「英士、頼む!」
「寝ぼけたこと言ってるくらいなら、とっとと寝れば?」
「寝ぼけてねえし!なんだよ英士のケチ!」
・・・一体これはどういう状況だろう。
英士の家に皆で泊まりにきて、適当に遊んで、飯を食べて。
じゃんけんで風呂の順番を決めて、俺が一番最後で。
戻ってきたら、部屋からは何かを神妙に話している英士との声。
話している、というよりは言い合いに近い。
いつも頭が痛くなるほどに、いろんな意味で息ぴったりの奴らがどうしたんだ?
「俺、ずっと忘れられないんだよ・・・!別にお前から盗るとか、そういう気は全然ないんだ。ただ、少しだけ・・・」
「嫌だ。」
「こんなの、初めてなんだよ!」
「知らないよ。俺のだってわかってるんなら諦めたら?」
「諦めきれないから頼んでるんだろ!」
・・・忘れられないとか、盗るとか、穏やかじゃない。
軽い言い合いくらいはいつもしてるけど、こんなに真剣な二人は滅多に見ない。
どうしよう。ますます部屋に入りづらいんだけど。俺のいない間に一体何があったんだ?
「じゃあ一晩!一晩だけでいい・・・!そうしたら諦める。もうこんな我侭言ったりしないから。」
「いやだね。そんなことしたら、気分よく眠れない。」
「なんだよ!別に大切になんかしてないって言ってたくせに!結局お前も好きなんじゃねえか!」
え?いや、ちょっと待て。一晩だけとか、大切にしてないとか。
この言い合いの原因ってもしかして、女関係・・・いや、まさか。
英士とが同じ奴を好きになったとか、英士に彼女が出来たとか俺、聞いてないし。
ていうかだって、ひ、一晩だけとかそういうこと言う奴じゃ・・・多分ねえし!
「俺にとって一番しっくりくるってだけだよ。好きとかバカじゃない?」
「バカとはなんだバカとは!その程度の気持ちなら俺に譲れよバカ英士!」
「は?誰がバカ?」
「頑固!意地っ張り!わからずや!!」
「ふーん。そういうこと言うんだ?なんだったら今ここから出てってもらってもいいんだよ?」
うわー!うわー!どうしよう!ついに喧嘩になった!
さっきまでアホみたいに騒いでたのに、どうしていきなりこうなったんだよ!?
本当は元々二人に何かあったのか?俺が何も聞かされてなかっただけなのか!?
ていうか、と英士の声しか聞こえてこないんだけど、結人は何やってんだ?
この雰囲気に呑まれて怯えて何も喋れないのか?
ありえすぎて恐ろしい!
ここは俺が部屋に入っていって、止めるべきか?
でもこの二人の喧嘩を俺なんかが止められんのか?
が追い出される以前にもう俺が帰りたい。
ガチャ
嫌な汗をかくくらい心の中で葛藤していたところで、突然部屋の扉が開いた。
頭が真っ白なまま、次に聞こえてきたのは、結人の声。
「あ、やっぱり戻ってきてた。何やってんのお前。」
この修羅場に何も動じていないような、間の抜けた声。
え、なに?お前ってそんなに動じない奴だったっけ?
「お、お前らこそ、何やってんだ?一体どうしたんだ?」
「え?俺?ゲームしてた。」
「・・・は?」
「英士とがうるさくてさー。くだらないことで喧嘩してんだから、なんだかんだでガキだよな!」
「く、くだらないって・・・!」
「だってあれ見ろよ。」
結人が飄々としながら、女の取り合いをくだらないと一蹴し、
あいつらをガキ呼ばわりするなんて・・・
そんなバカな!
俺、実は風呂に入る前に寝ちゃってたんじゃねえのか?これって夢なんじゃないのか?
そんなことまで思いながら、結人の指さす方を見た。
「俺はこいつがいいの!これで寝たいの!」
「そんなの知らないよ。うちに来るたびそうやって駄々こねてバカじゃないの?
俺のものなんだから、俺が使うのが当然でしょ。」
「いいじゃんよ!俺お客さまなんだから!」
「は?誰が?泊めてあげてるのはこっち側なんだってわかってる?」
「くそー!こんな寝心地のいい枕、他に見つからねえんだよ!」
「だから知らないよ。これ以上言うなら床に直に寝かせるよ?」
「くっ!なんという非道・・・!!」
・・・えーと。
・・・・・・え?
「枕の取り合い。どうしたの一馬。すっげえ顔してるけど。」
いや、そりゃあな。
あいつらは彼女とか、女だとか、そういったことは確かに口に出してないけども・・・
ないんだけども・・・!!
「アホかーーーーー!!!」
「一馬!?」
「おわっ、ど、どうした!?」
「もう本当お前らって・・・!お前ら・・・っ・・・」
ほっとしたやら、恥ずかしいやら、泣きたいやら。気が抜けて俺はその場に崩れ落ちた。
俺が関わってないときでさえ、振り回されるってどういうことなんだよ・・・!
「枕とかどうでもいい!俺はもう寝る!」
「え?どうしたんだよ一馬。何怒って・・・」
「どうでもよくない!これは同じものはふたつとない・・・」
「もー知るか!」
「一馬?」
「おやすみ!」
「「「お、おやすみなさい・・・。」」」
いつもからかわれる側の俺が、あいつらをめずらしく唖然とさせ、黙らせた瞬間だ。
しかし残念なことに、このときの俺は、その事実に気づくことはなかった。
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