恋愛空想図













「なあなあ、俺、これなってみたい。」

「これ?」

「女子高の教師。」

「ぶはっ・・・!」

「あはははは!やべえわかる!!」

「・・・またくだらないこと言い出した。」





今日集まっていたのは、結人の家。
ゲームをしたり、漫画を読んだり、適当に喋ったり、暇を持て余していたわけだけど。
ベッドに寝転がって漫画を読んでいた結人が、脈絡もなくポツリと呟いた。





「くだらなくねえよ!男の夢じゃん!だってあれだぞ?
女子高って言ったら俺らの知らない世界だろ?秘密の花園だろ!?」

「ひみつの・・・」

「どれだけ夢見てるの。」

「っひ・・・ひみ・・・花園っ・・・あははははは!!やべえ!結人やべえ!!」

「やばくねえよ!普通だよ!」





俺らの反応に納得いかなかったようで、結人は手にしている漫画を俺たちに向け、興奮気味にページを指差した。
そこには女子高の教師になった男が、生徒に次々に迫られている展開が描かれていた。





「正直、俺が女子高の教師になってみたら、ちょーモテモテだと思うんだよね!どう!?」

「どうって言われても・・・」

「夢は眠ってから見なよ。」

「ノリ悪い!お前らもっと想像力ってもんを養えよ!なあ!!」

「・・・っ・・・・ふっ・・・がっ・・・っ・・・・・・げほげほっ・・・!!」

「頼みのは笑いすぎて呼吸困難になってるけど。」

ーーー!!」





俺や英士は結人とほど漫画を読んでいないし、その内容を自分に置き換えるって発想もなかったから、結人が望むような盛り上がり方は出来ない。
その点は漫画に関しても熱くなるし、俺らにも読めとか進めてくるし、この中で結人の考えが一番わかるのはだったのだろうけど。
結人の発言がツボに入ったのか、英士の発言が的を射ていたからか、は腹を抱えてしばらく笑い続けていた。





「はーはー、笑った!疲れた!」

「笑いすぎだっつの!気持ちわかるって言ったくせに!」

「だってお前、秘密の花園とかどうしたの?いつの間にそんなメルヘンなこと言うようになったの?
彼女とうまくいってなくて現実逃避したの?それともまた拒否られたの?寂しいの?」

「ひでえ!!」

、結人だっていろいろあるんだよ。」

「ねえよ!少なくともお前らが思ってるようなことはねえよ!」





いつもどおりの二人に、結人が半ばやけになって、漫画を投げつけた。
はそれを手にして、その内容を眺めると小さく笑った。





「まあでも、結人の言うこともわかるけどな。こういうのって男の夢だし!」

「やっぱり?やっぱり?さすがは話がわかる!」

「そんで結人が教師だったら、確かに女子受けしそう。」

「やっぱり?やっぱり?だよねー!」

「結人うざい。」

「テンションたっかいな・・・。」

「俺って優しいし、そこの冷めた二人とは違ってノリもいいし!ハーレム展開も夢じゃないと思うわけ!
まあ俺にはサッカーがあるから、惜しくも教師にはならないと思うけどね!」

「そうだなー、でもそんなにうまくいくかなー。」

「え?なんで?」





興奮冷めやらぬ結人とは対照的に、はいたって冷静だ。
疑問を投げかけた結人は、手にした漫画をパラパラとめくるに視線を向けて、その答えを待った。





「結人はモテるとは思うけど、それで痛い目にあうタイプ。」

「え!?」

「あー、それはわかるかも。」

「え?え?どういうこと?」

「結人が教師だとして、この話みたいに皆がお前のこと好きだって言っても、絶対皆に優しくするだろ?」

「そりゃあそうでしょ!俺、皆の結人先生だから!」

「その八方美人がよくない。結人は本気じゃなくても、相手側が本気になる。」

「そのうち取り合いになるよね。」

「いいじゃん!それがハーレムってもんじゃん?」

「教師と生徒だぞ?教育委員会とPTAが黙ってない!」

「はっ・・・!」

「ハーレム甘くみんなよ!結人にその気があってもなくても、ハーレムと呼べるほどに好かれたら、噂にならないわけがないだろう!」

「!」

「問題になれば、お前くらいの若造、即解雇か転任だ!女の問題ならそれこそ、むさくるしい男子校とか行かされるぞ!」

「!!」





・・・なんだろう。どうしてこんな話になったんだろう。
いつもの、結人のお気楽なノリと妄想だったんじゃないのか?
どうしていつの間にかこんな現実的な話になってるんだろうか。





「そういうことだ。残念だな結人・・・!」

「そうか・・・。敵はPTA・・・!」

「いや、違うけど。」

「・・・。」

「なんだよ一馬、悲しそうな顔でこっち見るなよ。大丈夫だよ、一緒に戦おうぜ!」

「悲しくねえし、戦わねえよ!」

「でも一馬だったら結人みたいに八方美人にならないだろうし、問題起こさないんじゃない?」

「なんだと!ひっそりか!ひっそり女子高生とよろしくすんのか!!」

「しねえよ!!」

「いや、一馬も戦わないとダメかもな。」

「・・・は?」





しまった。結人の話から俺の方へシフトしてしまった。
でも、実際俺が教師になったらどんな風に思われるんだろう。いや、女子高とかそうじゃないとかは置いといて。





「一馬はね、真っ先にいじられるじゃん?」

「そうだね。」

「そうだな。」

「確定で話すなよ!お前らも即答で同意すんな!!」

「だから生徒にも好かれるし、カズくんとか一馬きゅん可愛い〜とか言われちゃうわけですよ。もはや先生とすら呼ばれない。

「なるほど。」

「なるほど。」

「お前ら俺をバカにしてんの!?」

「でも一馬は真面目だから生徒に勘違いさせちゃいかんと、結人みたいに笑顔を振りまいたりもしない。」

「真面目っていうか、奥手っていうか。」

「照れちゃうんだよな、一馬きゅんは。」





素直に話を聞くんじゃなかった。結局こういう方向性になること、わかってたのに。
こいつらが誰かをからかうときの一致団結感は、腹が立つほどピッタリだもんな・・・。





「でも、そしたらPTAとか出てこないじゃん。」

「ところがどっこい。」

「久しぶりに聞いたよその言葉。」

ってたまにびっくりするような言葉使うよな。」

「一馬にその気はなくても、可愛い一馬きゅんに迫ってくる子は出てくるわけです。」

「へえ。」

「何それ羨ましい!!」

「もちろん真面目な一馬きゅんは断りますが、真っ赤になって彼女を止めようと抵抗するので逆効果。
押せば落ちる!とさらに迫られる。」

「あらら。」

「羨ましい!!!」

「そこにタイミング悪く学年主任登場。」

「わー。」

「なんてこった!!」

「一馬は何もしてないのに、会議にかけられて、尋問されて、噂が巡り巡ってPTA登場。」

「キター!!」

「なんかすぐ負けそうだけど。」

「そんなことねえよ!勝つよな一馬きゅん!!」

「・・・。」





なんで俺、奴らの想像の中でもひどい目にあってんだろう・・・。
しかもすぐ負けそうとか言われてるし。なんか悲しくなってきた。ただの想像なのに。
そうだよ、想像ならもう少しマシにしてくれよ!一馬きゅんとかなんなんだよ!





「なあ、このままだと俺ら全員PTAと戦う羽目になるんじゃねえの?」

「いや、あのさ、別にPTAと戦う話じゃねえよな?」

「一馬は確実に戦うから。それでこてんぱんにされる係。」

「係!?」

「そうやって戦地に赴く奴らもいれば、戦うことすらせずにおいしいところをゲットする輩もいます。ねー英士ー。」

「なんで俺に話を振るの?」

「だって英士はうまくやるっしょ。」

「やるって何を?女子高生とよろしくやるの?英士ならうまくやれんの?どうやって?」

「食いつきすぎだろお前。」





こいつらはあれだな。抵抗してもしなくてもひどいよな。
いや、反応を返してた方が少しは優しいかもしれない。
黙っているうちにPTAにこてんぱんにされる係にされた。意味がわからない。





「英士はどっちかというと、クールで大人な憧れの先生ポジションになるからな。」

「大人・・・。」

「かっこいいと思われてモテるけど、気軽に近寄ったり、話しかけたりはしづらい存在。
でも勉強を教えてくれるときとか、たまに褒めてくれたときとか、そのギャップにまいっちゃう子たちが続出。」

「なにそれずるい!」

「お前はさっきから羨ましいとかずるいとか、そんなんばっかだな・・・。」

「英士だってなー大人ぶってるけど、俺らと一緒に漫画読んだりするからね!
女の子の妄想だってするんだからね!カラオケだって合いの手くらいしてくれるんだからね!!」

「・・・。」

「テンションあがったらそわそわしてるし、笑顔全開でガッツポーズもするし、
クールぶってるくせに実は寂しがりやなんだからね!たまに無言で拗ねたりも・・・」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・どうしたの結人?続ければ?」

「すみませんでした。」





こういうところも無駄に敵を作らない要因だよな。
だって何も言ってないのに怖いもん。得体の知れないオーラが背後に見えてるもん。
言葉でどうこうよりも、目に見えない何かに押しつぶされそうになるからな。





「だからさ、本気になった女の子がいても、普段クールな英士が困ったように笑って『ごめんね。』って一言だけ言うと
女の子側も切ないながらも、それ以上強引なことはしてこないんだよ。」

「俺、今ちょっと胸が痛くなった。振られた子抱きしめてあげたい。」

「どんだけ想像力たくましいんだよ。」

「彼女に言いつけてやろうか。」

「ちょっと今はそれ無しでしょーが!!俺の一番は彼女!それは変わらな・・・」

は?」

「俺?」

「人の話聞けよ!」

「確かには英士とはタイプ違うもんな。でも、結人みたいに痛い目にあうってのも想像しづらいっていうか・・・」





さすがに自分で自分の妄想話はしないのか、俺らに答えを託したようだ。
は俺らがどんな答えを出すのかを待つように、楽しそうに笑みを浮かべて俺たちを見ていた。





「人気はありそうだよな・・・。気軽に話せそうだし、それこそ一馬みたいに迫られたりもありそう。」

「結人みたいに噂にもなったり?」

「て、ことはやっぱりPTAと対決か!」

「でも、なんでかがいれば勝てそうな気もしてきた。」

「結人と一緒に戦う気はないけどね。」

「なんでだよ!一緒に戦おうぜ!」

「はっ!足手まといはひっこんでな!」

「な、なんだと!俺だって・・・!」

「一応言っておくけど、PTAって悪の組織でもなんでもないからね?」





どうやら今の結人の中では、PTAは敵側ということになってるみたいだ。
生徒との関係の弁明のために一緒に戦うってなんだよ。
格好よく言ってもどうせ保護者に責められて追い詰められる嫌なイベントだからな?
戦うに置き換えたらなんでも格好よくなるわけじゃないからな?





「でもはなんだかんだでうまくやると思うけどね。」

「そうか?」

「生徒に迫られてもうまくかわせそうだし。」

「えーどうやって?」

「さっきの例に置き換えてみなよ。普段軽く見えるのに、恋愛に関しては一線を引いて、真剣に断ってくるっていうのもギャップって言うんじゃない?」

「・・・た、確かに!」

「結人は本気でチャラいから、出来ない芸当だけど。」

「ちょっと英士!?」

「それにもし問題になっても、切り抜けられそう。」

「ど、どうやって?」

「包み隠さず堂々と本当のことを言うとか?」

「というよりも、口八丁で親たちを味方につけそう。」

「えーそんなうまくいくかあ?」

に言いくるめられてきた奴はどれくらいいたっけ?」

「「・・・。」」





いくらなんでも過大評価しすぎじゃないかと思ったりもしたけど、
否定もせず余裕の表情で笑っているを見ていたら、こいつならやりかねないと思わされてしまった。

そうだよな。適当なことばっかり言ってるように見えて、なんでか妙な説得力があるんだよな。





「やめろよ英士。そんな褒めんなよー。」

「褒めてないよ。」

「まったくさー!そうやってお前らはいつもおいしいとこだけ持ってくんだよ!なあ一馬!」

「お、俺に振んな!」

「別においしいとこ持っていってるわけじゃなくて。」

「ね。」

「結人が自爆する分、自然とこっちに流れてくるだけっていうか。」

「ね。」

「ね、じゃねえよ!別に俺自爆してないし!なあ一馬!」

「え、」

「かたまんな!」

「一馬は嘘つくの下手だから仕方ないよ。」

「そうそう、仕方ない。」

「誰か一人くらい否定しろよ!!」





騒いでいるうちに、いつの間にか俺の足元にまわってきていた、話のきっかけとなった漫画雑誌。
開かれたページを覗いて、俺はやっぱり向いてないな、と改めて思う。
漫画の主人公のように、そして今の結人のように悩まされるくらいなら、ハーレムなんかより一人で充分だ。





「そうそう、その子!俺の一押し!!見た目派手だけど、実はすっごい健気なの!」

「へ?」





じっくり読んでいたわけじゃないけれど、開いていたページにたまたま結人の気に入ったキャラがいたようだ。
指差して力説されてもなー・・・。俺、この漫画、よく知らないし。





「結人はその子か。俺はね、こっち。」

「あーわかるわかる!気持ちバレバレなのに、なかなか好きって認めないんだよなー。英士は?」

「性格は知らないけど、見た目はこれ。」

「おお!その子は、生徒会長!先生を好きになっちゃダメって言いながら葛藤してるんだよな!」

「で、一馬は?」





お前らこれ漫画だろ?なんでそんなに盛り上がってんだよ・・・!
どの子が好きって急に言われても困るし、それでからかわれたりしそう・・・いや、英士みたいにさらっと返せばいいのか。





「ま、まあ、あ、あえて言うなら・・・この子とか?」





さらっと・・・言ったつもりだったのに、妙に言葉に詰まってしまった。
なんで俺は照れてんだ!たかが漫画だろ?照れる必要とか全然ないだろ?
こんなんじゃ絶対・・・





「やっぱり一馬きゅんは照れ屋さんだな!」

「PTAとバトルだな!」

「頑張って一馬。」





ほらもう、絶対からかわれると思った!予想できてたから、それほど傷つかないし!
ていうか全員適当すぎるだろ!英士に至っては、俺は一体何を頑張ればいいんだよ!





「俺、その漫画の単行本持ってるよ。貸してやろっか?」

「え?」

「お気に入りのその子がどんな子か、自分の目で確かめるといいさ!」

「俺は、べ、別に・・・」

「別に?」





漫画の設定で妄想なんて、くだらないし、意味もないし。
ましてやその中のキャラが好きとか嫌いとか言っても、それで現実がどうこうなるわけじゃないし。
ハーレムなんてきっと、現実には起こらないし、俺の手には負えないだろうし。

まあ、それは全部わかってるんだけど。







「まあ、暇つぶしで、くらいなら・・・?」

「りょーかい!」

「素直じゃないな、一馬きゅんは!」

「それが一馬きゅんのいいところなんじゃない?」

「お前らいい加減それやめろ!!」







それでもこうやって、くだらないって思いながら続きが読みたいと思ったり、
バカみたいに騒いでる奴らを見て、好奇心がどんどん大きくなっていったり。

ほんの少しくらいは、夢を見ても楽しいのかもなんて思ってしまうあたり、俺もこいつらとそうは変わらないらしい。






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