出会いは、ほんの一時。
それでも私は、恋をしました。
最後の夏に見上げた空は
−サッカーと貴方と、私の願い−
「みゆき!早く来なよ!置いてっちゃうよ?」
「ま、待ってよしーちゃん!」
中学3年生の春。自分の進む進路を決めなければならない時期。
まだ自分の行きたい高校が決まっていない私は、近くの学校の見学に来ていた。
将来のことなんてまだ考えられなくて。
なら、自分の家から歩いて通える高校でもいいかなって、普通ならそういう選択肢もある。
けれど。
この町は桜町。『遺伝子強化兵』の生まれた町。
そして、今私が見学に来ている高校は、桜塚高校。
遺伝子強化兵の・・・集まる学校。
私は、この学校へ来る気はなかった。
正直、とても怖かったから。
人としての限界を超えた人たち。17歳までしか生きられない人たち。
どんなことを考えているのだろう。どんな思いでいるのだろう。
きっと私は、耐えられない。理解も・・・できない。
そんな人たちの側にいることは、怖くて。
だからこの学校の見学も、親友のしーちゃんの付き合いというだけだった。
「せんせー!ちょっと外もまわってみましょうよ?」
「あ、ああ。そうだな。では外に向かおうか。」
しーちゃんが元気よく、先生に提案する。
先生は苦笑いを返して、しーちゃんの言葉に同意する。
他に一緒に来た数人の生徒も、不思議そうな顔でしーちゃんを見つめていた。
その中にいた、一人の男子がしーちゃんに質問をする。
「おい戸田。何でお前そんなに張り切ってんだよ。お前も仕方なくこの学校に入るんだろ?」
・・・そう。進んでこの学校に入る子なんて、ほとんどいない。
桜塚高校に入学する生徒のほとんどは、優遇された環境のためだ。
入学金は0で、授業料も考えられない安い金額。
卒業後の進学先も『桜塚高校で過ごした』ということは、かなりのプラス点ととられ
進学・就職がしやすくなる。
「別に仕方なくじゃないけど?まあ、ウチのこと考えて、学費の安いとこには来たかったけど・・・。」
「やっぱ仕方ないんじゃん。大体こんな危なくておっかねーとこ・・・ウチの親もひでーよなー。」
「ははっ。根性ないね男のクセに。
今まわってきたけど、危ないことも怖いことも全然ないじゃない。」
「だってお前・・・この学校には遺伝子強・・・。」
本当になんてことないって顔をするしーちゃんに、男子は反論しようとして途中で止める。
向かいから、一人の生徒が歩いてきたからだ。
その生徒が遺伝子強化兵かなんてわからないのに、皆、その場に固まったように動けなくなる。
「・・・やっぱりアンタたち・・・。この学校入るの止めたら?」
先生も含めた皆が固まる中、しーちゃんだけは飄々と何を気にした風も無く
前を歩いていった。私はその後を追う。
「・・・みゆき。やっぱりアンタも一緒に来ない方がよかったね。ごめんね?」
「そ、そんなことないよ!私もいろいろな高校見たいって思ってたし・・・。」
「そっか。」
本当は。
怖くて、怖くて、仕方がなかった。
怖がる必要なんてないってわかってるのに、それでも体は震えて。
自分が酷く、醜く思えた。前を向いて歩く、しーちゃんが眩しく思えた。
それから皆で校庭に出ると、そこではサッカーをしている人が数人いた。
・・・部活か、何かだろうか?そもそも桜塚高校に部活なんてあるのかな・・・?
「サッカー?今夕方だし・・・皆で遊んでるのかな?それとも部活とか?」
私も思っていた疑問を、しーちゃんが言葉に出す。
周りの人間を見ても、そんなことはどうでもいいような顔をしている。
「彼らはね。サッカー部よ。」
「え?わあ!」
「あら?驚かしてしまったかしら?ごめんなさいね。」
しーちゃんの質問に答えたのは、ショートカットの綺麗な女の人だった。
突然後ろに現れたその人に、しーちゃんが驚きの声をあげる。
「いえいえ。こちらこそ大きな声をあげてしまってすみません。
・・・この学校の先生、だったりしますか?」
「ええ。西園寺って言います。一応、サッカー部の顧問もしているわ。」
「へえー。この高校は他にも部活あるんですか?」
西園寺先生としーちゃんの会話が続く中、私はふと、サッカーを続ける彼らを見る。
あ、すごい。綺麗にパスが通ってく。
サッカーなんてよくわからないけど、結構上手い人たちだったりするのかな。
綺麗にパスが続く中、一人の男の子がそのパスを取り損ねる。
「将っ!今の追いつけただろー?」
「ごめん!次は追いつくよ!」
その人はその後も何回かミスをして、他の人が何もミスをしないだけにかなり目立っていた。
それでも彼はボールを追う。何度も。何度も。とても、一生懸命に。
気づくと私の視線は、ずっと彼を追っていた。
その姿に、私は目が離せなくて。
何回もミスをして、皆に怒られて。きっと端から見たら格好悪いんだろう。
けれど、けれど私は。そんな彼から目をそらせない。
心臓のドキドキが収まらない。顔が、熱くなる。
「面白いかしら?」
「・・・え?!あ、えっと・・・!」
「みゆきがサッカー見てるなんて珍しいね。興味あったっけ?」
サッカー部の方をずっと眺めていた私を、しーちゃんと西園寺先生が不思議そうな顔で見つめる。
私は恥ずかしくなって、俯いて首を振る。
「えっと、あの・・・皆、サッカーうまいなって、そう思って・・・。」
「本当?ふふ。皆にそれを言ってあげるといいわ。すごく喜ぶから。」
「本当だー。皆うまいですね?でも、桜塚高校って・・・公式大会とか出れないんじゃ・・・。」
「・・・そうね。」
「じゃあ何であんなにうまい人たちが・・・。上を目指すなら他の・・・。」
しーちゃんが言葉を止める。
西園寺先生が、サッカーをする彼らを見たまま、悲しそうな表情をしたからだ。
「彼らは、この学校しか選択肢がなかったの。」
「・・・え?」
「・・・それって・・・。」
西園寺先生の答えを待つ必要も無く、私たちはその意味を理解する。
そう彼らは。
「・・・彼らは遺伝子強化兵よ。」
私もしーちゃんも言葉を失う。
あんなにも楽しそうな彼らが。あんなにも必死に練習する彼らが。
あんなにも・・・
一生懸命な彼が。
遺伝子強化兵だなんて。人間の力を超えた、恐ろしい力を持っているなんて。
17歳で人生を終えてしまうだなんて・・・。
私は襲ってくる小さな震えを抑えようと、自分の腕を掴む。
「彼らが、怖い?」
言葉を失い、震える私の心を見透かしたように、西園寺先生が私に声をかける。
隣にいた、しーちゃんも私を見る。
「・・・私・・・。」
「いいわ。貴方が彼らを怖がっていても、誰も責めたりしない。
ただね。これだけは覚えていてほしいの。」
「・・・。」
「彼らも、貴方たちと同じなのよ。」
「・・・え・・・?」
「貴方たちと同じように、友達と笑いあったり、ケンカだってする。
人を・・・好きになったりもする。」
「・・・。」
「何も、変わりはしないわ。
ただ・・・その時間が、あまりに短すぎるだけ。」
西園寺先生の言葉を聞いて、もう一度彼らを見る。
そこには私たちと変わらない彼ら。一生懸命に生きる彼ら。
彼らの蹴るボールがそれて、私の足元へ転がる。
しーちゃんと西園寺先生が私を見つめる。
私は静かにゆっくりと、足元のボールを拾い上げた。
「ごめんね?ボール・・・。」
ボールを取りにきたのは、私が目を奪われた先輩。
私はボールを持ったまま、その人を見つめる。
私は何が怖かったんだろう。何に恐ろしいと思っていたんだろう。
戦争に使われるような大きな力に?
私には理解できないような、大きな苦しみや悲しみに?
理解しようともしなかったくせに、言い訳だけは一人前で。
そんな自分がひどく恥ずかしかった。
生まれて初めて目を奪われたこの人が、遺伝子強化兵だと知ってショックを受けた。
けれど、彼だって私たちと同じで、何かを目指して、何かに悩んで、
それでも前を向いて生きている。
「桜井さん?」
「みゆき?どうしたの?」
「あの・・・?あっ・・・ごめんね?僕が近寄ったら怖かったかな?」
なかなかボールを渡さない私に、その人は複雑な顔をして後ずさる。
そんな考えに行き着くのは、彼が今までそれと同じことを受けてきた証。
胸に、何かが込み上げてきた。
「ごめんね。じゃあ僕は行くから、ボール投げて・・・」
「違いますっ!ごめんなさい私がとろくて・・・。怖くなんて、ないんです!!」
「・・・え?」
「サッカーボール。初めて持ったから・・・。楽しいのかなって思って・・・。」
「そっか。うん!すごく楽しいよ!」
先輩が笑って、心から嬉しそうに話す。
私もそんな先輩につられて、笑みがこぼれた。
「あ、はい。ボール。」
「ありがとう。」
「私・・・。」
「え?」
「私、来年この学校へ来ようと思います。
入学したら・・・よろしくお願いします!!」
先輩が驚いたように私を見つめる。
けれどすぐに優しい笑顔に変わる。
「うん。僕の方こそ、よろしくね!」
そうして仲間たちの元へ戻る先輩の後姿を見送る。
「みゆき・・・アンタ・・・。」
「・・・しーちゃん。私も来年、この学校を受験するよ。
この学校に、来たいの。」
「・・・いいの?アンタ怖がりで臆病なのに・・・。」
「怖いことなんて、何もないでしょ?」
さっきしーちゃんが言ったセリフを返す。
しーちゃんは少しだけ驚いて、呆れたように笑った。
西園寺先生も、私たちの側で笑っていた。
私、知りたいんです。
今まで理解しようともしなかった貴方たちを。
あんなにも楽しそうに、笑ってサッカーをする貴方たちを。
きっとたくさん傷つけられて、それでも私を気遣ってくれた貴方を。
翌年の春、私たちは桜塚高校へと入学した。
思った以上に少ない人数。仕方なくこの学校に来たような人たち。
一番初めの日にあった写真撮影では、家のことのグチや、
自分が仕方なくこの学校へ来たというような不幸自慢。
昔は何も思わなかったのに、今では怒りが込み上げて、私はその集団からはずれて歩く。
ふと上を見上げると、私たちを見ている上級生と目があった。
可愛い女の先輩だ。気恥ずかしくて目線をそらす。
そして、そらしたその先には・・・。
「先輩・・・。」
見つめるだけでやっぱり顔が熱くなり、すぐに目線を地面に落とす。
もう1年近くたったというのに、先輩の一生懸命な姿と、優しい笑顔は忘れられなかった。
あれだけの、たった少しの、短い時間だったのに。
それでも私の心は、先輩でいっぱいになった。
それから私はサッカー部に入部した。
もちろん、先輩たちの力になりたかったから。
・・・将先輩の近くにいたかったと言うのが一番の理由なんだけれど。
1年生の私を、先輩たちは温かく迎えてくれた。
西園寺先生の言っていたとおりに、私たちと変わっているところなんてないんだ。
ううん。きっと彼らは、私たちよりも強くて、優しい。
「将先輩!タオルです!」
「あ、ありがとう。みゆきちゃん。」
「先輩。頑張ってくださいね!」
「うん!」
将先輩は、やっぱりサッカーに夢中で。
まっすぐに、一生懸命に、誰よりもサッカーを楽しんでいる。
先輩に近づける度に、嬉しくて。
先輩が笑ってくれる度に、ドキドキする。
けれど先輩に近づくたびに思う。
先輩が何より大切にしているのはサッカー。そして一緒にいる仲間たち。
先輩といればいるほどに、思い知らされること。
将先輩は私を大切だと思ってくれているだろう。
けれど、それは『サッカー部の仲間』としてであって、私の想いとは程遠い。
限られた時間の中で、きっとたくさん苦しんで、傷つけられて。
そんな先輩を支えていたのは、サッカーだったのかもしれない。
そう思えるくらいに、将先輩はサッカーを大切にしている。
先輩が私を見てくれないことは悲しい。とても、切ない。
けれど私は、私を見てくれていなくても
サッカーをしている先輩が一番、好きです。
だから優しい貴方を悩ませるだろうこの想いは、私の胸に秘めて。
先輩には、大好きなサッカーを思う存分してほしい。
先輩が私を見ていなくても、私の想いが届かなくても、私は。
ただ、貴方の側にいたいんです。
「みゆきちゃん。そういえば去年の春にうちの高校に来てたよね?」
「え・・・!覚えてたんですか?!」
「うん。そうかなーと思ってたんだけど、聞く機会がなくて。」
「すみません!私あのとき、嫌な思いさせちゃいましたよね・・・!」
「ううん。嬉しかったよ。」
「・・・え?」
「サッカーに興味を持ってくれてたみたいで。」
「あ・・・はい。」
やっぱり先輩の一番はサッカーなんだよね。
わかっていても、思ってしまう。その一番に私がなれていたらって。
「それに・・・。」
「・・・はい?」
「怖くないって、はっきり言ってくれて・・・嬉しかった。」
「・・・将先輩・・・。」
「ありがとう。みゆきちゃん。桜塚高校に、サッカー部に来てくれて。」
将先輩の屈託のない笑顔が、とても嬉しくて。
私でも先輩の役にたてた。先輩に嬉しいと思わせることができたんだ。
「私も・・・嬉しいです。先輩たちと一緒にいることができて。
本当に、本当に嬉しいです。」
将先輩がまた笑う。
その笑顔はとても優しいのに、私は涙をこらえるのに必死だった。
いろんな思いが私の中を駆け巡って、愛しさや切なさがこみ上げた。
私の初めての恋。
あんなに短い時間で、それでも私は先輩を好きになって。
この気持ちは嘘なんかじゃないって、はっきり言える。
例えこの想いが届かなくても。
例えこの恋が叶わなくても。
それでも、心から願う。
将先輩がいつまでも笑っていられることを。
幸せで、いてくれることを。
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