「私、もう嘘をつくのはやめようと思う。」





三上にそう宣言してから、私は言葉どおりに気取ることをやめ、
つくりものの笑顔を浮かべる毎日をやめた。





「相変わらずいい度胸してんな?サマ?」

「あはは、そういう三上くんも相変わらず人間としての器が小さいんじゃない?」

「ほー、俺が怒ってる理由はわかってるようだな。」

「いいえさっぱり。優等生の私に野蛮人の三上くんの言うことなんてわかりません?」

「化けの皮なんてとっくにはがれてるだろうがエセ優等生が!」

「あーもーうるさいな!授業さぼってたアンタが悪いんでしょうが!
私は先生に聞かれたから正直に答えただけ!いちいちつっかかってくんじゃないわよ!」





最初の1日目は「まさか、幻だろう」という反応。2日目も3日目も皆見て見ぬフリ。
その次の日あたりからようやく現実を直視しだす。
「あれがさん・・・?いやでも、」なんてまだ戸惑っているのが正直可笑しい。

まあそれもそのはずで、私がこの姿を見せるのは主に三上の前でだけ。
理由はいたって単純で、私は売られた喧嘩は買うけれど自分から売る気などない。
気取ることをやめたと言っても、昔のように理不尽に誰かを傷つけようとだって思わないし、
今まで通りに私に助けを求める子がいれば、協力しようとも思ってる。
そうなれば優等生だった私に喧嘩を売り、心を乱してくるような奴は一人しかいなくなる。

挙句の果て、皆が導き出した結論はこうだ。





さんが壊れた・・・!三上のせいで・・・!」





ああどうしよう。笑いが止まらない。
こんなとこでも悪者にされるなんて日ごろの行いのせいだよね絶対。












戦う少年少女

― ライバルと友情と恋心 ―










「あー気にくわねえ。」

「何が?三上の人望のなさが?」

「ちげえよ!むしろお前みたいなエセ優等生に人望がありすぎることが気にくわねえ!」

「エセでも何でも日ごろいいことをしてると、それが自分に返ってくるのは当然でしょ。
だから優等生はやめられないんだよね。」

「お前ちょっと前にやめるっつったばっかだろうが!」

「でもさ、周りがいい人って思ってる印象をわざわざ変える必要もないし。
まあ勿論アンタみたいに喧嘩ふっかけてくる奴に我慢したりはしないけど。」

「うっわ、性格悪いよなお前。」

「アンタに言われたくない。」





ほんの少し前まではパシリとして呼び出され、来るのが憂鬱だった場所。
視線を上に向ければ空が広がるそこで、私たちは何気ない話をする。
どちらかが呼び出したわけでもない。特別、なにか約束をしているわけでもない。

それでもいつのまにかこうして、喧嘩しながらも二人並んで話しているのだから不思議だ。





「でもさ、自分の本当の性格を出して『性格悪くなった』って驚かれるのがちょっと癪なんだよね。
遠まわしにお前は性格が悪いって言われてる気分。」

「おーおー周りは正直者でいいじゃねえかよ。」

「・・・アンタわかってる?私の性格が変わったのは三上に影響されてって言われてるのに。
それってつまりアンタの性格も悪いって言われてんのよ?」

「可哀想な目で見んな!俺は元々いい性格だなんて思われたくもねえからいいんだよ。」

「あーそうですか。ていうかそんなことより面倒なことがあるんだけど。」

「あ?」

「アンタの元彼女とかファンにまたからまれるようになったんだけど。本気で面倒くさい。」

「知るかそんなこと。」

「渋沢くんと噂になったときはそんなことなかったのに。ファンのタイプも全然違うよね二人は。」





それまで余裕で笑っていた三上の眉間に皺がよった。
そういえば前から渋沢くんにこだわるところがあったからな。比較されるのとか嫌いなんだろうなきっと。
と、わかっても別に気を遣おうという気もさらさらないんだけど。だってアキだし。





「で?そういう奴らはどうしてんだサマは。しめてんのか?」

「まさか。そんな野蛮なことはしません。」

「あ?」

「ああいうのでも話し合えばわかるものなのよ?
暴力に訴えるだけじゃなくて、平和的解決を学びなさいよね三上くん。」

「・・・威圧でもしたか?脅したとか。」

「・・・あっはっは。」

「・・・。」

「・・・。」

「笑ってごまかそうとしてんな。」

「やられたらやり返すのは当然だと思うんだよね。それがどんな方法でも。」

「マジでどこが優等生だよお前。」





一体三上が今までどれだけの女の子を騙してきたかは知らないけれど、
三上の彼女になる子は大変だろうなあと思う。なんてったって噂になっただけでからまれるし。
今までの傾向を見ていると、自分が一番だと思っている子が多いから、
彼女が出来て大人しく引き下がるなんてこともないんだろう。





「一体何人の子を騙してきたんだか。」

「あ?誰も騙してねえよ。あっちが勝手に寄ってきただけだし。」

「うわー、三上くん最低ー。」





昔の面影は本当にどこにいってしまったのだろうと思う。
あの頃のアキだったら、女の子とつきあうというだけで慌てて顔を真っ赤にでもしてそうだけど。





「アンタ、どこでそんなにひねくれたの?」

「ああ?!」

「昔のアキは生意気だったけど、からかいがいがあって可愛かったのに。」

「知るかそんなこと。」

「今のアンタは可愛さのカケラもない!」

「可愛さがあってたまるか。つーかお前はいつまでガキの頃の話を引っ張る気だよ。」

「えー、だってさー・・・って、ちょ、ちょっと、何・・・?!」





このポカポカとした陽気で気も緩んでいたから。
突然こちらを見て詰め寄ってきた三上に思わず後ずさりしてしまい、その反動で壁に押し付けられた。





「いつまでも昔にこだわってんなら、無理矢理かえてやろうか?」

「は?」

「"嫌がらせ"すれば俺のことも意識しちゃうわけだろ?さすがのサマでも。」

「い、嫌がらせって・・・っ・・・!」





「・・・そうだ、アンタね、この間みたいな嫌がらせとか止めなさいよ。」

「・・・嫌がらせ?」

「体育倉庫での話。下僕だった私が渋沢くんと付き合って幸せになろうとすることが許せなかったんでしょ?
だから邪魔するつもりであんなことしたんじゃないの?あー本当に卑怯な奴。」





以前、三上としていた話が脳裏によぎる。
嫌がらせとは三上のパシリをさせられていたあの頃の・・・体育倉庫での出来事だ。
三上に仕事を頼まれて、渋沢くんとのことがきっかけで言い合いになって、その後の・・・





「シャレにならない!無理!ていうか無理!」

「・・・ほー。」

「近い!近い近いちかーい!!マジではったおすわよ?!」

「ほー。」

「ほーじゃない!何すっとぼけた声出してんの?!」

「なら逃げてみれば?ご自慢の力で。」

「・・・っ・・・」





あーもうムカつく。本当に腹が立つ。
嫌だけど、認めたくないけれど、私は女で三上は男で。
力勝負になれば確実に負ける。そんなことはもうとっくにわかってることだ。
ただ、昔の記憶とプライドがそれを認めることを邪魔するだけで。
三上は私がそう思っていることをわかってて、悔しがってる私を見て面白そうに笑うんだ。

あームカつく!少しずつ打ち解けてこれたってそう思うこともあったのに。
なんでコイツはそう思い始めた私の心をことごとく打ち砕こうとするんだ。





「おいおい、どうしたんだよサ・・・っと、ぐあ!!」





三上が喋り終える前に、ゴツンと勢い良くけれど鈍い音がした。
それと同時に私を抑える三上の力が緩まり、私はその場に崩れ落ちる。





「・・・し、信じらんねえこの女・・・!」

「ざ、ざまーみろ、発情男!」





三上が自分の顎を抑えて寄りかかり、私は頭を抑えてその場に座り込んだ。
腕が使えなかったから三上の顎に頭突きをくらわせてやったのだけれど、思った以上にダメージが大きい。
しかしこれで三上に一泡吹かせてやった。女だからってなめられるのは悔しいし。





「あー痛え。すっげー痛え。」

「・・・それはこっちも同じだっつの。」

「なんか涙声になってねえお前?」

「なってない!」

「バカだ。コイツ、マジでバカだ・・・!」

「あーもううっさい!そもそもアンタがバカなことするからでしょ?!」

「あ?」

「私は三上のこと・・・そりゃ嫌なこともあるけど、いいところもあるって。
気兼ねなくつきあえる奴だって・・・そう・・・思う、こともあるのに。」

「・・・。」

「なのにそう思い始めると、そうやって人をからかうし!なんでアンタはそうなのよ!」

「お前のせいだろ、バカ女。」

「はあ?!」





ちょっと待って、今の台詞は聞き捨てならない。
バカ女って・・・いや、そこは百歩譲って許したとしよう。でもその前は?
お前のせいって何?私は三上と喧嘩ばっかりしていたいわけじゃないのに。





「気兼ねも何も、そんなもんもうとっくにしてねえだろ。俺たちが互いに気遣いあったことあるかよ。
そんなん考えたら気持ち悪いっつの。」

「そ、そりゃ、そうだけど・・・。」

「だけど、それだけじゃ足りねえんだよ俺は。」

「・・・は?」





座っていた私に目線をあわせるように、三上が腰を落としてしゃがみこむ。
先ほどとは違う、ゆっくりとした動作に私は何もせずに彼を見つめていた。





「言っとくけど、嫌がらせじゃねえからな。」





そう小さく呟くと、三上は頭をさすっていた私の手ごと自分の方へと引き寄せた。
力任せな先ほどと違い、私は驚いてなすがまま彼の胸に収まる。





「・・・み、三上・・・?」

「うるせえな、ちょっと黙ってろ。」





いつもだったらその偉そうな物言いに文句のひとつも返しているところだ。
しかし、なぜか言葉が出てこない。



三上は先ほどのように力で私を押さえつけているわけじゃない。
逃げようと思えば逃げられるし、抵抗しようと思えばできる。



なのに、私の体は動かない。








心臓の音が聞こえる。



三上の胸が近いせいで、それははっきりと耳に届く。





「・・・三上。」

「あ?」

「アンタって時々、訳のわからない行動とるわよね。この間もいきなり人に抱きつくし。」

「訳がわかってねえのはお前だけだろ。バーカ。」









いつものような憎まれ口なのに、その表情はなんだか優しく見えた。
だから私も素直に自分の気持ちを告げる。





「・・・わかったよ、三上。」

「・・・やっと?」

「うるさいな、だって三上とはあれだけ険悪だったんだから、気づくわけないじゃない。」

「で?気づいたサマはどうすんの?」

「いいわよ?三上がそこまで言うのならなってやろうじゃない!友達に!!」

「・・・・・・・・・・・・はい?」





三上が今まで見たこともないくらいに間抜けな顔をした。
そして数秒かたまると、人を蔑むような目つきに変わっていく。





「な、なんなのよその目は?!人がせっかく・・・!」

「お前バカだろ。本気で正真正銘のアホだろ。」

「なにそれ?!何でそんなこと言われなくちゃ・・・って、ちょっと三上?!」

「エセ優等生を演じることに必死で、その他の知識が全くねえ・・・。」

「だから何・・・」

「やっぱり力づくで教えてやるしかないみてえだな、うん。」

「い、意味がわからない!って、待て!アンタどこ触って・・・コラー!!」





今度は腕が自由だったから、力の限り三上の顔をひっぱたいてやった。
バシン、と痛々しい音が響き渡り、私は三上の傍から離れる。





「ふざけんなアホ三上!もう帰る!!」

!」





反応する気なんてなかったけれど、大きな声で呼ばれた名前に思わず振り向いてしまった。
三上がまたいつもの意地の悪い笑みを浮かべてる。





「俺のしたことも、言ったことも、全部本気だ。」

「・・・。」

「覚えとけ、アホ女。」





最後まで人のことをバカにした笑みと言葉。やっぱりアイツは性格悪い・・・!
三上をにらみつけて、私は屋上の扉を閉めて階段を駆け下りる。



俺のしたことも言ったことも本気って、なんなのよ。何が?嫌がらせが?





「言っとくけど、嫌がらせじゃねえからな。」





でも、三上はさっきそう言った。嫌がらせじゃないって。
じゃあ、何?人のことからかって遊んでるの?





「だけど、それだけじゃ足りねえんだよ俺は。」





なぜだろう体が熱くなってきた。胸の鼓動が・・・どんどん速くなっていく気がする。





「俺のしたことも、言ったことも、全部本気だ。」










足が止まって、私はその場に立ち尽くす。
たいした距離を走ったわけでもない。なのに、鼓動はどんどん速くなって息苦しい。

そういえばさっきも思ったっけ。
三上の胸から聞こえた音も、とても速かった気がした。



でもあの音は、鼓動は、三上のものだけだっただろうか。








そのとき私の中に湧き上がっていたものが、一体なんなのかはわからない。
こんなの初めてだ。でも、なぜか思う。確信めいたものなんて何もない。



それでもこの感情はきっと、喧嘩相手でも、ライバルでも、友達に向けるものじゃない。





私の中で何か特別な感情が育ち始めていた気がした。










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