恋愛相談室
「なあお前ら、帰りどっか寄ってかねえ?」
選抜の練習を終え、帰り支度をしている横から聞こえた声。
俺たちに声をかけたソイツ、
とは東京都選抜合宿で知り合った。
クラブには入っておらず、サッカーは部活しかしていないと聞いたけれど
その実力は同世代でもトップレベルだと認めざるを得ないほどに高い。
合宿時にたまたま部屋が同室になり、ノリの良い性格もあってだろう。
まずは結人と意気投合し、その後は俺らもよく話すようになった。
そんな
の問いに、いつもは真っ先に返事をする結人が何も返さなかったので
まずは俺が代わりに答えた。
「あー、俺は別に構わねえけど・・・」
「おっしゃ、英士と結人は?」
「俺も別にいいよ。けど結人は無理かもね。」
「何で?用事あんだ?」
「へこんでるから。家で一人で泣きたいんじゃない?」
「へこんでる?そういや今日の練習もあんま調子出てなかったな。どうしたんだよ。」
の言葉に結人が恨めしそうに顔をあげた。
そして
を見つめて数秒、大きくため息をつく。
「ちょ、お前っ・・・人の顔見てため息つくんじゃねえよ!」
「ああ、別に
のせいじゃないから安心して。説明するのも情けなくなっただけでしょ。」
「え、何?そんなやばいことがあったの?すっげえ気になるじゃん!教えろよ結人!」
「いや、聞いても面白くないと思うよ。俺的にはそこまで落ち込むかって思うし。」
「あ、そうなの?ならいいや。じゃあいじけ結人は置いて遊びに行こうぜ!」
落ち込む結人はお構いなしに、
と英士が話を続ける。
結人が何か言いたそうだ。なのに、二人はすでに歩き始めてる。
「かっずまー!置いてくぞー!」
「え・・・ちょっと、おい・・・」
「・・・う・・・くそ・・・ちくしょーーーー!!待てえお前ら!
俺はへこんでんだぞ!傷心なんだぞ!何だその態度はー!!」
ああやっぱり。
あんな態度取られて結人が黙ってるわけねえじゃんか。
一気にその場から駆け出し、英士と
に詰め寄る。
「え、何こいつ。いきなりきれたよ英士。」
「最近の若者はきれやすいっていうからね。」
いや、俺たち同い年だから。何だその投げやりな説明は。
「お前らなあ!もう少し気を遣うとか出来ねえのかよ!」
「結人にそんなこと言われてもなあ?」
「全く説得力ないよね。」
「やだ!もうやだ俺!何この人たち!!」
昔から英士は結構きついこと言うけど、最近は
とのタッグでその毒舌が二割増しくらいになってる気がする。
わかるぞ結人。俺も結構いろんなこと言われてはへこんでる。
でもな、お前の気持ちは痛いほどにわかるが助けてはやれない。
ごめん俺、巻き込まれたくない。
「ていうか俺、結人のへこんでる理由知らねえし。気を遣うも何もないじゃん?」
「・・・う・・・。」
「しょうがないから聞いてやるよ。どうしたんだ?」
「・・・。」
「話が進まないから俺が言うね。結人、彼女に迫ったら殴られて拒否されたんだって。」
「うっは!マジで?!バッカじゃねえ?!カッコわるー!」
「理由知っても1ミリも気遣ってねえよなお前?!」
本当、素晴らしいほどの気の遣わなさだ。
いろんな意味でとても俺には真似できない。
「どうせ、がっついていきなりやらせろって迫ったんだろ?ダメだなー結人は。」
「な、何だよ
!偉そうにっ!お前に女が語れるのかよ!」
「はっ!」
鼻で笑った。鼻で笑ったよコイツ・・・!
いつもは結人にからかわれてる俺だけど、さすがに結人が可哀相に思えてきた・・・!
「いいか、女ってのは俺らにとっては結構どうでもいいことを気にするんだよ。
場所やら雰囲気やらそりゃもういろいろ。なのにそれ全部無視していきなりやらせろじゃあ拒否られて当然。」
「でも俺だって誰でもいいわけじゃねえんだぞ?アイツだから・・・」
「だからそういう健気な思いもお前のがっついた態度で台無しなの。わかる?」
「じゃあどうすればいいんだよ!」
「仕方ねえなあ。よし、今日は俺んちで結人くんに恋愛指南だ!英士と一馬も参考にするがいい!」
「参考にするかは置いといて、
の話は面白いかもね。」
「・・・。」
「一馬ー?何黙って格好つけてんだよー。」
「つ、つけてねえよ!」
「まーどうでもいいけど!それじゃあ行くぞ野郎ども!」
こうして俺らは(半ば無理矢理に)
宅へと向かうことになった。
「はーい、それではいいか野郎どもー。よく聞いてー。」
「「「・・・。」」」
「返事は?!」
「・・・はーい。」
「む、何故か一つしか返事が聞こえないがまあいい。
さっき俺が言ったことは覚えているかね結人くん。」
家に到着し、
の部屋に入った俺たちは何故か正座を強いられた。
何だこのノリ。ていうか
がノリすぎ。
「さっき・・・?どれだよ、お前の話いろんなとこに飛びすぎてわかんねえよ!」
「はいダメ!結人ダメ!次、一馬!」
「え、ええ?!いや、俺もさっぱり・・・」
「はい一馬もダメ!減点10ね!」
減点10?!何の点数?!
「じゃあ次は英士ね!」
「『女は場所やら雰囲気やらを大事にする』?」
「はい正解!さすが英士、お前は何をやらせても出来る子だ!」
いや、あの、お前らの黒属性の意思疎通が出来ていただけじゃないの・・・?
なんてことは勿論心の中に秘めておく。
「多くの男がそれがわからず、チャンスをことごとく逃がしてるわけだ。結人!お前のように!」
「痛い痛い!わざわざ言い直さなくていいから!」
「逆に言えば、場所や雰囲気をきちんと作ってやれば、成功の確率もグンとあがり
失敗の確率はグンと下がる。結人のような失敗をしなくて済む!」
「ああそれは為になるね。誰も結人みたいな失敗はしたくないからね。」
「そう!結人のような失敗はしたくない!」
「なあ俺泣いていい?泣いていいよなコレ・・・!」
うん、泣いていいと思う。
英士、
・・・。お前らそれ、軽くイジメだからな。勿論自覚してやってるんだろうけど。
「時に結人。お前の彼女ってどんなタイプ?」
「ど、どんなって・・・。可愛いし綺麗だぜ!」
「そんなノロケは心底いらん!性格だよ性格。」
「・・・気が強くって・・・頑固だし、意地っ張りかな?でもそこが可愛いんだけど!」
「だからノロケはいらんっての。で?どんな状況で迫って拒否られた?」
「え・・・いや、俺の部屋で・・・俺がアイツを好きだって言ったら、アイツも顔を赤らめて可愛い顔するから
こう、ゾクッていうか、ムラッときたっていうか・・・」
「そして勢いに任せて押し倒したと!」
「そうか!アイツが可愛すぎるからいけないのか!」
「うぜえ!うざすぎる!イラッとくる!だから拒否られんだよ!」
「・・・!!」
ああ、結人が撃沈した・・・。
のノリに乗ってきた結人だったが、またさっきまでの落ち込みように逆戻り。
でもまあ今回ののツッコミは少し同意できた。
「場所と雰囲気はまあ悪くないよね。」
「だな。問題は結人だ。」
「な、俺の何がいけないっつーんだ!」
落ち込んでた結人もさすがに反論する気になったのか、その場に勢いよく立ち上がった。
そんな結人を見て、
も何か思いついたかのような顔をして立ち上がる。
「可愛いと思って、好きだからしようと思ったことなんだぞ?!」
「・・・。」
「なのにアイツさ、何考えてんだとか、バッカじゃないとかさっ・・・」
「・・・。」
「
も英士も知った風な口聞くけど俺はなあ・・・」
「・・・。」
結人が矢継ぎ早に飛ばす言葉に何も返さず、
は結人をじっと見つめたままだ。
結人もそんな
の様子に戸惑いはじめた。
「・・・
・・・?何だよ・・・。」
「・・・。」
「お、怒ってんのか?でも俺だってなあ言いたいこと・・・」
結人の言葉にも全く動じずに、未だ視線はそらさない。
そして結人の方へと1歩1歩踏み出していく。
「ちょ、な、何だよ
・・・」
「・・・。」
そんな
に戸惑いながら、結人は1歩1歩後ろへと下がっていく。
「お、おい
・・・!!っわ!」
足にベッドが当たり、それ以上後ろに下がれなくなった結人が体勢を崩した。
すかさず
が結人の腰あたりを支え、ほとんど衝撃のないまま結人はベッドに横たわる。
そして結人を支えていた
も自然とベッドに膝をつく体勢となる。
つまりはまさに
が結人を押し倒しているような、そんな体勢。
いや、そんな体勢って・・・!ええ?!何これ!!
「・・・っ
・・・?」
「好きだよ。」
・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
ええーー?!何これ!本当に何これ!!
お、おか、おかしい・・・!何で男友達二人がいつの間にかあやしい体勢になってんだよ?!
ていうか結人・・・
「・・・え・・・?うえ・・・?!」
言葉もまともに出ないくらい顔を赤らめるな!!
「一馬、顔赤い。」
あれ?!俺も?!
「と、いうわけで。」
結人を押し倒した状態で、今にキスでもしてしまうんじゃないかというくらいに近づけていた顔を離し、
はいたずらめいた笑みを浮かべて立ち上がった。
「実践編でした!どうよ!俺の出来は!!」
「結構いいんじゃない?とりあえず結人と一馬は落ちたし。」
「え、止めてよ。俺、女の子にしか興味ないよ?」
「「俺もねえよ!!」」
「あれ、英士は落ちなかった?」
「残念ながら。」
「何だよくっそー。次は絶対落としてやる!」
「あはは、心底遠慮するよ。」
英士と
が笑ってる間に、結人は慌てて平常心に戻ろうとしてる。
俺も今、一生懸命冷静になろうとしてるけど。
だって男に顔を赤くするって・・・!ない、ないない!ありえないから!
「・・・やっべえよ俺・・・今一瞬、コイツになら抱かれてもいいと思った。」
「それはマジでやばいぞ結人。正気を保て。」
巻き込まれたくないので口をはさむつもりはなかったが、結人の様子を見て思わず声をかけてしまった。
見ていただけの俺とは違って、実際に攻撃をくらった結人は大分重症のようだ。
「つまり、そういうことなんだよな。」
「え?」
「がっついて迫られたら誰だって不安じゃん。
勢いに任せたのかなーとか、ちゃんと考えてくれてんのかなーとか。女側なんて特にそうだろ?」
「・・・。」
「だから雰囲気なんだよ。まずは相手を安心させてやることが大事。
好きなんだろ?彼女のこと。」
呆然と
を見ていた結人が、その表情のまま
の方へと近寄る。
そして
の手を取り、しっかりと握りしめる。
「わかったよ
。お前の言うことって結構深いんだな。バカにして悪かった。」
「おお、わかればいんだよ。」
「お前の技はマジで使える!見つめ続けて言葉はいらないって奴だな!」
あれ?何か理解の方向おかしくね?
「なんかお前、実はあんまりわかってなくね?」
「いやいや、そんなことねえって!」
「そっか?まーいいけど。」
あ、いいんだ。結構適当だなオイ。
「一馬も英士も勉強になったかね!」
「まあね。結構面白かった。」
「・・・おう。」
いろいろ思うところはあったけど、ここは素直に頷いておこう。平和が一番だ。
「お、一馬がやけに素直だぞ。さては俺に惚れたな?!でも俺は女の子が好きなの!ゴメンネ!」
「・・・。」
あー悔しい。すっげえ悔しい。
なんでこんな奴に俺、顔赤らめたりしたんだろう。あーもう一生の恥・・・!
なんて、勿論言うわけないぞ。絶対言うものか。俺は平和が好きなんだよちくしょう。
次の選抜練習の日、一番に見たのは落ち込んだ様子の結人。
も英士も様子に気づき、声をかけてみると。
「今度はどうしたんだよ結人。彼女とはうまくいったか?」
「・・・笑われた。」
「「「・・・。」」」
「それはなんだ、つまり結人くんが下手だったいう「ちげえよ。」」
落ち込んでたくせにそのツッコミだけはやけに早い。
まあ確かにそれが理由で笑われただなんて思われたくないよな。
「
の方法・・・使ってみたらさ・・・。」
「おお、あれを実践したか!」
「・・・きもいって笑われた・・・。」
「・・・。」
「どうしてだよー!
のときは男の俺でもときめいたのに!抱かれてもいいって思ったのに!」
「「「・・・。」」」
ああどうしよう。かけられる言葉が見つからねえ・・・。
少しの沈黙が流れそれを破ったのはやはり気を遣わない男、
。
「お前やることばっかり考えてて、今度は目つきががっついてたんじゃねえの?」
「・・・い、いや、ちゃんと安心させようって思ってたもん俺!」
「じゃああれだな。あの技を使うのはお前にはまだ早かったんだ。」
「ええ!」
「簡単なようで難しいんだよ。恋愛って奴は奥が深いよな全く。
でもな結人。お前もきっといつか報われる日が来るさ。」
「・・・
・・・いや、師匠ォーーー!!」
「おお!俺の胸に飛び込んで来い!」
こうしてとてつもなくアホな師弟が誕生した。
「綺麗にまとめたね。」
隣で英士が呟く。
綺麗?これ綺麗にまとまってるか?
「うまくごまかしたとも言うけど。」
うん、それだよ。そっちだよ。
「じゃあさ
、今度は違う技伝授してくれよ。」
「あー?仕方ねえなあ。」
「なになに?何の話?」
「うわー!来んなお前ら!俺だけに伝授してもらうんだよ!」
「うっわ何だよ若菜、絶対聞いてやる!教えてくれよ
!」
「・・・。」
あー、今日も東京都選抜は平和だ。
周りはバカばっかりだけど平和だ。
この平穏が崩されないように、俺は極力遠くから見守っていよう。
選抜内にこれ以上アホな師弟関係が増えないことを切に祈りながら。
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