恋愛心転機










「あれ?英士、背中汚れてる。」

「背中?」

「これ化粧じゃね?ファンデっぽい。」

「女!?女か!?」

「やだ英士。俺たちと会う前に何やってきたの?」

「バカじゃないの。なに言っ・・・・・・あ。」

「え?!まじで?心当たりあんの!?」

「教えろ!詳しく!早く!ハリアップ!!」

「電車で女の人とぶつかったから。その時ついたんじゃない?」

「なーんだ、がっかり。」

「つまんね。」

「俺は二人の切り替えの速さにがっかりだけどね。」





興奮気味の結人と匡にため息をもらしながら、英士は上着を脱いで汚れ具合を冷静に確認する。
俺も経験したことがあるが、電車やバスに乗る機会が多く、特にそれが満員だったりすると、こういう状況は起こりやすい。
化粧がべったりついて、通常の洗濯では落ちないなんてことがあっても、運が悪いと諦めるしかないときもある。





「汚れ、落ちそうか?」

「うーん。まあなんとかなるんじゃない?」

「・・・。」





英士の上着を覗き込みながら、最近起こったクラスの女子との会話を思い出す。
そして浮かんだ、ふとした疑問を思わず口に出していた。








「なんで女って化粧すんだろうな?」








皆が一斉にこちらを振り向いた。
ちょっと呟いただけだったのに、なんで3人揃ってそんな驚いた表情してるんだ。





「一馬がちょっと哲学的なことを言い出したぞ!」

「ああいうのって哲学的って言うの?」

「ついにお前も女の子に興味持ったのか!」





哲学的とか、そうじゃないとかは置いといて、ちょっと待て結人。
お前の発言、なんかおかしい。あらぬ誤解を受けそうな言葉はやめろ。

なぜ俺が突然そんなことを言ったのか。三人とも反応を待っている。
別にたいした理由もないんだけど、これは何か言わないと終われなそうだ。





「・・・この間、練習の帰り道でいきなり知らない女に叫ばれたんだけど。」

「ほうほう。なに?一馬なんかしちゃったの?警察行く?」

「行かねえししてねえよ!!・・・俺の顔見て驚いて、なんか叫びながら逃げられて・・・」

「うんうん、警察?」

「だから違うっつってんだろ!!」

「話が進まない。静かに聞け。」

「「すいませんでした。」」






くそう、も結人も英士の言うことなら素直に聞くんだよな。
俺がどんなに怒ったって、笑いながらスルーなくせに。
俺も英士くらい冷静にドスのきいた声でオーラを漂・・・うん、無理だわ。





「訳わかんなかったけど、気にしないことにしてその日は帰ったんだ。
で、次の日学校に行ったとき、クラスの女子に呼び出されて。」

「うん?」

「あの場所で見たことは絶対誰にも言うなって、頼まれた。」

「どういうこと?」

「俺もいきなり何言ってるんだろうって思った。何か勘違いしてるんじゃないのかって。
でも、彼女の話を聞いてると、俺らが昨日会ったみたいなこと言うんだよな。
昨日って言ったって、俺はユースがあって地元にはいなかったし、知り合いにあった記憶もなかったし。」

「それと化粧とどう関係・・・って、あー、なるほど。」

「なんとなく読めてきたね。」

「え?え?どういうこと?」

「どうも俺が練習の帰りに会った、突然叫んで逃げていった女がその子だったらしくて。
学校にいる顔と全然違ってたから、知り合いだなんて気づかなかった。」

「つまり学校では化粧をばっちりしてたんだけど、一馬と会ったときはなぜかすっぴんか、それに近かったってことだろ?」

「そう!マジで別人なんだぜ?化粧ってあそこまで顔変えられるもんなんだな・・・!」





クラスの女子で、教師に注意されても、化粧をやめない子がいるってのは知ってた。
ナチュラルメイクとはさすがに言えないくらいに、まつげもめっちゃ長いし、目はでかいし、
化粧でそうなってるんだろうってのは一目瞭然で。それを知ってても、思わず言葉を失ってしまうくらいの別人具合だった。





「一馬、姉ちゃんいるじゃん。化粧してどう変わるかとか、少しはわかんなかったの?」

「姉ちゃんは昔から知ってるし、見慣れてるっていうのもあったし・・・。」

「うーん、そこまで変わる顔っていうのも興味深い・・・。」

「わざわざ口止めに来るくらいだから、よっぽど違うんじゃねえ?」

「その子も馬鹿だね。何も言わなければ、一馬は気づいてなかったのに。」

「慌てたんだろ。隠してた秘密の場所を一馬に暴かれちゃったから・・・。」

「えろい!一馬えろいな!!」

「だから変な方向に持ってくのやめろっつってんだろ!!」





俺がその子に会ったのは偶然だし、すっぴんを見られるのが嫌なら、
地元じゃなくても化粧して出歩けばいいって話だ。
別人に見えるほどの化粧で、素顔を隠す必要性も俺にはよくわからない。





「でも確かに、そこまで化粧しなくてもいいのにって思うことあるよなー。」

「目の大きさとか、小顔とか、信用できなくなるよね。」

「いや・・・化粧したっていいんだけどさ。
あんまりにも別人みたいだと、なんか、嘘っていうか、騙されてるみたいに思えてきて・・・」

「「「・・・。」」」

「姉ちゃんも家と外とじゃ見た目も態度も全然違うし・・・。」





俺はそもそも、気軽に女子と話したりしないし、身近な女と言えば家族くらいだ。
家族に気を遣うことはないとはいえ、母親や姉の家と外の違いを思い出す。





「(どうしよう、このままじゃ一馬がますます色恋から遠ざかってしまう・・・!)」

「(まあいいんじゃない?)」

「(女性不信にでもなったらどうすんの!?)」

「(ちょっと面白いよね。)」

「(一馬、奥手なんだから、ちょっとは女の子にも慣れないと!)」

「(結人に言われたくないんじゃない?)」

「(英士、お前さっきから全然フォローの言葉がない!)」

「(する気がない。)」

「英士のバカーーー!!」

「おお!?なんだよ結人、急に叫んで!?」

「うっ・・・英士が、英士が!」

「一馬のバカーーー!!」

「なん・・・ぐはっ!!」





突然結人が叫びだしたから何事かと思えば、次の瞬間、一気に別の視界に切り替わった。
あごの辺りに軽い痛みを覚えて、クラクラしながらなんとか前を向くと、が拳を掲げ、やり切った顔で俺を見ていた。





「なっ・・・にすんだよ!!」

「女性の努力を何だと思ってんだ!」

「は?」

「化粧だって手間も時間もかかってんだからな!」

「・・・え・・・なに・・・」

「可愛く見せたい、見られたいっていう女心がわからんのか!」

「女心って・・・」

「嘘じゃなくていじらしさだろう!」

「だ、だって・・・」

「だっても何もない!結人みたいにデリカシーのない男になりたいのか!」

「どうしてそこで俺!?」

「仕方ないよ結人。そこは仕方ない。」

「何が!?」





突然熱く語りだしたを、ポカンとしながら見上げていた。
の言ってることが、わかるような、わからないような。
正直勢いに押されてる気もしていたけど、何を言おうがこうなったを止められるわけもなく。





「正直なところ、俺もすっぴんとかナチュラルメイクが好きですが!」

「俺も!」

「俺もそうだな。」

「でも、可愛くありたいと願う女の子の心も無視できないわけです!」

「うんうん!」

「俺は無視してもいいと思うけど。」

「重要なのは見た目じゃなくて、中身だろっていう理由で化粧を嫌う男もいるけど、そういう問題じゃないんだよ!」

「そうなの?」

「俺は顔も性格も見るけど。」





さっきからちょいちょい英士の意見がずれてるんだけど。
まあだって言いたいこと言ってるだけだし・・・今更だけどさ。





「今よりも可愛くなれる、綺麗になれる、そう言ってくれる人がいる。
化粧をすることで自分でも自信が持てて、安心できる。そういうもんなんだ!多分!」

「なるほど!」

「大人のマナーとか成り行きで化粧する人もいるけどね。」

「うん英士!今はそれ置いとこうか!」

「えー」

「つまり必要なのは安心感!」

「ほうほう!」

「化粧した顔よりも今の顔が好きって伝えるだけでも、心象はかなり違う。
すっぴんが嫌だって言うなら、この位がいいんじゃないかってアドバイスでもいい。
化粧を頑張りすぎちゃった彼女でも、男の器量でいくらでも変わる!
彼女の努力も知らないで、自分は何も伝えないで、嘘だの騙されてるだの、ちゃんちゃらおかしいって話です!」

「です!」

「です。」





どうしよう。俺、いまいちこいつらに乗り切れない。
いっそのこと、結人みたいにテンションあげて・・・いや、あのテンションは無茶か。
じゃあやっぱり英士みたいに・・・ああ、もっと無理だわ。





「ところで一馬くん。」

「な、なんだよ。」

「そのクラスメイトの彼女には、何か言ってあげた?」

「・・・衝撃的すぎて、何も・・・」

「無言?」

「・・・ハイ。」

「化粧した方が断然綺麗だったか?」

「いや、そうは思わなかったけど・・・」

「すっぴんの方がむしろ好み?」

「まあ俺は・・・そう、思いました、けど、」

「ちなみに彼女のお前に対する反応は?」

「心なしか、俺を避けるように、なりました。」

「なるほど。」





乗り切れないと思ったのに、なんで俺敬語になってるんだろう。
なんだろうな、って雰囲気と勢いで、いつの間にか周りを巻き込むよな。





「いいか一馬。お前は彼女の心を傷つけてしまった・・・!
今回のことが原因で、彼女はさらに化粧に頼るようになってしまうかもしれない・・・!」

「そんな傷つけるとか大げさ・・・」

「というわけで、皆、一馬に器量のある男の手本を見せてあげてください!」

「は?」

「いつも化粧してる子のすっぴんを見たときの正しい反応!ハイ、結人!」

『いいじゃんいいじゃん!なんで化粧で隠すの!?俺こっちのが好み〜!!
もう1回見せてって。ほら、やっぱりかーわいーい!』

「「「・・・。」」」

「どうよ!」

「うん、チャラい!!」

「チャラ・・・!?」





こいつら本当に打ち合わせとかしてないよな?結人、今言われて無計画でやったんだよな?
なんでこんなに適応力あるんだこいつ・・・!ある意味すげえよ。確かにチャラかったけど。





「じゃあ次英士な!お前だったらなんて言う?」

『俺、化粧濃いの嫌い。』

「おい英士、そんなこと言ったら元も子も・・・」

『ご、ごめん・・・だって、私・・・自分に自信がなくて・・・』

「・・・?何言って・・・」

『だから化粧に頼るって?バカじゃないの。俺に好かれたいなら、まずその化粧をやめなよ。
その方が何倍も可能性あると思うけど?』

『でもわたし・・・化粧してなかったらこんな顔・・・』

『しつこいな、聞こえなかった?化粧してない方が何倍もマシだって言ってるんだけど?』

『・・・それって、いい意味に捉えていいの?』

『どう捉えようと勝手じゃない?』

『英士・・・!わたし、がんばる!』

「「・・・。」」

「ハッピーエーンド!!」

「えええ!?」

「何言ってるの、まだ始まったばかりだよ。」

「そっか!これからが頑張りどころだな!」

「なあ、何やってんの?お前ら何やってんの!?」





いやちょっと待って。何なの?今なんでいきなり小芝居始まったの!?
英士とか興味ないって顔してたくせに、普段クールぶってるくせに、なんでこういうときは乗ってくんの!?





「と、いうことで一馬!これらを参考にして、クラスの彼女に一言言ってあげるんだ!
俺をその子と思って、さあ!さあさあ!!」

「な、なな、なんでそういうことになるんだよ!」

「お前のせいで彼女、自分に自信なくしちゃったかもなあ・・・。」

「なっ・・・」

「ほら、すっぴんの方が好みだったんだろ?それを言えばいいんだよ!可愛いって!ほらほら!!」

「・・・け、化粧してるより、その、か、か・・・」

「か?」

「い・・・」

「い?」

「言えるかああああ!!!」

「きゃー!一馬が切れたー!」

「大体なんでに言わなきゃなんねえんだよ!なんだこの絵面!何が悲しくてと見つめあってんだよ!」

「だって一馬、女の子を目の前にしたら緊張しちゃうと思って。」

「赤くなりそうではあるよね。」

「リンゴちゃんだもんな!」

「やかましい!お前ら面白がって俺で遊んでるだけだろ!?」

「「「・・・。」」」

「せめて否定くらいしろーー!!」





いきなり女の化粧について語りだしたりするから、何事かと思えば、結局こういうことか。
誰かをからかうこととなると、途端に息があうんだもんな。
結人もいつもはからかわれる側だから、ここぞとばかりに乗ってきてたし。たまにけなされてたけど。

でも、確かにのいうとおり、騙されてるっていうのは考えすぎだった気はする。
俺らだって身だしなみに多少は気を遣うんだし、女子は俺ら以上に見た目を気にすると思うし。
化粧とすっぴんの違いには驚いたけど、それだって簡単に出来るメイクでもないんだろうしなあ。

わざわざ声をかけて、彼女にフォローを入れようとは思わなかったけど、
それでも機会があったなら、俺がどう思ってたかくらいは話してもいいのかもしれない。















「・・・あのさ、作業しにくいんだけど。」

「・・・。」





機会は割とすぐにやってきた。あれから数日後、例の彼女と日直当番が一緒になったからだ。
今日に限って担任からの仕事が頼まれ、俺は彼女と向かいあわせに座ってる。しかし、視線は一度もあわない。





「・・・真田が私の顔知ってると思うと・・・顔、あわせたくないんだもん。」

「なんでそうなるんだよ。」

「だって真田、信じられないって顔したじゃん!あれがお前って顔して、何も言ってくれなかったじゃん!」

「・・・。」

「ごめんね!絶句するほどひどい顔で!」





まさか、俺が何も言わなかったことを、ここまで気にしてるとは思ってなかった。
が言ってたことだって、あいつが俺をからかおうとしてただけであって、本当に傷ついてるわけないって思ってたのに。





「・・・びっくりしたのは本当だけど、ひどい顔だとか思ってない。」

「嘘。いいよ、気遣ってくれなくて。」

「なんで普段、別人に見えるほど化粧してるのかとは思ったけど。」

「・・・そ、そんなの・・・私の顔地味だし・・・化粧しないと人並みになれないんだもん。」

「それ、誰かに言われたのか?」

「・・・そういうわけじゃ・・・ない、けど。」

「俺は、化粧してない方がいいと思ったけど。」

「なっ・・・」

「話しやすそうだったし。」

「な、なによそれ!どうせ地味な顔してるよ!」

「誰もそんなこと言ってないだろ。個人的な主観。」

「・・・。」





俺は彼女と仲が良いわけじゃないし何も知らないけれど。
何も言わなかったことが、彼女を本当に傷つけていたのなら、ちゃんと思ったことを伝えるべきだと思った。
脳裏に過ぎったのは、たちの小芝居。だけど、俺があいつらみたいにやれるわけもなくて。





「・・・本当に?」

「うん。」

「本当に本当?」

「ああ。」

「変に気遣って、嘘ついてない?

「何度言わせんだよ。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・ふーん。」





結人みたいに軽いノリなんて出来ないし、みたいに直球でキザな言葉も言えない。
英士みたいに冷たくしながら励ますなんて、もっと難しい。・・・あれが励ましって言っていいのかは謎だけど。

それでも、彼女が俺を避けず、きちんと俺を見て話してる。頷いてる。それだけでも進歩って言っていいんだと思う。























「・・・へえ・・・そんなことがあったんだ?」

「ああ、ちゃんと誤解は解いたし、傷ついてるとかないはずだからな!」

「・・・。」

「おーい真田、こっち!そろそろフォーメーションの打ち合わせするぞ!」

「おう!ちょっと行ってくる。」





次に会ったとき、案の定、彼女に謝ったのかとか、ちゃんと可愛いって言ったかとか、予想通りのことを聞かれた。
でも、彼女ときちんと話したと伝えたときのあいつらのポカンとした顔。俺にしてはめずらしく、してやったりだ。





「・・・なあ、一馬ってクラスメイトの女子にどういうイメージ持たれてると思う?」

「自分からはあまり話さないだろうし、とっつきにくくて静かってところだろうね。」

「そんな一馬が女の子のコンプレックスに優しい言葉をかけたら?」

「悪い気はしないだろうね。」

「嘘はつかないで、正直に言ってるところが好感持たれるよね。」

「誠実だしね。」

「惚れちゃうかもね。」





でも、ふざけてたって、言ってることに納得できることもあるし。
そういうとこは吸収しつつ、今回みたいに対抗くらいは出来るようになってやろう。





「一馬って結構な天然タラシなんじゃねえ?」

「なんだと!一馬のくせに・・・!どっちかというと誠実っていうか、バカ正直なだけなのに・・・!」

「まあ結人と比べたら、大概が誠実に見えるけどね。」

「どういう意味!?」

「でもあれだな。あんまり女の子を勘違いさせちゃうのもよくないよね。」

、女は可愛いだけでもないって教えてあげれば?」

「女の子可愛いじゃん。」

「はっ。」

「やめて!鼻で笑うのやめて!」

「でも一馬には一馬のままでいてほしいよな・・・。
あいつが女にモテまくりの余裕持った男前になったら、俺、泣いちゃうかも。」

「「泣けばいいよ。」」

「お前らどうしてそういうこと言うの!?」

「まあ、今のままでいてほしいっていうのは賛成。」

「そうだね。つまらなくなるもんね。」





そんな決意を持ったのに、一瞬、正体不明の寒気が俺を襲った。
後ろを振り向くと、たちが俺の視線に気づいて、笑顔で手を振っている。

普段どおりの光景のはずなのに、その笑顔が怖いなんて思ったのは・・・ただの気のせいだよな?







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