恋愛万考策











その日、会ったときから桜庭の様子がおかしいなとは思っていた。
妙にそわそわしてたし、話しててもどこか上の空だし。練習は集中していたけど、休憩に入るとため息ばかり。
結局練習が終わった今も、着替えをしながら様子は変わらない。
いい加減、どうしたのかと声をかけようと思った矢先のことだった。





「あのさ!」





意を決したようにかけられた言葉は、俺に向けてのものじゃない。
突然声をかけられて、ポカンとした表情を浮かべていた・・・でもなく、





「あのさ、郭!」

「・・・?」





まさかの、その隣にいる郭だった。
郭自身も自分に声がかけられたことに驚いたのか、疑問の表情を浮かべている。







「お前、小学生って好き?」







その時、郭が無言のまま浮かべた冷ややかな蔑みの表情を、当分忘れることは出来ないだろう。
ていうか桜庭どうしちゃったの?なにがあったか知らないけど、どうしてその話題をよりにもよって郭にした!?





「・・・・・・。」

「・・・・・・。」





一瞬にして凍りついた空気。
蛇ににらまれた蛙という言葉がこれほどしっくり来る構図もないだろう。














「桜庭、新しい性癖に目覚めたの?」





その空気を打開したのは、やっぱりというかそれしかないというか、郭の隣にいただった。
言ってることはひどいけど、もういいよ!お前はそれでいい!とりあえず桜庭を助けてやってくれ!





「違う!!そうじゃなくて、郭に頼みが・・・」

「俺、小学生の知り合いはいないから。いてもむざむざ変態の餌食にするつもりもないし、他をあたってくれる。」

「そ、そういう意味じゃ・・・」

「英士!そういう言い方はないだろ!?」

っ・・・」

「ちょっとロリコンってだけで変態よばわりするなんて失礼だろ!?」

「そっち!!?」

「ああ、ごめん。言い方を間違えた。
世の中の年下好きはどうでもいいけど、とりあえず桜庭は気持ち悪いので近寄らないでください。

「もっとひどくなったんですけど!?」





わかるじゃん・・・わかってたじゃん・・・!
郭にそんな話題をふれば、俺らがどうなるかなんて・・・
くっ・・・俺に言われてるわけじゃないのに心が痛い!





「違うんだって!てんぱって言い方が悪かったよ!あの、子供の扱いはうまいか?」

「・・・は?」

「いや、わかってるよ?郭って見るからに子供とか苦手そうだし、面倒ごとは人に押し付けるタイプだろうし、笑顔で子供と接するとか出来なさそうだし、作った笑顔でむしろ子供泣かせるんじゃないかとかね?思うけど!」

「・・・・・・。」

「でも、それって見た目だけの話で、実は面倒見よくて子供が好きとかいう意外性があったりしないかなって思ったりするわけでね!?いくら普段がひどくても子供に対しては優しかったりす・・・」

「桜庭桜庭桜庭、落ち着いて。そろそろ止まらないと俺ですら怖いです。」

「え・・・なに・・・ってギャー!!!なんつー顔してんだよ郭!!こええええ!!!」





てんぱってる時に喋るもんじゃないな、と思った瞬間だった。
桜庭、今日生きて帰れんのかな。





「ほーら落ち着いて雄一郎くん。深呼吸深呼吸、ハイ、ひっひっふー」

「ひっひ・・・ってそれラマーズ法!!」

「よし、冷静なツッコミが出来るようになってきたな!」

「ツッコミが基準なの?」

「ほら、英士も怒りを通り越して呆れてる今がチャンス!何が言いたいんだ?」

「お、俺の親族に会ってほしいんだ!」

「「・・・・・・。」」





暴走する桜庭を窘めるように、めずらしく優しかったも、早く帰りたそうにしてた郭もその場にかたまった。
ひっそりと近くにいる俺も、正直意味がわからない。さっきの郭が怖すぎて、桜庭おかしくなったんじゃないかって本気で心配した。





「・・・・・・プロポーズ?」

「もう俺帰る。」

「まっ、待った待ったあああ!!違う違う!親族っていうか、親戚!!言い方おかしかった!そういう意味じゃないんだって!!」

「そうか・・・英士は男の俺でもいい男だと思うからな。桜庭が好きになるのもわかる。幸せになれよ?」

「ありがとうはったおすよ?

「だから違うんだって!!ごめん!本当に俺落ち着くから!!なんだっけ?ラマーズ法!?

「おっ、落ち着け桜庭ー!!大丈夫!俺がついてるから!!」

「う、うえっ・・・」

「おう!俺はここにいるから安心しろ!」

「上原ああああ!!」

「お前ら夫婦みたいになってんぞ。」





もう見ていられなくて、思わず飛び出してしまった。
俺だって桜庭に助けてもらうことあるし、相談にも乗ってもらうし・・・!
郭の表情がどんどんどす黒くなっていくのは怖かったけど、あんなお前をほっとくなんてでき・・・できない!














「ふんふん、この間親戚の集まりがあって?たまたまあったサッカー雑誌に目がいって?そこにU-14の記事があって、英士と結人と一馬が載っていたと。」

「で、自分は同じチームなんだって自慢したら、親戚の小学生女子に食いつかれて、みるみるうちに紹介するようセッティングすることになったと。」

「そういうことです・・・。」





この時点で一試合終えたんじゃないかってくらい、ぐったりとする桜庭を横目に、俺とで桜庭の言いたいことをまとめてみた。
なんだ、そういうことだったのか。桜庭が恐怖のあまりおかしくなったのかと思って焦っちゃったじゃんか。





「てかなんでいきなり英士に頼んだの?結人とかのがよっぽど協力してくれそうじゃん。」

「記事には3人載ってたけど、会うのは郭がいいってきかなくて。」

「ぶはっ!結人と一馬かわいそー!」

「本人たちが気を悪くするのもあれだし、だから二人がいないときを狙って声を・・・」

「それでお前、第一声があの言い方じゃ、英士じゃなくても心配するわ。」

「心配じゃない。どん引き。」





まあ桜庭の行動もわからないでもないけど。
俺だって郭に頼みごとするとしたら、めっちゃ緊張するもん。ちょっとした覚悟が必要だと思うもん。





「でもなー。」

「?」

「英士、こうして桜庭が頼んでるんだし、行っ」

「行かない。なんで俺が頼みを聞く必要があるの。」

「と、こうなることは予想できてただろうし、その場で断ったほうがよかったんじゃね?」

「俺は断ったんだよ!そんなこと頼めないし、たぶん無理だからって!そしたら・・・」

「そしたら?」

「伯母さんから従姉妹から姪っ子から、それくらいいいじゃないって、女の親戚総出で責められたんだよ・・・!」

「うわあ。」

「それは怖い。」





そうなんだよな。親戚のおばちゃんとかって、有無を言わせない力があったりする。
いいじゃないいいじゃないって言いながら、どんどん追い込まれていくんだよな・・・。俺もそういう経験あるからわかる。
桜庭はなんだかんだでお人よしだし、断りきれなかったってのもあるんだろうけど。





「俺、人見知りで引っ込み思案で知らない誰かと話すの苦手だし、忙しすぎて予定を空けられる目処がないから無理。」

「逃げ場を与えない言い訳っぷりだわー。さすが英士。」

「そう言っておけばいいでしょ。帰ろう。」

「うーす。ま、英士陥落はかなり難しいし、諦めてもらうってことで!」

「いや、そのっ・・・」





止めようとするのも空しく、と郭は鞄を背負い、出口へと向かった。
桜庭はため息をつくものの、すぐさま鞄を持って二人の後を追った。





「桜庭さー、若菜やだったらともかく、郭にあんな頼みごとは無理だろ。
あんな風に状況全部説明するよりも、せめて一緒に帰るとか言って、適当に引き合わせるとか・・・」

「・・・その手、まさに今日使われてるんだよ・・・。」

「は?」

「迷惑かけるだろうし、だからせめて穏便にすませられればと思って、先に話したのに・・・」





諦めたように自嘲した桜庭の言葉の意味がわからなかった。
首をかしげつつ、二人の後を追う桜庭と一緒に、駆け足で出口へ向かう。








「あー!本当に同じチームだったんだ!」








そしてその先に見えた、一人の少女の姿。
俺たちを見て嬉しそうに笑うと、すぐにこちらへ駆け寄ってくる。





「はあ・・・やっぱり・・・」

「雄兄、応援にきてあげたよー?」





雄兄・・・って、もしかしなくても、桜庭のことだよな?
ってことは、この子がさっき言っていた小学生の親戚か。
と郭は俺よりも早く察していたようで、は面白そうに郭を見つめ、郭は迷惑そうに眉をしかめていた。





「郭くん!初めまして!」





そんな郭の表情を読めていないのか、それともお構いなしなのか、彼女は満面の笑みを浮かべて自己紹介と郭を知った経緯を話し始めた。
・・・そうか。桜庭が言っていた意味がわかった。ここで彼女と郭が会うことは仕組まれてたのか。
親戚である桜庭を応援しにきて、たまたまその友達と出会う。これを狙って彼女はここまでやってきたということだ。





「郭くんが雄兄のチームメイトだって知って、びっくりしたんですよ!
郭くんみたいにすごい人が、チームメイトだなんて、雄兄も嬉しいと思います!」

「・・・。」





ああ、心底迷惑そう。郭って本当に他人にたいして厳しいっていうか、態度を隠さないよな。
そんなの構わずに喋り続けてる、彼女の神経もたいしたものだけれど。





「あ、お隣さんも格好いいですね!!お名前はなんていうんですか?」

「ん?俺はー。」

さん!郭くんと仲良しなんですか?雄兄とは?」

「郭くんと仲良しですよ?雄兄ともそこそこ?」

「あははっ、そこそこなんだあー。雄兄抜けてるところあるから、迷惑とかかけてませんか?」

「うん、割とかけられてるかな!」

「おい!?」

「今まさに真っ最中だよね。」

「郭!?でもごめん!今はお前が正しいわ!!」





なんとも突っ走る子というか、よく言えば天真爛漫?
小さくて笑顔で懐いて、一見すれば可愛い妹のような存在にも思えるだろうけど。
でも子供の無邪気さというよりは、女部分が多く見えて・・・なんかあれだな。最近の小学生怖いわー。





、行こう。」

「もう行っちゃうんですか?」

「ごめんな。俺らちょっと用事あんの。」

「えー!もっと一緒にお話しましょうよー!」

「コラ!我侭言うな!いきなり来て失礼だろ?」

「もー!わかったよ!それじゃあまた今度はお話しましょうねー!」





は軽く笑って手を振り、対照的に郭は振り向きもしなかった。
けれど、彼女にとっては問題ないようだ。笑顔で手を振り続け、二人を見送るとその手をピタリと止める。





「雄兄、うまく言っといてくれるんじゃなかったの?郭くんとお話できるって言ってたじゃん!」

「それはお前らが勝手に言ってただけだろ?俺らには俺らの事情ってものがあるの。」

「雄兄は仲間って言ってたけど、そうでもないんじゃないの?さんにもそこそこって言われてたし!」

「そ、そんなことないし!」

「どうだかー。あ、せっかくここまで来たんだし、買い物付き合ってよ。」

「えー・・・」

「えーじゃないの!郭くんとお話できると思ってたのに、ほとんど喋れなかった私の傷ついた心をどうしてくれるの?」

「あーもーわかったわかった。上原、お前はどうする?」

「や、俺は遠慮しとくわ。」

「そっか。悪い。」





と郭の前ではあんなにニコニコしてたのに、それが一気に無くなり、傍若無人な態度に切り替わった。
小学生って怖いっていうか、この子が怖いというか。桜庭も親戚とはいえ、よく付き合うよなあ。


















それから彼女は桜庭から情報を仕入れては、俺たちの練習場所に顔を出すようになった。
来るたびに適当にあしらわれて、結局は桜庭と帰ることになっていたけれど。
あれだけ相手にされてないのに、全然へこたれないのはすごい。俺だったら多分、胃薬常備だわ。

しかし、今はほとんど無視ですんでいるけれど、いつか郭が本気で怒り出しそうで怖い。
彼女に当たるというよりも、保護者的存在になっている桜庭にその矛先が向きそうでさらに怖い。
俺がびくびくしてても仕方のないことはわかってるんだけどさ。





「なあ、。郭怒ってない?大丈夫?」

「桜庭といい、上原といい、お前ら英士のこと怖がりすぎだろ。」

「だってお前、郭だぞ?俺ら郭の容赦ない言葉のナイフとかすぐにダメージくらうから!
お前がいないと防御力は旅立ちの服並みなんだよ!」

「ぶはっ、どこに冒険に行くんだよ!つーか俺はお前たちのなんなの!」

「ドラゴンの盾?」

「装備品!?」

「とにかくだな、何か言うにしてもこう、オブラートに包んでもらわないと!」

「英士、直球だもんなー。そこがいいところなんだけど!」

「・・・お前もたいがいだよな。さすが郭の友達。」

「ほっ、褒めんなよっ・・・!」

「褒めてねえよ!」





練習に使用した備品を片付けに倉庫に向かいながら、それとなく郭の様子を窺ってみたけれど、
の様子を見る限り、そんな深刻な状況にはなっていないらしい。
ほっとしたのも束の間、気づけば目の前に心配ごとの原因が立っていた。





さんに上野くん!お疲れ様です!」

「おーす。今日も来てるんだ?」

「来ますよー!郭くんもさんもかっこいいから!」

「はは、ありがと!」

「あ、もちろん上野くんもだよ?」





上野って誰よ。
そんなので格好いいって言われても全然説得力ないんですけど!は横で笑いこらえてるし!!





「いや、あの、俺上原・・・」

「ところで!今日は予定ありますか?」

「英士?どうだろう?」

「そういっていつも、はぐらかされちゃうんだもんなあ。」

「まあ、ほどほどになー。あ、グラウンド片付け終わりそうだから、今あんまり話できないよ。」

「はい!また後で予定聞かせてくださいねー!」





桜庭の前じゃなければ、聞き分けもいいんだよなあ。
まあ、が彼女の扱いがうまいからかもしれないけど。





「よし、急ごうぜ上野くん!」

「上原!!」

「そうだ、さっき英士が怒ってないか聞いてたけどさ。」

「うん?」

「怒ってるっていうか、呆れてるよ。」

「あの子に?」

「二人に。」

「二人?」





こりもせずに何度もやってくる彼女と、彼女を止められない桜庭にたいしてだろうか。
疑問の表情を浮かべる俺を見て、は答えを言うこともなく、楽しそうに笑っているだけだった。


















それからも彼女は何回か顔を出していたけれど、一度として郭ときちんと話せることはなかった。
けれど、彼女は悲しい表情ひとつ見せずに、またやってくる。本当、びっくりするくらいに堪えていないようだ。
郭が会話を適当に流しても、無視をしたって、わかっているかのようにそこから去る郭を笑顔で見送る。
そして、桜庭に八つ当たりして、また一緒に帰っていく。その繰り返しだ。





「なあ。」

「ん?」

「俺、よくわかんないんだけどさ。あの子って郭の写真を見ただけなんだろ?
なのにどうしてあんなに頑張れるんだろ?ファンってそういうもん?」

「好きだからでしょ?まあ、方向性がちょっと違ってはいるけど。」

「方向性?」

さーん!!」





あ、また来た。まあ俺ら、門の前で話していたから来るかなとは思ってたけど。
郭が彼女と話さない分、彼女ととの会話量は確実に増えている。
よく話してくれるからか、郭よりもよっぽどに懐いているように見える。





「今日はお話できますか?」





そして、恒例の質問だ。
も郭が迷惑がっていることを知っているから、いつも適当にはぐらかしていたんだけれど。





「今日は大丈夫みたいだよ。」





予想外の返答だった。
ていうかいいのか?郭、最初から興味なさそうだったし、迷惑がってたし、桜庭が何度頼んでも、まったく動かなそうだったけど・・・。





「・・・え?」

「ん?」

「そ、そうなんですか・・・?」





そしてこちらも今までの威勢が突然消えたようだった。
予想外の返事に驚いたのか?もっと騒いで大喜びでもするかと思ったのに。





「嬉しいなー!は、初めてですもんね!」

「うん。二人きりだしな。」

「ふ、二人!?」

「俺は用事あるし、桜庭もこの後残らないといけない用あるって言ってたし。」

「え、ええと・・・そしたら雄兄を待って・・・」

「英士の性格、なんとなくわかってきたでしょ?桜庭を待つくらいなら、帰っちゃうって。」

「そ、そうですよね・・・別に雄兄がいなくても・・・」





彼女が見せたのは驚きよりも、明らかな戸惑いだった。
あんなに積極的だったのに、一体どうしたというんだろう。





「あれ?あんまり嬉しくない?」

「そっそんなことないです!最初っからお願いしてたことだもん!」

「だよねー。そのうち英士も来ると思うから。俺らは帰・・・」

「ま、待って!」

「ん?」

「あ、あのっ・・・わたし・・・」

ー!お待たせ!!」





戸惑ったように、言葉を失いかけた彼女の言葉を遮ったのは、テンションの高い若菜の能天気な声だった。
そちらへ振り向けば、郭に若菜と真田、そして桜庭がこちらに向かっていた。





「またお前っ・・・迷惑かけるなって言っただろ?」

「ああ、桜庭の・・・なんだっけ、妹?」

「確か親戚だろ?最近よく見るよな。」

「返事は『行かない』。じゃあね。」

「英士容赦ねえー!!」





郭がお決まりの返事を告げて帰ろうとすると、いつもならそのまま郭を見送っていた彼女の視線が、へと向けられた。
はそしらぬフリをしながらも、そこには小さく笑みが零れている。
そのままその場にいた俺たち二人は、服のすそを掴まれ引きずられ、郭たちから遠ざけられる。





「雄兄いるじゃない!郭くんもいつもどおり帰るって言ってるじゃないの!!」

「あれーおっかしいなー。」

さん、私を騙したでしょう!!」





はすごむ彼女を見つめつつ、ポカンとした表情で俺たちを見ていた桜庭たちに、先に行っていろと手振りで伝えた。
おそらく郭だけは状況を理解していたんだろう。他の3人に声をかけて、そのまま駅の方向へ歩いていった。

さて、問題はこっちだ。成り行きで帰りそびれたけど、俺、こっちに残っててよかったんだろうか。全然状況が把握できない。





「後戻りできなくなる前に、素直になった方がいいんじゃない?」

「な、何が?」

「桜庭、君が何回も来るから、完璧に英士が好きなんだって思ってるよ?」

「!」

「一回でいいから話したり、遊んだりしてやってくれないかって英士に何度も頼んでる。
結局返り討ちにあって、断られるってわかってるのにな。」





どういうことだ?素直に?後戻り?
この子、郭のファンなんじゃないの?だから強引に桜庭に頼んで、こうして何回も顔を出して・・・





「まあ、逆に頷かれたら困ってたんだろうけど。さっきみたいに?」





頷かれたら困る?なぜ?あれだけ郭の前に足を運んでいたのに。
目的は郭に近づくことだったんじゃないのか?





「素直じゃないのも可愛いとは思うけどね。相手にも多少通じてないと効果発揮しないんだよな。」

「なっ・・・なに言っ・・・」

「人の恋路を邪魔する趣味はないけど、英士もそんなに気が長いほうじゃないし、このまま桜庭に応援されていくのだって嫌だろ?
どこかで線引きしないと、結局苦しくなるのは自分だよ。」

「・・・。」

「桜庭鈍感だしな。たくさん考えたんだろ?今自分がどういう立場で、どうしたらもっと近づけるかって。」

「・・・。」

「なのに、否定するようなこと言ってごめんな?やっかいな男を好きになると大変だよな。」

「・・・う・・・」

「ん?」

「・・・っ・・・うわーん!!さーん!!」

「うおおおっ!」

「そうなの!!雄兄全っ然わかってないの!!妹扱いしかしないし、まったく眼中にないんだもん!!
会ったばかりのさんでも気づくのにー!!バカー!!」





泣きそうな表情を浮かべたと思ったら、突然に抱きついて、まくし立てるように言葉を吐き出した。
は笑いながら何度も頷いて、彼女の頭を優しく撫でていた。


























「つまりさ、あの子の好きだったのは、最初から英士じゃなかったんだよ。」





弱音とも愚痴とも取れる嘆きをひとしきり聞いて、彼女が落ち着きを取戻し帰っていった後、ようやく俺たちも帰路についた。
彼女の話を一緒に聞いていたから、大体のことは理解したけれど、俺にとっては突然のことで未だ頭が混乱している。





「あれだけ郭が好き好き言っておいて、実は桜庭が好きだったとか、わかんねえよ普通・・・!」

「好きな人の前だと素直になれない子の典型だよな!」

「極端すぎだろ!」





桜庭の前では我侭で横暴。郭たちの前では明るくて笑顔で聞き分けもよかった。
それは郭のことが好きだからだと思っていたけれど、実際は逆だった。
なんとも思っていなかったからこそ平静でいられ、好きな相手だと素直になれずに憎まれ口を叩いてしまう。
彼女はそんな面倒な性格だったらしい。





「桜庭と二人で出かけたかったけど、素直に誘えなかった。
で、偶然目にした雑誌で、桜庭のチームメイトの話題になって、これは使えるって思ったんじゃない?」

「なんつーややこしい方法とってんだよ。郭が本気にしてたらどうしたの?」

「だから、先にさぐったんだろ?桜庭は結構正直だし、そこに載ってた3人がどんな性格か聞きだせば、ある程度はどんな反応をするか予想が出来る。
英士が一番誘いに乗らないって判断して、最初に様子を探りにきたら、案の定まったく相手にされなかったと。」

「うわー・・・」

「練習を見に来るのは桜庭のためじゃなくて、英士に会うため。英士を遊びに誘ってみたけど、断られた。だから仕方なく桜庭を誘ってるんだからね!勘違いしないでよね!っていうことにしたかったというわけです。」

「めんどくせー!」

「まったくです。」

「そこまで考えるのに、なんで好意がばれることを頑なに嫌がんの!?わかんねー!」

「そこはねえ・・・複雑な乙女心なんじゃない?」

「小学生で複雑な乙女心って・・・。」

「小学生だって真剣に恋愛するっしょ。」

「まあ、そうかもしれないけど・・・。」





そりゃ、俺にも覚えがなかったわけじゃない。
誰かを好きになって、好きになったからこそ、気持ちが伝わるのが怖くなる。
避けられたらどうしようとか、今までどおりでいられなくなるんじゃないかとか、不安はどんどん大きくなる。
そう思う気持ちは確かに、小学生とか中学生とか関係ないのかもしれない。





「郭とは気づいてたんだな。」

「まあね。英士は余計なことに巻き込まれたくないって放置だったし。最近若干イラついてて、お前らにも容赦なかっただろ?」

「郭は大抵容赦ないから違いがわからなかった。」

「ドンマイ。」

「・・・二人に呆れてるって言ってたのは、やっぱりあの子と桜庭のことか。」

「正解。鈍感と天邪鬼。これからも大変なんだろうなー。」

「確かに。」













それから彼女が見学に来ることは無くなり、俺たちの前に姿を現す機会は一気に減っていった。
時々桜庭から彼女の話題が出るから、おそらくこれまでとは別の方法で桜庭にアタックし続けているのだろう。





「なんかいろいろ迷惑かけて悪かったな?郭のことは落ち着いたみたいだからさ!」

「ふーん。」





しかし、肝心の本人は彼女の気持ちにまったく気づいていないみたいだ。
まあ相手は小学生だし、おそらく妹みたいに思っているんだろうし、そもそもあの天邪鬼じゃわかるものもわからないだろう。





「アイツ、何かに夢中になると一直線なんだよな。自分に素直で正直で羨ましいって思うよ。」

「・・・素直で正直ねえ。」

「え?何?俺、なんか変なこと言った?」

「はっ。」

「ばーかばーか。雄兄のばーか。」

「鈍感ー能天気ー。」

「え?何!?どういうこと!?なんでいきなり鼻で笑われたの?けなされたの!?」





だけど、彼女の気持ちを知ってしまった今、これくらいは言いたくなるというもので。
郭やが呆れる、と言っていた意味も少しわかってしまう。

小学生で親戚という立場の彼女が、桜庭と両思いになることは、難しいのかもしれない。
それでも、あれだけ頭がまわり、面倒を面倒とも思わずにいられるくらい、桜庭と一緒に居たいと願う彼女ならば。
そんな常識なんてひっくり返して、いつかその願いを叶えてしまうのかもしれないな。

素直になれないまま、真っ赤になってその想いを語る彼女を思い返して、そんなことを思った。







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