一人でいることが好きだった。
一人の方が気楽だった。
ずっとずっと、そう思ってた。
最後の夏に見上げた空は
−居心地の良い、この場所で−
「さん。一緒にお弁当食べない?」
高校に入学して3日目の昼休み。
近くの席の子が数人の女の子と机を囲んでいる。
そこには明るく彩られたそれぞれのお弁当が広がっていた。
自分のお弁当を持って、その場を離れようとする私に一人の女の子の声がかかる。
どうやら私が一人だと思い、気を使ってくれたようだった。
「ごめん。私、別の場所で食べようと思ってて。」
「そ・・・そう。」
私の返答に、女の子が怪訝そうな顔をする。
入学して3日目。初めてのお昼休みにお昼に誘われて、それを断るなんてなかなかない。
特に学校の中でグループ行動をする女子なんて、初めの印象が大切だ。
けれど私は、昔から人付き合いが苦手で。
普段から一人でいることの方が多かった。
正直、一人でいることが気楽だったから、無理して友達を作ろうとも思わなかった。
私は声をかけてくれた子に、ありがとうと一言声をかけて教室を出た。
中学のときは給食だったけど、高校からは好きにお昼を食べれる。
昼休みにいつも向かってた、あの場所へ行こう。
前日にすでに調べていた、屋上への階段をあがっていく。
ドアに手をかけ、鍵がかかっていることを確認した。
やっぱりこの学校も、屋上への立ち入りは禁止なんだ。
そんなことを思いながら、ポケットに入っていたヘアピンを取り出し
手馴れた手つきで、鍵穴に差し込む。
カチャリ
「やった!」
周りに聞こえないような小さな声で呟く。
中学のときも同じ方法で、屋上に行っていた。
意外と簡単に開けられてしまうドアの鍵に、少しの心配を覚えつつ
また屋上が独占できるのかと思うと、思わず顔がにやけた。
ドアノブに手をかけ、扉を開ける。
その先には見渡す限りの青。今日は雲一つない青空。
「わぁー!」
思わず感嘆の声をあげる。
ここは中学よりも広くて、見晴らしもいい。
「・・・何だ。お前。」
聞こえるはずのない場所から、人の声がして
驚いてその方向に振り向く。
やばい・・・。先生が見回りでもしてたのかな?
「何でここに入ってきてんだよ。つか、どうやって入った?」
その声の主は先生ではなく、この学校の制服を着た生徒だった。
ネクタイの線の色が違う。どうやら先輩のようだ。明らかに不機嫌そうな顔をしてこちらを見ている。
「鍵を開けて・・・ですけど。」
「どうやって?」
「えーと・・・。コレで・・・。」
その先輩の有無を言わせない雰囲気に押され、ポケットから出したヘアピンを見せる。
先輩は驚いたような顔で、そのヘアピンを見つめる。
「何お前。すっげーあやしいんだけど。」
「あ、あやしくないですよ!ただ屋上に来たかっただけです!」
「そんなのどうだっていいけど。
ここは俺が使ってんだよ。1年が入ってくんな。とっとと消えろ。」
「なっ・・・!!」
いきなりの理不尽な態度に、思わず怒りを覚える。
いくら先輩といっても、この場所は誰のものでもないし。
私がこの人の言うことを聞いて、ひく理由もない。
さっきまでは『屋上を独占できる』なんて思ってた自分の考えも忘れ
すでに私の存在を無視して、自分の携帯をいじる先輩を睨む。
用具入れに登って、空を見ながらお弁当を食べたかったけれど
そこにはあの根性の悪い先輩がいる。
癪だけど、仕方ない。
私はその場に腰をおろし、持ってきたお弁当を広げる。
黙々とお弁当を食べていると、私がまだいることに気づいた先輩が
用具入れの上から顔を出して、私を見下ろす。
「・・・おい。お前消えろって言ってんだろ?」
「何で先輩の言うことを聞かないといけないんですか?
別にここは先輩のものじゃないでしょ?」
「あ?何生意気なこと言ってんだ?」
かなり険悪な雰囲気でにらみ合う。
けどここで負けたら、この場所に来れなくなる。
それだけは嫌だった。
にらみ合った状態のまま、予鈴の鐘がなる。
残っていたお弁当を口の中に押し込んで、
バッグの中にお弁当箱を入れる。そして、無言のままに扉へ向かう。
「もう来んなよ。」
「・・・。」
先輩を睨みつけて、勢い良く扉を閉める。
何で学校ってあんなに先輩が偉そうなんだろう。
ううん。先輩っていうよりも、あの人がああいう性格なんだろう。
絶対、あの人も協調性ないよね!理不尽にもほどがあるし!
こうなったら徹底的に、毎日屋上に行ってやろう。
アイツが呆れて、自分からいたくなくなるくらいに。
それくらいいいよね。
ケンカを売ってきたのはあっちだし??
その日はムカムカした気分のせいで、午後の授業は全く耳に入ってこなかった。
「・・・てめえ。いい加減こりねえな。」
「え?何の話ですか?」
既に屋上へ来て、用具入れの上を陣取っていた私に先輩が言う。
あれから毎日屋上に来るようになった私に文句を言うことに、明らかに疲れた顔をしている。
「そこは俺の特等席だって言ってんだろーが!」
「私の特等席でもあるんです!」
「ああ?俺が先にいたんだろ?!」
「そんなの関係ないです!私だってこの場所が好きなんですから!!」
私がここに来て、毎日のように言い合いが続く。
こんなに広い屋上なのに自分の特等席がどうとか、くだらない言い合い。
先輩もそろそろ飽きてくれないかな。
最初の印象よりも案外子供っぽくて、変なところで意地を張る人だ。
「どけ!」
「わあ!女の子を足蹴にするってどういうことですか!」
「女だったらもっとしおらしくしてろ。俺様の言うことに逆らってんじゃねえ。」
「ひどい!男女差別だし!自分を何様だと思ってるんですか?!」
「ぎゃーぎゃーうるせえな。とっととどけって言ってんだろ?」
先輩が手足を使って、私を押しのける。
この人・・・。どうやってでもこの場所を使う気なんだ。
なんて子供っぽい独占欲なんだろうか。先輩ぶってるくせに、全然先輩っぽくないし!
「きゃ!」
先輩に抵抗してるうちに、私を押しのけていた先輩の腕が持っていたお弁当箱に当たる。
私の手からすり抜けて落ちていくお弁当箱の中身が、無残にも床に散らばる。
「ええー!」
「・・・はっ。ざまあみろ。」
「なっ・・・ひどすぎです!どうしてくれるんですか?!」
「知るか。勝手に購買にでも行けばいいじゃねえか。どうせもう、ほとんど売り切れてるだろーけど。」
「・・・。」
意地悪く笑う先輩の持つコロッケパンが輝いてみえる。
はあ。この人の言うとおり、購買にはもう何も残ってないだろう。
今日のお昼は抜きか・・・。せっかくお母さんが作ってくれたお弁当、無駄にしちゃったな・・・。
ため息をついて、その場を立ち上がる。
ダメだ。お昼抜きで、この人とくだらない言い合いをする自信もない。
今日のところは大人しく引き下がろう。
「お。行け行け。もう来んな。」
先輩の悪態にも反応せずに、用具入れ横の梯子を降りる。
再びため息をついて、扉に向かおうとすると上から何かが降ってきて、私の頭に当たる。
「・・・?」
降ってきたものは・・・メロンパン?
「このことで、またギャーギャー言われたくねえからな。
それやるから、もう俺様の憩いの場所に来るんじゃねえぞ。」
用具入れの上から、声だけが聞こえる。
私は降ってきたメロンパンの包みをつかんだまま、呆気に取られていた。
「・・・ありがと。」
呆気にとられながら、無意識に出た言葉はお礼の言葉。
姿の見えない先輩に、一言だけそう言って私は屋上を後にした。
あれ?どうして私お礼なんて言ったんだろう。
大体、先輩が無理に私を追い出そうとしなければ、お弁当も無事だったのに。
でも、まあ先輩がコレをくれなかったら、私のお昼は抜きだった訳だし・・・。
声しか聞こえなかった先輩。
あのとき、何で姿を見せなかったんだろう。
いつもは意地悪を言うために、私の困ってる姿を見るために
頼んでもないのに、あの用具入れの上から顔を出してくるくせに。
・・・どんな顔して、メロンパンを投げてきたんだろう。
自然と笑みがこぼれる。
姿を見せなかったのって・・・もしかしなくても照れ隠し?
あの意地が悪いだけだと思ってた先輩にも、優しいところがあるんだ。
「・・・お前。また・・・。ああー。もう面倒くせーな!」
また別の日。屋上の扉を開けるとそこには既に先輩がいた。
「言いたいことはわかってんだろ?同じこと何度も繰り返してバカらしくねーか?」
「はい。バカらしいですね。」
「わかってんだったら、・・・ておい!!」
先輩が話しを続ける間に、梯子をのぼる。
そして先輩のいる用具入れの上に、そのまま腰掛ける。
「私、思うんですけどね。」
「何がだ。つーか普通に座ってんじゃねえよ。」
「私、この場所が好きなんです。先輩も・・・好きなんですよね?」
「・・・は?」
「この用具入れの上だって、結構広いし。二人くらい余裕で座れますよ。
だったら取り合いなんて止めて、共有すればいいじゃないですか。」
「ああ?!何勝手なこと・・・!」
「先輩がそう言ってる限り、私毎日ここに来ますよ?
言い合いなんてしてたら、先輩の憩いの場所が毎日あらされちゃいますよ?」
「なっ・・・!」
私は意地悪く笑って、先輩を見つめる。
先輩は眉間に皺をよせて、呆れたようにため息をつく。
「いいじゃないですか。ずっと鉢合わせてるわけでもないし。臨機応変にってことで!」
「お前のその笑い顔がムカツク。」
「何ですか笑い顔がムカツクって!先輩なんだから、もっと大人になってください!」
「お前に言われたくねえし!」
お互いが譲歩した形になって、それでもくだらない言い合いは続く。
「それより先輩。私、一応前のメロンパンのお礼にこれ持ってきたんですよ。」
「はあ?」
「プリン!好きですか?」
「お前・・・男にいきなりプリン渡すか?」
「あれ?嫌いでした?」
「・・・よこせ。もらってやる。」
袋からプリンとスプーンを取り出し、先輩に渡す。
先輩は無言のまま、それをひったくる。
はあ。絶対素直じゃないこの人。
言い合いのなくなった屋上で真っ青な空を見上げ、心地よい風が吹いていく。
・・・やっぱりこの場所は落ち着くなあ。
「・・・あ。」
「何だよ。」
「私、先輩の名前知りませんでした。名前なんていうんですか?」
「は?人に名前を聞くときは自分からって、教わらなかったんですかぁ〜?」
「くっ・・・!それはすみませんでしたぁ!私はです。 。」
「へー。あっそ。」
「で?先輩は?」
「何でお前に教える必要があるんだよ。」
くうっ・・・!なんて憎たらしいっ・・・!
やっぱり先輩のくせに、全然大人じゃない!!
お互いがそれぞれの時間を過ごして。
先に先輩が用具入れの下に降りる。
「おい。。」
「はい?」
「お前、調子に乗って占領とかするんじゃねーぞ。この場所を譲ったわけでも何でもないんだからな。」
「わかってますよ。先輩じゃあるまいし。」
「ああ?!はったおすぞ?!」
「ていうか先輩。私この先ずっと『先輩』としか呼べないんですけど。
誰呼んでるかわかんなくなっちゃいますよ。」
「うるせえな。自分で調べろ。」
もー。面倒くさい人だなあ。
名前くらい教えてくれてもいいのに。意地っ張りだ。
扉へ向かう先輩を見送る。
先輩がふと足を止めて、少しだけこちらを振り返った。
「・・・三上だよ。三上 亮。気安く声かけてくるんじゃねえぞ。」
扉が閉まって、先輩の、三上先輩の姿が見えなくなる。
「・・・・・。
・・・気安く声かけるなって・・・。はは。あははっ・・・!!」
自分以外に誰もいなくなった屋上で一人、素直じゃない先輩を思って笑う。
口が悪いくせに、悪くなりきれなくて。
照れ屋なくせに、クールなふりをして。
「本当、素直じゃない人だなあ。」
初めの印象こそ最悪だったけど、この人なら。
一人でいたかったこの場所。それでも三上先輩となら
変わらず居心地がいいままなんじゃないかって。そんなことを思った。
他人にたいして、そんなことを思う自分は初めてだった。
一人でいることが好きだった。気楽だった。
それなのに貴方の存在は、自然と私の中に入ってきて。
一緒にいて、居心地がいいと思える誰かと出会えたこと。
それがどんなに幸せなことだったか、このときの私は気づいていなかった。
やがて、知る。
悲しみと苦しさと、後悔とともに。
この居心地の良さの意味を。
貴方へ感じていた、この想いの意味を。
TOP
----------------------------------------------------------------------
7900HIT明日奈さまのキリリクでしたー。
リクは『最期の夏〜』番外編で、三上先輩とのお話です。
内容の指定はなかったので、三上先輩との出会いを書かせていただきました。
もっとラブラブな二人を期待していたらすみませんっ!
それにしても三上先輩は、今と大違いですね。
ヒロインさんも地はこんな性格です。
信用するまでは淡泊な態度で、信頼すると何があっても裏切りません。
二人とも実は似たもの同士なんですね。
いかがでしたでしょうか?明日奈さま、キリリクありがとうございました!
----------------------------------------------------------------------
|