家の兄弟事情
















「きたあああああーーーー!!」





中学に入ってから、僕の朝の目覚めは、心地の良い鳥の鳴き声でも、眩しい朝日でも、やかましい目覚まし音でもなくなった。
それは、聞きなれた人物の叫び声。ときどき、不気味に笑っていたり、悲しんでいたりもする。





「・・・。朝っぱらか騒ぐのやめろって何度言えばわかるわけ?」

「おう翼!おはよ!」

「おはよう・・・じゃない!何の権利があって、僕の安眠を妨げるんだよ!」

「だってお前、ついに、ついに、デレたんだよ!ツンの時代が長すぎて、くじけるかと思ったわ!」

「・・・。」





先ほどまで見ていた、随分昔の懐かしい夢。
僕をからかっていた奴らを一蹴したあの男の子と、今目の前にいるこの男が同一人物だと、誰が思うだろう。





「やっべえ!ちょっと俺これからデートしてくるわ!好感度ガンガンあげなきゃ!」

「バカか。学校は。」

「世の中には勉強よりも大切なことがあると思うんだよね・・・!」

「少なくとも、お前のそのゲームより、勉強の方がよっぽど大切だよ!バカ!」

「バカってなんだよ!俺が会いにいくのを心待ちにしてる子がいるんだからな!」

「バカだよバカバカバカ!バーーーーカ!!」

「なんだとこのやろう!!」





朝からゲームを手にし、存在もしないキャラにはまり、我慢しきれず奇声を発するほどに、染まりきっている。
昔の面影など微塵も感じられないけれど、それでも間違いなく、彼は僕と血をわけた兄なのだ。





「ちょっと可愛い顔してるからって、何でも許されると思ったら間違いだからな!」

「誰が可愛いって?僕は自分が間違ってるだなんて思ってない。別に許さなくたっていいし。」

「なんだと?」

「なんだよ。」

「お前が可愛いことに間違いなんてあるわけないだろ!?」

「誰がそんなこと言ったんだよ!!」



















どうしてこんなことになったんだろうと、頭を抱えてみても、もうどうにもならない。
僕がと初めて別々の場所で過ごすことになったのは、中学入学のとき。
人よりも頭の回転が良かった僕は、親のすすめもあり、有名進学校へと入学した。
対するは、僕と一緒の学校へ行けという親のすすめに逆らって、何度も交流のあったはとこの家に居候させてもらい、その地元の公立中学に通うことになった。
その後、僕自身も結局はと同じ、現在通っている飛葉中に転入することになったのだけれど。





「本当翼はさー、お子様だよなー。」

「は?」

「いいか?人生にはな、何かを投げ出してでも駆けつけなきゃならない場面に遭遇することもあるわけ。」

「それがあのゲームのこと言ってるんだったら、お前を投げ飛ばすよ。」

「なんでだよ!何がいけないんだよ!」

「全部。」

「あーそう、ぜん・・・全部!?お前、俺の生き様を否定する気か!?」

「もういっそ、やり直してこいよ。」

「ふざけんな!俺は今を生きる!全力で生きる!やり直す必要などない!」





学校が分かれてから、直接会ったのはほんの数回。それも何かの行事があってのことだ。
長く話すこともなく、気づいた変化はほとんどなかった。
だから、飛葉中に転入すると決まり、はとこの家を訪ねたとき、僕は初めて兄に大きな変化があったことに気づいた。

薄暗くなっても電気もつけず、画面に食いつき、その内容に没頭してる。
同じ部屋で暮らすことになり、久しぶりに会った兄の姿に、僕は目を疑った。





『よう翼、久しぶり!お前も一緒にやる?あ、ただしこの子は俺の嫁な!』





耳も疑った。





、なにやってるの・・・?』

『なにって、デートしてんの。』

『そういうんじゃなくて!それって・・・』

『ギャルゲー?』





別にゲームをすることが悪いとは思わないし、それに没頭することは人それぞれだとも思ってる。
けれど、僕が今まで持っていた兄のイメージとあまりにかけ離れていて、頭の中でうまく整理することができなかった。





『・・・ってそういうゲームするようになったんだ?』

『おう!俺の人生!』





にこやかに、文句など一つも言わせないような、爽やかな顔で、は言った。
昔からには何度も驚かされてきたし、言葉を忘れて感心してしまうことだって何度もあった。
けれど、今回ばかりは今まで経験したことのない意味で絶句させられたのだった。

















「椎名くん!」






二人で学校へ向かっていると、後ろから声をかけられる。
僕もも反射的にその声の方へと振り向くと、その子は驚いたように顔をあからめた。





「えっと、どっちの?」

「え・・・あ、あの・・・」

「可愛いほう?」

「ち、違・・・かわいくないほう!」

「・・・っ・・・ふは!あははは!!わかった、俺ね。」

「あ、あ・・・ごめんなさい!」

「・・・。」





時期を外して僕が後から転入してきたから、僕らが双子だと知る人は少なかった。
名字が一緒とはいえ、二卵性の双子で容姿はそれほど似ていないし、クラスも違っていたから。
けれど、こうして一緒に登校したりもしているから、徐々に噂は広がり、今では同じクラスの生徒であればほとんどが知る事実だ。
とはいえ、二人でいるところに名字で呼ばれれば、さすがにややこしい。
そんなときにが使う方法が、今のようなものだ。可愛いほうってなんだ。普通に名前を言えばいいだろう。





「あのね、さっきちょうど先生にあって、今日の日直はホームルーム前に職員室に来てほしいって・・・」

「そっか。通り道だからそのまま行けるな。」

「うん。あ、あの、椎・・・翼くん、怒ってる?」

「ああ、こいつ、可愛いって言われるの嫌なんだってさ。」

「あ・・・」

「何が嫌なんだろうな?翼だったらリアル男の娘になれ「用事ならとっとと行けよ。」





が一瞬かたまって、僕の肩に手をまわした。
先ほどの女子が不思議そうに僕らを見ているのを横目に、彼女には聞こえないくらいの小さな声で呟くように話す。





「なあなあ、翼も一緒に行こうぜ。」

「なんで?」

「女子と二人なんて何話していいのかわかんないじゃん・・・!」

「・・・女の子の扱いはお手の物だったんじゃないの?」

「え?やっぱり翼も興味ある?一緒に恋愛する?」

「先行く。」

「翼あああーーー!!」





昔は僕の方がにひっついていたように思える。
いじめられても、からかわれても、いつもが現れて、周りに何を言われようが僕をかばってくれた。
それから僕自身も強くなり変わったと思っているけれど、の変わりようはなんて表現するべきか。
再会してから晴れることのない、このもやもやとした気持ちを、一体どこにぶつけたらいいのだろうか。



















昔の夢なんて、見てしまったからだろうか。今日はいつも以上にどっと疲れてしまった気がする。
の行動にはもう慣れたし、僕には関係のないことだってわかってるんだ。
そもそものことで疲れたくなんかない。僕は僕の生活をしていればいいんだから。





「なんや翼、しけた顔しとるなあ?」

「体調でも悪いのか?」

「・・・別に。朝から体力使いすぎただけ。」





ぐったりとしながら、自分のクラスへ行き席につくと、聞きなれたふたつの声。僕と同じサッカー部の井上直樹、畑五助だ。
僕のこんな姿がめずらしいのか、二人は顔を見合わせて、近くの席に座った。





「ああ、双子の兄ちゃんの話か?」

「翼って、椎名のことになると、すごい疲れた顔になるよな。」

「は?いつ?誰が?何で?あんなやつのことで疲れなきゃなんないの?」

「「・・・。」」

「朝から晩まで、誰が可愛い誰が抱きしめたい誰がツンデレって、聞き飽きたっての!」

「(ツンデレ・・・?)」

「そもそも何で同じ部屋なんだよ!そりゃ居候だから仕方ないけど、昔はずっと一緒の部屋だったけど、
僕にだってプライバシーってものがあるんだよね!何で後から来たって理由でにあわせないといけないわけ?」

「それやっぱり椎名のことで疲れとるやん。」

「ばっ・・・直樹・・・!」

「は?なんで?のことなんてどうだっていいけど?双子っていったって別々の人間なんだし?」





二人の言ってることがすべて間違いだとは思っていない。
けれど、簡単に認めたくもない。

だって悔しいだろう。
僕がこんなに気疲れしていても、はまったく気づかない。
こんなに振り回されているのに、きっと本人は自覚すらない。





「ああー!たっつんー!!ついに陥落したぞおおお!!」

「え?お?まさか、ついに・・・!?待てよ、俺なんて隠しルート見つけてもないのに!」

「今朝ね!デレ期!デレ期に入りました!長かったー!だから感動も倍増なんだよ!うひょー!」

「まじか・・・!俺も負けてらんねえ・・・!」





聞こえてきた声に頭を抱える。
なんなんだ、自分のクラスに行っても、あいつのことを考えさせられるって、どういうことだ。





「・・・今廊下から聞こえてきた声って・・・」

「みなまで言うな。」

「あーもー!なんなわけ!?少しは恥ってものを知りなよ!なんであんなのが双子の兄なんだよ!!」

「翼!翼!落ち着けええええ!!」





飛葉中に転入して、面白い奴らに出会って、サッカー部をつくった。
その学校には久しぶりに会う兄もいて、何の問題もなかったはずなのに。これからもっと面白くなっていくはずだったのに。











そういうイライラしているときに限って、会いたくもない人物にあってしまうものだ。
ああ、本当に今日はついていない。





「あ、あの、椎名くんさ・・・あ、翼くんの方がいいのかな?」

「馴れ馴れしく名前で呼ぶ気?」

「いや、だってと同じ名字だし・・・まあいいか。じゃあ椎名くんで。
椎名くん部活やってるんだろ?なんなら俺一人でやるけど・・・。」

「部活を理由に自分の仕事を放り出すことなんてしないよ。」

「そっか。」





委員会の仕事でペアを組むことになったのは、先ほど騒いでいたの友達。
は彼と話しているとき、驚くほど活き活きしている。がはまっているゲームを一緒にしている仲間だからだろう。
家に遊びにきたりもしていて、姿は何度か見たことがある。

仕事の効率を考えて、彼のクラスに移動し作業を行う。教室には誰の姿もなく、そこにいるのは僕ら二人だけだったから
沈黙に耐えられなかったんだろう。少し緊張した様子で、他愛のない話をふってきた。





「そ、そういえば、椎名くんとはあまり話したことなかったよね。」

「ああ、そうだね。」

と双子っていうの、信じられないなー。二人とも見た目も性格もだいぶ違うよね。」

「双子って言っても、二卵性だから。」

「そっかあ。ってゲームとかすっごい詳しいよね。あ、もしかして椎名くんも得意なゲームとかあるの?」

「・・・。」

「あの、よかったら今度一緒に遊ばない?も遊びたいって言ってたし、俺も椎名くんと仲良くなれたら嬉しいし・・・」





と話しているときは、別のクラスに聞こえるくらいの声で騒いでいたのに、僕の前では別人のようだ。
自分から話そうとは思っていなかったけれど、こんな風に気遣われていては、会話なんてしづらいに決まってる。
おどおどしつつ、が、が、と何度も繰り返す彼の姿がなんだか妙にイラついた。





「僕はみたいに、あんなくだらないゲームに没頭する趣味はないから。」

「え、」

「あんなので盛り上がれるって意味がわからない。偉そうに女の子がどうのって語ってるくせに、実際は女子を怖がったりしてさ。あー情けない。」

「あ・・・そこまで、その、」

「何?」

「い、いや・・・」





に言う調子で、どんどん言葉が出てきてしまった。
ほとんど初対面の人間に言いすぎただろうか。
そうは思っても、もやもやして、イライラしていた気持ちも手伝って、言葉が止まることはない。





「正直、迷惑。」

「え?」

「朝っぱらから奇声で起こされるし、夜だって遅くまでゲームしてるし。
勉強だって課題だってあるんだから、やることやってから遊べっての。」

「あ・・・のこと?でもあいつ・・・」

のこと知った風に言おうとしないでよね。迷惑被ってるのは僕なんだから。」

「ご、ごめん。俺もあいつと一緒に遊んでるし・・・」

「なんでさっきからおどおどしてるわけ?間違ったこと言ってる?何か言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」

「いや・・・」

「一刻も早く目を覚ましてほしい。だって昔は・・・」





ガラッ





止まるタイミングもないまま、次々に出てきた言葉は、教室の扉が開く音に遮られた。





「何イラついてんだよ。翼。」

「・・・。別に、イラついてなんか・・・」

「イラついてんだろ?らしくねえぞ、俺の友達にまで当たるなんて。」

「・・・らしくないって何!?僕はただ本当のことを言っただけだ!恋愛ゲームに没頭して、それに満足してるだけだなんて情けないって!」

「だったらなんなの?」

「え?」

「くだらなくて?情けなくって?だから何?
それはお前の勝手な価値観だ。何が楽しくて、何に満足するかなんて、俺たち自身が決めるものだろ。お前が押し付けるものじゃない。」

「!」





わかってる。わかってるんだ。僕が言ってることは、僕の価値観でしかない。
たちがどう思おうと、何をしていようと、僕がそれを強制することなんて出来ない。





「あのさ、お前にはわかんねえだろうけど。」

「・・・なんだよ。」

「何でも出来て、周りにちやほやされて、自信もあってさ。ギャルゲーなんて時間の無駄だって言いたいんだろ。
お前に俺らの気持ちなんてわかんないだろうし、わかろうとも思わないだろ?」

「っ・・・」

「俺だってお前みたいに生まれてたら変わってたって思うよ。
怯えるな?怖がるな?おどおどすんな?そんなの、恵まれてる人間だから言えることだ。」





なぜ?なんでがそんなことを言うんだ?
僕が恵まれてる?何でも出来る?はいつからそんな風に僕を見ていた?





「・・・・・・なに、が・・・・・・」





そんな風に思われたくなんてなかった。





「ふざけんな!なにが恵まれてるだよ!何が何でも出来るだよ!本気で言ってるわけ!?」





強がって、認めることなんて出来なかった。けれど、





「なにが・・・僕みたいに生まれてたらだよ・・・なにが・・・」





なら、何も言わなくたって、変わって見えていたって、僕のことをわかってくれていると思っていたんだ。









「僕だって・・・俺だって、兄貴みたいになりたかった!」








小さな頃からずっと憧れていた兄さんに、そんなことを言ってほしくなかった。








叫ぶような言葉だけを残して。
僕は教室から飛び出した。驚いた表情を浮かべる二人。
情けないのはあの二人じゃない。僕だ。

言葉にして初めて気づいた。
ずっとイライラしていた理由。もやもやしたまま晴れることのなかった感情。
僕はずっとに、大きくて強くて僕の自慢だった兄に憧れていた。
兄貴のようになりたかった。誰かを守れるような、いつだって強く、笑っていられるような人間に。

だから、久しぶりに会った兄の変わりように落胆し、それを認めようとしなかった。
認めたくなかったから、必死で抵抗した。いつかあの頃に戻るんだと、無意識のうちにずっとを気にしていた。





「あれ?翼?どうしたんだよ?息きらせて走ってきて・・・」

「なんでもない。」

「なんでもないって顔じゃ・・・」

「いいから。練習メニューはどこまでやった?僕も入る。」





変わらないものなんてないのに。僕自身だって変わった。変わったはずだった。
いつまでも昔のままの気持ちでいて、自分の理想を押し付けて。
理想と違っていたから、そうであってほしいと僕の都合を押し付けた。
結果、イライラして、の友達にまで当たってしまった。

変われたと思っていたのに。
結局僕は何も進めていなかったのかもしれない。













「なんや、翼。落ち込んでるのか、気合入ってんのか、虫の居所が悪いんか、はっきりしろっちゅーねん。疲れたわー!」

「別になんでもないって言っただろ?」

「翼、元々今日は疲れてたしなあ。」

「練習が厳しいのはいつものことだし。」

「確かに。翼の機嫌が悪かろうが、練習量に変わりはないよなー・・・っと、あれ?」

「お、兄さんやん。」





部活を終えて、帰路につこうとしていた僕らの先に、の姿が見えた。
僕らの姿を見つけると、神妙な表情を浮かべて、一歩ずつ近づいてくる。





「翼。」

「・・・な、何だよ?さっきのことなら・・・」

「ごめんな翼・・・。俺、気づかなかったんだ。」

「・・・何のこと?」

「俺、お前が単にギャルゲーが嫌いで、バカにしてるだけだって思ってた。何も知らないのに、やったことだってないのに、好き勝手言って、俺のためだって言いながら自分が嫌いなだけなんだろって・・・。でも、そんな単純なことじゃなかったんだよな。」

「!」

「お前の性格、わかってたつもりだったのに。」

「・・・うん。」





から謝ってくれるだなんて、思ってもみなかった。
だってあれは僕の勝手な願望で、押し付けで。が理解する必要なんてなくて。
僕が自分自身で気持ちの整理をつけるべきだったんだ。

それでも、僕の気持ちを汲み取ってくれたに、ガラにもなく嬉しくなって。
気づけばの言葉に、素直に頷きを返していた。





「なあ、翼。だからこれからはさ、」

「なに?」

「一緒にやろうぜ。」

「そう・・・って、何を?」





そう、素直に・・・





「お前も俺と一緒にギャルゲーしたかったんだろう!?ときめきたかったんだろう!でもお前は今までのキャラを脱ぎ捨てる決心がつかなかった!プライドが許さなかったんだな・・・?大丈夫!誰にも言わない!こっそり!こっそりやろう!!」

「・・・なに言っ・・・」

「俺になりたいってそういうことだろう?って、あ!やばい、部活の奴らいるじゃん!
まあでも確か仲いいんだよな?キャプテンの秘密をばらしたりしないだろ?だから大丈夫だ、安心して・・・」

「ふざけんなバカ兄ーーーーー!!!」

「ぐあああっーーー!!」





渾身の力をこめた拳が、の腹にめりこんだ。
苦しそうに咳き込むを無視して、僕は歩き出す。





「翼、鬼のような形相だったぞ・・・!」

「すげえ!めりこむようなパンチ!!さすがだぜ翼!!」

「感心するとこはそこじゃねえよ。」

「・・・ようわからへんけど、兄さんが空気読めへんことはわかったわ。平気か?」

「平気じゃない・・・俺は・・・もう・・・ぐはっ・・・!」

「兄さん・・・!気をしっかり持つんや!兄さん!兄さーーーーん!!ぐはあっ!」

「うるさい直樹!あと、お前が兄さんって呼ぶな!」

「なんで俺まで・・・!」











騒がしかった奴らと別れ、二人になると、少しの静寂が流れた。
お互いを見ることも無いまま、先に口を開いたのは、





「翼。」





知ってるよ。



わかってる。



しばらく会わない間に、僕らは変わったんだ。



僕は周りにからかわれたって、いじめられたって、負けない強さを手に入れた。



は今までとはまったく違った方向に、生きがいと楽しみを見つけた。



にひっついていた僕はもういない。僕を守り続けようとしていたはもういない。



だから、










「俺、お前が努力してることは知ってるからな。誤解すんなよ?」










仲直りの仕方だって、変わったこともわかってる。










「僕だって、がゲームだけしてるだなんて思ってないよ。」










素直になんかなれないから。
汐らしく謝るだなんて、僕ららしくない。





「でもまあ翼が可愛すぎるって意味で恵まれてるのは本当だけどな?」

「でもまあのゲームへの没頭ぶりに辟易してるのは本当だけどね?」





他の誰かに通じなくてもいい。
僕らにだけ、わかればそれでいい。





「なんだと!?」

「なんだよ!?」

「「・・・。」」

「・・・ははっ・・・バーカバーカ!翼のかっこつけ!」

に言われたくないね。」
















そういえばその日の夜、の友達に一度謝っておきたいと相談してみた。
イライラしていたとはいえ、初対面にしてはやっぱり言いすぎたと思ったから。
なら何を言おうが次の日にはけろっとしてそうだけど、彼は見たところかなりの小心者みたいだし、
僕が言ったことで、いつまでも悩まれていたりしたら困る。

けれど、はまったく心配なさそうに、あっけらかんとしながら言った。





「ああ、翼があんまり容赦ないから俺も怒っちゃったけどさ、あいつに関しては全然気にしなくていいよ。」

「いや、だって僕、結構八つ当たりみたいなことを・・・」

「だから、大丈夫。あいつ、ドMだから。」

「・・・は?」

「翼くらいの罵声慣れてるんだって。むしろご褒美?」





・・・ちょっと待て、今なんて言った?ご褒美?
なんだそれ、どういうこと?割と理不尽なことを言ったはずだけど、それがSだとかMだとかって理由で帳消しになるわけ・・・





「翼みたいな可愛い子なら大歓迎じゃねえ?」





なるわけ・・・





「逆にどんどん言ってやれよ。きっと興奮す・・・」

「うわああああ!!」

「翼!?どうした!!」

「・・・っ・・・やっぱりダメだ!こっちに戻れ!いや、兄貴!」

「え?え?ええ?」

「僕の兄貴がそんな世界に落ちていくなんて耐えられない!絶対更正させてやる!!」

「更正ってお前、俺が道を踏み外してるみたいな・・・」

「外してるよ!もう落っこちかけてるよ!だから僕が引き上げてやる!!」

「いや、ちょ、え?お前、俺の趣味理解してくれたんじゃ・・・」

「理解?何が?僕が一言だってそんなこと言った?絶対昔の兄貴に戻してやる!覚悟しとけよ!!」

「え、つ、翼?」

「返事!」

「はいっ!」





のことをわかっていたつもりで、やっぱりまだまだ謎も、奥も深そうだ。

僕と離れて1年、そう、たったの1年の間に変わったのならば。
頼もしかった頃のにだって戻せるはずだ。そうすれば僕の心も穏やかになれる。
兄貴がこれ以上、道を踏み外す前に、僕が・・・僕がなんとかしなければ!

勢いに押されて返事をし、ポカンとしているに向けて決意を新たにしながら、僕は小さく笑った。









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