私を救ってくれたのはアナタ。










かけがえのない場所を与えてくれて、ありがとう。












最後の夏に見上げた空は 

−私の居場所−










「今日はこれで終了だ。皆、お疲れ様。」

「「「お疲れ様っしたっ!!」」」



渋沢キャプテンが部活終了の号令をかける。
今日のサッカー部の練習はこれでお終い。
疲れて地面に寝っ転がったり、荷物を持って寮に向かったり、まだ練習を続けようとしたり
それぞれが行動に移った。



「小島。」



私は声をかけられ、振り向く。



「何?水野。」

「悪い。さっき俺がふっとばした時、大丈夫だったか?」



さっきの試合中のことを言ってるみたい。
水野のボールを取ろうとして、私は水野の力に負けてふっとばされた。



「ちょっと、水野。あんまり私を女扱いしないでくれる?」

「・・・わかってるよ。小島は嫌いだもんな。女扱いされて、気を使われるの。」

「そういうこと。だから気にしなくて平気よ。」





渋沢キャプテンと翼さんが立ち上げたサッカー部。
最初は皆、全然乗り気じゃなかった。

けれど、将が入部して、それに付き合う形で水野が入部して。
翼さんの知り合いだった黒川、黒川と同じクラスの笠井に天城。
少し遅れて、笠井の親友の藤代がサッカー部に入部した。

少しずつではあったけれど、サッカー部は確実に大きくなって
私たちにとって、かけがえのない場所になってた。



私がサッカー部に入ったのは、実はつい最近だったりする。
私はサッカーって何?って程度だったから、クラスの奴らが部活に入ってようが関係なかった。
あー、あいつら暇つぶしでも見つけたのねってその程度だった。
だから、隣の席の水野にサッカー部の話を聞いてみたのも気まぐれで、単なる話題でしかなかった。



「水野。アンタ、サッカー部なんて入ってるんだって?」

「え?ああ。まあな。」

「それって楽しいの?」

「そうだな。結構・・・楽しい。」



・・・あの素直じゃない水野が、マジで言ってる・・・!!
照れながら、楽しいとか言ってる・・・!!相当楽しいのね!!



「今日も練習あるけど、小島も来るか?」

「へ?」

「いや、興味ないならいいんだけど・・・。」

「・・・それじゃあ、お邪魔しようかな。」



まあそのときは水野の反応に興味があって。
素直じゃない水野が『楽しい』って言えるサッカーってどんなものなのかって思った。












「あれ?小島もサッカー部入んの??」

「入るわけじゃないわよ。ちょっと見学。」

「水野くんが誘ったんだって。小島さん、ゆっくり見ていってね。」

「じゃあ俺たちは、練習してくるから・・・。」



放課後、クラスの奴らと一緒に校庭に向かう。
校庭にはもうすでに、何人かがいて、練習を始めているようだ。
水野たちもそっちに合流する。

しばらく走ったり、基礎練習をしたりした後、5対5で試合が始まった。
私はずっと彼らを見つめる。



藤代は・・・すごい。まるでボールが足に吸い付いているよう。
水野だって負けてなくて、正確なボールコントロールで味方にパスを出してる。
将も奴らには劣るけど、諦めの悪さは一番なんじゃないかな。あ、将がふっとばされた。
そっち!右が空いてる!そこにパスを出せば・・・!!








目が、離せなかった。








走る彼らは一生懸命で
ボールを追う彼らはあまりに楽しそうで








サッカーに興味もなくて、ルールだってほとんどわかってなかったけど、









私もその中に混ざりたいと、そう思った。












「小島。こんな時間まで退屈じゃなかったか?」

「ううん。全然。楽しかったわ。」

「小島もサッカーに興味わいた??入る??」

「あ!それなら翼さん呼んでこようか?」

「・・・ううん。」






私もアンタたちの中に混ざりたいと、そう思ったけれど






「私はいいわ。楽しそうだけど遠慮しておく。」






それでも私は女だから。





「見てるのは楽しかったから、また見学に来る。」






将を見て思ったの。
小さい将は今日の練習で何度もふっとばされてた。
けれど将は男だから。誰もそんなに気にしたりしない。

じゃあ私だったら?
私も女だから力がないわ。ふっとばされたりもする。
そのとき、気を使わない奴はなかなかいない。
『女』の私をふっとばして、気を使わない奴はいない。

それじゃあダメよ。せっかく『サッカー』っていう生きがいを見つけたのに
私がいるせいで、思いっきり楽しめなくなってしまうなんて。





「そっかー残念だな。楽しいんだぜ!サッカー!!」

「そうだよ小島さん。僕も下手だけどすごく楽しい!!」





素直な二人は、サッカーを好きなことに何の照れもなく、堂々その楽しさについて話してる。
・・・わかってるわよ。アンタ達の顔を見れば一目瞭然。





「・・・小島。本当に、いいのか?」

「何が?」

「・・・いや、別に。」





私は彼らと別れて寮へ戻る。
・・・他にも私の『生きがい』ってものが見つかるかしら。
残り少ない人生だけど、それくらい見つけたっていいでしょう?



「見なきゃ・・・よかったかな。」



素直な水野に興味を持って、サッカー部なんて見なければよかった。
そうすれば、こんなにサッカーに興味を持つこともなかったし
『生きがい』を持つあいつらを羨ましく思う事だってなかったのに。











それからもう、私はサッカー部へ行くことはなかった。
だって、見学だけしたってつまらないもの。もう、サッカーのことは忘れようって思ってた。
たまに風祭や藤代が、私の隣の席の水野とあんまり楽しそうにサッカーの話をするから
私はイライラして、席から離れたりもしたけど。
それでも大丈夫。まだ始めてさえもいない。ボールに触ってさえもいない。
大丈夫。サッカーなんてなくたって大丈夫。



授業が終わって、そのまま寮に戻る。
・・・今日もサッカー部は練習。寮の窓から校庭が見える。
私はベッドに突っ伏して、姿を見ないように、声を聞かないようにしてた。



「・・・あれ?」



しばらくすると、私はベッドでそのまま寝てしまったことに気づいた。
外が暗くなり始めてる。外の声も聞こえない。部活も終わったし、将の自主練習も終わったのかな。
校庭を眺めていると、ふとそこに丸い物体が転がっているのが見えた。



「・・・サッカーボール。」



校庭にはサッカーボールが転がっていた。
めずらしいな。サッカー部や将がボール片すの忘れるなんて。



「・・・・。」



私は少し考えて、校庭に向かう。
まあ、サッカーボールに罪はないし、片してなかったら先生に怒られるだろうし
片しておいてあげよう。





校庭に出て、サッカーボールを手に取る。
これが、サッカーボール。これが、皆に『生きがい』を与えているもの。



「・・・小島?」



私は驚いて後ろを見る。するとそこには水野が立っていた。



「やっぱり小島か。何してたんだ?」

「え。あの、寮からサッカーボールが見えたから。片しておこうと思って・・・。」

「そうか。やっぱり残ってたか。今日は将が最後まで残ってなくて、
桜庭たちが残ってたから、片すの忘れたんだな。全く・・・。」

「・・・水野、そのチェックに来たの?」

「え、いや、今日は渋沢キャプテンも翼さんも来なかったから・・・
先輩たちのいない間に、問題あったら困ると思って。
片づけまでしっかりしとかないと、校庭を貸し出してもらえなくなるからさ。」

「あはは。水野らしいわ。じゃあ、これ、お願いね。」

「・・・小島!」



持っていたサッカーボールを水野に渡し、寮へと戻ろうとすると
水野が私を引きとめた。



「何?」

「お前・・・本当にサッカー部入る気ないのか?」

「・・・ないわ。」

「じゃあ何で、そんなに悲しそうな顔してんだよ!」



・・・え?何言ってるのよ水野。私が悲しい顔?そんな顔なんてしてないわ。



「サッカー部に連れてきたときから思ってた。
俺らのサッカーを見て、すごい楽しそうにしてたのに、入らないって言うし。」

「・・・見るのが楽しかっただけで、実際にプレーはしたくなかったの。」

「じゃあ何で、俺らがサッカーの話をすると席を立つんだよ?」

「!!」



気づかれてた。
そう。私はもう聞きたくなかった。自分で何もできないのに、アンタ達が楽しそうに
サッカーの話をしてるところなんて、見たくなかったの。

私は俯いて、押し黙る。
どうしてそうやって、私の中に入ってくるの?
私がサッカー部に入ったら、楽しめなくなるのはアンタなのに。





「・・・これは俺の推測だけど。」



私は俯いたまま、水野の言葉を聞く。



「小島、自分が女だって気にしてないか?
女だから、俺たちの中には入れないって、そう思ってないか?」



私は驚いて、顔を上げる。
何で?何でそれをアンタが気づいてるの?!わかってたなら、何で私を引き止めるの??



「そうだったら、やめろよそんな考え。
俺たちが女が入ったからって変わると思うのか?楽しめなくなるとでも思ったのか?」

「・・・だって・・・!私が入ったらアンタ達が気を使わないとでも言うの?!
私は『女』なのよ?!どうやったって、アンタ達と対等になんかなれない!!」



私はたまらずに叫ぶ。抑えていた気持ちを水野にぶつける。
それでも水野は冷静に、静かに口を開く。



「俺たちをあまく見るなよ。小島。」

「・・・何がよ。」

「お前に全く気を使わないとは言えない。
けど、俺たちはそれくらいでサッカーを楽しめなくなるなんて思わない。」

「・・・。」

「俺たちはサッカーが好きなんだ。同じ気持ちを持つ仲間が増えて、楽しめないわけがないだろ?」

「・・・水野・・・。」








「一緒に、サッカーしよう。小島。」

「・・・うん。」













その次の日、私はサッカー部に入部した。
皆、意外と私が『女』ってことに抵抗がある奴がいなくてほっとした。
そのことを後で翼さんに話してみたら「バカじゃない?そんなこと気にしてたの?」って言われた。

ここは私にとってかけがえのない場所。
探して求めてた場所。そこへ連れてきてくれたのは水野。







実はね。サッカー部以外にも、かけがえのない場所を見つけたの。
それは、水野。アンタの隣。

誰も気づいてなかった私の声に気づいてくれてありがとう。
一人で悩んでた、私の背中を押してくれてありがとう。
一緒にサッカーしようって言ってくれて、ありがとう。





水野がいてくれてよかった。
アナタのおかげで私は今、ここにいる。





この気持ちをアナタに伝えたら、アナタはどう思うのかしら。






「ちょっと、水野。あんまり私を女扱いしないでくれる?」

「・・・わかってるよ。小島は嫌いだもんな。女扱いされて、気を使われるの。」

「そういうこと。だから気にしなくて平気よ。」



「けど・・・」

「・・・けど?何よ?」

「・・・小島が女じゃなかったら、困るな。」

「・・・え?」



水野は顔を背けて、その表情は読めない。
けど・・・何それ・・・その意味って・・・。



「何?どういう意味?」

「・・・そのままの意味だよ。」



水野がこっちを振り向く。
その顔は・・・真っ赤だ。



「・・・何それ?はっきり言ってくれないとわかりませーん!」

「なっ・・・だからそのままの意味だって!」



私は意地悪そうに微笑んで、水野をからかう。



「サッカーは好きだって言えるのにね。」

「・・・うるさい。」



水野の顔はどんどん真っ赤になっていって。
「好きだ」なんて甘い言葉は聞けなかったけれど、今の私にはそれで充分だった。



「ありがとう。水野。」















ありがとう。





私にかけがえのない場所をくれて、






私の想いに答えてくれて






私もアナタが、大好きだよ。















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