「「じゃんけんぽん!!」」
「よっしゃあ!はい一馬くん、片付けよろしく!」
「くそ、また俺かよ!!」
「ふはは、お前って本当にじゃんけん弱いよなー」
おかしい。何かがおかしい。俺はこんなにじゃんけんが弱かっただろうか。
英士や結人もそうだけど、特にだ。俺とコイツのじゃんけんの相性はよっぽど悪いらしい。
だけど、そもそもじゃんけんなんて確率論なはずだ。いくら何でも俺の負ける確率が高すぎる・・・!
「最初に出す手は一応意識的に変えてるんだけどなー・・・ってあれ?」
練習で貸し出してもらったボールカゴを所定の倉庫へ片付け更衣室へ戻ると、丁度そこから出て行くところの不破とすれ違った。
手には本を持っていて、そういえばコイツは前にもサッカー理論の本を読んでいた、なんてふと思い出す。
今回も同じかと思い、なんとなく本のタイトルを覗いてみれば。
「!!」
「・・・統計的にはパーか・・・ハッタリも有効・・・ふむ、つまり・・・・・・真田?何か用か?」
「え、あ、いや・・・あれ?」
不破の持っていた本のタイトルを目にして、俺は無意識に不破の腕を掴んで引き止めてしまっていた。
何やってんだ俺。コイツとそれほど喋ったこともねえってのに、絶対不審に思われるだろ。
「そ、それ、何読んでんだ?」
「じゃんけん必勝法だ。」
「それはタイトル見ればわかるけど!なんでそんなもん読んでるんだ?」
「のじゃんけんの強さを解明するためだ。」
「!!」
それを聞いたとき、俺の頭の中からは、あまり話したことがないとか、理屈っぽくてとっつきにくい奴だとか、そういうのが一気に吹き飛んだ。
その代わりに持ったものは、妙な仲間意識。
「お前もに・・・勝てないのか?」
「お前も・・・?ということは、真田もか。」
「そう、そうなんだよ!なんでアイツ、あんなに強いんだ!?」
「俺も今その謎を考察しているところだ。じゃんけんは確率論。それなのにアイツの勝率は明らかにおかしい。」
「だよなだよな!!」
こんなのくだらないって思っていたのに、いざ同じ考えを持つ奴がいるとテンションがあがってくるというものだ。
ほとんどの奴が着替え終わり、更衣室から出て行く中、自分も着替えを進めつつ不破の考察を聞いていた。
まあ正直、半分以上は意味がわからなかったけど。
「真田。まだ理解できないようなら、この本を貸してやろう。」
「いいのか?」
「ああ、実践を想定するために読み返してはいたが、内容は頭に入っている。手元に無くとも問題はない。」
「不破・・・お前って実は・・・結構いい奴だったんだな・・・!」
「良い奴になった覚えはないが。お前も考察が好きだったとは意外だったぞ、真田。」
「・・・いや別に好きではないけども。まあこういう風に理論から入っていくっていうのもいいよな。」
「ふむ。良い傾向だ。」
「なんで上から目線!?」
不破から借りた本を読んで、じゃんけんというものの奥深さを知る。
いや、そんなもの知ってどうすんだって冷静になれば思うけど、このときの俺は燃えていた。
次こそは奴に勝って、『安定の一馬一人負け』なんて言わせない。
勝って、勝ち続けて、お前ってじゃんけん弱いんだなーとか言いたい。
『お前じゃんけん弱すぎて可哀想だから、もう賭けとか無しでいいよ。俺がやるよ。』って言いたい。
マジであれ、すごいみじめだから。たかがじゃんけんって馬鹿にできねえから・・・!!
「よし、行くぞ真田。」
「おう!」
「初手は?」
「パー!」
「あいこになったときの対処法は?」
「あいこの手に負ける手を出す!」
「時には自分の出す手を宣言し、心を乱す手も有効だが・・・」
「リスクも大きいからそれは最後の手!」
「よし。いいだろう。」
「お前だってじゃんけん弱いくせに、なんでそう上から目線なんだよ!」
今だかつて、不破とこんなに気が合ったことがあっただろうか。
いや、無いな。絶対になかったって思えるほどなのに、今は心なしかお互い気を許せるようになっている気さえする。
まさかのじゃんけんの話題でこんなことになるとは、俺もびっくりだ。
さて、それじゃあ勉強の成果って奴をアイツに見せに行くとしよう!
「。」
「ああ、不破。・・・と、一馬!?お前らが二人一緒にいるって珍しいな。どうかしたの?」
「、俺たちと勝負し・・・」
「じゃんけんだ。」
「は?」
「いや、不破と俺が、」
「行くぞ!」
不破、お前っていつもそうやって、なんの脈絡も無く勝負を挑んでたのか・・・?
お前のそういう自由なところ、ちょっと羨ましいぜ。
それから数十秒後の光景は、ガッツポーズをする、ショックを受けている不破、そしてうなだれる俺の姿。
つまり、俺たちの想像どおりにはいかなかった。
「くっそー!なんだよお前!なんでそんなにじゃんけん強いんだよー!!」
「え、もしかしてお前ら、俺にじゃんけんで勝ちたいとかそういうので意気投合しちゃったの?」
「べっ、別に意気投合はしてねえけど・・・!」
「そうだな。」
「えっ」
「真田のことはよく知らなかったし、考察の対象でもなかったが、意見のやり取りは、俺の考え付かないものもあってなかなか興味深かったぞ。」
「・・・。」
「今回は負けたが、また次の機会に挑戦するとしよう。負けた理由は必ずあるはずだからな。」
「・・・そ、そうだな。」
まさか不破に認められるなんて思っていなくて、妙に恥ずかしくなって視線をそらした。
おい。そんなキラキラした目で俺たちを見るな。ニヤニヤすんな!
「お前ら二人ともじゃんけん弱いけどさ、実際のところ、どっちのが弱いの?」
「え?」
「ふむ・・・そういえばじゃんけんの話はしていたが、お前とは勝負していないな。試しにやってみるか。」
「お、おう。じゃあ、じゃーんけんぽん。」
「・・・。」
「・・・ふむ、俺の勝ちだ。」
「・・・も、もう一回やってみねえ?」
「そうだな、勝率を細かく出すためにも数回やってみるか。」
それから数分が経った。
じゃんけんを続ける俺たちをにやけながら見ていたの表情が曇っていく。
不破は相変わらず無表情だ。そして俺は・・・
結構マジで、泣くかと思った。
「そ、そんなまさか・・・!一回も勝てないとかどういうことなの一馬!!」
「知らねえよ!ていうか、絶対おかしいって!
読んだ本だって一緒だし、適当じゃなくてちゃんと考えた末に出した手だったのに、こんなに連続で負けるわけないだろ!?」
「実際負けてますけどねー。」
「うるせー!!」
「・・・真田。」
「なんだよ、不破。」
「その弱さは一体どういうことだ・・・!?」
「!!」
なんだよ!なんなんだよ!さっきまで一緒に頑張ろうって言ってたのに!
そんな真剣な顔で、俺の弱さについて悩んでんじゃねえよ!!
無表情のはずの不破が、心なしか俺を哀れんでるようにすら見えてきた。
「、お前の言っていたこともわかるような気がする。」
「なに?」
「理屈ではないんだな。」
「ぶはっ!!」
「どういうことだよ!!理屈で考えられないくらい俺が弱いって言いたいのか!?」
「実際そうだろう。」
「不破ああああ!!」
結局、俺にとっての不破は、理屈っぽくてとっつきづらくて、すごく失礼な奴に逆戻りした。
少しは話のわかる奴だと思ったのに、築きかかった友情は脆くも儚く崩れ去っていった。
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