最近、と不破が一緒にいるところをよく見かける。
きっかけはまさかの恋愛話。好きとは何か、とか、恋とは何か、とか、あまりにも突飛すぎる不破の質問に慌てふためく俺たち。そんな中、笑いながらそれに答えたのがだった。
考察やら理論やらを重要視する不破に対し、感情論と勢いで説明し煙に巻く。
対照的で、話もかみ合いそうにないのに、と話す不破は心なしか楽しそうだ。
頭は良いけど、感情の機微には疎い不破が、少しずつ人について、感情について考えだし、成長していく。
うんうん、良い話だ。は不破をまるで弟のように話すことがあるけど、それも少しわかる気がする。
ほどじゃないにしろ俺も不破と話す機会は格段に増えた。不破が変わっていくのを見るのは、俺だって少し嬉しくなることがあるし。
「どういうことだ、兄者。」
「そこは駆け引きなわけよ。誰でもお前みたいに直球なわけじゃないしさー。」
「わかるわかる。不破は直球すぎだよなー。たまに羨ましくなるときがある。」
「考えていることを口に出しているだけだろう。何を羨ましがることがある。」
本当に微笑ましいとは思うよ?
俺と上原なんて、まさか不破とこんな話ができるようになるとも思ってなかったしさ。
を兄ちゃんっぽく慕う気持ちもわからないでもないしさ。
「あーあっくんは思ってても口に出せなそう。でも真っ赤になって口ごもってるからバレバレっぽいけどな!」
「・・・そういうのってどうしたらいいと思う?師匠としては。」
「待て、先に俺の質問答えろ兄者。先ほどの話の何が駆け引きなんだ。」
「待って待って!今聞いとかないと、絶対違う話題になるから!」
でも、なんだろう。俺がおかしいのかな。
さっきからすごい気になるっていうか、周りの人たちもその単語が聞こえるたびにこっちをチラチラ見てる気がするっていうか。
でも、当人たちはまったく気にしてない。むしろ気づいてる気配すらない。
「兄者。」
「師匠!」
「いや、やっぱりおかしいだろ!!」
思わずあげてしまった声に、3人が一斉にこちらを振り向いた。
「桜庭?」
「兄者って何!?」
「心の兄をそう呼ぶそうだ。」「そんな冷静な説明はいらん!!ついでに今師匠呼びとか、兄者との相乗効果で訳のわからなさ倍増だかんな!」
「い、いや、今までのノリで何度も呼んでたじゃん。」
「お前ら気づいてる?周りの客、お前らが兄者やら師匠やら言うたびに、何かしら反応してたからな!?」
「え!マジ!?」
「上原だけは常識人だと思ってたのに・・・!!兄者呼びとか普通にスルーだもんな・・・乗っかって師匠とか呼ぶもんな・・・!」
「上原だけってなんだよー!俺らだって常識人ですー!」
「あ、そういう冗談はいいんで。」
「桜庭桜庭、目すわってる。」
不破はいつの間にかを兄者と呼ぶようになっていた。
しかし誰も突っ込まない。また不破が妙な実験でもしてんのかなーとか、がアホなこと吹き込んだのかなーとか、総じて皆スルーだ。かくいう俺もそうだった。
しかしだ。それは選抜内だけでの話。
こんな真昼間のファミレスで兄者だの師匠だのの単語が飛び交ってたら、さすがに注目も浴びるってものだ。
そういえば今日のこの集まりもが郭を誘っていたが、
憐れむような目で断っていたのを思い出した。
俺らを見てため息をついて、鼻で笑いながら、帰っていったのを思い出した。
そうか。こうなることを予想していたからか・・・!!
郭め・・・お前のそういうところがつくづく羨ましい!!
「アイツも同じことを言っていたな。心の兄を兄者と呼ぶのは不適切か?しかし、ここの46ページ4コマ目で示されているぞ。」
「それ漫画!漫画だから!てかお前、持ち歩いてんの!?」
「俺が貸したの。彼女にも見せたいっつーからさー。」
「アイツって不破の彼女のこと?」
「そうだ。兄者の真偽はともかく、興味を持ったと言っていた。」
「つーかきっかけはやっぱりかよ!」
「いや、俺もまさか不破がここを引っ張ってくるとは思わなかったですけどね。呼ばれたとき大爆笑でしたけどね。」
「まー兄者かっこいいもんなー。」
「どっちの兄者を言ってんだ?てか上原も毒されてる!!」
「でもまあ、どんな呼び方でも慕ってくれてるみたいで嬉しいじゃん?俺は不破の自主性を大切にだな・・・」
「お前、不破は絶対このまま変わらないからな!途中で呼び方おかしくね?とか疑問に思わないからな!!お前はいつまで経っても、大人になっても兄者だからな!!」
「・・・大人になっても・・・」
「わ、わかったか?」
「・・・・・・。」
「わかってくれたか?!」
「それはそれで面白いっていうか・・・」
「わかってねええええ!!」
隣のテーブルに座るOLっぽい女の人が肩を震わせて笑ってる。
向かいのテーブルのおじさんたちは、頑張れとでもいうように、目の前で拳を握りこちらに目くばせをした。
そう、俺は間違ってない!間違ってないんだ!
「不破!」
「なんだ?」
「信頼性を示すなら、兄者よりももっと良い呼び方があるだろ。」
「ほう。なんだ?」
不破はめちゃくちゃ頭がいいが、結構アホだ。というか、純粋すぎて、なんでも信じようとする。
今のは微笑ましいどころか、純粋な弟をたぶらかす、意地の悪い兄のようだ。
そんな不破を正しい方向に戻していくのも優しさってもんだろ?
「名前!」
「名前?」
「名前呼び!」
「名前呼び。」
「不破だったら大地って呼ぶとか、上原だったら淳って呼ぶとかさ!」
「・・・。」
「なんかこう、距離が近くなったような気がするだろ?」
「そうか?」
「そうなの!な!
上原・・・いや、淳!!」
「え!?あ、お、おう!!」
「どうして名前で呼ぶことが信頼性を示すんだ?」
「え?だから、こう、距離が・・・」
「兄者よりもか?それはどのような考察の末に実証されたんだ?」
・・・・・・。
うわああああ、めんどくせええ!!そういやコイツ、こういう奴だった!!
ただ純粋でとぼけてるだけじゃなかったんだった!
つーかそもそも漫画の兄者は信じるくせに、現実にいる俺を信じないってどういうことだよ泣きたくなるわ!!
「お、お、俺調べ!!」
「ぶはっ・・・!!」
苦し紛れに言い放った一言に、が吹き出した。
たぶん俺の味方についてくれただろう上原も明らかに笑いをこらえ、不破はきょとんとした表情を浮かべている。
「お、俺調べ・・・って・・・お前、どういうことなの・・・?」
「う、うるさいな!そもそもが面白がってんのが悪いんだろ!?」
「っ・・・く・・・ふははっ・・・お前って本当いい奴だよなー。」
腹を押さえて笑いながら、は不破を見た。
「じゃあ、桜庭調べに従って名前呼びにしとこっか。」
「待て。結局根拠が示されていないだろう。」
「兄者は敬称、名前は固有名詞。ってのが一番単純かな。」
「ほう。」
「兄者呼びのまま、もし今この場に兄者が3人いたらどうする?訳わかんなくなるっしょ。」
「兄者が3人ってどういう状況だよ怖いわ。」
「それに、」
「む?」
「確かに名前の方が兄ちゃんは嬉しいしな!」
「・・・ふむ。そういうものか。」
長々とした説明が必要なのかと思いきや、たった数言で終わりそうだ。
俺の必死の説明を返せ。苦し紛れに俺調べとか、訳のわからないことを言って爆笑された俺の傷ついた心をどうしてくれる。
「しっかし桜庭がそこまで名前呼びを重要視してたとは。」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・!不破のあの呼び方をどうにかするためにだな・・・」
「男だとあんまり、名字呼びとか名前呼びとかこだわらないもんなー。」
「まーぶっちゃけ俺もそうだけどね。男の呼び方なんておまけですよ!」
「。」
「お、なに?」
「結局重要なのか、そうでないのか。」
「うむ、人の主観によるね。」
「・・・。」
「だから大地くんが納得できないなら、兄者呼びでも構わないわけですよ俺は。」
「・・・そうか。」
「さっきちょっとがっかりしてたっぽいし。兄者呼び気に入ってた?」
「何を言っている。」
「ふはは、でもでも兄者でも師匠でもハニーでもダーリンでもどんと来いってこと!」
「あー!お前はせっかく平和に解決しそうだったのに・・・!」
「つか、ハニーとダーリンはやめとこうぜ。」
その後、不破が何を思ったのかはわからなかったけど、俺はもうやるだけのことはやったし。
なんて兄者でも師匠でもアホでもなんとでも呼ばれればいいんだ。
「せっかくだから、桜庭も呼び方変えてみるか!」
「は!?」
「だってさ、不破が大地だろ?で、上原はあっくん。」
「俺のその呼び方もう決定なの!?」
「あっくんはあっくんでしょうが!」
「なんで今怒られたの!?」「となると、桜庭は・・・雄一郎か!良い名前だよなー」
「え、あ・・・えっと、つか俺、名前で呼ばれることあんまり無いし、結構照れ・・・」
「でも長い!!やっぱり桜庭だわ!!桜庭は桜庭だわ!!」「・・・え。」
「俺のこともくんって呼んでくれても良いのよ?」
「・・・。」
「照れるなってー。男友達から呼び方が変わろうが特別感もなにもあったもんじゃないけど、遠慮すんなって。」
「・・・・・・呼ぶか!お前の名前なんて呼ぶかー!!」「さ、桜庭・・・」
「なに!失礼な!」
「お前なんてただのだ!」
「まあそうですけどね!間違いなくですけどね!?」
「先ほどあんなに名前呼びを重要視していたのに、どういうことだ?」
「ふ、不破。ややこしくなるからちょっと待とう?ちょっとだけ待とう!?」
「なぜだ。」
別に呼び方なんてどうでも良いけど。本っ当どうでもいいんだけどさ!
はもう少しデリカシーってものを覚えた方が良いと思う。特に男友達な。つーか俺な。
そんなことを考えながら、結局俺も、周りに笑われている当事者になっていたことに気づかずにいた。
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