「なかなかやるな、潤慶!でも戦いはまだまだこれからだぜ!」
「望むところだよ!ボクは油断も手加減しない!」
「ちょっと待てお前ら!俺を無視すんな、俺だってやれる!」
連絡のあった場所に向かい、部屋の扉を開けると、そこには見慣れた面々が並ぶ。
東京都選抜のチームメイトの、同じクラブチームに所属する若菜結人と郭英士、そして英士の従兄弟で先日韓国から日本に着いた李潤慶の4人だ。
潤慶が日本にやってくると聞いて、昨日にも同じメンバーで集まっている。潤慶とは付き合いこそ短いものの、やはりというかなんというか、全く心配する必要がないくらいに、相性は抜群だった。
昔話に花を咲かせ、潤慶が行きたいという場所を巡り、適当な場所を見つけてサッカーでミニゲームをして、クタクタになって帰った。
常時テンションの高い、結人、潤慶がいて、いつも以上に騒がしかったけれど、やっぱりこのメンバーでいることは楽しくて、またこうして集まれれば良いと思った。
だから、突然英士から『昨日の今日だけど遊ばないか』って連絡が来ても、何も疑わずにここまでやってきたんだ。
「あ!一馬が来たぞ!挑戦者1名追加!」
「……は?」
「臆せずこの戦場にやってくるとはなかなかやるな!」
「いや、だから何を……」
「フッフッフ……王者のボクに勝てるかな?」
呼ばれた場所はカラオケボックス。
立ち上がった3人はそれぞれ、タンバリンとマラカスとマイクを持っている。画面に映っていたのは、人気の女性ボーカルグループのプロモーションビデオ。
1人だけソファに座ったままの英士が俺を見上げてニコリと笑った。
「一馬が混乱してるから説明してあげたら?」
「そ、そ、そうだよ!何やってんだお前ら!」
「説明など不要!俺たちを見れば何をしてるかわかるだろ!」
「わかるか!!」
昨日はくだらない話から真剣な話もして、サッカーのこととか俺たちの目指すものについても話して、なかなか会うことが出来ない潤慶も最後まで笑って楽しんでくれて、本当に良かったとそう思ってた。俺も嬉しくて清々しい気持ちだったんだ。
しかし、今のこの光景はなんだ。テンションのおかしい3人、さっさと入れと笑顔で促す英士。嫌な予感しかしないんですけど。
「俺たちのプライドをかけた、ダンス&カラオケバトルだ!!」頼むから帰らせてくれ!!
「ルールを簡単に説明すると、カラオケの採点とPVのダンスをどこまでコピーできるかと……あと、感動点な!」
「はあ……感動点ってなんだ。」
「見てる俺たちをとにかく感動させること。ダンスとか歌がわからなくても、すっげえキレのあるアドリブ見せたり、雰囲気と声真似したり。」
「ちなみに王者の潤慶はヒロちゃんのダンスと高音域を見事表現したからね。さすがの俺らもあれにはかなわなかった……。」
「えー照れちゃうな〜!もっと褒めてくれて良いよ!」
「正直、男のウィンクとか見たくなかったけど、あの時の潤慶はヒロちゃんが乗り移ってたよな……。」
「え、英士は?」
「ヨンサは残念ながら早々に棄権しちゃったんだ。」
「ちょっと風邪気味だから。今は大丈夫だけど、明日とか影響出したくないし周りにうつしたくもないし。俺は審査にまわるから気にしないで。」
くっ……英士め……!自分は難を逃れたくせに、どうして俺を呼んだんだ……!
さらっと歌うくらいならともかく、このおかしなテンションの中に放り込まれるとか、俺の胃をどれだけ痛めようというんだよバカ!!
俺だってお前みたいにさらっとスルーしてえよ!……っと、そうか!
「ざ、残念だけど、俺も喉痛めてるんだよ!だから英士と一緒に聞く側に……」
「そんなこともあろうかと……ちゃっちゃらちゃっちゃっちゃ〜!のーどーあーめー!!」
「さすが。」
「それがあれば安心だね!!」
「用意が良いぜ!!あっ、俺の入れた曲はじまった。」
「いやいやいや!のど飴どんだけ万能!?」
「大丈夫!それだけ叫べてれば、のど飴『美味!!すっきり朗らか青春の味』でいけるって!」
「なんでってそういう変なものばっかり持ってるの?自身を表しでもしてるの?」
「英士さん、今遠回しに俺が変って言わなかった?」
「ヨンサの愛情ってわかりづらいよね!」
「ね!俺たちくらい素直になってほしいんですけど!」
「そうだよ!ボクらはヨンサが大好きなんだよ!」
「そーよそーよ!!」
「マラカス投げて良い?」
「マラカスは投げるものではありません!!」
どうしよう、まったく誤魔化せる気がしない。もう俺の言い訳とかそっちのけで、訳わからん会話してるし。
結人は自分の入れた曲が始まったらしく、もはやこっちを気にせず、すごく気持ち込めて歌ってるし。
誰も聞いてないんだけど、バトルとかもう関係なくねえ?普通のカラオケで良くねえ?
「つーわけで、一馬!何歌う?」
「あーもー、俺はバトルとか知らないからな!好きなの歌うだけだから、空気読めないとか言うなよ!」
「オッケーオッケー。あ、けど女性アーティスト縛りな!できればSPEEDで!」
「……なんで?」
「それが今回のルールなのだ!」
「なのだー!」
「がんばれ一馬。お前ならきっと出来るよ。」
「ぐっ……」
と潤慶は完全に意気投合してるし、英士は他人事のようにやる気の無いガッツポーズで応援してくるし、結人は自分の歌に酔ってるし。
この後何が起こるかわからない。ここはアウェーだ、そう思え、気を抜くな。とりあえず歌ってみせれば、そのうち飽きて自分たちだけで盛り上がっていくだろう。そしたら俺は英士のポジションに収まる。それで良い。いつもあいつらのペースに巻き込まれてはいるけど、英士がそうしているように回避方法は必ずあるはずなんだ。それを見極めろ!
その後、数曲だけSPEEDの曲を歌うと、思惑どおりに3人の盛り上がりは最高潮になっていった。さすがにダンスは無理だったけど、代わりに3人が踊り狂っていたので良かったんだと思う。うん、良かった。あの無駄にうまくてキレのあるダンス集団の中でたどたどしいダンスとか絶対嫌だし。ギリギリ、このメンバーだったらともかく、下手すると都選抜とかクラブチームの方でも見せろとか言われたら、俺、数日は立ち直れなくなる自信あるし。
「あー、歌った歌った!」
「踊った踊った!」
「ストレス発散になったな!」
「結人、ストレス溜まってたの?」
「まあね、俺気遣いの人だから……」
「ひととおり歌って、大体見えてきたな!」
「無視すんなよ!聞けよ!」
「見えたって何が?」
カラオケの数時間なんてあっという間に過ぎ去って、3人のテンションもようやく落ち着いた。
数曲歌った後は、俺も英士のように聞く側にまわれていたから、安心して会話に参加する。
「やっぱり王者は潤慶だな!歌も踊りも完璧!あと、たまにあざとくて可愛いのなんとかしろよ!男にときめきたくなんかないんですけど!!」
「……ボクに惚れたらヤケドするよ?」
「その台詞言いたいだけだろいい加減にしろ!」
「まあでも、俺からしたら皆うまかったと思うよ。」
「英士からお墨付きが出たぞ!」
「やったね!」
「本日のデレいただいたぜ!」
「ああ、皆すごかったと思う。」
いろんな意味で。と付け足すのは心の中だけにしておこう。
いや、まあなんだかんだで、まじで皆うまかったし、アホなことで盛り上がってるのも楽しかったし。強制的に巻き込まれることさえ避けられれば、俺はこの雰囲気嫌いじゃないんだよな。
「一馬だってうまかったじゃん!」
「へ?」
「そうそう、お前、女ボーカルとか歌ったことあんまりなかったと思うけど、やるもんだよなー。」
「いや、その、でも、ほら……俺は歌っただけで、踊りとか、できなかったし……」
突然、矛先が俺に向いて、しかも褒めたりするから、返事がたどたどしくなってしまった。
ここでさらっと流せれば、俺もからかわれることとか少なくなりそうなんだけどな……。まあ、悪い気はしないけど。
「そうそう。だから、お前はボーカル担当だな!」
「……いや、そんなに褒め…………は?」
「俺と結人はダンスとコーラス!潤慶は言うまでもなくメインボーカルな!」
「やったー!頑張ろうね一馬!」
「え?潤慶?な、なにを……」
「一馬。」
「え、英士……!」
いや、そんなまさか。ここに来て悪い予感が当たるとか、そんなわけないだろう。
こいつらのテンションに巻き込まれることなんて日常茶飯事で、だけど平和に終わることも多くて、今日もそうだって思った矢先に何かが起こる必要なんてないわけで。
「SPEEDは何人グループ?」
「……4人?」
「そうそう、そのうちメインボーカルが2人、ダンスとコーラスが2人のグループだったよね。ところで今回、勝負に参加した人数は?」
「5……あ、英士が抜けてるから4……」
「……。」
「……。」
英士がまたニッコリと笑った。この笑顔の後に起こることが碌でもないことなのだと、長年の付き合いから察せてしまう自分が悲しい。
ややこしいことになるとわかっていて、英士直々に俺をここに呼んだ理由。それは。
「「「SPEEDの誕生だああああ!!!」」」
俺をスケープゴートにするためかあああああ!!
「よし、このメンバーでSPEEDの曲、もう1週するぞ!」
「英士はプロデューサーな!俺らの成長はお前の手腕にかかっている!」
「ハイハイ。」
「英士……お前、謀ったな……!!」
「一馬は意外と良い声で歌うよね。プロデューサーとしてもっと伸びるよう頑張らなきゃ。」
「お、ヨンサやる気だね!!」
「そうじゃない……そうじゃないんだっ……!!」
この後、自分の知らない歌までも散々歌わされて、盛り上がりきったかに思われたテンションもまだまだ上がり続けていった。巻き込まれた俺も最後の方は自棄になって、その後どうなったかの記憶は定かじゃない。
それから潤慶は韓国へと帰っていった。ほんの数日の日本滞在なのに、あんなことに時間を使って良かったのだろうか。いや、すごく楽しそうだったけどさ。
ともあれ、これで一日限りのグループ結成も終わったわけで、ほっと胸を撫で下ろす。
いろんな話もして、たくさん遊べたし、サッカーだって出来た。また会おうなって笑って手を振った。
潤慶とは滅多に会えないわけだし、俺が少しくらい恥ずかしい思いをしたとしても、アイツが楽しんでくれたなら、満足してくれたなら良かったんだよな。
終わりよければすべて良しとでも言うように、清々しい気分になった俺に、潤慶が戻ってくるまでお前がメインボーカルだ!とテンションのおかしい2人と、逃がさないとでも言うように笑うプロデューサーが迫りくるのは、ほんの数日後の話。
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