他愛のない毎日でいい。
ありきたりの日常でいい。
これからも、貴方と一緒に。
最後の夏に見上げた空は
−another
story−
「亮先輩!あ、翼さんに渋沢先輩も!」
「久しぶりだな。」
「体の調子はどう??」
学校が終わり、亮先輩と待ち合わせをした昇降口であまり見慣れていない組み合わせに遭遇する。
と言っても、亮先輩と翼さんが話している、ということが見慣れないだけだったのだけど。
「大丈夫です!ご心配おかけしました!」
翼さんと渋沢先輩が嬉しそうに笑って迎えてくれる。
「よかった。本当に・・・。」
本当にホッとしたようなその表情で、私の頭をポンポンと撫でるように。
渋沢先輩も変わらぬ優しい笑顔で、私を見ていた。
特に翼さんは私の力が暴走し、亮先輩を傷つけてしまったことを知っている。
それでも変わることのない優しさが嬉しかった。
「これからサッカー部ですか?」
「ああ。これからは外の奴らとも戦える。今まで以上に厳しくしてやらないとね。」
「そうだな。俺たちは負けないって証明したいからな。」
楽しそうに、嬉しそうに未来を見据える二人が頼もしかった。
この二人がいれば、サッカー部の皆もずっと笑っていられる。そう思えた。
「藤代くんが、まずは明駱高校にリベンジって言ってましたよ。」
「ああ、それは勿論。けど、俺たちはもっと上を目指すよ。」
「翼さん、プロを目指すんですよね?」
「うん。だけど。」
だけど、とそう続けた翼さんの言葉を待って、彼を見た。
「目指すものはもっと先にある。日本だけじゃなく世界と戦いたい。勿論・・・あいつらと一緒にね。」
そう言って不敵に笑った翼さんは、本当に格好よくて。
あまりに楽しそうで、綺麗なその笑みに見入ってしまった。
「じゃあ、とっとと練習に励めよな。未来の日本代表。」
「お前に言われなくても。それだけ憎まれ口を叩けるなら、怪我は平気なんだろうね。心配して損したよ。」
「お前に心配されるなんて、気色悪いだけだぜ。」
「そうだね。僕もそう思うよ。」
「おいおい。お前ら。全くいつまで経っても素直じゃない奴らだな。」
「ちょっと渋沢!何その言い方!僕は素直な気持ちでコイツが嫌いだよ?」
「うっわ。その台詞そのまま返すわ。」
渋沢先輩が呆れたようにため息をつき、私を一瞥して。
私も困ったように笑った。本当はお互いを理解しているはずの二人なのに。
いつまで経っても意地の張り合い。けれど、理解しているからこそ、好き放題に言い合えるのかな。
「じゃあ。俺たちは行くな。」
「はい。」
「また練習見にきなよね。」
「はい。勿論です!」
「あ、三上は連れてこなくてもいいから。」
「言われなくても行く気なんてねえよバーカ。」
憎まれ口を言い合いながら、渋沢先輩と翼さんがその場を後にする。
翼さんと亮先輩のやり取りが微笑ましく思えて、堪えきれずに小さく笑えば
頭を軽く叩かれて、そこには不機嫌そうな亮先輩の表情。
「サッカー部行かないなんて言ったら、皆寂しがりますよ?特に藤代くんとか。」
「寂しがるかよ。つーか、何でそこで藤代だよ。」
「藤代くん、亮先輩好きですもん。」
「だから気色悪いこと言うなっつーの。」
他愛のない話をしながら、私たちの足は自然と屋上へと向かっていた。
鍵のかかっている扉を、いつも通りにヘアピンを使って開ける。
「悪い奴だよなー?お前って本当。」
からかうような笑みを浮かべてそう言った亮先輩を一瞥して。
けれど、そんな先輩の言葉はもう慣れているから。
「先輩ほどじゃないですよ?」
「・・・お前も言うようになったじゃねえかよ。」
「そんなことな・・・わっ!!」
笑顔でそう切り返せば、亮先輩が私の髪をくしゃくしゃとかき混ぜるように撫でる。
小さな悲鳴とともに、鍵のかかった扉がカチャリと開く音。
そこには広がる青空。
何度も見てきたはずなのに、そこにある青い空は
見渡す限りに広がる空は、とても、とても綺麗だった。
「今日、皆に会いましたよ。たくさん・・・たくさん話しました!」
「そうかよ。」
眩しい日差し。
そこを照らす太陽が、夏の暑さを伝える。
「素敵ですよね!」
「何が?」
「夢を持つことも、これから来る未来を想像することも。」
「・・・。」
「私はまだ先のことが見えているわけじゃないけど、これから探していけるんですよね。」
日差しが眩しすぎて、亮先輩の表情が見えない。
それでも少しだけ見えた口元が、小さく笑っているのが見えた。
「探していっても、いいですか?」
「ああ?何言って・・・」
「これからも・・・先輩の側で。」
「!」
白い雲が屋上を照らす日差しを少しだけ隠した。
目をぱちくりさせた亮先輩の顔。直後、先輩は不敵に笑って。
言葉の代わりに私を強く、抱きしめた。
「いいのか?そんなこと言って。」
「え?」
「お前が俺に嫌気がさして、離れたいって言ったって知らねえぞ?」
亮先輩に包まれて、先輩の表情は見えないけれど。
その声は楽しそうで、表情はきっと笑っている。
そんなこと聞かなくたって、私の答えはわかっているでしょう?
「そんなことありえません。これからも、ずっと。」
「言い切るなお前。マジで知らねえからな。」
「未来はきっとわからないことばかりだけど・・・それだけは、絶対に変わりません。」
例えばこの先、どんなことがあっても。
貴方のへのこの想いだけは変わらないって、そう言える。
「好きです、大好きです。亮先輩。」
「知ってる。」
見上げれば、そこには優しく微笑む先輩の姿。
私も笑う。心からの幸せを感じながら。
自分が遺伝子強化兵であること。
17歳で命を終えること。私たちはその抗いようのない事実を認めるしかなかった。
認めたくなかった。それでも認めるしかなかった。
つらかった。苦しかった。
家族以外で見つけることの出来た自分の居場所。
初めての友達。その感情とは違う、誰よりも愛しく思える人。
大切なものが、大切な人たちが増える度に、それを失う恐怖も増していった。
例えそれが抗いようのない現実だとしても、願いは募っていくばかりだった。
生きたかった。
ずっとずっと願っていた想い。
それはどんなに願っても
叶うことのない願いだと思っていた。
けれど。
私たちはこれからも生きていける。
これから訪れる未来を思いながら。
貴方と歩んでいける、幸せな未来を思いながら。
「先輩!今日も空が綺麗ですよ。」
「綺麗すぎてむしろ暑いけどな。」
「夏の日差しも暑さも、空の綺麗さには勝てません!」
「ははっ。何言ってんだよバーカ。」
他愛のない日常も
変わることのない毎日も
今、私がここにいられることも。
全てが愛しく思えるこの時。
これから続いていく毎日。
それが、楽しいことばかりじゃなかったとしても。
それさえも乗り越えて。
幸せな日々が訪れればいい。
これからも私たちは生きていく。
生きて、いける。
大切な人たちと共に。
やっと望むことの出来る未来に、希望を見出しながら。
誰よりも愛しい貴方と一緒に。
これからもずっと、貴方の側で。
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