恋想考察論
「あんまり気を落とさないでね?」
「だーいじょうぶだって!試合前に怪我するなんて、自分自身の責任だってわかってるし。」
「、すごい頑張ってたの、うちら知ってるからさ!」
「うん、ありがと。」
中学で入った陸上部。
元々高い実力があったわけでもないけれど、日に日に縮まっていくタイムが、嬉しくて楽しくて仕方がなかった。
そうして目の前に見えてきたレギュラーの座は、張り切りすぎたがゆえに起こった怪我によって、遠ざかってしまった。
友達はなぐさめてくれたけれど、先のことも考えずに調子に乗った結果だったのだと、自分自身でわかっている。
強がって笑っていても、押し寄せてくるのは後悔ばかり。
委員会の集まりで先に校舎に戻っていった友達を見送って一人になると、どうしようもない悔しさがこみ上げた。
「っ・・・」
学校で泣いたのなんて、初めてだった。
誰かになぐさめの言葉をかけてもらうほど、感情がこらえきれなくなった。
こんな姿を誰にも見られたくなくて、我慢していた分、涙は止まらなかった。
そう、誰にも見られたくなかったのに。
"彼"はそんな私を気遣うこともなく、物陰から突然、堂々と私の前に現れた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
目があって、暫しの沈黙。耐え切れず先に口を開いたのは私だった。
「・・・ふっ・・・不破!!こんなところで何してるのよー!!」
「俺ははじめからここにいた。後からやってきたのはお前らだろう。」
そこにいたのは、同じクラスの不破大地。
手には何かの本を持っている。はじめから居たということは、私たちの視界に入らないところで読書でもしていたんだろう。
不破は何も悪くないのだけれど、私は気が動転して、理不尽に彼を責めたてた。
「だ、だからってさ!そんな堂々と目の前横切らなくてもいいじゃん!こっちの空気察してこっそり帰ってよ!!」
「こっちの空気?」
「気まずいからそっとしておこうとか、私がどこかに行くまで待ってようとかさ・・・!」
「気まずい?」
「今の私を見て気まずいとか思わないの!?」
涙を流しながら理不尽に怒って、私は何をしてるんだ。めちゃくちゃだ。
対照的に冷静なまま、きょとんとした表情を浮かべる不破に、恥ずかしさは増大した。
「気まずいとは思わないが、なぜ泣いてるのかとは思った。」
「そもそも泣いてる時点で気まず・・・あれ?さっきまですぐ近くにいたんだよね?話聞いてたわけじゃ・・・」
「無茶な練習で怪我をして、部活のレギュラーから外れたんだろう。」
「聞いてるじゃん!!」
「その怪我は治る見込みがないのか?」
「そ、そういうのじゃないけど・・・試合には間に合わなくて・・・」
「だからどうした。」
思わずひっぱたいてやろうかと思った。
何でも出来てしまう不破に、凡人の私の気持ちなんてわかるはずがない。
だから、そんなひどいことが平気で言えるんだ。
けれど、その後の彼の言葉に、振り上げようとした腕が止まる。
「試合はまだ何度でもあるのだろう。」
そういう問題じゃないんだとか、努力して掴んだチャンスを自分のせいで逃したことが悔しいとか
痛みを感じたときに練習を止めなかった後悔があるんだとか、反論する言葉はいくらでもあったのに。
不破のあまりにもまっすぐな視線と、迷いのない言葉に、私はなぜか妙に納得させられてしまった。
試合は1度だけじゃない。後悔したなら繰り返さなければいい。泣くほど悔しく思った分、これからまた頑張ればいい。
彼の一言でそんな風に思いなおすことが出来た自分は、きっとすごく単純だったのだろう。
私の言葉を待つこともなく、私の反応を気にすることもなく、不破はその場から去っていった。
気遣いもデリカシーもない。言いたいことだけを言って、何事もなかったかのように、教室に戻っていく。
そんな不破に私は怒ることも忘れ、肩の力が抜けて、意味もわからないまま笑ってしまっていた。
きっかけは、そのときからだったと思う。
同じクラスで、ちょっとした変わり者。
何でもそつなくこなすどころか、人並み以上に出来てしまう。
歯に衣着せぬ物言いで、数々の実力自慢のプライドをぶち壊し、ついた異名はクラッシャー。
凡人の私が関わることはないし、ましてや折られてしまうほどの実力もない。
噂を聞いて、ああまた不破か、なんて思う程度。私にとって不破の存在はそんなものだった。
「不破、不破!」
「なんだ?」
「あのさ、う、裏庭でのこと、誰にも言わないでね?」
「お前が泣いていたことか?」
「言うなっつってんでしょーが!!」
泣いたところを見られただなんて、思い返せば恥ずかしくて仕方がないのに、
私はきっと、あの日不破に一目置いてしまったんだと思う。彼に話しかける機会が格段に増えた。
「不破。また先生に呼び出されたんだって?」
「ああ。」
「この間、上級生と喧嘩したって聞いたけど、それが原因?」
「喧嘩をした覚えはないが、呼び出された原因はそう思われていたことだな。」
「まーた無駄に怒らせたんでしょ?」
「俺は事実を述べているだけなのに、怒る理由がわからん。」
「あのねえ不破。人間、時には事実を隠すことも大切なんだよ。」
「なぜだ?」
「なぜって・・・そうだな、人間関係を円滑にするため?」
「俺に聞くな。」
私の周りには不破みたいな性格の人はおらず・・・というよりも、不破が特殊なんだろうけれど。とにかく、彼との会話は新鮮だった。
クラッシャーなんて言われてるからには、人を見下したり、傲慢な性格なのかと思ってもいたけれど、
彼は思っていた以上に素直で、知識や疑問にたいして貪欲だ。
「不破。何じっと見てるの?」
「。じゃんけんとは楽しいものか?」
「は?」
「選抜の奴らが大騒ぎしていた。」
「選抜・・・?ああ、サッカー関係で召集されたんだっけ。」
「勝っただの負けただの、ただの確率論だろう。」
「じゃんけんって言っても、何かを決めたり賭けてたりすることもあるしね。
不破も実際やってみたら?はい、じゃーんけーん・・・ぽん!」
「!」
「わーい!勝ったー!」
「・・・たかがじゃんけんだろう。」
「ちょっと悔しくならなかった?」
「そんなことはない。もう一回だ。」
「ふはっ・・・じゃあもう一回ね。じゃーんけーん、ぽん!」
「!!」
「やったー二連勝!」
「・・・。」
「不破?」
「もう一回だ。」
周りの男子が意味もなく盛り上がっていることにさえ、疑問を感じるらしい不破は、
このうえなく面倒な性格なのだと思うけれど、何に対しても真剣だから参ってしまう。
その場のノリだよ、とか、意味は無いよ、なんて曖昧な答えでは納得はしない。
けれど、納得しないくせに自分だって時々、不破の指す『不可解な行動』を自然と取っているのも楽しい。
たかがじゃんけんに、不破だってムキになってるよって言ってやろうとしたけれど、そんなことはないと意地になってやめられるのも勿体ない。
そんな風に思いながら、私が密かに笑っていたことを不破は知らない。
「ねえ、不破って勉強するの?」
「?授業を受けているだろう。」
「そうじゃなくて!授業以外に自主勉強とか予習復習とかさ。」
「授業を聞いていれば事足りる。その必要はないだろう。」
「やっぱりか・・・!あーもーなんでこんなに差が出るかなー!!」
「・・・お前はいつも急に怒り出すな。」
「怒りたくもなるよ!私、一応テスト近くなったら勉強くらいはするんだよ?
なのに、その必要はないとか言ってる不破が、私よりもよっぽど成績がいいのはなんでなの!?」
「そうか。お前は物覚えがひどく悪いのだな。」
「ちがーう!私は普通なの!」
不破と話すクラスメイトも、噂で聞く不破に挑んだ人たちも、あいつと話すとイライラするなんて言っていたけれど、
その気持ちは少し・・・いや、かなりわかる。噂は本当で、不破はやはり天才なのだ。
しかもおそらく努力型ではないから、凡人の気持ちなんてわからないし、きっと理解する気もない。
「それで、次はどこだ?」
「このページだけど・・・そろそろ不破の説明についていけなくなってきたよ・・・。」
「俺はお前がなぜ理解できないのかがわからん。」
「それはすいませんねー。あーもう今回もダメかも・・・」
「怒った次は泣くのか?忙しい奴だな。」
「泣いてない!!ていうか、人が落ち込むたびに泣いてるとか言うのやめてくれる!?わざと?わざとなの?」
不破はまたきょとんとした顔をしてる。別にからかうつもりも、冗談でもないんだろうなあ。
彼の中では事実を述べているだけで・・・ということは、私の泣いていた印象はそれほど強いんだろうか。
ああ、早く頭の中から消し去ってほしい。
「からかっては・・・ないんだよね。わかってますって。」
「、お前の行動はいつも突飛すぎる。勝手に自己完結をするな。俺にも理解できるように説明しろ。」
「ちょっと待って。この問題を解いてからにさせてください。」
「それじゃあいつまで経っても聞けないだろう。」
「ですよねー・・・って、どういう意味!?」
不破と話すようになって、噂だけでない彼を知るようになる。
天才ということも、変わった性格ということも、歯に衣着せぬ物言いも噂どおり。
ただ、嫌味にとれる言葉の数々は、悪気があって言っているものではない。
彼にとっては、すべて事実を述べているだけなんだ。
普通であればためらってしまうような一言も、ブレーキをかけずに平気で言う。
あまりにもまっすぐで、正直すぎるのだ。
「不破、私があまりにも出来なくて、うんざりしてない?」
「別にしていないが。」
「せっかくの放課後、なんかに付き合ってないで、家に帰りたかったとか思ってない?」
「そう思っていたら最初から言っている。」
「迷惑じゃない?」
「ああ。」
でも、だからこそ、彼の言葉は誰よりも信用できる。
義理でも付き合いでもなく、迷惑とも思わず、テスト勉強に付き合ってほしいなんていう頼みごとを聞いてくれている。
「・・・ふふふ。」
「なんだ?」
「別に?」
「お前の行動はやはり理解に苦しむな。先ほどは怒っていなかったか?」
「女心は複雑って覚えておいたほうがいいよ?」
「女心は複雑・・・ふむ、女性の方が感情の起伏が激しいということか?」
「なんかちょっと違う気もするけど・・・まあいいか。不破だし。」
「・・・俺だからとはどういうことだ。」
「なんでもないです。」
不破を敬遠している人は多い。
だから、不破に近づく人も、今みたいに何かお願いごとをすることもなくて。
彼のことを知っていけるのが、自分だけのようで、嬉しかった。
私が理解できないと悩む姿も、時々見せるきょとんした表情も、微笑ましく思えた。
正直、話していてイライラすることもある。面倒になることもある。
それでも、じゃんけんにムキになる不破は可愛いなんて思ったし、
疑問に対する彼の長い考察結果を聞くことにも慣れてしまった。
まっすぐで正直で、駆け引きもなく、頼みごとだって聞いてくれる。
それは彼にとって、"優しさ"という概念ではないのだろうけれど。
それでも私は嬉しかった。彼といる時間が、日に日に特別なものに変わっていった。
もっと彼を知りたい。一緒に過ごしたい。そう思うようになった。
そして、その感情が恋なのだと自覚するのに、時間はそうかからなかった。
友達にひっそりと不破が好きになったのだと伝えたら、唖然とした表情をされてしまった。
なんで?どうして?なんでよりによって不破!?と驚かれて、そこまで言わなくてもなんて不満に思ったりもしたけれど。
私も不破を知らないまま、友達にそんなことを言われたら、同じ反応を返していたかもしれない。
気持ちを自覚しても、すぐに本人に告げるつもりはなかった。
だって絶対彼は、好きとはなんだとか、気持ちが理解できないとか、そんなことを言うに決まってる。
下手したら告白した本人に、その気持ちを説明しろとか言ってきそうだ。
だから、時期を待つ。
少しずつ不破に近づいて、少しずつ私を意識していってくれればいい。
そんな風に思っていたのに。
感情とは、どうしてこうも、思い通りに制御できないのだろう。
「好き。」
ふとした拍子に零れ出た言葉。
「不破のことが好き。」
予想通り、彼は突然のことに驚いた表情を見せる。
「好き・・・」
「恋愛対象としての好きだから!つ、付き合ってほしいの!友達とは違うんだからね!」
そしてまたも予想どおりの台詞を言われる前に、はっきりと気持ちを伝える。
思わず零してしまった告白に、自分自身が一番慌てていて、可愛さのかけらもない言い方になってしまった。
「ちゃんと返事もほしい・・・!意味がわからないとか、そういうの無しだよ!」
不破の意識が変わるまでとか、少しずつでもいいとか、格好つけていたくせに、
いざ本人を目の前にすると、そんな考えは吹き飛んでしまう。こんなの、気持ちの押し付け以外の何者でもない。
けれど、口に出してしまった言葉は取り消せない。冗談だった、なんて言ったところで、不破には通じない。
もう引き返すことは出来なくなった。
返事は気長に待つつもりでいたけれど、不破の行動は意外にも早かった。
ただそれは、返事というよりは、答えを出すための確認に近いものだったけれど。
「、お前は俺が好きだと言ったな。」
「・・・そ、そうですけど・・・」
「俺の何を見て好きだと思うんだ?恋愛関係になって何がしたい?」
「・・・それを私に言わせるの?」
不破に気持ちを告げたらどうなるか、少しは覚悟していたつもりだけれど、
普通ならば照れくさくて誤魔化すような言葉も、不破には伝えなければならないらしい。
不破は照れるという概念がないんだろうか。真っ赤になってるのが私一人っていうのもすごく空しい。
「俺は恋愛感情がどういうものかわからない。お前という例を見れば、何かわかるかもしれないだろう。」
「・・・不破と一緒にいると楽しいし、ドキドキするし、もっとたくさんいられたらなあって、思ってるから。」
「楽しい?」
「不破は楽しくない?」
「楽しいとか、楽しくないとか、そういうことを考えたことはないな。」
胸がズキリと痛んだ。でも、わかっていたことだ。
不破は人の感情というものに鈍感で、それはきっと自分自身にたいしても同じだ。
楽しいかと問われれば、私のことに限らず、彼は同じ答えを返すだろう。
勉強のことはわかるくせに、感情の話になると途端に疑問の表情を浮かべる。
そんなの、わかっていたことだ。
「クラスが同じで毎日教室で会う。話もする。
俺と一緒にいたいというのなら、今までと変わらないだろう。関係を変える必要性があるのか?」
「・・・。」
気持ちが目に見えるものだったらよかったと、これほどまでに思ったことはない。
私は彼を論破できない。この気持ちを彼にわかるように伝えることが出来ない。
「不破は今のままでいいって、そう思ってるんだよね。」
「今と何が変わるのか、とは思っている。」
たとえば、私が気持ちを伝えることで、何かしらの進展があるんじゃないかって、そんな都合の良いことを考えもした。
恋愛感情なんてわからない不破が、告白されたことで今までとは違う感情に気づく。
理由もわからずドキドキしたり、慌てたり、真っ赤になったり、そんな不破が見れるんじゃないかって期待もした。
でも、彼は何も変わらない。びっくりするほど今までどおりで。
私は、私が彼にとって特別な存在になっていたんじゃないかって、錯覚していたのかもしれない。
彼に一番近い存在に、気を許してもらえる存在になれたんじゃないかって。
だから、不破の答えがわかっていても、予想通りのはずでも、こんなに苦しくなるんだ。
「ちょっと・・・出直してくるね。」
好きだと言っても、まったく気持ちを揺さぶることが出来ないのに、これから先変わることがあるんだろうか。
私のことなんて、特別どころかなんとも思ってないから、照れることもないし、変わる気持ちもない。
勝手に期待して、勝手に舞い上がって、その落差に落ち込んで。バカみたいだ。
そう思ったら無性に悲しくなって、私はその場から逃げるように立ち去った。
出直してくる、なんて言ったものの、私は不破に何も言うことが出来なかった。
不破も私がまだ明確な理由を考えていると思っているのか、声をかけてくることはなかった。
もう何もなかったかのように、不破の言うとおりにすればいいのかもしれない、なんて思った。
笑って、やっぱり今までどおりでも変わらないねって。そう言えば、こんな気まずい想いも、悲しい想いもしなくていいのかもしれない。
いろんなことをぐるぐると考えすぎて、自分でもどうしたらいいのかわからなくなった。
そして、休み明けの朝、ホームルーム前。
クラスメイトたちのざわつきがやまない中、席に座っていた私に影がかかる。
私は反射的に目の前に立った人を見上げた。
そこには不破が立っていて、何も言わずに私をじっと見つめていた。
無表情のまま上から見下ろされるのに耐えられなくて、思わず席を立ってどうしたのかと問いかける。
それでも不破は何も言わない。ただ、私を見つめ続けた。
気まずくて、もう一度声をかけようとしたその瞬間、視界が一気に動いた。
何が起こったのかわからなかった。
今までとは違う、徐々に大きくなっていく周りのざわめき。
体を包む温かさと、動くことのできない不自由さ、先ほどとまったく違う視界。
少しの間を置いて、私は自分の状況を理解した。
「ふ、ふふふ、不破ー!?」
「ふむ、こういうことか。」
「ちょ、ちょっと待っ・・・こういうことって何!?」
クラスメイトが集まりだしている朝の教室で、からかいの野次が次々に飛んでくる。
不破の力は想像以上に強くて、その腕の中から抜け出すことは出来なかった。
ちょっと待って。何?なんの実験?考察?まったく予想がつかない!!
「不破・・・!何してるの?はやく離・・・」
「どうやら俺はお前に恋をしているらしい。」
その言葉に、私は抵抗を止めた。
というよりも頭が真っ白になって、何も出来なくなってしまった。
「・・・な、な・・・何言って・・・不破、わからないって言ったじゃん。今までどおりでいいって・・・」
「あいつの言っていたことが、わかった気がする。」
「あ、あいつ・・・?」
「お前は感情の起伏が激しい。言っていることもわからないことが多い。理解力も乏しい。」
「・・・は、はあ・・・」
「だが俺はそんなお前の感情に引きずられるようだ。お前が訳のわからないことを言うから、ずっとお前の言葉が気になる。
お前が泣き出しそうになれば、それがなぜかと考え続ける。」
「そ、それって、なんか違う気が・・・」
「お前だから気になる。、おそらくお前が特別だからだ。」
それは私の思い描いていた、理想の告白とは違うけれど。
感情的にもならず、淡々といつもの調子で告げられたものだったけれど。
不破はきっと、いつもそうしているように、真剣に、一生懸命に。
ずっと考えて、悩んで、答えを出そうとしてくれていたんだ。
何も思われていないわけじゃなかった。
変わっていないわけじゃなかったんだ。
「俺はこれからもお前と一緒にいたい。特別な感情を持っている。そう思う俺は、お前に恋をしているんだろう。」
あまりにも正直すぎて、聞いてて恥ずかしくなってきてしまう。
でもこれが不破なんだ。飾らずに、嘘をつくこともできない。不器用でまっすぐな人。
「不・・・」
彼の名前を呼んで、私の気持ちも伝えようとして、けれどそれは大歓声とともにかき消される。
私はそこでようやく我に返り、今の状況を把握すると、冷や汗とともに先ほどとは全く種類の異なる胸の鼓動を感じていた。
「うわあああ!すげええ!!何これ祝っとけばいい!?おめでとおおおー!!」
「お前ら朝っぱらから見せ付けんなよ!!」
「あははは!!恋しちゃってるんだー!!」
そうだった。ここは朝の教室。ホームルーム前。
クラスメイトのほとんどが集まって、私たちを取り囲む。もはやお祭り騒ぎだ。
「不破、お前のこと好きなんだ?」
「ああ、おそらくそうだ。」
「わはは、おそらくって何だお前ー!」
「それで、は?サンなんて返事すんのー?」
ここで私が怒ったり慌てたりすれば、彼らを助長させるのはわかっていたのに。
この状況をサラリと流せるほど、私は大人ではなかった。
「・・・か・・・」
「か?」
「え?なんて?」
「ばかーーーーーーーー!!!」
それは、からかってくる男子に、便乗して盛り上げてる女子に、
そして、周りの状況も気にせずに、あまりにも正直な返事をくれた不破に向けて。
せめて時間が、場所が違っていたなら、素直に喜べたのに。
笑って、嬉しいって、私も好きだよって言えたのに。
教室から飛び出して、動揺のせいで何度もつまずいて転びそうになりながら、
不破は私が怒った意味を理解してないんだろうな、なんて思った。
好きだと言ったのに、どうして怒ってるのかって、また頭を悩ませているだろうか。
しばらくクラスの男子にからかわれるんだろうとか、女子に根掘り葉掘り話を聞かれるんだろうとか、頭を抱えながら。
それと同時に、これから不破と過ごす時間を想像して、少なからず胸が躍ってしまうあたり、結局私は幸せなんだろう。
TOP
おまけ。