恋愛救助団
「上原、ゴール直前のドリブル突っ走りすぎだっただろー?」
「う・・・」
「いくらドリブル得意でも、周りも見れなきゃな!俺みたいに!」
「くそう偉そうに・・・!お前だってその前にボール取り損ねてたじゃんかよ!」
「な・・・あ、あれはだな・・・!」
「まあまあ若者たちよ。そうして反省して俺らは強くなっていくわけだ。言い争いは止めたまえ。」
「若者たちって・・・お前も同い年だろ
。」
都選抜での練習試合が終わり、皆がゾロゾロと相手校の準備してくれた控え室に戻っていく。
俺と上原、
は今日の試合での反省点を話しつつ、何だかんだで一番最後に控え室に入った。
男が着替え終わるのなんてほんの数分あれば充分。
俺たちが着く頃には先に着替えはじめていた半分ほどの奴らが部屋から出ようとしていた。
「うわ、汗くせ!!」
「何を今更。ここってシャワー室もないもんなー。あーはやく帰って風呂入りてー。」
「ギャー!桜庭!こんなとこで制汗スプレー使うな!匂いが混ざる!」
「だって気持ちわりいじゃん。大丈夫、これ匂い抑えてあるやつだから。」
「大丈夫じゃねえよ!お前、スプレーだらけの女子更衣室の匂いとかひでーんだぞ!あまく見んな!」
「「・・・。」」
「お?何?」
「何で女子更衣室の匂いがひどいとか知ってんだ?」
「・・・あー、まあいろいろ。」
「覗き?」
「はっはっは。そんなまさか。鳴海じゃあるまいし。」
「((鳴海に失礼だ!!))」
まあ確かに
は覗きなんてしそうなタイプには見えないけどさ。
でも普通、女子更衣室のことなんて俺たち男が知ってるわけない。
俺たちが疑問の表情で見ていると、
が着替えを続けたまま話しだした。
「この間クラスの女子にさー、なんかいきなり更衣室に引っ張りこまれて。」
「・・・。」
「でも、その前の時間って体育だったのな?多分その子は着替え終わってそのままそこで待ってたらしくて。
ずっとそこにいると鼻が麻痺するんだろうなー。匂いのことも気にせず俺を引っ張りこんだわけよ。」
「・・・。」
「なんかいろいろ言われたんだけど、俺、ビックリしたね!
女子更衣室ってもっとこう・・・いい匂いがするもんだと思ってた!」
「・・・
。」
「ん?」
「その女子はどうしたんだ?」
「おいしくいただきました。」
「「ええええーーーーーー!!!」」
「おいおいそんなに食いつくなよ野郎ども!冗談だ冗談。」
「「・・・。」」
女子更衣室がどうとかよりも、気になるに決まってんだろ!当たり前だ!
余裕で笑う
にそう言ってやりたかったけど、所詮負け犬の遠吠えになりそうだから止めておいた。
くそう、コイツやっぱりモテすぎだよな。でもモテるだろう理由もまたわかるから悔しい。
「・・・俺も引っ張りこまれてえなあ・・・」
「ん?」
「今、何か言った?誰?桜庭?」
「俺じゃねえよ?じゃあ上原?」
「俺も喋ってない。じゃあ・・・」
俺たちが一番最後に入ったということもあり、さらに雑談までしていたから
いつの間にか残りは俺たちだけとなっていた、はずだ。
しかし聞こえてきたのは、覇気のない俺たちの中の誰でもない声。
「・・・お前らは幸せそうだよなあ・・・」
「・・・ギャー!!って、谷口ー?!」
「お前今までどこにいた?!」
「・・・いいんだ、どうせ俺は空気だよ・・・誰の目にも入らない・・・」
「ちょ、どうしたんだよお前・・・!いつからそんな根暗キャラに?!」
「根暗・・・それもいいかもな。そうして俺は暗い道を行く・・・」
「なんか谷口が暗黒世界に飲み込まれかけてるんだけど!どうしよう、どうしたらいい
!」
「えー俺にふんなよ。やだよ俺そんなドロドロしたオーラに触れるの。」
「そう、俺はドロドロさ・・・」
「ー!!」
俺たちの視界に入らないところでうずくまっていた谷口は、慌しく着替えを終え
部屋から出て行った誰の目にも留まらなかったようだ(それはそれで悲しい)
着替えは終えていたが、手には携帯を持って虚ろな瞳でこちらを見上げている。怖い。
「何してるの
。皆集まってるよ。」
そんな異様な雰囲気は、俺たちを呼びにきた郭の声で中断された。
俺たちは虚ろな目をしたままの谷口を引っ張り、監督たちへの挨拶を終えて帰路についた。
とはいえ、こんな谷口をそのまま突き放すわけにもいかない。俺と上原は顔を見合わせ頷いた。
「そんじゃあなー。次の練習で会おうぜー。」
「ちょ、ちょちょちょっと待て
!」
「何?」
「谷口どうするんだよ!」
「え?俺別に谷口と同じ方向じゃないよ?」
「そうじゃなくて!こんな状態の谷口ほっとけるかよ!話だけでも聞いてやるとか・・・」
「うん、聞けばいいじゃん!な!じゃあ俺は帰るわ!」
「な!じゃねえよ!俺らに押し付ける気か!」
「だって俺これから英士と一緒に夕飯食べて帰るんだもん。」
「じゃあ俺らも一緒に行くから!」
「来ないでくれる?」
「いや、だから郭・・・あの状態の谷口を・・・」
「俺たちの知ったことじゃないね。」
くそうこいつら・・・!いくら違う学校とはいえ、俺らはあの選抜合宿を戦いぬいたチームメイトだぞ?!
いくら谷口が遠い目をしてて、なんだかすっごいネガティブで、暗黒オーラを放っていたとしても・・・
ってこれ怖くね?俺たちの手に負えるのか?!・・・いや、それでも話くらいは聞いてやろうって気にはなるだろ!
そりゃ確かに俺と上原の二人で聞いたっていいけど
・・・ダメだ、俺たちじゃどう考えても頼りない!
下手すれば一緒に暗黒オーラに飲み込まれていきそうだ!
「頼むよ!奢るから!」
「・・・。」
「・・・。」
と郭が無言で顔を見合わせた。
二人とも表情は変わらず、一体どんな意味でアイコンタクトを取ったのかはさっぱりわからない。
「・・・仕方ねえな。行くか!」
「俺も付き合うの?」
「当然!」
「はー。」
なんだ、やっぱりなんだかんだ言っても、ちゃんと頼めば来てくれるんだよな。
郭はともかく、
は人望あるもんな。いや、郭が人望ないって言ってるわけじゃなく。
「ところで夕飯はこの先まっすぐ行ったとこな!ちょっと値段は張るけどうまいんだ!」
「え、あ、うん。」
「助かったー。今月金なかったんだー。」
「・・・。」
ちゃんと友情からだよな・・・?
おごりにつられたとか言わないよな・・・?
うん、信じてるぞ
。そう信じさせてくれ!
「それで?何があったんだよ谷口。」
店に入ってからも、遠くを見たままの谷口。
確か今日の練習試合だとこんな素振りは見えなかった。
谷口がこうなったのは恐らく試合が終わってからの話なんだろう。
「今日の試合で何かあったか?」
「・・・。」
「誰かにいじめられでもしたか?」
「・・・。」
「少し話すだけでも楽になるかもしれねえじゃん?話してみろよ。」
「・・・。」
いろいろ聞いてはみたけれど、谷口は黙ったまま注文した食べ物にも口をつけず顔を俯けていた。
俺は上原と顔を見合わせて小さくため息をつく。
ちなみに
と郭はそんな俺らを気にすることもなく、並べられた料理を黙々とほおばっていた。
「まあ話したくないこともあるか・・・。じゃあ飯だけでも食ってこうぜ?な?」
「・・・。」
「はー食った食った!ごちそうさまでしたー!」
「ごちそうさま。」
「は?!はえーよお前ら!俺たちまだ食べはじめてもねえよ!」
「いや、だって冷めちゃったらおいしくねえじゃん?」
「そういう問題じゃねえだろー?!」
「じゃあ俺たちは帰るわ!」
「なにーーー?!」
本当におごられるためだけに来たのかこいつら!
ていうか今お前らに帰られて、このままの雰囲気で飯食うのも嫌なんだけど・・・!
せめていてくれ!お前らが雑談してても、
多少毒舌な話とかしてても耐えるから!
「何驚いてんだよ。だって谷口、俺らに話す気全然なさそうじゃん?話聞くも何もないだろ?」
「・・・そ、それは・・・」
「自分だけ不幸って顔して、心配してる奴らに何の反応も返さないで黙ったままで?
そんな奴の話なんて聞く気にもならないし。」
「
・・・」
「俺も同感。
まあ元々谷口の話に興味はないけど。」
「俺らはともかく、桜庭と上原はこうして心配してくれてんだぞ?何とか言えよ谷口。
構われたくないとか、話したくないんだとしてもそう言え。黙りこくられてんのが一番困る。」
が冷たく言い放った一言に、谷口が顔をあげた。
その表情はさきほど見たよりも暗く、
いやもう本当どうしていいのかすごく困ったけれど
とりあえず谷口が何か言おうとしているのを見て、それを待つことにした。
「・・・悪かった・・・。」
「お、おう!いいんだよ!誰だって落ち込むときはあるしな!」
「・・・聞いてくれるか・・・?」
「もちろん!」
「・・・これ。」
そう言って谷口が俺たちに差し出したのは、先ほどから握り締めていた携帯電話だった。
俺たちの中で携帯を持っている奴は少ないけど、谷口が親に買ってもらったと自慢していたのを覚えてる。
谷口が軽く操作して、俺たちにそれを手渡す。
「「「・・・。」」」
谷口が見せてくれた内容は、どうやら誰かからのメール内容だった。
「もう電話してこないで」とか「しつこい」とか「いい加減にして」とか。
なにやら辛らつな言葉。険悪さが伝わってくる。
「ストーカーで訴えられでもしたの?」
「「郭ー!!」」
相手は女。内容的にはそうとれなくもないが、それを口にだすな・・・!
いくら谷口でもそんなことするはず・・・するはず・・・
多分するはずないだろう・・・?!
「これってあれだろ?前に自慢してた彼女。」
「あ、そういえばお前彼女出来たって言いまわってたよな?」
「確かめっちゃ綺麗で学校一の美女とか。大げさだなあとか思ってたけど。」
「お、大げさなんかじゃねえよ・・・!」
「でもさ、確かその彼女に貢いでたって話も聞いたぜ俺。」
「貢いでねえよ!プレゼントだ!プレゼント!!」
「・・・何あげたんだ?」
「欲しがってたバッグとか・・・靴とか・・・」
「よくそんなん買えたな・・・。」
「おう!俺お年玉とか溜め込んでたからな!」
「「「・・・。」」」
それを貢いでるっていうんだって伝えるべきだろうか。
ていうか今こそ郭の毒舌で真実を伝えるべきじゃないのか?
おい郭・・・!いつも毒舌なんだからこういうときくらい
・・・あ、すごく面倒そうな顔してる。
真実を伝えて絡まれるのが嫌なんだな・・・。
うわ、どうしよう俺。郭の思考わかってきちゃった・・・!
「ところでそんな献身的な谷口くんは何をもらったんだ?」
「俺・・・?俺・・・うーん・・・手作りのクッキーとかもらった!」
「「「「・・・。」」」」
『金かけてない。』『絶対市販品だ。』『ていうか哀れすぎる。』『・・・。』
顔を見合わせた俺たちは目で語った。
「それで、結局その彼女にはふられたと。」
「・・・最近全然会ってくれなくなって・・・メールとか電話はしてたんだけど返事もなくて・・・
さっき返信が来てたと思ったら・・・そのメールだった。」
「・・・別れて正解じゃね?」
「でも俺・・・」
「わっ!何かきたぞ!」
谷口が泣きそうな顔をしたその瞬間、上原の手にあった携帯が震えた。
送信者は・・・先ほどまで見ていた谷口の彼女の名前。
谷口が落胆したまま、開けと上原に言ったので俺たちはメールを開きその内容を覗き込んだ。
『さっき言い忘れたけど、学校でももう話しかけないで。谷口と彼氏彼女と思われるの嫌だから。
返事もいらない。何かしようとしたら先生にいいつけるからね。』
「「「・・・。」」」
「・・・う・・・」
「うわー!何だよこの女!何様だよ・・・!!」
「ありえねえよコイツ!谷口、別れて正解!大正解!」
「・・・くそう・・・ちくしょう・・・」
「泣け!今日は俺のおごりだから!思う存分泣いて、たくさん食べろ!」
「な・・・」
「な?」
「悲しすぎて・・・泣けねえ・・・」
「「谷口ーーーー!!!」」
俺たちは周りの客がこちらを向くのも気にせず、谷口に抱きついた。
同じ学校の女に貢がされた挙句、こんなひどいふりかたをされるなんて・・・!
いくら谷口が別れることを嫌がってたといっても、これはひどすぎるだろ・・・!
「谷口。」
「・・・なに・・・?」
「彼女、適当な理由つけて呼び出せよ。」
「は?」
「最後に会いたいとか、物でつってもいいよ。とにかく来週の休み、呼び出せ。」
「
・・・?」
「さすがに俺もムカついてきた。」
「・・・
。あまり首つっこまない方がいいんじゃない?」
「一度火が着いてしまった俺は止められないぜ!英士ならわかるだろ?!」
「・・・ったく・・・。」
ポカンとする俺たちなどお構いなしに、
は谷口にこの日のこの場所で、谷口はこうしろとてきぱきと指示を始めた。
おそらく
の突然の行動力についていけなくなった谷口は反射的にうんうんとただ頷く。
が何をしようとしてるのか、何がしたいのかは俺たちにもわからなかったけれど、
その中で郭だけが、ため息をつきながら呆れた表情で
を見ていた。
そして、
が谷口に指示した日。
そもそも選抜練習は休みだったのだが、運よくというか悪くというか、他に予定もなかった俺たちもその場に集合した。
郭は予定があったのか、それとも面倒だったのか、来ていないみたいだけれど。
今日どうするのか、内容は簡単に聞いてる。
は谷口の彼女に逆に貢がせてやるというのだ。
確かに
なら出来そうな気もするけど、なにしろ相手は谷口曰く、学校一の美女。
谷口のことからして男を手玉に取るのが得意、なんだろう。はたして
に勝算はあるのだろうか。
俺たちは少し離れた場所から
を見守り、さらにその先に決めた彼女との待ち合わせ場所を見つめる。
30分遅れで彼女がやってくると、谷口は
の指示通りに彼女にメールを送った。勿論、約束キャンセルのメールだ。
「うっわ、ありえないし・・・!」
声は聞こえないが、そんな風に言ってるように見えた。
元々不機嫌そうだった顔が、さらに歪んだ。谷口の言うとおり美人だとは思うけれど、俺は遠慮願いたいなー。
彼女がこれからどうするかといった様子でと不機嫌な顔をあげると、
その近くに現れたのは地図を持ちキョロキョロと辺りを見回す男。
いつものジャージじゃない、そこらのイケメンなんか目じゃないくらいにばっちりキメた
の姿だ。
アイツ、普段も結構カッコいいと思ってたけど、ちゃんとすればあんなになるんだな。って、男に見惚れてどうする。
その俺たちと同じように、彼女も
に見惚れているみたいだ。まあ彼女だけじゃなく、他にもたくさんいるんだけど。
そう、他にもたくさんの女が見惚れているのを見て焦ったのかもしれない。
彼女は我に返ると間髪いれずに
に話しかけた。先ほどの不機嫌な顔はどこにいったんだというくらいの満面の笑みで。
「彼女、貢がせるだけの女王様タイプじゃないんだな。逆ナンとかもするんだ?」
「あれは常に自分が注目されてたいってタイプでしょ。
だったら相手に不足はないだろうし。羨みの視線や注目を受けられる。」
「あーなるほどー・・・って郭ーーー?!」
「うるさいな。気づかれるよ。」
「な、何でここに・・・!」
「
に呼び出されたからに決まってるでしょ。桜庭たちだけじゃツッコミに気を取られるあまり、
大声だして気づかれるかもしれないからって。全く面倒だよね。」
「・・・。」
ひどい・・・ひどいぜ
・・・!
俺たちだってそんな、ツッコミばっかりしてるわけじゃ・・・!
でも否定もできない!だけど、俺らがツッコミ入れるのってお前とか郭のことばっかりなんだからな!
「あ!歩きだした!」
「どこ行くんだ?」
「何話してんのかも全然わかんねー!」
「そんな無能な君らの為に。」
「「「無能?!」」」
「
から預かってきた。超小型トランシーバー。」
「ええ?!」
「
の方が常に送信状態にしてるから、全ての会話はこれで聞ける。」
「何でそんなものを・・・」
「
って何者だよ・・・。」
「そうか、そういう準備の良さがモテる秘訣なわけだな・・・。」
「ツッコミどころが違う!!」
「感心するところじゃねえよ!!」
「・・・。」
ちょ、郭がすっごい冷たい目で俺たちを見てる。しかもため息ついた・・・!
態度で表すの止めてくれねえかな・・・。せめて、そうせめて喋って!言葉で伝えてくれ!!
そんな俺たちを無視して、郭がイヤホンを片耳にあてた。
もう片方が空いてるけど・・・
え?俺たち3人でひとつ?この場合2人で1つずつじゃないの?!
なんてわかりきった質問はしない。いいよ、俺たち3人で聞けばいいんだろ。ああ、どうせ俺は弱いよ!
『助かったよ。この辺全然知らなくてさ。』
『いいんですよ〜!わたしも今丁度暇だったから!』
『こっちの道は?』
『まっすぐです!』
当初の計画通り、道に迷ったイケメン君を演じ続けてる。
しかし彼女の方はあのメールとか、さっきの不機嫌そうな表情からは想像できない声を出してるな。
『
さんの・・・年とか聞いてもいいですか?』
『
でいいよ。白高の2年。』
『白高って・・・白波瀬高校ですか?!すっごい頭いいところでしょう?』
『ははっ、頭良くても道に迷ってるとか情けないけどね。』
『そんなことないですよー!』
「・・・なあ
ってさ、いつもこうして女おとしてんのかな・・・?」
「慣れてるよな、やけに。しかも白波瀬高校名乗るとか。堂々としすぎ・・・!」
「俺も白波瀬高校だったらアイツも・・・」
「「いや、俺ら高校以前に中学生だから。」」
「別に普段の
だったら、そんなセコイ手使わないよ。必要もないし。
今回はあのアホ女の性格にあわせただけでしょ。」
「・・・だよなー。」
俺たちは一定の位置を保ち、人ごみに紛れながら二人の会話を聞いていた。
谷口から話を聞いていたとはいえ初対面の二人。けれど会話がつきることはない。
がうまいこと彼女を誘導してるからだ。絶対女慣れしてるよなコイツ。
表面的には楽しそうな会話を聞きつつ、
横で谷口が悔しがってるのは見ないフリをしながら
ようやく目的地に到着する。
『・・・あ!』
『どうかしたんですか?』
『・・・やべ、財布・・・。』
『もしかして・・・落とした・・・?』
『・・・かも。うーわーありえねえ!』
『・・・。』
普通なら道に迷って、さらに財布まで落としたなんて聞いたら、なんてマヌケな奴とも思われたかもしれない。
けれど、ここに来るまでの間に
は『進学校白波瀬高校の生徒で、医者の一人息子』ということになっている。
さらには顔もよく、今は彼女もいないなんて話をされていたら、いろんな意味で『ブランド』が大好きらしい彼女は・・・
『私が・・・今日は私が払います!』
『え?』
『せっかく来たんだし、このまま帰るなんて勿体ないですよ!』
『いや・・・でも・・・』
『だから・・・あの・・・また会ってもらえませんか・・・?』
『え・・・?』
『
さんとお話するの楽しくて・・・またお話したいんです・・・!』
来たー!!完全に落ちたよ彼女!!
最初はこんな古典的な手でって思ってたけど、綺麗な顔と巧みな話術があればどうにでもなるみたいだ。
「・・・。」
「谷口が黙っちゃったけど、どうしたらいいんだ?」
「ほっときなよ。谷口は今、客観的な自分の姿を見て愕然としてるんでしょ?今更だけど。」
「あー、まさにそうかも。綺麗な顔と巧みな話術!まあ彼女の場合は甘え上手ってとこかな。
あんな簡単に騙されちゃうんだもん。自分の姿を重ねてんだろうなー。」
「・・・うっ・・・」
「なんか泣き出しそうだぞ。」
「自分が情けなくなったとか?」
「元彼女が騙されてる姿に同情したとか。」
「
が羨ましくなったんじゃない・・・ていうか、全部でしょ。」
「・・・ううっ・・・!」
店で目的と見せかけていた服とアクセサリーを買って、
と彼女は近くのファミレスに入る。
物を買ってやり、さらにこのファミレスもおごりということで彼女はすっかりと恋人気取りだ。
遠慮しないでどんどん食べて、と口調も敬語ではなくなっている。
ここまで彼女を持ち上げて、最後に別れるときに
の目的と正体をバラす。
数日かけてというのも考えたみたいだが、ここまで
に好意を示している彼女ならば
谷口の敵を討つという目的は充分に果たせるだろう。
谷口もここまでの彼女と
の会話を聞いて、大分彼女への印象が悪化してるみたいだし。
ていうか
を見る目が妬みを含んでて怖いんだけど・・・大丈夫かなこれ。
『今日は本当にありがとう。助かったよ。』
『そんな・・・私も
に会えて嬉しかったから・・・。』
『一日付き合ってもらって今更だけど、約束とかなかったの?ていうか彼氏とかいるんじゃないの?』
『彼氏はいたんだけど・・・最近別れてて。』
『へえ、そうなんだ。』
『実は今でもしつこくて困ってるんだ・・・。ちょっとストーカーみたくもなってて・・・。』
「「「・・・。」」」
「ちょ、なんつう目で俺を見るんだよ!お前ら俺の味方じゃなかったのかよ?!」
「いや、わかってるけどさ。谷口ってすぐ熱くなるもんなー。」
「ちょっとストーカーチックなことしちゃったのかなーとか。」
「俺、味方じゃないから。勘違いしないで。」
谷口も結構元気になってきたので、冗談めかしてからかってみた。
しかし郭は空気が読めてない。そのツッコミは違うよな?!めちゃくちゃ嫌そうな顔して言うな、雰囲気悪くなるから!
『でも、好きだったんだろ?』
『好きじゃないよ!告白されて、ちょっと面白そうだから付き合っただけ。
なのに勘違いしてこっちの都合も考えずしょっちゅう電話してくるし、メールもうざったいし。』
『えー、でも俺も好きな子だったらうざいくらいに連絡とりたいかも。やべーかな。』
『大丈夫だよー
だったら!なんだか安心するし、ずっと声聞いてるほうが落ち着ける感じ。』
「「「・・・。」」」
「な、なんだよ・・・!」
「本当、めろっめろだったんだなあ谷口。」
「まあ谷口って、多少暑っ苦しいところあるから。限度が重要だったのかもな・・・。」
「多少どころじゃないよね。」
もう郭の毒舌はスルーだ。
ていうか郭の前でちょっとした冗談を言うと、3割増で悪く返ってくるから滅多なことは言えないな本当に。
しかしこの彼女は本当に
が気に入ったみたいだ。
昔の彼氏の話をして同情させて、きっとまた相談でもするつもりなんだろう。
その当て馬にされてる谷口がやっぱり可哀相だ。
『そこまで言われる元彼がすごい可哀相なんだけど・・・?』
『いいんだよ。私だってちょっとは彼女っぽいことしてあげたもん!クッキーとかあげたし!』
『彼も彼氏っぽいことしてくれた?』
『全然!物しかくれないし!カッコ悪いし!
ちょっとサッカーがうまいらしいけど、それの何が自慢になるのって感じ。』
『・・・。』
『しかもさ、私の肩とか抱こうとしたときとか震えててすっごいおかしいの!
もう私嫌になって適当に逃げたんだけど・・・本っ当最低ー!』
もう谷口をからかえる雰囲気じゃなくなっていた。いくら何でもひどすぎるだろ、この女。
本当は出ていって、いい加減にしろって言ってやりたかった。
だけどそしたらここまでの計画が無駄になってしまうから、必死でこらえた。
そんな俺の怒りを察知した郭も、手を出すなって顔で鋭くにらんでるし。
「た・・・谷口・・・」
「・・・いいんだ。まあわかってたこ・・・」
『バシャンッ』
バシャン・・・?
イヤホンからは何も聞こえなくなり、俺たちは気づかれないように
たちの席の方を覗いた。
そこには唖然としたままかたまった彼女、そして無表情のまま空のコップを彼女に向けている
の姿。
『・・・な・・・なに・・・?』
『何がおかしい?』
『え・・・?』
『好きだから連絡が取りたいと思うし、声が聞きたくなる。
好きだから彼女の嬉しい顔が見たいって思う。多少の無理をしてでも望みは叶えたいって思う。』
『・・・何、言って・・・』
『好きだから触れようとすれば緊張するし、大切にしたいって思う。』
『・・・
・・・?』
の今までと違う低い声に、彼女は戸惑いを隠せない。
顔にかけられた水を拭うこともなく、彼女は動くこともできずに
を見つめていた。
『友達。』
『は?』
『アンタがバカにしてた彼氏の友達だよ、俺。』
『・・・な・・・っう、うそ・・・!』
確か正体は別れ際にバラすはずだったのに。
こんなファミレスでバラしたら、周りの注目は浴びるし、彼女が騒ぎだして
も不利になるかもしれないし。
性悪女のためにそんなことに巻き込まれるのはゴメンだって、だから別れ際人気のないところでって
そう言っていたのは
なのに。
『話は聞いてたけど、想像以上だった。』
『な、何が・・・』
『金をもらってもお断りだねお前なんか!』
だんだん声が大きくなっていってる二人。
勿論注目の的だ。もはや俺たちが二人を見てても、その中にまぎれてしまうくらいに。
『奢ってくれてどうもアリガトウ。でも俺はまた会う約束に頷いてないから。これでお別れ。バイバイ。』
『・・・っ・・・白波瀬高校とか・・・医者の息子とかも・・・騙したわけ?!』
『うん。』
『さ、最低・・・!!』
『お互いさまだろ。』
『俺はお前を騙した。最低でも何でもいいよ。でもお前だって同じことをしたんだろ。』
『・・・っ・・・』
『気まぐれで付き合って、もらうものだけもらって、気まぐれでふって、しつこくされたからってストーカー扱い。』
『だ、だって・・・』
『それでも、』
『・・・?』
『・・・それでも谷口は本当にお前が好きだったし、喜ばせてやろうって必死だった。』
『・・・。』
の言ったことは本当にその通りで。
たとえ彼女が本気じゃなかったとしても、谷口はきっと本気だった。
一人で暗くなって、喋れなくなって、悲しすぎて泣けなかったくらいに。
『谷口に復讐するとか考えんなよ?だったら俺に来い。なんなら連絡先でもなんでも教えてやるよ。
まあアイツは意外と人望あるから、お前にはどうすることもできないだろうけどな。』
彼女が悔しそうに顔を歪めた。
けれど
のまっすぐな言葉に言い返す術なんてなかっただろう。
『男をなめんなよ!!』
そう言って立ち上がった
を彼女は呆然と見送る。騒ぐことも、叫ぶこともしなかった。
ただ、
が店を出るまでずっと見つめていた。
そして俺たちもさりげなく店を出ようとすると、谷口が立ち止まった。
「谷口?」
「俺・・・ちゃんと彼女と話してくる。」
「お前・・・」
「このまま
に頼りっぱなしじゃ・・・やっぱ、カッコ悪いだろ?」
「・・・そっか!」
「けじめ、つけてくる!」
「おう!!」
その後谷口と彼女が何を話したのかは知らない。
ただ、少し遅れて駅にやってきた谷口の顔は大分清々しく思えた。
「
、もうあのファミレス行けないな?」
「気にしなければ行けなくもないけど・・・まあしょっちゅう行く場所でもないし。」
「
の啖呵、スカッとしたぜー!!お前、マジでカッコいいな!」
「おやおや桜庭クン、今頃俺の魅力に気づいたのかね?」
「まあ今日は・・・そう思ってもらってもいい。」
「ちょっとー!やけに素直だぜこの子!どうしよう英士!また惚れられた!!」
「モテモテだね。男に。」
「男にモテモテでも嬉しくないわよ!!」
「おーい、話が飛んでるー。」
電車に並んで座り、いつものようにふざけつつ、からかわれつつ話は弾む。
谷口は一番端に座り黙り込んでいたけれど、俺たちはあえて何も聞くことはしなかった。
そして少しすると谷口が真ん中に座っていた
の前に立った。
「・・・
!」
「ん?」
「・・・今日は・・・ありがとな!」
「おう。」
「お前がアイツに言ってくれたこと・・・嬉しかった。」
「言ったこと?何だったっけー?」
はこうして真面目に礼なんて言われるの、苦手なんだろうな。
冗談めかして笑顔で答える。谷口もつられて笑った。
「アイツとも・・・ちゃんと・・・話せて・・・」
「・・・谷口?」
「ちゃ、ちゃんと・・・謝っ・・・」
「・・・谷口くーん?」
「うおおお!!ありがとう!ありがとうお前らーーー!!!」
「ギャー!!」
今まで溜め込んでいた涙が溢れ出したように、谷口が涙を流して俺たち・・・
いや真ん中にいて身動きが取れなかった
に抱きついた。
「ギャー!暑っ苦しい!!助けて英士ー!!」
「よかったね、モテモテで。」
「男でしかもこんな暑っ苦しいモテモテは嫌ー!!」
電車には他にも乗客がいたのに、多分周りの大人にはうるさい子供たちだなんて思われていたんだろう。
でもどうか今日だけは勘弁してほしい。悲しすぎて泣けなかった分の涙なんだ、大目にみてくださいすみません。
「お、お前が困ったときには、俺が協力するからなっ・・・!」
「あ、それは遠慮する方向で。」
ああ、感動台無し。
、お前は郭と違って空気の読める奴だと思っていたのに・・・!
そんな返事をしたというのに、谷口はまだ
に抱きついたまま何か叫んでる。
はもう諦めたようで、隣に座る郭と雑談を始めた。(ていうかもっと動揺しろよ郭)
こんな態度だし、お礼の言葉も素直に受け取らない奴だけど、やっぱり頼りになるなんて思ったことは秘密だ。
また俺に惚れただなんて言い出すだろうし。もう慣れたけど。
「俺が困っても助けてくれよな、
。」
冗談めかしてそんなことを言ってみた。
「いいよ!有料ね!」
・・・コイツ、俺が関わるとおごりとか金を要求してくるのは気のせいか?
見えない、真実が見えない。
それでも俺たちはまたコイツに頼ってしまうのだろう。
ふざけているように見えて、なんだかんだでいつも親身になってくれるこの男に。
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