恋愛甘苦楽
「!!」
「うん?谷口か。なんだ?」
「俺、お前に相談したいことが・・・」
「いやだ。」
「うん、あのさ、もうすぐ・・・ん?」
「いやだよ?」
「え?」
「いやですけど?」
「そんな何回も言わなくて言わなくていい!傷つくだろ!!そもそも何で話も聞かずに断んだよ!!」
「バカヤロウ!お前の相談なんて暑苦しいだけに決まってんだろ!」
「逆切れ!?」
がいろいろな奴から相談を受けるのが多いことは知っている。
師匠だと慕う奴らは置いといても、俺でさえ妙に説得力のある理屈に頷かされることも多い。
口が悪くて軽くて適当なところもあるけど、なぜだか頼りたくなる、不思議な存在。
そしてそれは今日も同じようだ。
「あと、くだらなくて面倒だよね。」
「郭!?どこにいた!?ていうか付け足さなくていいし!!」
「事実はしっかりと伝えなきゃ。さて、、帰ろうか。」
「そうだな!」
「え?マジで帰るの?マジで俺の相談乗ってくれないの?冗談じゃないの?マジなの?」
「マジマジちょうマジ。」
「早速うざいことになったね。」
悲劇のヒロインのごとく、の名を呼び追いかける谷口。
・・・とてつもなくやりきれない光景だけど、何度も繰り返されているからか、周りの皆が慣れて気にもしていないことが少し怖い。
いや、巻き込まれたくなくて、あえて流しているともとれるけれど。
俺も周りと同じように、何も気にしていないフリをしていればよかったんだけど、
どうにも気になって無意識に視線を向けてしまうのは、悪い癖なんだろう。
「・・・真田!!」
「・・・え?」
突然呼ばれた名前と、力強く向けられた視線。
呆気にとられているうちに、俺の元にたどり着き、気づけば後ろから羽交い絞めにされていた。
「え?ちょ、ちょっと待て!何やってんだよ谷口!!」
「!郭!真田がどうなってもいいのか!」
「「・・・。」」
「ざけんな!こんなことしてあいつらが乗るわけ・・・」
「いや、あいつらお前のこと可愛がってるし!リンゴちゃんだし!」
「可愛がってねえし、リンゴってなんだよ!!」
「ホラ、お前が女装したっていう・・・」
「は!?」
「あれは結構かわい・・・」
「ぶっとばすぞ谷口。」
谷口がたちに返り討ちにあうのはいつものことだけど、俺まで巻き込むとは相当切羽詰ってるらしい。
とはいえ、俺を人質にしたところで、あいつらが動じるとは思えないけど。
「おおーなんということだーかずまがーひとじちにーとられてしまったー」
「追い詰められた弱い奴の常套手段だね。」
「しかし、そんな卑怯な手に屈する我々ではないのだ!」
「そうだね。一馬も自分でなんとかするでしょ。」
「谷口、リンゴちゃん写真に食いついてたし、悪いようにはならないだろ。」
「別の意味で心配した方がいいかもね。」
「やだー英士ー、別の意味ってどういう意味よー?」
「まあ、どうでもいい。」
ほ ら み ろ 。
こんなことしたってあいつらが面白がるだけだ。
しかし期待してなかったとはいえ、助ける気配がひとかけらもないというのはどうなんだ。
「くっ・・・リンゴちゃんでもだめか・・・。」
「おい、リンゴちゃんって呼ぶな。」
「俺、真面目なのに・・・くだらない相談なんかじゃないのに・・・」
「谷口・・・。」
「くっ・・・」
「あの、俺でよければ少しくらいなら・・・」
「真田・・・。」
「ほら、みっともないな。立てよ。」
「・・・頼りない。」
「お前、マジでぶっとばすぞ!?」
たちはちょっと冷たすぎるんじゃないか。
俺にだって話を聞くくらいなら出来るよな、と思った善意が踏みにじられた気分だ。
ていうか俺の周りにはこういう奴らしか集まってこない気がする。そして俺もやさぐれていくんだろうか。
いや、俺はこんな奴らにはならない。気をしっかり持とう。頑張れ、俺。
「そういや結人は?」
「彼女と約束あるって。」
「おお、めずらしくうまくいってんじゃん!そんでまた喧嘩して泣いて帰ってきたりな!」
「不吉なこと言ってやるなよ・・・。」
「いいんだよ!彼女のいる奴のことなんてほっとけばいい!」
「「「・・・。」」」
「で、誰ですか、この人。」
「いや、その、」
「真田がさー、俺と話したいって言うから?少しお邪魔しようかなと思って。」
「よし英士。一馬と谷口残して帰ろうか。」
「うん。」
「ちょ、ちょっと待ったー!待って!話だけでも聞いてくれよ!」
「・・・。」
「他の奴に話すことだって考えたよ。だけど、これはじゃなきゃ駄目だって思ってるんだ!」
「・・・。」
「だから、頼む!」
谷口からの相談がくだらないことが多いというのは事実だ。
そしてやけに突っ走る性格だから、テンションがあがる谷口に対し、俺らは下がっていくのも事実なわけで。
とはいえ、ここまで言われたらさすがのも、冷たく突き放すことはしないんだろう。
「・・・仕方ねえなあ。抹茶アイスおごりな。」
「お、おお!」
「で、何?」
「あのさ、もうすぐあれじゃん?」
「あれ?」
「あれだよあれ!バレンタイン!」
「・・・ああ。」
「そういえばそんなイベントあったね。」
「・・・俺も忘れてた。」
「くそう!これだからモテる奴らはよう!!」
別にモテるモテないじゃなくて、そういうイベントごとを意識するかしないかの問題だと思うけど。
とは思いつつ、黙って続きを聞くことにした。しかしバレンタインについて相談ってことはつまり・・・
「で、バレンタインがどうした?好きな子でも出来てチョコ欲しいとか?」
「さすが!でもちょっと違う!」
「どういうことだ?」
「俺、クラスの友達と戦うことになってさ。男としてどうしても負けられないって思って・・・!」
「戦うって何が?」
「バレンタインでだよ!どれだけチョコをもらえるか!」
「「「・・・。」」」
「チョコが多ければ多いほど、男の価値が認められてるって思わねえ?そんな話してたら燃えてきて!
俺が絶対に1番取れないって言う奴らもいてさ、見返してやりたいんだ!」
「・・・そ、それが相談?」
「おう!彼女がいるとか顔がいい奴らにはわかんねえだろうし、馬鹿にされるのがオチじゃん!
は顔はいいけどさ!俺の気持ちもわかってくれるじゃん!恋愛テクも持ってるから心強いし!!」
「・・・心配すんなよ谷口。」
「やっぱりわかってくれるか!?」
「俺も馬鹿にしてやるよ、バーカバーカ!」
「な!」
「俺も・・・同感は・・・できねえ、かな。」
「え!」
「救いようがない。」
「ちょ!」
「救う気もないけど。」
「!?」
相変わらず、英士の毒舌は衰えを見せない。
なんかあれだよな。抉りこまれるようで、聞いてる俺も苦しくなる気がしてくる。
「くそう!これだから!顔がいい奴は!!
お前ら何もしなくたってチョコもらえるんだろ!すかした顔で当たり前って顔でもらうんだろ!ぐぎーーー!!」
「変な擬音使わないでください。宇宙人でも攻めてきたと思っちゃうだろ。」
「、宇宙人に失礼。」
「おっ・・・お前ら・・・!」
「そもそも顔がいいからって、勝手にチョコが集まってくるなんて思ったら大間違いだぜ?」
「え?」
「イケメンにもとっつきづらいのと、付き合いやすいのがいるだろ?
そういう場合、付き合いやすい方がチョコは数は圧倒的に多い。もちろん、義理チョコだって多いだろうけど。」
「まあ、そうだな・・・。」
「で、とっつきづらいっていうのと、クールっていうのは別。
話しかけたらにらまれたとか、迷惑そうな顔されてたら、チョコだって渡す気にならないだろ?
クールな場合は憧れられてる場合が多いから、チョコをきっかけに話しかけたいと思うのは道理だけどな。」
「確かに・・・。」
「あえて例えるなら、付き合いやすいのが結人、クールが英士、とっつきづらいのが一馬。」
「おい。誰がとっつきづらいって・・・」
「だって一馬、女子苦手じゃん。ていうか人見知りで初対面で顔が強張ったりするじゃん。」
「・・・っ!!」
「仲良くなればこんなに可愛いのにな!女装もしてくれるし!」
「それはお前らが無理やり着せたんだろー!!」
バレンタインというイベントに、興味がないのは事実だ。別にチョコとかもらえなくてもいいとも思ってる。
もらったら返さなきゃと思うけど、毎年何を返そうか迷って結局母親に買ってきてもらってるとか格好悪いし。
義理とか本命とかなんなんだとか言いながら、蔑ろにすると姉ちゃんが怒るし散々だ。
だからそんなイベントで、チョコの数で競うとか男としての価値だとか、俺には理解が出来ない。
「そうか。イケメンでも格差というものが・・・って、これイケメン前提の話じゃねえかよ!
俺はイケメンじゃねえんだよ残念なことに!ちくしょう!!」
「谷口、そもそもの根底の話からしてやろうか。」
「お?おう?」
「乙女たちの神聖なるバレンタインを、くだらない欲の勝負に使おうとする奴がモテる訳がなかろう!!」
「!」
「仮にチョコがもらえたとして、それは本当にモテていると言えるのだろうか!
男としての価値があがったと、認められていると言えるのだろうか!!」
「!!」
「そしてお前はそれでいいのか!自分自身に問いかけてみろ!それで本当に幸せなのか!!」
「っ・・・お、俺・・・俺はっ・・・」
「何この茶番。」
「英士・・・何も言うな。」
谷口が苦悩の表情を見せる。がそこに追い討ちをかけるかのように、拳を握り締めて問いかける。
・・・うん、まあ、チョコの話なんだけどな。なんでこんなシリアス展開みたいになっちゃったんだろうな。
「イケメンとか、そうじゃないとか関係ないと俺は思う。」
「・・・うん・・・そう・・・そうだな・・・!」
「うむ。わかったら帰ろうか。」
「ああ!」
「、谷口の扱いうまくなったよね。良いことだ。
そもそも谷口がからんでこなければもっといいんだけど。」
「英士英士英士!ちょっと静かにしてようぜ!な!?」
長引いてさらには面倒なことになるかと思われた、谷口の相談は意外にもあっけなく終わった。
「・・・でもさー、やっぱりチョコは欲しいよなー。もらえたら嬉しいし。」
「ああ、確かに嬉しいなー。」
「俺、彼女と別れたし、チョコなんてマジでひとつももらえないかも・・・とか・・・」
「そうだね。」
「そうだね?!かもね、とかじゃねえの!?もう決まってることなの!?」
「い、いやいや、わからねえじゃん!女の友達とかもいるんだろ?」
「いるけどさー・・・友達だからこそ、勘違いされないようにくれないとか?」
「ああ、それに今、女子同士の友チョコのが多いからなー。」
「そうだよ!そうなんだよ!何だよ女子同士って!せっかくのバレンタインなんだから男に配ってくれよ!!」
「必死だな谷口・・・。」
「うっとうしいよね。」
「英士ー!」
やっぱりここまで必死になるのは、よくわからない。自分でちゃんと考えたこともなかったけれど。
ああでも、そういえば昔、結人はチョコの数自慢してきてたっけ。
確かに嬉しそうにもしてたし、チョコってのはどんな形であれ、好意なわけで。
自分を認めてもらえてるってことなのかな。
「逆チョコっていうのもありじゃね?外国だとあることだし、他と差がついて好印象かもな。」
「え、え、え!いや、そんなのこっぱずかしいじゃねえかよ!」
「お前が女子に求めてたことじゃねえのかよ。」
「だ、だってさー・・・」
「はっ。」
英士がついに言葉にすることさえ止めてしまった。どうしよう。
しかし態度だけでここまで感情がわかるってのもすごいよな。どこがクールだよ。
「じゃああとはあれだな。友チョコ配ってるところに、俺にもくれーって乱入。
女子的には自分から渡してるわけじゃないから気楽だし。」
「それだ!それなら出来るかも!!」
「でも気をつけろよ?もしもお前のことを好きな子とか、逆にお前が好きな子に誤解されかねない行動だから。」
「!!」
「ないでしょ、それは。」
「あ、あるかもしれないだろ!!なんだよ郭!お前、自分がモテるからって!」
「まあね。」
「認めたー!!腹立つ!腹立つよ!なんとかしてくれよ!」
「英士が正しい。」
「なにこの絶対的贔屓!!」
くだらない掛け合いを眺めながらため息をついて、終わらないバレンタイン談義を聞きながら、
俺たちはそれぞれの帰路についた。
「ー!!」
「谷口。なんだよ、またくだらない用事?」
「くだらなくねえよ!俺、チョコもらったぜ!義理だけど!!」
「へえ。よかったじゃん。友チョコ配りのときに乱入したの?」
「いや、普通にくれた!数人の女子からまとめて、義理だけどって付け足されたけど!」
「あー谷口!俺もチョコもらったぜー!彼女から愛のこもった・・・」
「お前の話を聞く気はない!そして俺の話も聞かせる気はないぞ若菜!」
「なあ・・・!?」
谷口はバレンタインにチョコをもらうことが出来、義理チョコとはいえ満足したようだ。
そして結局、クラスメイトとの勝負は谷口を抜いて競われたそうだ。
「の言ったことをクラスの奴らにそのまま伝えてやったのにさ、負けるのが怖いからだろって言われたんだぜ!
俺、の言葉を聞いたときあんなに感動したのにな!何がいけなかったんだろ。」
「伝えた人の人間性。」
「郭!?またお前はどこから・・・!しかも今、結構ひどいこと言わなかった!?」
「でもその勝負に参加しなかったから、チョコもらえたんだろ?」
「そうそう!結局勝負してることが女子にばれてさー。くだらないって言われて義理チョコがもらえなかったんだよ。
で、勝負から抜けてた俺の株はあがったってわけ。いやあ、参ったなあ!」
「はは、結果よければすべて良しだな。」
「おう!ありがとな!」
めずらしく平和に終わるかと思いきや、次の一言で状況が一変する。
「そういや、お前らはチョコどれくらいもらったの?
まあイケメンだから、それなりにもらってんだろうけど。参考までに。」
「え?俺ら?」
「安心しろよ。妬んだりしないから。」
「うーん・・・」
「・・・。」
「えーと・・・」
「「「数えてない。」」」
「・・・は?」
「だから数えてないって。」
「それは・・・もらいすぎて数えるのも面倒とか?」
「いや、そういうわけでも・・・」
「くそう!ちくしょう!クラスの女子に義理チョコをもらっただけで喜んでた俺を哀れに思っただろうな!!
さぞかし滑稽だっただろう!笑え!笑うがいい!!」
「そ、そんなこと・・・」
「「あははは。」」
「おいいい!!!!英士ー!!」
「ちくしょう!!お前らより早く彼女作って幸せになってやるからなあああ!!!」
俺らの言葉を聞くこともなく、勝手に理解して、怒って、駆け去ってしまった。ていうか妬まないんじゃなかったのか。
と英士はそれを軽く見送ると、何事もなかったかのように世間話に戻っていった。
まあお前らはそういう奴だよな。知ってた。
「一馬は好きな子からチョコもらったか?」
「え?いや、別に、そういうのいねえし・・・」
「好きな子からもらうチョコは格別だもんな!楽しみだな!」
「・・・楽しみって・・・だから俺は、」
視線を向ければ、と英士、そして結人も加わって、にやけた顔で俺を見ている。
「一馬ってこの手の話、本当に弱いよなー!」
「すぐ赤くなるよね。」
「そこが一馬の可愛いとこじゃん!!」
「お、お前らっ・・・!!」
口に出したりはしないけど、今回のことでたいした意味もないと思っていたバレンタインについて、少しだけ考えてみたのは本当だ。
谷口や結人のように、チョコひとつで一喜一憂してる奴らを何度も見たことがある。
好きな子や彼女にもらったチョコを自慢気に見せてくる奴だっていて、その度に俺はくだらないと思っていたけれど。
でも、たとえば自分に好きな子がいたらどう思っただろう。
無駄に緊張して、一日挙動不審になって、喜んだりがっかりしたりするんだろうか。
チョコをくれる女子たちも、同じ気持ちなんだろうか。
「いつか好きな子からもらえるといいな!」
「別に!」
やっぱり俺にはよくわからないけれど。
いつも母親任せにしているチョコのお返し。
今年は自分で買ってみようかと、少しだけ思った。
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